ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No83 発行:2004.2.6



第202回(2月)読書会のお知らせ


2月読書会は、下記の要領で開催いたします。大勢の皆様のご参加をお待ちしています。

 月  日 : 2004年2月14日(土)
 
 時  間 : 午後6時00分〜9時00分
            
 場  所 : 東京芸術劇場小会議室1(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
                       
 作  品 : 『スチェパンチコヴォ村とその住人』2
            Село Степанчиково и егообитатели
 報 告 者 : 前回補足&フリートーク

 会  費 : 1000円(学生500円)

 ※ 主に米川正夫訳『ドストエーフスキイ全集』をテキストにしています。

 ◎ 終了後は、近くの居酒屋(西口)で新年会を開きます。

 会 場 : 東方見聞録(変更の場合も有り)
 時 間 : 9時00分〜11時00分頃迄
 会 費 : 2〜4千円




2004年(平成16年)の計画(案)


2004年の読書会は、以下の予定で進めて行こうと思います。ご意見・企画がありましたらお申し出ください。(尚、以下案は都合により変更される場合もあります)

2月14日(土) 東京芸術劇場 第1会議室 時間PM6:00〜9:00
         作品『スチェパンチコヴォ村とその住人』2回目 補足&フリートーク
4月10日(土) 東京芸術劇場 第1会議室 時間PM6:00〜9:00
         作品『伯父様の夢』(全集5) 報告者・未定
6月12日(土) 東京芸術劇場 会場未定  時間PM6:00〜9:00
         作品『死の家の記録』(全集4)  報告者・未定
8月14日(土) 東京芸術劇場  会場未定   時間AM9:00〜12:00
         暑気払、作品『死の家の記録』か企画もの 報告者・未定
         ドストエーフスキイの会『広場』12号合評会  PM1:00〜5:00
10月9日(土) 東京芸術劇場  会場未定  時間PM6:00〜9:00
         作品『虐げられし人々』(全集3)  報告者・未定
12月11日(土) 東京芸術劇場  会場未定  時間PM6:00〜9:00
         作品『夏象冬記』(全集5)   報告者・未定

以上の予定で2004年の読書会を行います。
報告者は決まっておりません。希望される方は、「編集室」までお申し出ください。




2月14日(土)読書会


前回報告補足&参加者自由トーク

 今回2月14日は、昨年12月13日にとりあげた『スチェパンチコヴォ村とその住人』をもう一度取り上げ、議論つくしきれなかったところを話し合いたいと思います。
はじめに前回のレポーター・岡田多恵子さんに前回報告の補足をしていただきます。その後、その補足報告を踏まえてフリートークの形で行いたいと思います。(疑問点、感想なんでも結構です。たくさんのご意見・作品評を歓迎します。前もって編集室にお寄せ下さればコピーし当日配布致します。)12月読書会で報告者・岡田さんが配布した資料を掲載(8、9、10、11頁)してありますので、ご参考いただければ幸いです。
 ちなみに12月読書会の質疑応答で出された主な意見・感想は次の通りでした。

 作品のモチーフ:「人間の理想郷を描きたかった」「キリスト像を際立たせる為に」疑問に感じた点:「結婚反対の理由」「奇異のヵ所が多い。(母親の許しがない)」「夢(白い牡牛)どんな夢か」「なぜ怯えるのか」「滑稽か滑稽ではないか」
 感想としては :「米川訳と違う。暗い(明るい小説ではない)」 「読んでいて辛かった」「喜劇とも違う」「人間とは笑うしかない生き物」などなど、でした。


配布資料の系図の人物像に焦点

 前回はレポーターの岡田多恵子さんが、スチェパンチコヴォ村の住人の系図をわかりやすい形で作成し報告されました。一計として、今回はこの報告を踏まえ住人を絞ってその人間像に迫ることができればと期待します。



スチェパンコヴォ村etc
 (編集室)

フォマー・フォミッチとは何か

 『スチェパンコヴォ村とその住人』はロシアの地主屋敷で起きた、二日間の出来事を描いた喜劇的小説である。訳者に言わせれば「一点の暗い影をもとどめていない」作品ということだが、読んでいてなにかイライラざせられる。原因は、準主人公ともいうべきフォマー・フォミッチという人物の存在である。フォマーとは、いったいいかなる人物か。ドストエーフスキイは作品のなかで、その人物像をこのように紹介している。
 ところで、今度はこのフォマーが、どういうものになったか、一つ想像してみてもらいたい。生涯しいたげられ圧迫されて来た(本当に殴られたことがあるかもしれない)フォマーひそかに好色の思いにふけり、自尊心をつのらせているフォマー、失意の文学者であるフォマー、食うに困って道化になりさがったフォマー、今までつまらない意気地のない境遇にいたにもかかわらず内心暴君の素質を持ったフォマー、自慢屋(うまくいった場合には威張り屋)のファマー、低脳児の将軍夫人と、うまくまるめこまれてなんでもよしよしといってくれる保護者のお陰で、長い漂泊の後一つ家にじっと落ちついて、とつぜん尊敬と光栄のただ中に飛びこんで、ちやほやされるようになったフォマー、が、どんなふうになったか察するに難しくない。・・・「テーブルの前へ座らせると、足までテーブルの上へのせる」という諺があるが、フォマーがそれと同じことになったのである。
 どこまでもお人好しと善意の人である地主ロスターネフ大佐と比べるとフォマーは、あまりにもいやらしさに満ちた性格である。まさに「まったく取るに足らない、臆病なことこの上なしの男、社会が流産した未熟児、だれにも必要ないし、なんの役にも立たない、ただけがらわしいだけの男」。しかし、この性格は一人フォマーだけのものだろうか。否、このドス黒くねじくれたイヤな性格は、誰の心にもある。人の心の底に沈んで悪魔。この作品がハッピーエンドの喜劇小説であるのにもかかわらず素直に笑えぬ要因は、まさにそこにあるのではないだろうか。フォマー・フォミッチとは何か。それはあなた自身の闇の部分である。

『スチェパンチコヴォ村とその住人』評etc

中村健之介氏
 小説内に多様な力が取り込まれ、小説の雰囲気がさわがしく活気をおびてきている。こうした作品を読んでいると、作者ドストエフスキーがいよいよ長編へ向かう準備を始めているという印象を受ける。

アンリ・トロワイヤ
 オビースキンなる人物は、ベリンスキイがモデルになっていて、彼を風刺したものだといわれている。そういえばどこか似ているようにもみえる。恥知らずな享楽家で、社会主義をとなえるタルチュフともいえるこの自由思想の支持者、軽佻なペテン師、偽善の仮面をつけた悪魔は、後年の彼の作品『悪霊』に登場してくる、あの悪魔にとりつかれた人間像を彷彿させる。

米川正夫氏
 従来批評家から(『伯父様の夢』と)同程度の価値のものと思いあやまられ、比較的軽視されて来た傾きがあるけれども、まことに作者自身のいっているとおり、これは構成に不自然さを蔵し、笑いにあくどい通俗味を感じさせる『伯父様の夢』より数段上に位するばかりではなく、これまでにドストエフスキーが書いた全作品・・・中でもっとも優れたれた名作である。いな、さらに一歩すすめて、全巻に横溢している健康明朗な色調からいえば、ドストエーフスキイの創作全部を通じて他に比べるもののないユニークなものとさえ断言することができるのである。


書簡にみる『スチェパンチコヴォ村とその住人』

 この作品は、1859年11月号と12月号発行の「祖国雑誌」に分載発表されたが、それまでドストエーフスキイはこの作品『スチェパンチコヴォ村とその住人』について書簡で、下記のように触れている。(ドストエーフスキイ全集16『書簡 上』から)

 1856年1月18日、詩人アポロン・マイコフ宛 (セミパラーチンスクから)
「わたしは仕事をしています。がわたしの主な著述は後廻しにしました。それにはもっと心の落着きが必要なのです。わたしは冗談半分に喜劇に筆を染め、さまざまな喜劇的場面を構成し、さまざまな喜劇的人物を舞台に呼び出したものですが、その主人公がすっかりわたしの気に入ってしまったので、つい喜劇の形式を放擲してしまいました。かなり成功してはいたのですが、ほかでもありません、できるだけ長くわたしの新しい主人公の喜怒哀楽を跡づけていき自身でも腹いっぱい笑いたくなって、その満足を制することができなかったからです。この主人公はいくらかわたしと肉親的に近いものを持っています。てっとり早くいえば、わたしは喜劇的な長編を書いているのです」

1859年4月11日、兄ミハイル宛
 「わたしがカタコフに送ろうとしている長編は、『伯父様の夢』より比較にならぬほど優れていると思います。その中には二つの重大な性格が示されているのです。しかしいつ書き上げられることか?わたしはすっかりあきあきしてしまいます。へとへとに悩まされたくらいです。でも8月か9月に『ロシア報知』に載ることと思います」
 
1859年5月9日、兄ミハイル宛(セミパラチンスク)
 「この長編はもちろん、きわめて大きな欠点をもっています。何よりいけないのはおそらく冗漫ということでしょう。しかしわたしの公理として信じているところは、この作品が同時に偉大な長所をも有していて、わたしの創作のなかでもっとも優れたものであるということです。わたしはこの小説を二年かかって書きました(中途『伯父様の夢』のために一時中絶はしましたが)発端と中間は推敲しましたが、結末は性急に書き上げました。けれどもわたしはその中に自分の魂を、自分の肉と血をそそいだのです。この作品の中に自分の全部を表現しつくしたなどとはいいたくありません。そんなことは馬鹿げた話です!/この小説の中には情熱的なもの(つまりたとえば『貴族の巣』にあるような情熱的なもの)がすくないのです、―-がそのかわり、、二つの大きな典型的な性格、五年間かかって創造し書き留めてきた上に、非のうちどころがないように周到な仕上げのできた(わたしの意見によれば)性格――完全にロシア的なものでありながら、これまでロシア文学によってはっきり明示されなかった性格が描かれているのです。カタコフがそれを評価してくれるかどうか知りませんが、もし読者がわたしの長編を冷淡な態度で迎えたら、正直なところ、わたしは絶望に陥るかもわかりません。この作品にはわたしの最上の希望と、何よりもわたしの文学的名声の強化が懸けられているのです」

1859年8月25日 火曜日 兄ミハイル宛(トヴェーリ)
「わたしの長編には拙い、力の足りないところもうんとたくさんあるということは、わたしも毛頭疑いませんが、しかし、立派なところもあるということだって確信しています。――殺されたってそう断言します!」

1859年10月9日、11日、兄ミハイル宛の書簡でも、この作品ついて述べている。




☆あるメールから

 編集室には、皆様から様々なメールで送られてきます。「読書会通信」を作る上で大いに参考になり感謝しております。が、なかにはごく僅かではありますが、どうにも理解しがたい荒唐無稽なものもあります。本日、ここにご紹介するメールも、もしかしたらその類かもしれません。が、意表をつく考察というか発想なので面白く思い取り上げてみました。


ひょつこりようたん島とステパン村

波をチャプチャプ  チャプチャプチャプかきわけて(チャプチャプチャプ)
雲をスイスイ  スイスイおいぬいて(スイスイスイ)
ひょうたん島はどこへ行く
ぼくらをのせてどこへゆく  ぼくらをのせてどこへゆく

 1964年4月のことでした。いきなりテレビから流れてきたこの音楽に私は思わず聞き入ってしまいました。この日から15分間番組「ひょつこりひょうたん島」がはじまったのです。自分勝手でわがままで無責任で、それでいて憎めない大人たちとしっかり者の子供たちの物語。子供の私は、すっかり夢中になりました。そして、ときどき考えました。いったいどうやったら、あんな変てこな人たちをひねりだせたものか、と。ずっと謎でした。

サンデー先生  さんかくおむすびのチャッピ  博士  海賊トラヒゲ  
プリン  マシンガン・ダンディ などなどみんな奇妙な連中です! 
大統領ドン・ガバチョの演説
「このひょうたん島は、花さく地上の楽園。そう天国もこの島にひっこしてくるでしょう」

 おかしな連中がけんかしながら仲良く暮らす奇妙な島、ひょっこりようたん島。
自分勝手な連中がけんかしながら仲良く暮らす変な村、『スチェパンチコヴォ村』。
エジェヴィーキン・・・いつも自分から道化を演じている。
ミジンチコフ・・・理性的エゴイスト
タチヤーナ・イワーノヴナ・・・恋愛マニアのオールド・ミス
ファラレイ・・・うす馬鹿の美少年
(中村健之介著『ドストエフスキー人物事典』から)

 「スチェパンチコヴォ村」の住人と「ひょっこりひょうたん島」の島民。どこか似ていませんか。そういえば作者の井上ひさし氏は、かって『罪と罰』を下地にして『合牢者』を書いたんですね。と、すれば、もしかしてひょっとして井上氏が「スチェパンチコヴォ村」を読んで彼らをモデルにしたとしても不思議はないのです。ひょうたん島はどこへ行く〜




読書会プレイバック


1972年に開始された全作品読む会「読書会」は十年を経て二順目に入った
(1982年4月9日発行「ドストエーフスキイの会 会報No71」より)

『スチェパンチコヴォ村とその住人』
  
 加藤 葉子                             

 お喋りと物語の長さを少々もてあましぎみに読んだが、とにかく再び執筆が許されたが、思想的温順さを要求する検閲の足枷が、「いたずら半分に喜劇を書き始めました」という裏の事情を考えて見れば作家の複雑な気持ちも作品の軽さも頷ける。四年間の憂愁の徒刑時代と、続くマリヤ・イサーエワとの苦悩に満ちた激しい恋愛と不幸な結婚を経たこの時期は、隠れ蓑のように喜劇を書いている作家の意識と精神状況のずれは大きかったであろう。人間というものの発見や混乱、未だ漠として掴めぬ思索の断片、人としての悲しみ、歓び、求めて得られぬ渇き等がその胸深く沈殿し争いせめぎあい、新しい醗酵と出口を求めていたことであろう。作家の魂の深みからの生の声をこの作品に聞くのは難しいが、それらを探るのも読者としては面白い。この作品を、最近モスクワの劇場で見た人の話しによると、会話の滑稽さに会場は笑いの渦が湧くそうである。ロシア人の笑いの体質もあろうが、感情過剰で粘っこい言葉のやりとりではあるが、人間のいびつさ、もつれそして素直さや愛しさを生き生きと会話にとらえた作家の筆の確かさを示すものだろう。
 検閲逃れとはいえ、当時の非情苛酷な大地主の代りに、ロスターネフ大佐の様な好人物を配した皮肉。村人は村人は現実にありそうもない平和郷に住っていた訳だが、元道化で教養をひけらかす得体の知れないフォマーに攪乱される。彼の説教はゴーゴリへの揶揄である。
 「民衆の暗誦用として何故もっと道徳的な歌を作らないのか。家庭の重荷を負い、頭に霜を戴き、窮屈な小屋の中に住まい、しかも飢餓に責められておるにせよ、自足して不平を言わず貧乏であることを感謝して、富者の黄金に恬然たる農民を描いてもらいたい。農民と貴族がついに美徳の点に一致するのは実に高遠なる思想ではありませんか」
 ゴーゴリはリアリストの眼でロシアの農奴制下の悪と腐敗を徹底してあばき、後年、文学によるロシアの精神的救済を目指し、道徳的に完成した理想的人物を描こうとしたが、惨敗している。四年間獄舎の生活を共にし、ロシアの民衆の賢愚も残酷も、無償の親切も誇りも篤信もじかに触れてきた作家にとって、その反動的な道徳主義の見当違いと皮相さ、知識人の高慢と偽善は隠しようもなく、それがフォマーを性格づける一つの動機になったと思われる。かって、フーリェ主義のユートピアに思いを寄せ、しかも政治犯として長い思索を余儀なくされた作家にとって、いたずら半分にと言いつつも、覚えず胸中の関心のありかが出たという処だろうか。知識の切端やフランス語で愚かな人々を煙にまき、尊敬と畏怖をもって人々の頭の上にのさばり返るフォマーは、他方もと道化という過去から実に複雑で屈折した性格づけがなされている。「傲慢無礼でずうずうしいわがままと、一方の軽々しい程善良で、自ら好んで奴隷的な屈従に甘んじている不思議な関係がどうしても理解できなかった」
 将軍の道化として屈辱の日々を友誼のために自己を犠牲にしたのだと言わざるを得ない処に彼の繊細な心情と踏みにじられた自尊心があるのだとしたらいやらしく聞こえる彼の言葉も彼にとって確かな真実の面も持っていることになろう。彼の対として、作家はロスターネフ大佐で理想の人を追求した。彼は健康な貴族の風貌をした好人物であるが、俗物をのさばらせている優柔不断さを、実は、苦しんでいる人に対する優しさと謙譲によって人々と和解して生きてゆくという深い配慮から出たことだとするのである。故にフォマーから非難されるにしろ、相手を侮辱し配慮が足らないエゴイストとして自らを責めることになるのだ。そこにつけこんでいるのがフォマーだが、この殺伐とした世間で思いがけず優しい心に遭遇した喜びの記憶を私達は胸深く秘めまた渇望しているのではないだろうか。




2003年 読書会


2月1日(土)  「読書会通信77」発行 

2月 8日(土) 会 場:東京芸術劇場小会議室1 参加者15名 PM6:00〜9:00
         作 品:『正直な泥棒』
         報告者:フリートーク

4月 4日(金) 「読書会通信78」発行

4月12日(土) 会 場:同上 参加者23名  PM6:00〜9:00
         作 品:『ネートチカ・ネズヴァーノヴァ』第一回目
         報告者:武富健治氏

6月 6日(金) 「読書会通信779」発行

6月14日(土) 会 場:同上 参加者18名  PM6:00〜9:00
         作 品:『ネートチカ・ネズヴァーノヴァ』第二回目
         報告者:福井勝也氏

8月 1日(金)  「読書会通信80」発行

8月 9日(土) 会 場:同上小7会議室 参加者8名 暑気払読書会AM9:00〜12:00
         作 品:『ネートチカ・ネズヴァーノヴァ』第三回目
         報告者:フリートーク形式

          『広場12号』合評会 参加者23名
          報告者:熊谷暢芳氏、菅原純子氏、佐々木美代子氏、近藤靖宏氏、武富健治氏、人見敏雄氏(順不同)
          
          読書会&例会暑気払 PM6:00〜8:00

10月2日(火)  「 読書会通信81」発行

10月11日(土) 会 場 : 同上 参加者18名 PM6:00〜9:00
         作 品:『初恋』
         報告者:フリートーク

12月 4日(木)  「読書会通信82」発行

12月13日(土) 会 場:同上 参加者19名 PM6:00〜8:30
         作 品:『スチェパンチコヴォ村とその住人』第一回目
         報告者:岡田多恵子氏

12月13日(土) 読書会忘年会 「東方見聞録」PM9:00〜11:00 参加15名

◎2003年は2回にわたり会員の親睦を兼ねて読書会合宿を行いました。
 2月22日〜23日 那須「白雲荘」参加7名 7月20〜21日 那須「白雲荘」参加7名



2003年ドストエーフスキイの会例会

 1月17日(金) 「ニュースレターNo.58」発行

 1月25日(土)  会 場:千駄ヶ谷区民会館  PM6:00〜9:00
          報 告:「ドストエフスキイの喫茶」
 第156回例会   報告者:佐々木照央氏
                   
 3月20日(木)  「ニュースレターNo.59」発行

 3月29日(土)  会 場:同上 PM6:00〜9:00
          報 告:「『悪霊』の語り手について」
 第157回例会   報告者:冷牟田幸子氏          

 4月12日(土)  『ドストエーフスキイ広場』12号発送

 5月 8日(金)  「ニュースレターNo.60」発行

 5月17日(土)  会 場:同上 PM6:00〜9:00
         報 告:「てんかんとドストエフスキー」
 第158回例会  報告者: 穴見公隆氏

 7月17日(木)  「ニュースレターNo.61」発行

 7月26日(土)  会 場:同上  PM6:00〜9:00
          報 告:「『永遠の夫』を読んで」
 第159回例会   報告者:熊谷暢芳氏

 8月9日(土)   合評会:『ドストエーフスキイ広場』第12号
          報告者:人見敏雄氏 菅原純子氏 佐々木美代子氏 熊谷暢芳氏
                武富健治氏 近藤靖宏氏 (順不同)

 9月20日(土)  「ニュースレターNo.62」発行

 9月27日(土)  会 場:同上  PM6:00〜9:00
          報 告:「謎解き『地下室の手記』序説」
 第160回例会   報告者:人見敏雄氏

 11月12日(水)  「ニュースレターNo.63」発行

 11月22日(土)   会 場:同上 PM6:00〜9:00
          報 告:「罪と罰―19世紀のドストエフスキーから20世紀のイエサレムのアイヒマンへ」
 第161回例会   報告者:金村 繁氏

 


              
広 場
        
読 書

・『蛇にピアス』金原ひとみ著 第130回芥川賞受賞作
 話題作というので、駅前の書店で立ち読みした。内容を知っていたら、また天下の芥川賞受賞作品でなかったら還暦目前のおっさんには、堂々と立ち読みできたか自信はない。後で新聞の文芸批評にある作家の「人体改造や暴力的セックスがえがかれる『蛇にピアス』は、父親や父親的なものをもとめる物語で、相貌は違うのに志賀直哉『和解』を連想させる。」との評があった。が、当方、まだそんな高尚な読解をできる域にも達しておらず、これが官能作家の空想ではなく二十歳の女の子が書いたものだということも手伝って、ただただ人前でAVビデオを見てしまったような気恥ずかしさと興奮を覚えてしまったものだ!背中の脂汗が冷めてくると、今度は、作者の父親のことを考えた。いつも娘が書いた作品を最初に読み指導しているという父親。なんと言うすばらしき父娘!たしかに話題作である。


・『難破船パタヴィア号の惨劇』マイク・ダッシュ 鈴木主税訳 アスペクト 2200円
 20世紀から21世紀。時代は移っても世界は、相変わらず戦争やテロがつづいている。それらの原因を探ると、大抵一人の独裁者に行き当たる。ヒットラー、スターリン、ミロシュビッチ、ポルポト、金日成親子などなどである。彼らは、どのようにして頂点に登り全権を掌握するようになったのか。歴史の上だけでは判然としない。
 本書は、難破船という限られた特殊な状況のなかで独裁者となり残酷な限りを尽くした男の――事件の物語である。が、独裁者が、どのようにして生まれ力を得ていくのか。その過程を克明に記録した警告の書でもある。民主主義政治の落とし穴を指摘する、難破船『パタヴィア号』は独裁者を輩出した国家の縮図ともいえる。
なお本書は、すべて当時の航海日誌、裁判記録を忠実に再現している。「創作した箇所は一つもない」まったくの史実の物語である。恐ろしい記録である。が、17世紀のオランダ東インド会社の実情、当時の薬剤事情など、大航海時代考証の書でもある
 事件は、オランダ東インド会社に向かう豪華商船「パタヴィア号」で起きた。1629年6月、豪華商船はサンゴ礁に座礁し難破船となった。船長と上級商務員が救援を求めてジャワに向かった。後に340人の乗客乗務員が残された。彼らのリーダーとなったのが元薬剤師のにわか副商務員だった。彼は独裁者となり、暴虐と強姦の限りを尽くし150名以上の人を惨殺した。彼は、なぜ独裁者となり得たのか。彼は、歴史上の独裁者がそうであったように法を踏んでなったのである。民主主義の基盤である多数決によって。支持率99%の金正日しかり、100%のフセインしかりである。独裁者は民主主義からも共産主義からも生まれる未熟児。鬼っ子。放置すれば、何百万人の国民が、何千万人の人間が粛清され虐殺される。人間とは何かを追求するドストエーフスキイがツアー主義に傾いた原因は、まさにそこにあったのかも知れない。人間は、どんなこともできる。その戦慄が伝わってくる。
それにしても捕えられて穴の中で鳥の羽むしりをやらされていた「パタヴィア号」の独裁者と、拘束され独房でトイレ掃除するフセインと重なったのが可笑しい。





追 悼

◆宮内一徳さん 享年68 生涯一カメラマン ドキュメンタリー映像作家

記録映画「ルイズ その旅立ち」※キネマ旬報文化映画部1位 毎日映画コンクール記録文化映画賞 日本映画ペンクラブ・ノンシアトリカル部門1位。朝日ニュース「特集 血塗られた安保条約」※ブルーリボン賞など受賞。NHK「教え子たちの歳月」ETV2002「命を見つめて」世界の文豪「スタンダール」「シェークスピア」「エミリー・ブロンテ」等など。遺作2004年1月31日(土)放映ETVスペッシャル「倒れてのち始まる 高野悦子・鶴見和子10年ぶりの対話」

お別れ会「宮内一徳さんを偲んで」は2004年1月23日(金)日本プレスセンター10階で。
発起人・田原総一郎氏「大きな大きな戦友を失って、大きな穴があきっぱなしです」
 宮内さんは被写体を常に素肌の人間として、そしてまた生涯の親しい友人として撮るカメラマンでした。社会的身分、経歴、年齢性別一切の約束事は彼の頭にはなかった。あるのは、その人間が何をしているか、であった。そういった意味で、今思うとドストエーフスキイ的人物であったのかも知れません。仕事と酒を愛した現代には稀有な好漢でした。あの髭の微笑に会えないのは淋しい。ご冥福をお祈り申しあげます。(「読書会通信」編集室)

◆森田直樹さん 読書会会員

森田さんは、昨秋ころから読書会に出席されなくなりました。どうしたのかと思っておりました。が、先ごろ「ドストエーフスキイの会」にご家族の方より昨年、亡くなられているとの連絡がありました。ご冥福をお祈り申しあげます。
 



12月13日の読書会参加者20名

居酒屋「東方見聞録」で行われた忘年会は、15名の出席者があり盛会でした。



編集室便り

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