ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.64  発行:2000.12.2


次回読書会のお知らせ

月 日:2000年12月9日(土)
時 間:午後6時〜9時
場 所:東京芸術劇場小会議室@
報告者:中谷 光宏 氏
作 品:貧しき人々
会 費:1000円




全作品読み4サイクル出発

 10月14日に開かれた読書会は、4サイクルスタートにふさわしい熱く新鮮なものになりました。
報告者。菅原純子さんの丁寧な読み、そして緻密な感想レポート。その発表を受けて、参加者それぞれの作品論が熱く語られました。
 現代のメール時代を先取りしたようなこの作品に、改めてドストエーフスキイの予見性を感じるとともに、「ワルワーラの愛とは、ジェーブシキンの愛とは」についても議論沸騰でした。また「貧しき」と何かについてもいろいろな意見が出されました。作品を徹底的に論じたスタートでした。




10月読書会レポート(全文)

『貧しき人々』を読んで

菅原 純子


 ドストエフスキーは、1844年10月19日をもってペテルブルグ工兵局製図室勤務の職を辞し、かねてからのぞんでいた自由な世界へ出、天職とするところの文学者として身を立てようと出発したのである。
 この時ドストエフスキーは前年翻訳していたバルザックの『ウージェニー・グランデ』を出版したばかりだった。1844年9月30日付けの兄ミハイルヘの手紙では「ぼくには希望があるのです。ぼくは『ウージェニー・グランデ』ぐらいな分量の小説を書き終わろうとしています。(略)
 この小説は何度かの推敲の上、1945年5月に完成した。この小説こそが『貧しき人々』である。彼がこの小説を着想する上においては、バルザックの『ウージェニー・グランデ』翻訳することに加え、それにもまして重要なものは、1844年1月の「ネヴァ河の幻影」という心的体験である。それは『ペテルブルグの夢』の中で次のように述べられている。

 「今でもおぼえているが、あるとき、冬も1月の夕方、わたしはヴィボルグ地区から、わが家へと急いでいた。そのころ、わたしは非常に若かった。ネヴァ河に近づいた時、わたしはちょっと足を止め、河に沿って、凍ったもやに薄れた遠方に、刺すような視線を投げた。それは、霞んだ天涯に燃え尽きんとしている夕焼けの最後の緋の色、とつぜんあざやかに染めあげられた。‥‥その世界はただ何かぼんやりしたうわさによって、何か神秘的なしるしによって、かすかに知っていたのである。ほかならぬその時以来、わたしの存在がはじまったものと考える‥。」この幻影の後、また別の夢を見るのである。「わたしはとつぜん、よくあたりを見回すようになり、あるとき忽然として、なにか奇妙な顔をしている連中に日がとまった。‥。〈略〉彼といっしょに、ある娘がいるが、はずかしめられて、憂愁に沈んでいる。彼らふたりの物語は、わたしの心を深く引き裂いた。」

 このように、ジェープシキンとワルワーラを主人公にした『貧しき人々』という処女作は着想され、現実もまた非現実であり、秘められた人間の内的世界を描き出してゆくのである。
 『貧しき人々』は4月8日のジェーヴシキンの手紙でもって始まるが、この第一通にはジェーヴシキンのワルワーラに対する愛情がうきうきとして饒舌に語られている。冒頭では、私は幸福でしたと、幸福という文字が3度も使われ、ジェーヴシキンの頭の中にはワルワーラに対する空想でいっぱいであり、すべてがばら色なのである。しかし、ジェーヴシキンは髪の数も残り少ないと書いてあるように47歳ぐらいの年齢であり、それに対してワルワーラは推測するところだいたい17歳ぐらいの少女である。こんなに年の差があるワルワーラにジェーヴシキンは恋をしているのである。
 しかも、ジェーヴシキンは、窓かけの片隅が鳳仙花の鉢ではしょられていることについては、ワルワーラとくいちがいをみせている。窓かけをおろすとさようなら、上げるとおはよう、ジェーヴシキンのこのおもいっき、望みを、内庭を隔てたワルワーラの所に引っ越してきてすぐにでも、ワルワーラが自分の望みをかなえてれると思っているのである。この誤解はすぐに、ワルワーラによってうち消される。ワルワーラは「窓かけのことはわたし考えもしませんでしたわ、きっと鉢を置き換えたときひとりでにひっかかったのでしょう。お気の毒さま!」とひややかに書いてよこすのであり、ジェーヴシキンのうきうきとした感情そのものも、「天国だの、春だの、薫りが漂うだの、小鳥がさえずるだのいって、いったいなにごとでしよう」というように、ジェーヴシキンの高まつている気持ちに水をさしているのである。
 いつ、ワルワーラがジェーヴシキンと出会ったのかは書いていないが、今度はお近くになりましたと書いてあるように、いつ頃かは、わからないが手紙のやりとりをする以前からジエーヴシキンはワルワーラになんらかの援助をしていたのではないだろうか。そのお金の負担が大きくなるにつけ、お金を節約するため、はえが飛んでくると、そのはね音さえも聞こえたくらいの普通の家から、内庭を隔てた所にワルワーラの姿が見える裏長屋のしかも台所の片隅へと引っ越してきたのではないだろうか。
 4月8日にジェーヴシキンは二通手紙をかいている。その一通目の返事で、頭を冷やされたジェーヴシキンは、ニ通目の手紙で有り余る熱情があるため、人間は自分の気持ちをすっかり勘違いし、口から出まかせのことを口走るとか、愛だの恋だの、髪の毛の薄い年になっている自分の言いだすことではなかったなど自分をかえりみ、さらに第一通目でうきうきとしたワルワーラに対する愛情を父親としての好意、父親としての情愛に置き換えてしまうのである。水をさしたワルワーラに従順になってしまう。たしかジェーヴシキンは速い親戚であり、ワルワーラの保護者として今後、あなたの側にいようということなのであるが、年の差があるとはいえ、ジェーヴシキンは男性としての欲望は、少しもなかったのであろうか。ジェーヴシキンは自分自身で欲情を押さえ込んでしまったのではないだろうか。
 ここでもう一つ問題となるのは、ワルワーラの贈り物をもらう時の態度である。なんにもいらない、いらないと言いながら、ぜにあおいのことを口にだし、それを受け取る。なんてきれいな花なのでしょうなどと、ちゃっかりとした一面をもっている。つまり、ワルワーラは間接的にジェーヴシキンにねだっているというわけなのである。これ以外ばらだとか下着、色絹にいたっては、ジェーヴシキンは「買いますとも、買いますとも、その絹の切れを買って来ます。あすにもさっそくあなたを心から満足させてさしあげます。」など、ジェーヴシキンはワルワーラにねだられること、つまり物を買って与えることによって、ワルワーラの喜びをみたいのであり、そしてそのこと自体が自分にも与える喜びをもたらし、まさしく生きているという実感を得るのではないか。このようなワルワーラの存在自体が、ジェーヴシキンに幸福をもたらすものなのである。
 しかし、内庭を隔てたところにいるワルワーラのもとへ行くことを、ジェーヴシキンは住民のうわさや陰口をきかれるのがいやで行かれないという、他人の目、口を異常に気にする。この点に関しては後で述べることとし、私はワルワーラの保護者であると言った人間がなぜ、アパートの住人の陰口を気にするのであろうか。保護者であれば堂々とワルワーラの部屋に行けばいいのであり、ワルワーラを異性としてとらえているから、堂々と行くことができないのではないか。ジューヴシキンの心の中にはこのように揺れがある。ワルワーラは「あなたは家へ来るのを恥ずかしがっていらっしゃいますけど、そんなことつまらないじやありませんか。それが他人にとってどうしたというんでしょう?」ここでもわかるようにジェーヴシキンの心の揺れとは裏腹にワルワーラはジェーヴシキンを異性としては見てはいないのである。
 次にワルワーラの手記をみてみたい。ワルワーラはこの手記をジェーヴシキンの深い愛情に対するお礼として、喜んでもらうために送ったとある。手記によると、ワルワーラは父が領地の支配人を解雇され、片田舎からペテルブルグに移ってきた。村を出ないで、そのまま一つところに暮らしていたら、どんなに幸福だったろうと思っている。この点に関しては彼女の黄金時代として述べるとし、この時12歳である。父親は事業で失敗し、借金で首がまわらなくなり、心労のもとあっけなく死んでしまう。残された母親と彼女は、生活のすべを知らずに、家を含めすべてを借金のために失い食べる物さえなくなってしまう身の上になってしまった。その時、アンナ・フョードロヴナが自分のところへ身を寄せるようにと現われたのである。アンナは速い親戚ではあるが何かいかがわしい商売をしている。女街ということばは今は通じないが、アンナの家にしょっちゅう客が出入りしていて、母は呼び鈴が鳴るやいなや、ワルワーラを自分の部屋へ連れ戻す、と書いてあるのでいわゆる売春宿のようなものではなかったのではないかと思う。そこには従姉のサーシャ(彼女もみなし児〉、このサーシャの家庭教師として下宿しているのがポクローフスキイ青年であり、ワルワーラはこの青年に恋するのである。この青年は、年中酒びたりのポクローフスキイ老人の先妻の子供であり、IO歳のとき、母親に死なれ、父が再婚した新しい母親は夫を折檻するような人であり、家の中はめちやめちゃになってしまった。ポクローフスキイ青年は父の知人であるブイコフに引き取られ、学校へも入れてもらいブイコフの友達であるアンナの家へ食客として住み込むことになったのである。彼は、書物、とりわけプーシキンに興味をもつ頭のいい知的な青年であり、ワルワーラもこの青年に影響をうけ、青年の部屋にあるすべての本を読みたいという精神の同化を心に描くまでになるが、この青年は結核にかかり、死んでしまう。
 この手記では何よりも、死んでゆくポクローフスキイ青年に対するポクローフスキイ老人の愛、息子の死後、棺を乗せた荷馬車を、ポケットから落ちてゆく本をひろいながら追いかけ場面がひときわ目にやきつく、また、この老人は息子に軽蔑されているが、酒びたりの生活を修正することで、息子に何とかして受け入れてもらおうとするなど、息子への限りない愛の思いが浮かび上がってくる。ワルワーラの手記はポクローフスキイの葬儀の場面で終わるが、父親の死、母親の死、ポクローフスキイ青年の死など、ワルワーラにとってはこの現実を乗り越えるのは、どんなにたいへんなことであったろう。手記の後すぐの6月11日の彼女の手紙には、自分はきっと死ぬのに相違ないなど、死の想念が浮かぶ。これは単に病気によっての死より、精神的なもの、何かを心にかかえているからではないか。それが何であるかというと、ワルワーラはブイコフに辱められている。この辱められた心の傷と身内の死などがワルワーラの精神に不安定さをもたらしているのではないか。
 ドストエフスキーは直接にブイコフに辱められたとは書いてはいないが例えば「過去は振り返って見るのも恐ろしいくらいでございます。それは、思い出しただけでも胸が張り裂けそうな悲しいことに満ちいます。私は自分を破滅させた悪い人たちを、一生うらんで泣くことでしょう!」「ああかわいそうな、かわいそうなおかあさま、もしもあなたが棺の中からおきあがって、あのひとたちがわたしに仕向けたことをお知りになったら」「とりわけ、自分の哀れな子供を、あの怪物どもの餌食に残していった母について語ることは」など、断定はできないが間接的には、ワルワーラはブイコフに辱められたと読むことができる。これはアンナのさしがね、つまりはアンナの策略にはまってしまったのである。ワルワーラは引き取られたときのアンナの態度を次のように書いている。「その後、わたしたちがほんとうに頼りのない身の上で、どこへも行くところがないのを見抜いてしまうと、もうあけすけに自分の本性をあらわしてしまった。しばらくしてから、わたしにはひどく愛想がよくなって、なんだかいやらしいほどちやほやし、おべっかまでいうようになった」
 アンナには下心があり、ねらいをつけていたのである。アンナは、ジェーヴシキンの庇護のもとに暮らしている時になっても、探りつづけているけしからん男が侮辱しに現われたり、見知らぬ老人が訪れ、ワルワーラに口づけしょうとして、その老人の口からはアンナ・フョードロヴナも近いうちに訪れる、ことづけがあったなど、アンナが女街として生活していると読み取れる。9月3日のワルワーラの手紙は、彼女の黄金時代が描かれている。この手紙は手記の次に長くかれたものであり、そこには少女時代に田舎で暮らした生活が語られているが、この中で「それでいて、わたしはまだ子供だったのです。ほんのねんねだったのです」という言葉が気になる。ペテルブルグという都会へ出てくる前、ブイコフに辱められる以前の少女時代がワルワーラにとっては、黄金時代であり、今はこんなにも身を落としてしまったと嘆き悲しみ、この秋にはきっと死ぬに違いないなど思いめぐらせているのではないだろうか。
 ここで今一度『貧しき人々』という題名に立ち返って作品を見てゆきたいと思う。ゴルシコフは、マカールと同じアパートに住む住人で、マカールよりさらに貧しく、だれかれなしに人を恐れはじっこのほうをそっと通っていく内気な人間である。妻と子供が3人おり、何か裁判沙汰になっていて失業の身である由、その生活は貧窮している。このようなゴルシコフ家族のことを考えているマカールは「この貧しい人たちのことがわたしの頭を離れないでろくろく眠ることもできないほどでした」とあり、このゴルシコフの子供の上の子が死んでしまうのであるが、そこで流した涙は、涙ではなくただ目が腐りかかって、くせになったものが頬を流れているだけであり、さらには一人だけ肩の荷がおりたので、みんなほっとしているかもしれませんなど、貧しく暮らしており、とことんまで生活苦を味わっている人間の感情の鈍麻が描きだされている。
 だがゴルシコフは天下晴れて、名誉を回復する。お金も手に入り、妻や子供たちと上等なの食事をともにした、今まさに絶頂の時に死んでしまう。この場面が、深い同情をもって語られているが、ジェーヴシキンもまた、閣下から100ルーブルもらうとすぐにワルワーラはブイコフとの結婚を相談もせずに決めてしまうなど、絶頂にあって落とされてしまう二人の運命とはいかなるものであろうか。また、ジェーヴシキンはコローホヴァ街で10歳ぐらいのものごいの男の子に出会う。「見るからに病身らしく痩せこけて、何か着てはいたもののシャツ一枚も同然・・・ぶるぶる使えながら、袖口を噛んでいました」この少年は母親から書きつけをもたらされている「お慈悲深い皆様がた、一人の母親が死にかかって、3人の子供が飢えに迫られております、どうかわたくしどもをお助けくださいまし・・・。お礼に、あの世でも皆さまのことは忘れはいたしません」この男の子をマカールは精神面で自分と同じだというふうに見ている。つまり、男の子がほどこしを乞いながら人と接すると、みんなさっと通り過ぎ、「どけ!うせやがれ!ふざけるな!」などという言葉をあびせられ、子供の心はすさんでゆき、救いの手もなく死んでしまう一生かもしれない。マカールは少年にほどこしを与えなかった。
 「実際、われわれはよくなんの原因もないのに自分で自分を卑下して、一文の値打ちもないように考えこみ、こっぱにも劣るもののように、自分で自分を片付けてしまうものです。もし比喩をかりていうならばそれも畢竟、わたしがあのほどこしを乞うた貧しい少年のように迫害されいじめ抜かれた人間だからでしょう。」マカールはものごいする男の子と同じように、他人によっていじめられているというがこの意識はどこからでてくるのであろうか。
 ジェーヴシキンは17の時から30年、浄書係として勤務生活をおくる9等官である。古ねずみと称され、役所の中であしざまに悪口を言われているのは、自分がおとなしく、つまらない人間だからであり、それに加え自分を他人の中で押し殺して生きている人間である。が、自分は他人の厄介になっていないし、パンは自分で得ている、そのような古ねずみなのだ。ジェーヴシキンは他人の目、口を異常に感じ取ってしまう。ワルワーラが家庭教師として働くことを相談すると、「他人は腹黒です、ヴァーリンカ、腹黒も腹黒、ちょっとでも気にくわない、小言をいったり、責め立てたりするばかりか、意地の悪い目で追い回して、いじめ抜くのです」自分のパンを得るということは、このような人間の中に出て精神的な苦痛を味わいながら働かなければならないことであり、空想好きな、くよくよしたり、人づき合いの嫌いなワルワーラには、とても他人の中で働くのは無理だし許すこともできない。ジェーヴシキンは「下着一枚で往来を歩くようになろうともあなたにはけっして不自由させません」ここまで言い切っている。
 そのジェーヴシキンがだんだんお金に困ってゆき自分の給料まで前潜りし、将校の所になぐりこみに行き、酔い潰れ醜態をみせる。援助しているワルワーラからお金まで受け取るまでになってゆくのであり、少しずつ破綻してゆく。服の泥を落とそうと思っても門衛までが、ブラッシを渡してくれない。靴の泥を拭くぼろぎれにも劣るようなしいたげられた人間に落ちぶれ、外套なしに出掛けたらどうなるか、つまりジェーヴシキンは外套を着ない寒さや、はだしで歩く痛さより、世間の人に陰口を言われるのが異常に気になる人間である。「わたしを苦しめているのは金じゃあなくて、こういった浮き世の苦労です。みんなのひそひそ話、にたにた笑い、それから意地の悪い冗談」まわりの人間をおそれている。「貧乏人は気難しいのです。世間を見る目もちがうし、往来を通る人をも横目で睨み、いじけた目つきで周囲を見向して、なにか自分のことを言っているのではあるまいかと、ひとことひとことに耳を定ますのです。」こういった意味でジェーヴシキンも貧しき人々である。
 他人の目、口を異常にも被害者的にとらえるというジェーヴシキンを見てワルワーラは「あなたはなんでもあまり気になさりすぎます。それでは年じゅうこのうえもなく不幸な人間になってしまいます。」とあたたかいまなざしをもって、忠告している。ジェーヴシキンはワルワーラとの出会いによって救われたのである。「わたしの天使、あなたという人を知るまでには、わたしはほんとうのひとりぼっちで、まるで眠っているようなものでした。とにかく、自分は人間である、感情からいっても思想からいっても人間に相違ないと悟ったのです。」ねずみと称された自分と違い、自分の中に人間としての価値を見い出したのである。ここにはじめてジェーヴシキンという人間の存在があり、ジェーヴシキンはワルワーラに救われたのである。
 がしかし、ワルワーラは自分が働きにでる時はジェーヴシキンに相談をもちかけるが、ブイコフとの結婚について一言も相談せずに自分自身だけで決心してしまうのである。ブイコフがお菓子代とし500ルーブルをぽんと置いていったからであろうか、なぜワルワーラは自分を辱めたブイコフとの結婚を承諾したのか、ここに貧しい孤児として生きているワルワーラにとってはこれ以外の方法もなく、貧しさゆえに身をうらざるをえない。ブイコフの女になって生きてゆくしか生きてゆくあてがないのである。ジェーヴシキンは言う。「あなたは気立てが優しくて、美しくて、学問もおありなのですが、どうしてそんなに不仕合わせな運命を背負わなければならないでしょう?」幸せな運命ををさづけられた人間が生きている一方でなぜ、不幸せの元に生まれてこなければならなかった人間が存在しているのか。『貧しき人々』にはすでにこういう問いが投げかけられているのである。
 ジェーヴシキンにとってなくてはならない存在になっているワルワーラが結婚を決めた後、なぜブイコフに対抗することもせず、どうしたらワルワーラを手元に置いておくことができるかなど具体的なことは何もせず、「出発するのだから買物をなさらなければいけないでしょう」と買物にほんろうするばかりなのか。ただたんに自分には勝ち目がないと思っているのではなく、問題に直面した時の対処の仕方が欠けている性格を表しているのではないだろうか。ジェーヴシキンは手紙をどうやってこれからやり取りすることができるかということを心配している。ワルワーラはジェーヴシキンに結婚支度だけをあれこれ指示し、ジェーヴシキンはそれに従順にしたがい街中の店を駆けずりまわるのである。ブイコフはお金に関してシビアな面をしだいに出してゆき、おこりっぽくなってゆく。ジェーヴシキンの自己犠牲的、献身的、見返りをもとめないような愛にくらべ、ブイコフのはただ単に相続権を甥から剥脱するため自分の子供を作るという自分の身の安全をはかるだけのエゴイステックな結婚である。ジェープシキンはワルワーラの結婚式に、風邪を引いて出席することもできず、ワルワーラを失った彼は、ワルワーラが住んでいた部屋に引っ越し、日付のない手紙を書くのである。「わたしは死にます。ヴァーリンカ、かならず死にます。わたしのこの胸はこのような不幸に堪え切れません!わたしはあなたをこの世の光のように愛していました。生んだ娘のように愛していました。あなたという人を何から何まで愛していました・・・」ジェーブシキンは途方にくれるばかりである。 (完)

※紙面の都合で作品からの引用箇所を短縮したところもあります。