ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.165
 発行:2017.12.1


第284回12月読書会のお知らせ

月 日:2017年12月9日(土)
場 所:池袋・東京芸術劇場小会議室5(池袋西口徒歩3分)
開 場:午後1時30分 
開 始 : 午後2時00分~4時45分
作 品 : 『悪霊』7回目(最終回)
報告者 : フリートーク 
会 費 : 1000円(学生500円)



第43回大阪「読書会」案内 

ドストエーフスキイ全作品を読む会・大阪読書会の第43回例会
12月16日(土)14:00~16:00、会場:まちライブラリー大阪府立大学 
作品は『未成年』 



さまざまな『悪霊』評
(『ドストエフスキー写真と記録』論創社 1986)から)

当時やその後の、『悪霊』に対する評判はどうだったのか。いくつかを紹介する。(編集室)

P・トカチェフ(1844-86)『病める人々』ロシアの革命運動家
彼は事実を取り違えたり嘘をでっち上げたりしながら、裁判記録を書き写しはじめている。しかも彼は単純にも、自分は藝術作品をこしらえているのだと思っている・・・読者が見せられるのは、ある古い速記録を下手な手つきで人物化したものに過ぎない。それと、そこへ白い糸で縫いつけられた、作者自ら発明にかかる、得体の知れないナンセンスの飾りに過ぎない・・・何やら不明瞭な神秘的な理論にすっかり頭がおかしくなってしまっているこれらの片輪者たちの病的な観念には、あの最良の、教養ある青年層の世界観は、明らかに微塵も反映していない。これらの片輪者たちもその青年層から出た者たちではあるが。

ボンチ=ブルェビッチ(1873-1955)革命家 ソ連の政治家 著書『書物と作家について語るレーニン』
彼は『悪鬼ども』に対しては強い否定的の態度をとり、こう語った。「この小説を読むにあたっては、ここに写しだされている事件が、S・ネチャーエフ一人ではなく、M・バクーニンも加わっていた活動と結びついていることを忘れてはならない。『悪鬼ども』が書かれていたまさに同じときに、マルクスとエンゲルスは、バクーニンを相手に激烈な闘いを繰り広げていたのだ。この小説で何がネチャーエフと関係がなく、何がバクーニンと関係があるか、それを解明するのが、文芸評価たちの仕事だ。

A・V・ルナチャルスキー(1879-1933)ソ連の文芸批評家 『ドストエフスキーについて』
ドストエフスキーは、ブルジュア精神に対する憎しみを抱きつづけたが、同時に革命的精神に対する憎しみもまた自らの内にかきたてた。

A・M・ゴーリキー(1868-1936)ロシア・ソ連の作家
ドストエフスキーの『悪鬼ども』は、1870年代の革命的運動を中傷しようとする無数の試みの中で、最も才能豊かな、最も悪質なものである。



寄稿

『悪霊』のサブカルチャー展開 -ドストエフスキーと笠井潔-

野澤高峯

既に想起する人も極一部ですが、2017年の今年はロシア革命100年にあたります。(*1)そもそも『悪霊』は、1861年の農奴解放後のロシアで革命を準備した地下活動家たちの物語であり、この時代のロシア帝国は「大改革」の時代と呼ばれ、地方自治制度の改正、司法制度の近代化、教育改革等が実施されています。大きく見ると、時代は進歩していたはずですが、悲劇としてこの小説で描かれるのは、当時の急速な近代化・自由化の中で、神・理想・規範等の超越項を失った人々の姿です。入念に形作られた登場人物は強烈な印象を与えますが、その多くが最後には死に至るように、ドストエフスキー文学の中でも、最も死者の多い「テロの文学」作品かもしれません。また、国内において今年は全共闘運動での過激化の契機である羽田闘争から50年、沖縄返還、連合赤軍事件から45年目(*2)にあたり、追悼・回顧のシンポジウムの開催やマスメディアでも取り上げる機会も見受けられます。来年は「1968年問題」として当時の運動の回顧が更に浮上するでしょう。(*3)
今回はこの当時のロシアと日本における「革命」をガジェットとして結びつく『悪霊』と推理作家としての笠井潔の『バイバイ、エンジェル』(本格ミステリ)、『転生の魔』(ハードボイルド)の二作品について、今や日本の文化的主翼を担うサブカルチャー(主に大衆文学)における『悪霊』の主題の一部についての現代的展開を述べたいと思います。
 
笠井が連合赤軍事件を総括した観念批判論(*4)の主題を、本格ミステリで具現化したのが処女小説『バイバイ、エンジェル』です。この作品はセクト活動家を経て、その後小坂修平らと共にマルクス葬送派と呼称された笠井自身が、全共闘運動終焉の要因となった連合赤軍事件に対して、その後多くが沈黙した当事者世代の中から、事件を自らの事として果敢に受け止め、事件も冷めやらぬ1979年にその総括ととれる意味合いで発表しました。シラケ世代である自分には、本格ミステリとしての面白さ以上にその背景にある思想的課題を含めた笠井の原点であり、重要な作品として今でも受け止めています。主人公である素人探偵の矢吹駆が日本人であること以外は、登場人物も含めその舞台はフランスで起きる首無し殺人事件です。ワトソン役のナディア・モガール(ナディアというのは Nadia と表記され、これはブルトンの Nadjaのjを iに変えて命名した)の形式論理的推理に対し、本質直観をガジェットとする現象学的推理という斬新な手法で犯人を追い詰めるというストーリー展開に、その後の連作を通じ若い当時から魅了されてきました。ネタバレとなるので以下、引用はできるだけ控えますが、作品では下記の様に語ります。
「(犯人)に憑いたのは、革命という魔【ルシファー】だった。ドストエフスキイがあれほどに憎まねばならなかった悪霊……。」(固有名は引用者が(犯人)に変換した)

この作品では『悪霊』の主題の一つが「魔」(ルシファー)として登場人物に具現化します。一言でいえばこの作品の主題は「革命という悪霊」に取り憑かれた「観念による殺人」ですが、また事件後に矢吹は、犯人は『悪霊』の五人組と同じく「殺人に耐えきれる人間ではなかった」とも宣告します。こうしたドストエフスキー文学の現代的意味として、日本におけるサブカルチャーへのドストエフスキー文学の展開を考える時、笠井は1986年当時に下記の通り述べています。
「観念の言葉というのが、現実の中でリアリティを持つ場所というのがあるんだけども、日本の近代文学のコードの中でそういうことは書けない図式に成っているんですね。・・・

ドストエフスキー的な問題意識をもって小説を書こうという人はいても・・・埴谷雄高っていう人がいるんですが、あの人も小説性を解体しちゃっているから完結しないけどね(笑)。僕には近代文学のコードから排除されたファクターを書きたいという希望があって。ただ、それは近代文学の正統から見るとね、辺境であり、異端であるというような書かれ方しかできない。だから、観念小説としての突破口はやっぱり『ドグラマグラ』なんだけど、むしろ『新青年』的な場所で、文学からも大衆文学からも異端という場所でかろうじて存在してきたっていう気がしますね。そういうことと、もうひとつ面白いのは、ドストエフスキーがああいう風に書いてしまったから「連合赤軍事件」みたいなものが起こったというのがあると思うんですよ。・・・ネチャーエフ事件をドストエフスキーが書いてしまったことによって、今後は現実が物語を模倣するとかね。そういう逆転っていうのがどこかで起こっているような気がするわけ。」(*5)

実際に、『悪霊』を基にしたこのフランスの物語は、内ゲバに明け暮れた、革命を目指した日本の過激派セクト(連合赤軍事件)の存在を前提にしていますが、その後、オウム真理教事件も起こりました。文芸論壇の古典的言説では、「若者がドストエフスキーを読んでいれば、オウムには入信せず、あのような事件は起こさなかった」という見解も見受けられましたが、「虚構の時代」当時から台頭してきたアニメを中心としたサブカルに、信者が多大な影響を受けた時代背景を踏まえれば、この見解に疑問を呈するとともに、現在までにはジャンルの横断はさらに加速し、大きくは戦後的価値に関する「政治と文学」という問題設定自体を問い直す事もうかがい知れます。(*6)そうした日本文化でのサブカル(主にゲームやアニメーション)の台頭とそこでの文学的主題の展開を含め、当時の笠井のこの見解の先見性を確認できると共に、「テロ文学」としてのドストエフスキー文学は、倫理主義的な解釈を超えた「善悪の彼岸」としてとらえ返す必要も感じています。また、スタヴローギンの個性が強烈なため『悪霊』においては「告白」の挿話と共に、彼を中心にストーリーを追いがちです。その点はこの作品での犯人もスタヴローギンの外貌を彷彿とさせますが、若かりし頃内ゲバを惹き起こし「東アジア反日武装戦線 狼」による三菱重工本社の爆弾殺傷事件を想起させる過激派セクトリーダーであったという、爆弾魔という過去を持つ矢吹自身もスタヴローギン(その体現としてのピョートル)を引き継いでいると受け止められ、その姿はその後のシリーズ作品で順次見極められると思います。矢吹はヒマラヤで苦行の後、パリでも苦行僧のような日課を厳しく課しているのですが、シリーズ第二作の『サマー・アポカリプス』において振り返って導入された第一作を語った主題を引用すれば、彼は下記の様に言い放ちます。

「僕は(犯人)よりももっと深く(犯人)的であった。そこには、確かに観念的なものの逆説があった。正義の観念は、爆弾のように人を殺戮しうる。人類の総殺戮、世界の総破壊の熱望が、逆に過激な正義の観念を深い深淵の闇から呼んだのだ。愛の名辞によって憎悪を正当化し合理化する観念の倒錯、これが悪だ。・・・悪の根源は、私への度し難い執着にあった。私と他者が、私と世界が親和しえないならば、他者の方に、世界の方に消えてもらわなければならない・・・。」(*7:固有名は引用者が(犯人)に変換した)

いかにも「地下室人」の意識を倒錯的に引き延ばしたセルフですが、『サマー・アポカリプス』にもこうした「世界への違和=憎悪」を体現した人物が登場します。また、そこでの矢吹はシモーヌ・ヴェイユをモデルとした人物に放つ下記のセリフからキリーロフの側面を見ることができ、笠井は矢吹駆を『悪霊』を基に重層的な人物として設定していることもうかがい知れます。

「すべてを承認することだ。無辜の子供たちが限りなく虐殺されて行くこの世界のすべてを、肯定することだ。ほんとうは善も悪もありはしない。百五十億年を貫いて流れ行く轟々たる原子の大河だけがある。この流れだけを凝視するその時、人は、歓びと安らぎに満ちて呟くだろう。〈すべてよし〉と」 (*7)

その人物像はシリーズ全体を通して、背後にいるスタヴローギンの悪をさらに純化する存在であるニコライ・イリイチに対峙する主人公として、勧善懲悪な主人公ではなくキリーロフ同様、克服されるべきニヒリストとして、矢吹に要請されていると思われます。
このように、この素人探偵を主人公とした活躍は、笠井のライフワークとなり『矢吹駆シリーズ』として10作品が順次刊行されますが、『悪霊』の主題に留まらず各作品には歴史上の思想家をモデルとした重要人物が登場し、その思想と矢吹が対峙するというプロットを貫いています。モデルとなる主な思想家とその主題を列記してみます。シモーヌ・ヴェイユ(不在としての神)、ジョルジュ・バタイユ(過剰・聖なるもの)、マルティン・ハイデガー(存在)、エマニュエル・レヴィナス(イリヤ・顔)、ミシェル・フーコー(外部)、ジャック・ラカン(現実界)、ジェルジ・ ルカーチ(革命)等々。つまり否定神学系(笠井自身はこれをポストモダン思想の言説群とは明確に分離し「否定信仰」と捉えている)と一括できるこうした思想家たちを登場させて、本格ミステリという形式を貫き、笠井解釈でそれぞれの思想を作品化しているのが見てとれます。『バイバイ、エンジェル』刊行当時の笠井の下記の言説に従えば、ドストエフスキーも否定神学(否定信仰)系の小説家として位置付けていたことが解ります。
 
「ドストエフスキイ自身にとっての神なるものは・・・観念における神、観念的に実体化させられ凝固した神ではなく、予感における神、体験としての神、むしろ「不在の神」(シモーヌ・ヴェイユ)と呼ばれるべきものなのだが、ドストエフスキイ自身にとってもこの神への道は極度に困難なものであった。そして「不在の神」とは、ドストエフスキイやシモーヌ・ヴェイユにとって、あの観念の外部という謎めいた領域を示すべき、差当たりの言葉に他ならなかった」(*4)
 
つまりここで強調したいのは『矢吹駆シリーズ』とは、彼が称する「観念の外部」という概念を様々な題材で作品化し続けているということです。そこに現れる背理をドストエフスキーの主題との共振として、竹田青嗣は下記の様に論じています。
「(この自意識の“病理”の本質は、)人間の「自我」がその欲望論的中心を、身体や感情の外部に(たとえば「観念」に)見出すという点にあった。ドストエフスキーはこれを「無神論」と呼んだのだが、同じものを笠井潔はたとえば、「観念の倒錯」と呼ぶだろう。」(*8)

この解説を読んだ当時、自意識の病理としての外部をドストエフスキーの「無神論」と捉えたこの竹田の解釈に大きな驚きを覚え、自らの興味をドストエフスキー文学に向かわせた契機でもありました。余談ながら当時は文芸評論家であった笠井の盟友である竹田が、笠井がここで導入した現象学にも後押しされ、今ではフッサール現象学の正統な後継者としてポストモダン思想でも様々に変装されたこの「観念の倒錯」を「本体論」としてその解体を宣言し、独自の哲学理論である『欲望論』として大成したことと共に、この作品の刊行から現在に至る40年近い時の流れも感慨深く受け止めています。

通常の人間が一般的に望む快適の原理(安楽に長生きしたい生活を望む欲求。これを基にした産業化と近代化の進み行きは必然と捉える。)に対し、これと違う原理として、この「無神論」=「観念の倒錯」を人間の持つ「超越的欲望」から来るある顛倒とみれば、超越的欲望とは、神亡き後に投げだされた実存的契機で告げ知らされる、人間が切望する快楽の原理による欲望とも言えます。これは近代以降では、革命・恋愛・芸術などを求める欲望ですが、「この快楽は切迫した死を渇望する」と説話的に提示したのはバタイユです。また、その強度((価値)において、文芸評論家の秋山駿はこれを「生の直接性、果てまで行こうとする意志、絶対を問うということ」として定義したと考えられますし、笠井は「果て」も「絶対」も、人間存在の直接性、霊的・精神的次元を示していると言います。これをドストエフスキーは否定神学(否定信仰)的に示しましたが、笠井はそれを自らの経験(革命・登山・スキー)から「直接性・超越性・技術性」として再定義しています。(*9)そこに観念として顛倒していく背理を見ることに、ドストエフスキーと笠井潔の文学としての共通な醍醐味を感じます。

『悪霊』を想起させるもう一つの作品は、『転生の魔』を挙げることができます。これは「私立探偵飛鳥井の事件簿」シリーズでもある前作から14年ぶりに刊行された最新作ですが、過去の作品に比べ過剰な印象を受けました。それはこのシリーズが、本格ミステリとハードボイルドと社会問題を結びつける内容であったことに、今回はさらに思想闘争の要素が組み込まれていることに他なりません。年齢も同じ笠井潔の分身と思われるアメリカ帰りの主人公は、ノージックを原書で読むリバタリアンの職業探偵である飛鳥井で(笠井自身もアナルコ・キャピタリストを自任しています)、作者に近い等身大の主人公です。しかし、飛鳥井を日本の全共闘運動期にはアメリカに渡らせ、その経験がない主人公として設定し、このシリーズでは意図的に笠井の思想的テーマを抑制しており、過去作品では人探しを基本にストーカー、援交、HIV、ホームレス、拒食症、結婚詐欺、外国人労働者問題等、その時々の日本の社会問題をリアリズムで映し出していくエンタテイメントに徹した展開でした。

『転生の魔』では2015年の日本を舞台に、安保法制の国会前デモの映像に移った女性が、1972年の暮れに二重密室から失踪したジン(名前の由来は三島由紀夫『暁の寺』のジン・ジャン)と当時から加齢しない瓜二つであることから、輪廻転生譚も加味し、ジンの捜索と過去の失踪の謎を追うストーリーです。そこにはSEALDS、国会前抗議行動、社会的ひきこもり、オウム真理教事件、ISのテロ等のガジェットを散りばめてはいますが、中心となるのは1972年当時の爆弾闘争(モデルは矢吹駆の過去を紐解く『熾天使の夏』同様に、後の東アジア反日武装戦線)に走る過激派の組織化過程を描いていることです。過去と現在をリンクさせているのはシリーズの作品『三匹の猿』を想起しますが、この組織化過程のプロットは「ネチャーエフ事件」です。ネタバレになるので誰をネチャーエフ(『悪霊』ではピョートル)として設定しているかは伏せますが、ここでのメンバーの事件後の逃走劇として日本赤軍を想起させる世界同時革命による海外拠点化や、それが強いては現代のISと結びつくというように、テロリズムを日本の現在に顕在化させる社会的な視線で展開しています。

この作品は『矢吹駆シリーズ』ほど思想的課題を中心に扱ってはいませんが、ドストエフスキーが「ネチャーエフ事件」から『悪霊』を創作したように、この作品では『革命家のカテキズム』を基にしたネチャーエフ主義を背景に、全共闘運動の後退時期に組織化を図るセクトに例えて描いている点は、『悪霊』に照らす時、スタヴローギンの使嗾から展開したピョートルではあっても、彼の目的とその行動と他者に与えた影響をつぶさに追うことで、謎ときとして物語として様々な枝を張り巡らせているエンタテイメントとしての『悪霊』のプロットを逆照射できる面白さを引き出します。
このように『転生の魔』は社会問題に目を向けたガシェットの広さでも今までの『飛鳥井の事件簿』における領域から著しく逸脱しています。そこには笠井の等身大である飛鳥井が65歳をすでに超えているという身体的なハンディも描きながら、「1968年問題」を目前に控えた笠井としては、当時から現代までのこの国の戦後史に残る社会的な事件を、小説の形で網羅させ現代に収斂させたいという目的があっただろうと推察できます。しかしその背景に「ネチャーエフ事件」を基に物語を紡いだ意図を読みとるならば、この小説の主題は革命というイデオロギーや観念の倒錯そのものではなく、一言で言えば他者を操っていく「フェイク」だということです。現代社会は様々な「ファイク」がオルタナ・ファクトとして成立し了解されてしまうという感情化社会であるという状況を踏まえ、この作品にはそこに相変わらずアナーキーで過激な作家である笠井潔のひそかな抵抗を感じざるを得ません。

(出典・参考)
1, 亀山郁夫・沼野充義『ロシア革命100年の謎』( 河出書房新書 2017年)、『現代思想 2017年10月号 特集=ロシア革命100年』(ムック 2017年)などを参照
2,連合赤軍事件での山岳ベースでの同志粛正については、拙稿『『悪霊』が問いかけるもの(前編)「連合赤軍事件」と桐山襲作品について』(通信№160)で、吉本隆明『共同幻想論』による読解の要旨を提示したが、その後、革命左派であった事件当事者の岩田平治がまさに具体的な当時の状況に則し『「共同幻想論」による連合赤軍事件の考察』(証言 連合赤軍(11) 離脱した連合赤軍兵士─岩田平治の証言 全体像を残す会 2017年)を発表した。当時、共産主義者同盟叛旗派リーダーであった三上治も注目した事件の総括論考の決定版だと思う。
3,来年浮上する「1968年問題」のメディアの取り上げ方は当時の一部のエリートによる「全共闘運動回顧」とならざるを得ないと思うが、少子高齢化の現代に照らすとき、その世代の全体を見据える「1968年問題」に期待したい。例えば福間良明『「働く青年」と教養の戦後史』(筑摩書房 2017年)などは「今もって日本を動かす「高齢者」とよばれるあの世代の考え方」を知るために、当時の大衆教養主義の受容について参考となる。
4, 笠井潔『テロルの現象学-観念論批判序説』(作品社、1984年、新版2013年)
5,「小特集 笠井潔をめぐって」『SFの本9号』( 新時代社 1986年)
6.宇野常寛『母性のディストピア』(集英社 2017年)では「政治と文学」を「市場とゲーム」に更新し、兄弟/姉妹的な対幻想を基にした空間的な永続の保持で共同幻想(国家)への抵抗(乗り越え)の拠点とする、「中間のもの」の重要性を説いている。
7.笠井潔『サマー・アポカリプス-ロシュフォール家殺人事件』(角川書店1981年)
8.竹田青嗣「〈世界〉という背理-“矢吹駆連作”について」『バイバイ、エンジェル』(角川文庫解説 1984年)
9, 笠井潔『スキー的思考』(光文社 1998年)



芸術的な文章表現にひかれて
     

及川環
 
私が「祭り」の文学カドリールのカルマジーノフの講演の抜粋を引用したのは、その洗練された雅やかな芸術的な文章表現で恋が描かれているからである。
『この大文豪家がある婦人に寄せる恋の思いについてである。ふいに二人は、戦い前夜のポンペイウスかカッシウスを眼前に見て、ひやりとした歓喜に身をひたされる。水の精らしきものが茂みの中で甲高く笑うと、グリュッグがバイオリンを奏でる。やがて霧が渦巻きはじめるが、その渦巻くこと、渦巻くこと、まるで霧というよりは、幾百万もの羽根布団が渦巻き乱れている感じである。』これにまだ続くが女性が恋について考えるイメージは、このように太宰治的なものなのでは無いかと思う。



10・21読書会報告
 
               
参加者15名。
台風の影響かこの日の参加者は15名と少なめ。対話スタイルの報告ははじめてでした。



評論・連載   

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像
(第74回)三島由紀夫とドストエフスキー/スタヴローギンの<サディズム・マゾヒズム
読書会資料のためのアンソロジー

1.
三島由紀夫は、幼少年期を父母からひきはなされて病んだ祖母の異常な執着の中に閉じ込められて育ち、きわめてはやい時期から「仮面」をつけて演技する術を身につけ、他者への愛情を育てることを知らなかった宿命的な「オナニスト」だ。(野坂昭如『赫奕たる逆光―私説・三島由紀夫』より)
スタヴローギンも、被害者意識の強い夢想家の家庭教師に育てられ、その家庭教師のあらぬ夢と恨みがましい愚痴を幼い心にたっぷり注ぎ込まれた。かれの現実との交感能力の若芽は、小さいときに腐ってしまった。 (中村健之介「スタヴローギンに似た人」、『永遠のドストエフスキー』より中公新書・2004)
 
2.
「共に死ぬことを心中とすれば、心中は一つのドラマに見えて、実はAとB二つのドラマからなっています。太宰治のドラマと山崎富栄のドラマ。三島さんのドラマと森田さんのドラマ。二つが縒り合わさって心中という一つのドラマになる」「森田必勝は三島由紀夫にとって、「死神」といって悪ければまさに「オム・ファタール=運命の人」だった。」(『烈士と呼ばれる男―森田必勝の物語』中村彰彦、2003.・文春文庫)

3.
「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて早く死ぬほうに片付(かたづ)くばかりなり。」「人間一生誠(まこと)に纔(わずか)の事なり。好いた事をして暮すべきなり。夢の間の世の中に、すかぬ事ばかりして苦を見て暮すは愚(おろ)かなることなり。」「恋の至極(しごく)は忍(しのぶ)恋(こい)と見立(みた)て候(そうろう)。逢(あ)ひてからは恋のたけが低く、一生忍んで思ひ死(じに)するこそ恋の本意なれ」(『葉隠れ』の一節より)

4.
幼児、私は神輿の担ぎ手たちが、酩酊のうちに、いうにいわれぬ放恣な表情で、顔をのけぞらせ、甚だしいのは担ぎ棒に完全に項を委ねて、神輿を練り回す姿を見て、かれらの目に映っているものが何だろうかという謎に、深く心を惑わされたことがある。私にはそのような烈しい肉体的苦難のうちに見る陶酔の幻が、どんなものであるか、想像することもできなかった。そこでこの謎は久しきに亘って心を占めていたが、ずっとあとになって、肉体の言葉を学びだしてから、私は自ら進んで神輿を担ぎ、幼児からの謎を解明する機会をようよう得た。その結果わかったことは、彼らはただ空を見ていたのだった。彼らの目には何の幻もなく、ただ初秋の絶対の青空があるばかりだった。しかしこの空は、私が一生のうちに二度と見ることはあるまいと思われるほどの異様な青空で、高く絞り上げられるかと思えば、深淵の姿で落ちかかり、動揺常なく、澄明と狂気とが一緒になったような空であった。 (三島由紀夫 『太陽と鉄』より)
                           
5.
空の青は一つの仮想であり
すべてははじめから翼の蝋の
つかのまの灼熱の陶酔のために
私の属する地が仕組み 
かつは天がひそかにその企図を助け
私に懲罰を下したのか?
私が私というものを信ぜず
あるいは私が私というものを信じすぎ
自分が何に属するかを請求に知りたがり
あるいはすべてを知ったと傲り
未知へ
あるいは既知へ
いずれも一点の青い表象へ
私が飛び翔とうとした罪の懲罰に?   
(『太陽と鉄』、 詩「イカロス」より、部分)

6.
この著作(『ドストエフスキー 父殺しの文学(上・下)』亀山郁夫著、2004.7)は、フロイトの父殺しへの注目とジラールの三角形的欲望への注目を組み合わせ、嫉妬やマゾヒズムを軸にドストエフスキーの全作品を読解する包括的な試みになっている。ドストエフスキーは、父殺しに失敗し「去勢」されてしまった不能の作家である。現実の父は、自分が殺す前に農奴によって殺されてしまった。象徴的な父である皇帝についても、暗殺に参加するまえに逮捕されてしまった。そのためドストエフスキーは、独特のマゾヒズムを、すなわち去勢そのものに快楽を感じるような倒錯を病んでいる。その倒錯の快楽は、愛する女性がほかの男に奪われ、自分が父=男であることが否定される「寝取られ」の瞬間に頂点に達する。だからこそ、ドストエフスキーは繰り返し三角関係を設定し、主人公が愛する女性を奪われる場面を描き続けたし、現実にもそのような恋愛関係のなかに巻き込まれていった。これが亀山の見立てだ。この見立てについては、研究者のあいだでは異論もあるようだ。しかし本書の議論には大きな示唆を与えてくれる。とりわけここで注目したいのは、亀山が、ドストエフスキー作品のなかでの社会主義から地下室への移行を、マゾヒズムの自覚として整理していたことである。(東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』p.272-3)

7.
ぼくたちはまさにリベラルの偽善を暴く呪詛の声に取り囲まれている。その声がトランプを英雄に押し上げている。それゆえぼくはいまこそ『地下室の手記』をよみかえすべきだと考えたのである。世界がどれほどユートピアに近づいたとしても、そしてそのユートピアがどれほど完全に近づいたとしても、人間が人間であるかぎり、ユートピアがユートピアであるかぎり、その全体を拒否するテロリストは必ず生みだされる。それが、いまぼくたちの世界が直面している問題である。その本質は政治の問題ではない。文学の問題である。しかしテロという帰結は政治の問題なのだ。(東浩紀同著、p.274-5)

8.
たしかに「死に値する信じられないほどの罪」という解釈にまちがいはない。だが、ディテールそのものがスタヴローギンの解釈を裏切っている。つまり「告白」の背後には、ドストエフスキーが用意したもうひとつの答えがあるということだ。かりに、「告白」に盛られた内容以上のものはないと仮定しても、マトリョーシャはけっしてその「行為」を「かぎりなく醜悪な行為」などと思ったはずはない。彼女は、魅了されており、魅了されていればこそ罪深いと感じたのである。スタヴローギン自身も、心のどこかで確実に、マトリョーシャが自分に魅了されているという事実を察知していた。そのように考えると、スタヴローギンの「かぎりなく醜悪な」という判断は大きな恣意性を含んだものとなる。スタヴローギンとマトリョーシャのマゾヒズムの共有ないしマトリョーシャへの一体化から生まれるマゾヒズムの快楽という視点をめぐって島田透は次のように書いている。
スタヴローギンがマトリョーシャを誘惑するとき彼の無意識に形成される同一視の場は、マトリョーシャがふいに彼女のほうからはげしいキスを始めたことで危うくなる。‥‥‥マトリョーシャは、マゾヒスティックな同一視の場から外れるとき、同時に共犯関係からも外れてしまう。マトリョーシャに罪悪感がなかったとすれば、スタヴローギンの最初の同一視はこわれてしまう。(島田透「スタヴローギンの精神分析」、ドストエーフスキイ研究、創刊号・1984)
 
マトリョーシャ陵辱によって生じた事態は原罪の共有だった。マトリョーシャの耳元で「ずっと何ごとかを囁きかけていた」という一行が暗示しているものがそれであ
る。だが、マトリョーシャの「自立」によってスタヴローギンは恐怖に目ざめ、マトリョーシャの死によって、再び、永遠の共犯関係を結ぶことができた。つまり、スタヴローギンとマトリョーシャは一体となった。(「謎とき『悪霊』」、亀山郁夫著、新潮選書2012、p.255-6)

9.
正確には、マトリョーシャの幻はスタヴローギンと対立しているとも言えないだろう。マトリョーシャの幻として現れてくるのは、禁じられた自己愛の対象としてのスタヴローギン自身であり、それは禁止・<去勢>とファルスそのものをも現している。この幻は、スタヴローギンが<去勢>を無視し、排除しながら、同時にその存在を知っていて(同一視された)マトリョーシャの死を受け入れることによって<去勢>を認めていたことを告発する。マトリョーシャの幻とスタヴローギンが見つめ合う場は、<去勢>と同時に、彼の分裂を現している。(上掲島田論文より、「研究」p.74)

10.
思うに、ロシア人のもっとも大事な、もっとも根源的な精神的欲求とは、苦痛の欲求である。‥‥‥みずからの苦痛をロシア人はあたかも享受しているかのように見える。(ドストエフスキー『作家の日記』「ヴラース」より、1873)
                
11.
「苦痛に耐えるのは道徳だが、苦痛を愛するのは宗教である」と語ったのは、ウィリアム・ジェームズである。その意味でなら東スラブの異端諸宗派は、宗教的マゾヒズム
 のもっとも極端な形を代表していた。[‥‥]おそらくこれらの神秘宗派の教義は、遠く起源をグノーシス的異端に遡り、かつてバルカン一帯に猖獗したマニ教的ボゴミール派から近代ロシアの去勢(スコピエツ)派にまで至る、極端な禁欲主義的宗教の流れの隠された中間点を形成するものであろう。彼らの儀式は、しかし閉鎖的な信仰共同体の内部に自足してはおらずに世俗のうちにも波及して、一種の猟奇的スキャンダルを惹き起こす場合さえないではなかった。(種村季弘『ザッヘル=マゾッホの世界』、平凡社ライブラリー、2004、p.20-21)

私の言いたいのはこうだ。ドナウの西側では「変質的」であり「倒錯」であるような性行動も、ドナウの東側では通常のあり方として堂々と罷り通っており、かりにブラーハの「不幸な夢想家」もクラフト=エビングの著作を読まなかったとしたら、別段自分を病人とはおもわなかったかもしれないということである。(エビングは、「マゾヒズム」の造語を発想した19世紀のドイツ・ウィーン地域の精神科教授医師、「不幸な夢想家」とは、エビングの著書を読んで自分を「マゾヒスト」だとして、マゾッホの死後、その妻ワンダにおかしな手紙を再三送りつけた貴族の男。それらはエビングのもとに回送された。筆者注)早い話が西欧の教養ある成人の性行動を正常であるとして、それならば成人とは異る女性であり子供であるというだけで「病人」であろうか。つまり実現されたものに対して、未決のものは未決であるがゆえに、排他的に変態もしくは病気として定義されるのであろうか。クラフト=エビングの独善的なドイツ的心理学類型学はドナウ側の西でしか通用しない狭隘な諸前提の上に成立しており、今日の文化人類学者なら確実にこれを方法として継受する代わりに、研究対象として取り上げるだろう。(同、種村『ザッヘル=マゾッホの世界』、p.319)
                          
スラブ女性のこの神性を神性として成り立たせている根拠は一体何なのか。広大な自然に対するスラブ人の畏怖の感情であろう。ここでは広大で孤独な大草原と、敵対的でも抱擁的でもある母性とが、すなわち自然と女性的なものとが同一視されるのである。ジル・ドゥルーズはみごとに説明している。
自然そのものはそれに対して(自然を悪しきものと嘆く訴えに対して)、自然はいささかも敵対的ではなく、死を授けるときにさえ人間を憎んでいるわけではなくて、いかなる場合にも寒さ、母性、厳しさというという三つの顔を人間に向けているだけにすぎない、と答えるのである‥‥‥。自然は大草原(ステップ)のようなものだ。マゾッホの草原描写はすこぶるつきの美しさに満ちている。とりわけ『フリンコ・バラバン』の導入部において然り。そこでは、草原、海、母性が一つのものに合体して、大草原とはまさに、官能的欲求を変形し残酷さを変容させるところの骨の髄まで滲みる寒気によって、古代ギリシア人の官能の世界をおのが内部に葬り去り、サディズムの近代的世界を寄せつけまいとするものであることが手に取るように鮮やかに感知される。それは大草原のメシア二ズム、大草原の理想主義なのだ。(ドゥルーズ『マゾッホとサド』より)
                      
「大草原のメシア二ズム」とドゥルーズは言った。それはしかし「女性存在のメシア二ズム」とも言いかえることができる。自然と女性の酷薄さを感受しつつたえずその彼方を待望すること、これがスラヴ的メシア二ズムの信条である。たしかに酷寒の冬を過ごさなければ、花咲き乱れる春はやってこない。(同、種村『ザッヘル=マゾッホの世界』、p.24-26) 

12.
そもそもサディズム、マゾヒズムの情動が完全に一面的・静止的なものであることはありえず、サディストはある面でマゾヒストであり、マゾヒストはある面ではサディストであることを免れない。 ドゥルーズ『マゾッホとサド』はフロイトに言及しながら、マゾヒストと母親の関係に語り及ぶことにおいて、三島由紀夫のケースについて多くの示唆を与えてくれる。
ドゥルーズは言う、――― 
マゾヒストがとりうる行動は、二つに一つしかない。すなわち、その過失を母親に負わせ(「ぼくじゃあない、父を去勢したがっているのは母の方なんだ」)、それをいいことにして投射〔projection〕という現象にまもられ、この悲しき母親と一体化し、かくしてペニス所有の域に達しようとする(倒錯としてのマゾヒズム)。あるいは逆に、投射現象をあくまで持続させてこの一体化を失敗に導き、みずから犠牲者として姿をみせたいと思う(道徳的マゾヒズム。「父ではない、去勢されたのはぼくの方だ」)。(『三島SM谷崎』鈴村和成著、彩流社、2016.6)

13.
人間それぞれのなかにこそ狂気がある。というのは人間が狂気をつくり出すのは、自分によせる愛着をとおして、また自分にいだく幻想をつうじてだから。(中略)自己執着がこのように想像的だからこそ、人間の狂気はいわば蜃気楼となって生まれる。狂気の象徴は、あの鏡-現実のものをなんら映し出さないが、そのなかで、自分の姿を凝視する人にはひそかに傲慢さから生じる夢を映すあの鏡となるだろう。狂気は、真理ならびに世界に関係するよりも、人間や彼が認めるすべを心得ている彼自身と関連をもつのである。(『狂気の歴史』より、ミッシェル・フーコー・1961)

14.
 私はついに愛することができなかった。というのは、繰り返していうけれども、私にとって愛とは、暴君のようにふるまうこと、精神的に優位に立つことを意味していたからだ。私はこれまでずっとそれとは別の愛を想像することもできず、時として今でも愛というのは、愛する対象から、暴君のようにふるまう権利を自発的に授けられることだと考えている。地下室でみる夢のなかでも、私は闘争以外の何ものかと考えたことはなく、つねに憎しみからはじめて、精神的な征服に終わるのが常だったし、しかる後に征服した相手をどうするかなどは考えることもできなかったのである。(『地下室の手記』より引用、亀山郁夫著『ドストエフスキー 父殺しの文学(上)p.159』)



ドストエフスキー文献情報

2017・10/2~2017・11/28   提供=ド翁文庫 佐藤徹夫さん

1. 色川武大(=阿佐田哲也)著『戦争育ちの放埒病』(幻戯書房 2017.9.1刊 ¥4200+)最近では珍しく立派なハードカバー。全集等未収録作品を収録。ドスト関係1件。「ドスト氏の賭博」。これは新潮社版・決定版「ドストエフスキー全集」発刊年の小冊子「ドストエフスキー読本」(1978.4)に初出収録されたもの。

2. 亀山郁夫×沼野充義による『ロシア革命100年の謎』(河出書房新社 2017.10.30 ¥920 新書版 ・序章と第一章で、ドストエフスキーの影響を語る。終章までの文芸界での反響は過激である。

3. 「まいにちロシア語」11・12月号は「名場面からたどる『罪と罰』も第20・21回となった。



ドストエフスキイのイエス像
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芦川進一
anjali (あんじゃり)33 June 2017 「現代」を考える 発行・親鸞仏教センター

キリストの「信条」から『夏象冬記』の旅を経て『罪と罰』へ。これらを貫くイエス像とは、それぞれが、墓場で腐臭を放つラザロを神の光の中に呼び出す肯定的イエス像と言えよう。だが「時代の子」「不信と懐疑の子」ドストエフスキイが描き出すイエスは、決して光に満ちた姿のみで立ち現れるわけではない。『夏象冬記』の旅から六年、新たに外国生活を送る中で書かれた『白痴』(1868)に登場するのは、時代と作者自身の魂の病が深く刻印されたイエス像、この上なく暗鬱な「死せるキリスト」の姿である。

結核により死期の近づいた青年イッポリートは、H・ホルバインが描いた「死せるキリスト」(1521)の前に立つ。それは目を背けたくなるようなおぞましい死のリアリズム描写であった。「もし死というものがかくも恐ろしいものであり、自然の法則がかくも強固なものであるとするならば、如何にしてそれに打ち勝てるであろう。地上にある間は自然に打ち勝ちそれを屈服させ、《タリタ・クム(少女、起きよ)と叫べば少女は起ち上がり《ラザロ、出で来たれ》と叫べば死者が歩きだしたというキリスト。このキリストでさえ遂には打ち勝てなかった自然律に、如何にして打ち勝つことが出来ようか」。ここにいるのは、墓場で腐臭を放つラザロと死せる少女をキリストの死体と重ね、死の圧倒的な否定性の前に立ちつつしむイッポリートであり、ドストエフスキイである。イエス像の振幅は、あのシベリアの「信条」の明澄さから、逆の極限へと振り切られたのだ。主人公の「キリスト公爵」ムイシュキンも闇に没し去る。

ドストエフスキイにとり、ニヒリズムの一つの極をなすものとは自然律、2×2=4の露骨な現前としての死であった。死から吹き寄せる虚無感を超えて、人間の信や愛や喜びは果たして「永遠の生命」に連なり得るのか。死の問題とは、ただ単に「神と不死」を求める「ロシアの小僧っ子」の問題であるばかりか、神を追放した西欧近代の合理主義・実証主義が新たに提示するア・ポリアとしても彼の脳裏に焼きつけられたのだ。この問題は『カラマーゾフの兄弟』でゾシマ長老が発する腐臭に至るまで、ドストエフスキイ世界の主要通奏低音として響き続け、そのイエス像の構成においても、イエスを十字架上の死に追いやる人間の罪と赦しの問題と重ねられ、新たな核心的問題となるであろう。

『悪霊』(1871-72)の冒頭に置かれるのは「ゲラサの豚群」の奇跡である。(ルカ八26-39、マルコ五1-20、マタイ八28-34)。これは恐らく新約聖書の中でも最もよく知られた、人の魂を震撼させる奇跡の一つである。物語の詳述は控え、ここではこの奇跡が持つ二つの懼しさと、それと表裏一体にある二つのイエス像を確認しよう。
(次号につづく)



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