ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.100 発行:2007.2.1
          

バラバラ殺人事件の謎

下原 敏彦

昨年は、子殺しからイジメ自殺と、嫌な事件ばかりが相次いだ。2007年は、せめて良いニュース、心温まる出来事をと期待したが、その願いもむなしかった。まだ松も取れぬうちから兄妹喧嘩の果てのバラバラ殺人、その衝撃も消えぬうちに若い妻の夫バラバラ殺人事件とつづいた。戦時下でも異常な状況下でもない平和国日本で、なぜこんな事件が起きるのか。はじめ殺した遺体をバラバラにする。二つの事件は猟奇事件と思われた。が、加害者被害者とも身内ということで、犯罪性よりあり得ない出来事としてセンセーショナルな報道となった。新聞、テレビで知る二つの事件は、およそこのようであった。

兄妹喧嘩の果てのバラバラ殺人事件。この事件は、祖父曽祖父も歯科医という歯医者一家で起きた。両親は都内の繁華街に二つの歯科医院を経営する歯科医。長男は有名歯科大の学生。21歳の次男は歯科大を目指して3浪中、20歳の長女は、短大生だが女優を目指して映画や芝居に出ていた。近所の人の目には、何の問題もない裕福な歯科医一家に見えた。しかし、事件は起きた。暮れの30日、家族が東北に帰省した日、残った次男と長女が喧嘩。「夢がない」となじられた次男が、妹をバットで殴り、首を絞め、風呂で溺死させ、バラバラにした。そのあと、予備校の正月合宿に出かけた。遺体は合宿から帰ってから生活ゴミとして出すつもりだったと供述している。

この事件の一報を聞いた年配者は、金属バット両親殺人事件を彷彿したに違いない。2浪中の次男が東大卒のエリートサラリーマンの父親と母親を殺害した事件である。が、金属バットはわかりやすい。が、バラバラは理解を超える。なぜそこまでするのか。週刊誌などは、近親相姦だな、異常性格者などと分析していた。夫をバラバラにして捨て歩いた美人妻も、自己中心的性格と推理されていた。

1月27日朝日新聞の視点である心理学者は、「プライド暴走」と分析していた。プライドを否定されてカッとなって殺した。そこまではわかるが、ではなぜバラバラにするのか。その異常さは、やはり謎である。編集室の見方は、これは憎しみという欲望にとりついた「透明な存在」の仕業ということになる。「透明な存在」は観察に弱い。もし周囲に観察の目があったら、この事件は起きなかった、とみる。しかし、先ごろ歯科医両親がだしたコメントをみると、その存在にまったく気づいていなかったようである。人間にとって厄介な敵である。