ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.161
 発行:2017.4.20


第280回4月読書会のお知らせ


月 日 : 2017年4月29日(土)
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
開 場 : 午後1時30分 
開 始 : 午後2時00分 ~ 4時45分
作 品 :『悪霊』3回目
報告者 : 石田民雄さん  司会進行 熊谷暢芳さん       
会 費 : 1000円(学生500円)

6月読書会は6月24日、東京芸術劇場第7会議室です。作品『悪霊』4回目
開催日は2017年6月24日(土) 午後2時~4時45分迄です


ドストエーフスキイ全作品を読む会・大阪読書会の第40回例会
6月10日(土)14:00~16:00、・会場:まちライブラリー大阪府立大学 参加費無料 作品は『悪霊』URL: http://www.bunkasozo.com 
〒556-0012 大阪市浪速区敷津東2丁目1番41号南海なんば第一ビル3FTel 06-7656-0441(代表)地下鉄御堂筋線・四つ橋線大国町駅①番出口東へ約450m(徒歩約7分)


『悪霊』3回目の報告者は、石田民雄さんです。読書会は、久しぶりの出席でした。が、懇親会で今回の報告を快諾していただきました。司会進行は、宴席で意気投合した熊谷暢芳さんです。石田民雄さんは、今回発行のドストエーフスキイの会会誌『ドストエーフスキイ広場 No.26 2017』(コーシン出版)エッセイ欄に「ラスコーリニコフの肖像 ――彼はなぜ殺したのか――」を書いています。本分の結末は、ナポレオンになれないことを実証されたラスコーリニコフにたいしこのような疑義をていしている。「およそ七年を経過したのち、流刑地から解放されたラスコーリニコフにはどのような世界が待っているのだろうか。」待っているのは『悪霊』の世界だが、ナポレオンを夢見る青年は、はたしてどのような人間に脱皮していくのか。報告を楽しみにしています。(編集室)



『悪霊』のための覚書

『創作ノート』『悪霊』登場人物像(『ドストエフスキー写真と記録』から)

ステパン・ヴェルホヴェンスキー そのモデル、グラノフスキー = あらゆる美点を具えた、純粋で理想的な西欧派の肖像。住んでいるのは〈モスクワ〉地方の県庁所在市かもしれない。特性:一生、目的がなくてふらふらしている。見解においても感情においても芯がない。そのことが、以前は、彼自身の苦しみだった…しかし、いったいなぜこの物語にグラノフスキーが出てくるのか。彼は、純粋派とニヒリスト派という二つの、しかし結局は同一の、西欧派の世代の出会いのため、それに対して、シャートフは新しい人間(人と打ち解けない、率直、力強い、最近はすぐかっとなる)。「私はステパン・トロフィーモヴィチを愛しており、深く尊敬もしている」『作家の日記』
スターヴローギン  ニヒリズムの敵…高慢な貴族…彼はあらゆる党派の外にいる…地主貴族のぼんぼんの堕落した性質と、非常な知力と、心情の偉大な行動…この人の中に、訳を演じている者がおり仮面があるのが、見てとれた。『創作ノート』私を驚かせたのは、彼の顔だった…まるで絵に描いた美男子のようなのに、同時に何か非常に不快な感じがするのだ。あの人の顔は仮面のようだ、と人々は言った…『悪鬼ども』
シャートフ 彼は以前は、大学生だったのだが、ある学生紛争事件の結果、大学を放校になった。子供の頃彼は、ステパン教授の生徒だった。生まれは農奴だった。

年譜でみる『悪霊』完結まで

1869年(48歳)11月21日 ネチャーエフ事件発生
1870年(49歳)1月~2月『永遠の夫』を『黎明』誌に発表。『悪霊』起稿。7月普仏戦。10月『ロシア報知』編集部に『悪霊』冒頭部分送付。 
1871年(50歳)1月『悪霊』を『ロシア報知』に連載開始。7月1日、ネチャーエフ事件の審理開始 ドストエフスキー本事件の最も重要な政治文書『革命家問答教示所』を特にあらゆる角度から研究。公表分のデーターとあわせて『悪霊』第2編、第3編に利用。 8月ペテルブルグに帰還 16日 長男フョードル誕生11月 『悪霊』第2編完結(1月、2月、4月、7月、9月、10月、11月号に掲載)以後約1年にわたり発表中絶、イヴァーノフ殺害現場を実地検証 12月末~翌年1872年1月モスクワ滞在ペトロフスコ・ラズーモツスコエへおもむき、イヴァーノフ(シャートフ)殺害現場を実施検証
1872年(51歳)11月『悪霊』第三編前半を『ロシア報知』11月号に発表 12月『市民』(極右系週刊新聞)編集長を引き受ける。12月『悪霊』第三編後半を『ロシア報知』12月号に発表、完結。



2・18読書会報告
 
               
2月読書会『悪霊』2回目、参加者20名。報告者・太田香子さん 司会進行・熊谷暢芳さんで行われた。太田香子さんの『悪霊』との出会いは10代の頃。登場人物では、キリーロフが好きだが、今回はシャートフとスタヴローギンに焦点をあてて話された。以下は、配布された報告趣旨です。なお、紙面の都合で①と②に分けて掲載します。

シャートフとスタヴローギンに焦点をあてて 太田香子

① ≪今回の発表の趣旨≫
スタヴローギンは『悪霊』の主軸をなしているが、ほぼすべての登場人物から恐れられている存在であり、スタヴローギンその人自身が現れ、各登場人物と正面からやり取りする場面はあまりない。そのため、特に「チホンのもとにて」を考慮しない本編においてはその人物像および思想を把握することは容易ではないが、第2部 第1章 6、7におけるシャートフとのやり取りにおいては、シャートフはスタヴローギンの核心に迫っている。本来であれば『悪霊』の中核を為すはずであった「チホンのもとにて」の布石ともとれる箇所でもあり、スタヴローギンおよびシャートフの思想、人物像を把握するうえで欠かせない箇所であることから、今回は当該箇所に焦点をあて、精読する。

前提:スタヴローギンは4年前、母親の屋敷のある街(スクヴォレーシニキ)に帰ってきたが、その際、各種事件を起こし、「謎の人物」であることを印象付けて去った。今回はそれ以来街に戻ってきて、ちょうどワルワーラ夫人が教会に現れた謎のびっこの女(スタヴローギンの正妻マリヤ)を連れて屋敷に戻ったところに登場する。スタヴローギンはその場で、シャートフから激しい頬打ちを食らう。第2部 第1章 6、7のシャートフvsスタヴローギンの場面は当該場面から8日後、頬打ち事件以来の両者の面会である。

第2部 第1章 6、7
p.455-459スタヴローギンがシャートフの屋敷を訪れる。シャートフは連発拳銃を見せ、「あなた(スタヴローギン)に殺されそうな気がしてならないのでなけなしの金をはたいて買った」と打ち明ける。スタヴローギンは拳銃を捨てようとするシャートフを止め、びっこのマリヤは正妻であること、自分も会のメンバーであることを述べ、シャートフは会のメンバーに殺される恐れがあることを警告する。物語の後半、妻マリヤがスタヴローギンの子供を産む際にこの拳銃を売る。その日、殺害される。

≪頬打ち事件の意図と真相≫
p.470 「あなたの話ぶりを変えて、人間的なものにしてください! せめて生涯に一度なりと人間の声で話してください。ぼく自身のためじゃない、あなたのためです。いいですか、ぼくはあなたの顔をなぐったけれど、そのことによってあなたに自分の無限の力を認識させる機会を提供したんですからね…」シャートフにとってのスタヴローギンという人についての理解。「耐える」ことによって力を認識させるとは?

≪シャートフ(スタヴローギンの半面?)の思想 ≫
p.477-483 いかなる国民も科学と理性に基づいて存在したためしはない。社会主義は科学と理性にのみ基づく制度であるがゆえに、無神論的な制度である。ひとつの国民はひとつの神を持ち、一国民の運動の目的は己の神の探求である。宗教をもたぬ国民、善悪の観念をもたぬ国民はいまだかつていなかった。神が共通なものとなる=国民性の滅亡=善悪がなくなる(理性は善悪を規定できない)諸国民の間でただひとつの国民だけが真実の神をもつことができる=ロシア国民〈神の体得者〉シャートフはロシアとその宗教を信じている、神を信じることになるでしょう、と告白.。シャートフは神を信じているのか? また、シャートフに上記の思想を吹き込んだスタヴローギンとは?

≪スタヴローギンにとっての「価値観」とは≫
p.485 「あなたがこう言ったとかいうのは本当ですか、何か好色な、獣的な行為と、たとえば人類のために生命を犠牲にするような偉業との間に、美の差異を認められないと断言したというのは? あなたがこの両極のなかに美の一致、快楽の同一性を見いだしたというのはほんとうですか?」「なぜ悪が醜く、善が美しいのかはぼくにもわからないんです。でもぼくは、この差異の感覚がなぜスタヴローギンのような人では摩滅され、失われていくかはわかるんです。…いったい、どうしてあなたはあのとき、あれほど下劣で醜悪な結婚をしたんです? ほかでもない、あの場合、醜悪と無意味さが天才の域に達したからなんです!…あなたは苦悩を求める情欲から、良心を責めさいなみたい情熱から、精神的な情欲から結婚したんです!「きみは心理学者だ」スタヴローギンの顔はますます青ざめていった。シャートフはスタヴローギンの真相を完全に見抜いていると言えるか。スタヴローギンにおいては美醜や善悪が摩滅するとは? 苦悩を求める情欲、良心を責めさいなみたい情熱、精神的な情欲とは?

≪シャートフのスタヴローギンへの思い、願い≫
p.487「それにしても、きみの狙いは何なのです?…すくなくとも、そろそろきみの目的をぼくに言うくらいは義務じゃありませんか。」「大地を接吻なさい、涙でうるおしなさい、許しを乞いなさい!」―中略―「ぼくにはきみを愛することができなくて、残念です、シャートフ君」「できないのはわかっています、それが嘘でないこともわかっています…あなたが無神論者なのは、あなたが坊ちゃんだからです、最低の坊ちゃんだからです。あなたが善悪のけじめを失ったのは、自国の民衆を理解することをやめたからです。…いいですか、労働によって神を手に入れるのです。本質のすべてはここにあります…さあ、行って、あなたの富を捨てていらっしゃい…」「きみは、神を労働によって、それも百姓の労働によって手に入れられると考えているんですか?」まるで熟考の必要のある何か新しい重大な事をほんとうに見いだしでもしたように、ちょっと考えてから、彼は聞き返した。「百姓の労働によって神を手に入れる」というシャートフにとっての「神」観とは?『罪と罰』のソーニャとの類似、相違は。

≪おさらい:キリーロフとは?≫
下巻p.529「もし神があるとすれば、すべての意志は神のもので、ぼくはその意志から抜け出せない。もしないとすれば、すべての意志はぼくのもので、ぼくは我意を主張する義務がある」下巻p.529「ぼくには自殺の義務がある、なぜなら、ぼくの我意の頂点は、自分で自分を殺すことだから」「ぼくの我意の属性は―我意だよ!」キリーロフにとっての神…自分自身ですべてを決定する、個人の自由意志。サルトル:「実存は本質に先立つ」シャートフにとっての神…ロシア国民、百姓の労働に結び付けられる。=「自分がロシア国民」という前提がすべて。土着的。共同体としての神。キリーロフ、シャートフ、いずれもスタヴローギンから思想的影響を受けたと語る。スタヴローギンにとっての神とは?

≪チホンの紹介≫
p.490「…それより、チホンのところへ行ってきませんか?」「それはまたどういうことです?」「べつに。よく出かけていく人がいますからね。行ってくるくらい、なんでもないでしょう? ね、なんでもないでしょう?」「初耳だな…それに、そういう種類の人とは会ったことがないし。ありがとう、行ってみましょう」物語の中心を為すはずであったチホンとスタヴローギンとの面会場面がここで御膳立てされる。

底本
『悪霊』 新潮文庫 江川卓訳 上下巻 付録:『悪霊』主要人物4人がスクヴォレーシニキに集い、本編の舞台となる。
スタヴローギンという人物
8歳ステパンが家庭教師として招かれる、16歳学習院に入れられる(ペテルブルグ、20歳ごろ? 近衛騎兵連隊に配属される。上流社会で成功するも、奇怪な事件を起こし始める。(1861年2月 ロシア 農奴解放令発布)、1863年 下士官に昇進 将校に復官するも退職。ペテルブルグで自堕落な生活を送る(「スタヴローギンの告白」の内容はこの時期のこと)※残り②は次号162号に掲載します。



寄 稿

『悪霊』が問いかけるもの(後編)
「連合赤軍事件」と桐山襲作品について

野澤隆一

3,桐山作品について

前編で述べた私にとっての「悪霊」と「無神論」を基に連赤文学の中で、あえて桐山襲の2作品を取り上げ、その現代的意味を考えたいと思います。連赤文学の前提となる作品である桐山の代表作『パルチザン伝説』(1984年)には、恋人が連赤事件で殺された赤軍派の兄を持つ「東アジア反日武装戦線“狼”」のメンバーをモデルとする弟を主人公とした、失踪した父親の1945年の敗戦時の行動と同期する天皇への「大逆」を描いています。ここでの桐山の視線に「悪霊」出現の要因をみるならば、文芸評論家の竹田青嗣が超越を希求する人間の欲望の原理として下記の通り取り出していたことを押さえておきたいと思います。
「社会的な反抗の根拠となるものは、反帝国主義から世界革命というマルクス主義的展望ではなく、日常生活の中でひそかに湧き立っている人間の心の“不具性”(“抑圧感”)に他ならない」(*9)

作品では「信」に対する超越志向さえ隠蔽した戦前・戦中派世代が作った戦後市民社会(平和と繁栄)の欺瞞の象徴を天皇になぞらえ、その抵抗が市民社会と孤立せざるを得なかった「ラディカリズム」としての挫折を描いており、そうした主人公の孤立に向かう必然性(宿命)は2つの連赤文学作品にも踏襲されています。連赤文学の中には単なるスキャンダルな事件の羅列や小説に名を借りたドキュメントに終始した作品が多い中で、作家の当事者性を基にした文学的達成の1つは桐山襲『スターバト・マーテル』(1986年)であり、ここでは「唯銃主義(銃の物神化)」を超越項とした「悪霊」出現の契機を下記の通り語っています。

「彼ら革命軍は、銃を手にすることによって世界が変革され得るという幻想によって滅んだのではなく、銃を手にすることによって自分たちが変革され得るという幻想によって滅んだのだった」また、2つ目は中編による作品『都市叙景断章』(1989年)で、それは「雪」に隠喩されています。ここでは80年代末に生きる語り手(僕)の世界喪失による都市景観を対比させながら、断片的な4つの当時の記憶に現れる「真昼子」に仮構した「あの時代」の表現が秀逸ですが、山岳ベースから連れ戻そうとする語り手に対し、雪山に留まる真昼子は次のように言い放ちます。「行きたい者は行く、行きたくない者は行かない」『悪霊』ではシャートフ殺害前後の個々のメンバーの行動と心理を詳細に描いていますが、その背景には自己保身や私欲が見えるのに対し、ここでは運動に投企する自己について存在論的に捉えようとする状況の本質を作品から私が読んだ象徴的表現です。

それには私の世代で桐山文学を論じた文芸評論家陣野俊史(*10)が、桐山の事件当事者の著作に対する批評『〈雪穴〉の向こうに』で事件の要因を「死にいたる自傷行為」と論じた事も傍証となります。それは事件が「指導者の狂気」・「一方的な殺人や処刑・リンチ」ではなく、桐山の次の視点によるものと指摘し、事件以降の当事者世代の運動に対する沈黙の理由を見ています。「死に至ったものたちもまた、半ば自らの力によって、死の世界へ歩んでいったのだった。

多くの者が、彼らの行いに深い違和を感じつつも、それを“我がこと”として受け止めた理由は、おそらくこの点にある」あくまでも当事者性が無自覚な私が文学からのみ取り出した解釈にすぎませんが、私にはこの視点に「無神論」の最初の問い(人間の内的倫理の根拠)と共に、その行動の裏にある「自己否定」というテーゼの帰結を感受し、実際の事件の当事者のみならず当時の当事者世代がそれぞれに自らに問い、運動の終焉と共に沈黙せざるを得なくなったのではないかという解釈と共に、自滅したニコライ・スタブローギンの意識を重ね合わせたくなります。

『パルチザン伝説』の兄弟の「異形性」(弟はシャーマンに近い)や『スターバト・マーテル』『都市叙景断章』での当事者を幽霊と見立て社会と隔絶したメタファーとしたいくつかのエピソードは、むしろ大塚英志の解釈を逆照射する形で描いており、ここには作品発表当時の反時代的感性を基に、当事者が達成しえなかったラディカリズムの本来の姿を、鎮魂と共に鼓動させている作者の明確な態度が見られます。そこにはドストエフスキー対峙していた19世紀の「無神論」に対し、神に代わる超越志向そのものへの「信」を隠蔽した戦後市民社会にさらに深い「無神論」を見た桐山が、挫折した運動の核となっていたラディカリズムを空無化させないでどう保持・継続していくかを作品の主題にしたと考えています。ただ、そうした人間の超越思考そのものは現代でも克服されていません。「あの時代」の運動を担った若者の動機には、自己と社会は繋がっているという明確な「信」が根底にありました。だからこそ戦中・戦後社会の欺瞞に対しての抵抗に社会性があり、1968年の世界的な対抗運動の広がりは重要な意味がありました。今回取り上げた作品の登場人物には一般大衆を含む戦後市民社会そのものを敵に回してしまい自滅に至りますが、私の世代ではそうした夢や理想を社会性から立ち上げる(自己と社会が繋がる)根拠自体が初めから失われており、ラディカリズムを具現化すると「あえて」というアイロニカルな前提を置かざるを得ない時代感受がありました。自己に内閉せざるを得ないそうした気分を表現した作家達が、「内向の世代」や庄司薫、初期の村上春樹でした。その後の「オウム真理教事件」は大塚英志的感性を背景としたサブカルチャーから立ち上がってきたフェイクだったとしても、「悪霊」が舞い込んだ構造は同じく私の世代に当事者性を突き付けました。しかし、オウムは組織化当初から社会に真っ向から対立する集団で連合赤軍とはその組織化過程には決定的な質的違いがあり、決して同列では語れないと思っています。私にとって桐山の上記の作品は、ラディカリズムの保持を主題にするが故に、そうした人間のモラルの基準確定の困難さと超越思考の克服の困難さを描いているというのがドストエフスキー文学と共振する最大の評価ポイントであり、事件の事実検証ではなくあくまでもそれを題材としたその文学の可能性に、現代的意味を掴みたかったからに他なりません。

4,『悪霊』が問いかけるもの
事件そのもの(特に山岳ベースでの同志間の殺戮)の原因については、今回のテーマから外れる為詳細は述べられませんが、これは「モラルの根拠」問題としての考察が可能だと思っており、それは笠井潔の観念批判論や特に北田暁大の論考(*11)で取り出された当時の運動の実存的背景となった「自己否定論」に注目したいと思います。これは文学に於ける高橋和巳の主題です。桐山の小説手法については、ドストエフスキーに影響された戦後文学として埴谷雄高・大江健三郎、または中上健次・村上春樹につながるファンタスティックな物語構成と同じ手法が見られますが、小説主題としては埴谷雄高の影響下にある高橋和巳の遺志を桐山は引き継いだと私は考えています。高橋作品の登場人物である『憂鬱なる党派』の西村たちや『日本の悪霊』の村瀬が抱えたニヒリズムはスタブローギンを中心とした『悪霊』の登場人物のそれと共振し自滅に向かう様に、桐山作品に先行した高橋作品へのドストエフスキーの影響を別に考えることも可能でしょう。

しかし何故私がその後「モラルの根拠」を「自己中心性」に置くに至ったかについては、ドストエフスキー文学の感受において、以前、読書会通信(No.92 2005.9.30発行)で紹介した加藤典洋の考察(*12)で論じられた道筋を考えた事です。氏のモラルの起点は「自分のためから始めて、他人の思いへつながる道を切り開くこと。既成の正しさを自分の中から一度取り払い、誤りうることに自分を置く」立場であり、「自己否定論」との関連は『地下室の手記』『罪と罰』をテキストとして、この「モラルの根拠」問題は今後、機会があれば別稿にて詳細を整理したいと思います。

現在は桐山が作品化した時代以降「失われた10年」を経て、大衆的ラディカリズムの根拠自体が消失しつつある時代に入っています。但し2000年以降、ネオリベ政策が強くなり一般大衆は「消費者」から「労働者」へ回帰し、それは安定労働層と貧困労働層という深刻な構造に二極化し、現在も継続しています。思い起こせば2007年の「希望は戦争」論争(*13)から既に10年がたちますが、社会状況は当時から好転せずに未だに希望が見えません。赤木の言説の背景には「悪霊的」超越希求が見え隠れしないでもありませんが、この言説に対し当時も有効な反論が見られず倫理問題にからめとられた左派論壇の中で、未だに一部は政治的教条主義にみられる前時代性を引きずるに至り、また、昨年は都知事選以降「鳥越的」と揶揄された文化左翼的言説も、残念ながら衰退の一途に向かっていると感じられ、原発事故で顕在化した欺瞞にラディカルに対峙できず「フクシマ」は第二の「沖縄」になりつつあります。こうした私の感受の意味は連赤事件以降の新左翼運動の後退という時代変遷を背景に「自己否定論」をどう受け止め今に至ったかを「政治と文学」のステージ(*14)だけではなく、個人と社会を結ぶ基本原理を見直す実存論として「モラルの根拠」問題というドストエフスキー文学から紡いだ命題を考えた事に繋がると思っています。

そうした左派に対し、「あの時代」(理想の時代)から地道に市民運動や布教活動を基に組織化し活動を継続してきた右派は、既に現在の政治中枢に「見えない革命」としてその主張が届く勢いです。その周縁には、ネトウヨやレイシストに見られるような自己喪失((現実的世界喪失)した実存に「悪霊」が目に見えない緩やかな形で、立ち現れつつあるのではないでしょうか。「情と理」の二項でとらえる言説が多い中、文学に価値を置く私としては「Post Truth(ポスト真実)」を必ずしも否定的には捉えたくありませんし、ポピュリズムに絡めとられるように「大きな物語」(超越項)を渇望することは、人間の欲望の原理的な進み行きとしては避けられないのかもしれません。ただ、現代では超越項と反知性主義は親和性が高く、それが顕在化し容易く結び付き知性主義を凌駕する現状は「21世紀の無神論」と呼べるかもしれません。

2016年の相模原障害者施設殺傷事件は、犯行の動機が「社会の為」という倒錯した正義として「悪霊」が確信犯に出現したのかもしれません。そうした日常に起きる事柄を考えるにあたって、過去の経験を歴史に埋もれさせず、ドストエフスキー文学も現代を照射するような時代に即した読み解きを続けていきたいと思っていますし、私はそこに文学の「信」を置きたいと思っています。

<出典・参考>

9,「たたかいの義-桐山襲『パルチザン伝説』を読む」『夢の外部』(河出書房新社1989年)
10, 会員の文芸評論家横尾和博氏が西日本新聞書評(2016年7月31日)で取り上げられた陣野俊史『テロルの伝説 桐山襲列伝』(河出書房新社 2016年)は私の世代が桐山の文学性を焦点とした評論です。また、笠井潔の最新刊『テロルとゴジラ』(作品社 2016年)は、これを基にした反論として当事者世代の立場で桐山作品に言及し、「あの時代」の意味を現代に照射した『シン・ゴジラ』論として読める興味深い批評集です。
11, 笠井潔『テロルの現象学-観念論批判序説』(作品社、1984年、新版2013年)、事件の内実は北田暁大「ゾンビたちの連合赤軍」『嗤う日本の「ナショナリズム」』(NHKブックス 2005年) での分析が最も興味深い論考と思っています。
12. 加藤典洋「戦後-私利私欲をめぐって」『戦後的思考』(講談社 1999年)
13. 赤木智弘『『丸山真男』をひっぱたきたい-31歳、フリーター。希望は戦争』(論座 2007年1月号)に対し左派論客が多数批判をし、既存左派論壇を騒がせ、その後もロスジェネ論壇で論議されました。『超左翼マガジン ロスジェネ』(2008年 かもがわ出版)
14. 例として加藤典洋の『敗戦後論』による高橋哲哉との「政治と文学」をめぐる論争など。



評論・連載
      
「ドストエフスキー体験」をめぐる群像
(第70回)堀田善衛から横光利一のドストエフスキーへ 

福井勝也

昨年から引き続き、堀田善衛の自伝小説『若き日の詩人たちの肖像』を取り上げてきた。その「詩人たち」には紛れもないドストエフスキー文学の刻印があって、国が滅亡に向かう大戦時期の<ドストエフスキー体験>が書き込まれていた。それを日本近代にドストエフスキーがもたらした影響の歴史的証言として読んだ。その中でも、時代の「依り代」として「ドストエフスキーのキリスト」を「戦前の昭和天皇」にまでなぞらえる「若き詩人(アリョーシャ)」の存在が気になった。それは、誰かに特定される「モデル」ではなく、当時のドストエフスキー文学の歴史的影響が色濃く反映された仮想人物として受け取った。前回末尾では、「四季派」の抒情詩人で<戦争詩>を書いた三好達治に関する吉本隆明の文章にも触れた。堀田の作品には、「成宗先生」の仮名で四季派を主宰した堀辰雄がランボーとドストエフスキー絡みで登場して来た。若き詩人(文学者)たちが、この時期遭遇した最大の難問(アポリア)とは、吉本の言葉を借りれば、詩的抒情たる日本恒常民の感性的秩序・自然観・現実観そのものでなかったか。それだけに問題の根は深かったと言える。そして同時に<近代の超克>という標語が流布したこの時代、19世紀ロシアの作家ドストエフスキーがこの国の知識人を鼓舞したと言ったらどうか。その影響の中身は各々に相違があるにしても、それ自体拘ってしかるべき歴史事実としてあった。一体、何が当時の文学者(詩人)を<愛国>に発情させたのか。その際、ドストエフスキーは日本人の心情の何に揺さぶりをかけたのか。

この点で、おそらく堀田の自伝小説(「モデル」)からは離れることになるが、昭和初期からドストエフスキー文学を本格的に受容紹介し、時代の推移に誠実に随伴した文学者が別なかたちで自分に浮上して来た。すなわち大正末から敗戦に到る昭和を小説家として生き、戦後間もなく亡くなった「文学の神様」とまで称された横光利一(1898-1947)である。現在読書会では『悪霊』の最中で、前回偶々この『悪霊』を最高度に評価した横光の言葉を一部紹介した。まずはここに、再掲引用しておきたい(『文芸読本ドストエフスキーⅡ』1978)。かつて当方でドストエフスキーに関する言葉のアンソロジー(日本篇)を組んだ時、どうしても入れたかったのがこの横光の「ドストイエフスキィのこと」(1933.11月)、『悪霊』感想であった。しかし無論、スペースの関係で若干のピックアップに止まった(「総特集=ドストエフスキー、『現代思想』2010.4月臨時増刊」p.251)。実は、今回横光のことを色々調べながらこの文章を読み直して、改めてその意義を再認識させられた。そこでかなり部分を長目になるが参考に引用しておく。

ドストエフスキーの小説は私の二十歳前後に読み飛ばしたものばかりで(この文章を書いている横光は昭和8年で35歳、代表作『日輪』『機械』『上海』は既刊。因みに没年は昭和22年で49歳-筆者注)、もうそれから十六七年にもなる間、ほとんど読み返したこともなくすごして来た。二十歳前後の青年期にドストエフスキーの作品など分らう筈もないと思ふが、それでも荒筋だけはぼんやりと私は覚えている。しかし『悪霊』だけはまだ一度も読んだことがなかったから旅行後の疲れのままに(この時、横光は東北旅行から帰えったばかりで、留守を頼んだ某青年が机上に『悪霊』を置いていった。―筆者注)、夜になつて寝床に入ってから少しづつ読み進んでいつてみた。すると、読み進んでいくうちに、私はこれは世界における最高の傑作だと思ひ始めた。かういふときの一作者の顔色といふものは、どういふものか不幸にしてみることが出来なかつたのを遺憾に思ふ。作者の危機といふものは、必ずかういふ場合に現れてゐなければならぬものだ。私は逢ふ人毎に当分の間は『悪霊』の話ばかりをしつづけた。それ以外にここから脱け出る方法を私は知らなかつたのである。バルザックを抜いてゐたものがロシアにあつたのだ。ゲーテ、シェクスピア、トルストイ、スタンダール、総て私の読んだものの範囲では、これらは一段下の世界である。ジョイス、プルースト、やはりこれらもドストエフスキーには及ばない。<中略> この『悪霊』にはも早抜け道が一つもない。リアリズムといふものはどこにもない以上、残念ながら、小説に於ける世界の最高の傑作をリアリズムの本道とわれわれはしなければならぬ。それならリアリズムはこの『悪霊』にあるのである。<中略> とにかく、これは全く頭抜けて新しいのである。

この作の特長の一つは作としての重要な事件がほとんど総て作以前に行はれてゐることである。そのために生じる疑問が、疑問のままに将棋の駒となつて独自に発展して衝突し合ひ、からまり合ひ、何ごとか世の中に於けるもつとも重要なことに向かつて徐々に進行していくのであるけれども、<中略> 結局何一つ分からずしてすんでしまふ。作者はしばしば不意に作中で早すぎる王手をやるが、うつかりしてゐると何が王手だつたか分らずに飛車を取られることに読者がはらはらさせられて、それを王手だと思ひ込んでしまふ。<中略> しかし、一番われわれの悩まされることは、作者が王手をしながら何ぜ逃げたのであらうかといふことである。詰め手があるのに作者はいつまでたつても詰めないといふ将棋は、この作で始めて私の接したところであるが、ここに今後のわれわれの小説の新しい発展のあるのを私は感じた。<中略> しかし、最も良い時期の王手のさいにもまだドストエフスキーは詰めようとしない。最後に王を抛り放してしまつてこの作は終わつてゐる。<中略> 私は作者の心の置き所をこの作中では考へるが出来ない。<中略> この作に限つてそれ(作者の心の置き所―筆者注)がない。いや、あるにはあるが、作者は作者の精神の如く最初から終りまで移動しつづけてゐるためにないのである。全く作者はただ書いたのだ。<中略> 現実に王手はない。この作の優れた第一の主要なことは、作者が心の置き所を探らうとしつづけて終ひに発見することの出来なかつたところである。<中略> 将棋の盤面はここでは円形をしてゐるのである。

この円形の盤面上に於いては、愛や、知性や、勇気や、信仰や理想はすべて無力である。ここでは力はすべて時間だ。しかし、そのやうな惨酷な作者の解釈は何も『悪霊』に俟たずとも他にもある。しかし、ここでは時間さへも狂つてゐる。作者の頼り得るものは空間の不幸ばかりである。真実といふものは時間の狂ひ以外にはない。――この作者の証明を前にして何人がこれを虚偽だと云ひ得るであろうか。私は狂ひといふものの本質を知り得たのもこの作に於いて初めてだ。正確さといふやうな有難いものはどこにもありはしない。狂ひがつまり正確さなのだ。不幸の世に瀰漫しゐる理由も、すべて原因は時間の狂ひを正確な時間だとわれわれの認識することから始まるのではないか。新しい王手と私の云ふのもこれである。

ジッドはこの『悪霊』の他の何ものよりも優れてゐる理由を指摘して、ドストエフスキーが悪魔をこの作中で探ったことだとかいてゐたのを思ひ出す。私はそれはたしかに新しい見方だと思ふけれども、しかし、私はやはりこの作の優れたところは、ドストエフスキーの新しい時間の発見だと思ふ。ここでは偶然が偶然を生んで必然となり、飛躍が飛躍を重ねての何の飛躍もない。秩序は乱雑を極めながら整然としてゐるにかかはらず、めまぐるしい事件の進行や心理が一時間後に起る出来事の予想の片鱗をさへも伺はせない。しかるにかかはらず、私たちはどうしてこれらの脈絡なき進行から必然を感じるのであらうか。新しい時間はここに潜んでゐるのである。この新しい時間の中では、突如とした一行為が心理を生み、心理が行為か行為が心理か分からないうちに、容赦なく時間は次ぎから次ぎへとますます新しい行為と心理を産んでいく。しかもそれらは何ものに向かつて産んでいくのでもない。産むから産むのであつて、目的はただ産まれたものが無くなることだけであるが故に、終止は作者が人を殺す以外には方法が見つからない。勿論、人物の性格などといふものは、この作者の時間の中ではいかなるものでもなく、ほとんど総てがどれだか見分けがたない半狂乱の姿ばかりである。ただ狂乱なきものは名前だけだ。さうして、最後の秘密は、情欲である。悪魔は常にここから顔を出して時間を歪めながら黙々と舌なめずりをしつづけてゐる。これに反抗した人物は尽く死んでしまふ。生き残つたひとりの人物は柔順そのもののごとき一婦人だ。柔順といふことには、悪魔も時間も手の出しやうがないのである。いかに作者といへどもこれにだけは手放しでゐなければならぬのだ。見るが良い。ドストエフスキーはこの婦人にはほとんど立ちよることをしてゐない。それにもかかはらず、作者がこの婦人について一番少くかいたといふことは、何者にも勝つた天才の天才たるところであり、古今を絶した高峰である所以である。しかし、私たちが深く考へれば考へるにしたがつて、悪魔を描き得た素質によつて世界の最高の精神となつて立ち上つたドストエフスキー及び、それを支持せねばならぬ私たちはいかに不幸であらう。何ぜかと云へばわれわれの書き得られる最高は悪魔に他ならぬからである。ここからは何人と雖も逃れ得ることはできないのだ。ロマンチシズムの運動はここを出発して起らなければ、小説といふものは早や忍耐することは出来ない。(1933.11月)

実はこの数年後、横光は実作家でありながら「純粋小説論」(1935.4月)というドストエフスキーの作品を題材に文学論(小説論)まで書くことになる。所謂「純粋文学にして通俗小説」の提唱である。そしてこの必ずしも適当でない比喩のせいで、正当な評価がえられなかった。その辺りは、既に拙著(『日本近代文学の<終焉>とドストエフスキー』2008)でも触れた。しかし基本的には、その後のバフチン等によるドストエフスキー文学の構造的理解を援用しての、ドストエフスキー文学受容に深い理解を示した議論として評価する試みであった(同書、p40-48)。そして今回改めて引用の「悪霊論」を読んで、横光は既にこの時点で「純粋小説論」の要点を先覚し、むしろドストエフスキー文学の「王手」の「時間論」を捉えていると感じた。これは、単なる小説技法的な時間の発見という次元を超えて、われわれの生活的時間が生命的時間を狂わせている人間の真実をドストエフスキーの小説は暴露していると読んだ。おそらくここには、ベルグソンの「持続」という時間哲学が寄与しているはずだが、20世紀的作家として現代物理学と深層心理学をドストエフスキー文学に確認発見する卓見でもあったろう。横光の議論の凄さは、批評家的な言いっぱなしに終わらず、それを実験小説的に応用する実作を伴ったことだ。その辺りの具体的な作品による検証が待たれる。いずれにしても、その大元にドストエフスキー文学への深い理解が、同時代の世界的な先端的所為としてなされたことは特筆すべきだろう。

横光利一という小説家は、文学史的には昭和初年頃に「新感覚派」を率いる作家として、プロレタリア文学と私小説文学に対抗する「文藝復興」の担い手として文壇的地位を確立したと言われる。その後は、志賀直哉の「小説の神様」に対して「文学の神様」とまで称される程その名声(やや揶揄も混じった表現か)も高まった。しかし実は、その作家としての真価は十分に今日まで評価されずに至っていないか(同じ新感覚派の川端康成の評価に比しても、戦前戦後でのその逆転現象等)。そのことに大きく影響したのが、大戦を跨がって書き継がれ作家の早死によって未完の小説となった『旅愁』(1937-1946)という問題作への(政治的)批判であろう。これには敗戦という日本国の歴史的転換期、戦後の米国占領下に同じ物書き(例えば、杉浦明平や宮本百合子)に主導された文学者の戦争責任論の矢面に立たされた事情がある。また直接的には、著名作家の戦後初という触れ込みで大部数の出版となった戦後版『旅愁』のGHQによる検閲という関門まであった。ここで遺作でもあり評価の高い『夜の靴』(1947)『微笑』(1948)を今回読んでみて、横光という作家の天性の醇朴な誠実さという印象を抱いた。そこから、その十字架を必要以上に背負わされた歴史的犠牲者=横光利一という思いを強くした。敗戦が横光を何重にも鞭打ったのだ。

戦前昭和期の文学者として横光を特徴づけるのは、小説をどのように書くかという方法意識を常に模索した作家であったと言えるが、その際世界文学(特に、フランス文学とロシア文学)を貪欲に吸収した20世紀的現代作家であったと評価したい。その証左が「悪霊論」や「純粋小説論」にも現れていて、それこそ世界文学を読みこなす「新感覚派」によるものだった。横光の文学史的評価を考える時、一面でその方法意識の高さがその作品の新しさに結びつき、他面では外向的な反応の良さが、日本近代国家の存亡期の歴史的変動を全身全霊で受け止めさせた。その真率な作家的姿勢が、結局は横光を滅ぼす悲劇を生んだのだろう。この点をもう少し、ドストエフスキーに搦めて丁寧に辿る必要があろうかと思う。 (2017.4.3)



ドストエフスキー文献情報
 2017・1/29~2017・4/14   
提供=ド翁文庫 佐藤徹夫さん

<作品翻訳>
『白痴 2 』ドストエフスキー 亀山郁夫訳 光文社 2017.2.20 \860+ 403p 15.3㎝ 〈光文社古典新訳文庫 k-1、1-18〉※巻末:読書ガイド(p358-403)

<図書>
『漱石における〈文学の力〉とは』佐藤泰正編 笠間書院 2016.12.15 \1600+ 193p 18.8㎝〈笠間ライブラリー梅光学院大学公開講座論集64〉
 ・漱石とドストエフスキー ――死と病者の光学をめぐって――/ 清水孝純 p61-88
『辻原登の「カラマーゾフ」新論 ドストエフスキー連続講義』辻原登著 光文社 2017.2.20 \1800+ 245p 18.8㎝
 ・Lecture  1 『カラマーゾフの兄弟』を「要約する」p9-62
 ・Lecture  2 『カラマーゾフの兄弟』を深める p63-118
 ・Lecture  3 対談 亀山郁夫 × 辻原登 / 大学の「時代」と「時間」 P119-188
 ・Lecture  4 各場面紹介 ドストエフスキーを貫く「斜めの光」p189-243

<逐次刊行物>
・名場面からたどる『罪と罰』第12回 ソーニャが訪れる 原作Ф.M.ドストエフスキー 訳・解説 望月哲男「NHKラジオ まいにちロシア語」54(12)(2017.2.18、2017・3月号)p127-135
・同上 第13回 凡人と非凡人の理論「NHKラジオ まいにちロシア語」55(1)(2017.3.18、2017.4月号)p111-119
・二元論の深まり 小林秀雄の『白痴』論/渡仲幸利 「春秋」587(2017.3.25)p1-4



広 場 

スタブローギンは何のためにアイスランドに行ったのか

下原 康子

ドストエフスキー愛読者は深海をもぐるダイバーに似ている。ダイバーがめずらしい生態や生物などに夢中になってますます深みを目指すように、愛読者は読み返すたびにまるで初めて読んだかのように、なにかしら新しい疑問や謎に気づかずにはいられない。研究者ならずとも深読みや謎解きの誘惑にかられるのだ。「ドストエーフスキイ全作品を読む会」の読書会が参加者は変われど40年も延々と続いている理由の一つかもしれない。それにしても、21世紀の日本にこのような愛読者がいることをあの世のドストエフスキーは、さてどう感じるだろう?想像してみるとちょっと楽しい。

ところで、『悪霊』の中で、小骨のようにひっかっていた謎の一つに「アイスランドとスタブローギン」があった。このたび文字通り「アイスランドのスタブローギン」という論文に出会ってその謎が解けたので紹介する。著者はロシアのドストエフスキー研究者リュドミラ・サラスキナさんで、亀山郁夫さんと交わした興味満載の対話を収めた『「ドストエフスキー「悪霊」の衝撃』(光文社新書 2012)の最後に収録されている。新書で30頁の学術論文だが、スタブローギンとアイスランドをつなぐ推理が小説のようにおもしろい。

『悪霊』の語り手によれば「スタブローギンはヨーロッパをくまなく巡り、エジプトにも足を延ばし、エルサレムにも立ち寄った。その後アイスランドに向かうどこぞの学術探検隊に潜り込み、実際にアイスランドにも滞在したということだった。ひと冬、ドイツのある大学で聴講生になったという話も伝わってきた」また「スタブローギンの告白」には「私は東方に行き、聖アトス山では八時間の晩祷式に耐え、エジプトに行き、スイスに住み、アイスランドにまで行った。ゲッティンゲンではまる一年、大学で聴講した」とある。清水正さんと芦川進一さんに共通する出色した研究手法 ─ 登場人物の「前史」からスポットを当てるという読みをもってすれば、この断片的な前史はスタブローギンの遍歴時代における探求と求道の行程といえるだろう。ダーシャへの最後の手紙にも「私はいたるところで自分を試した」とある。それにしても「なぜにアイスランド?」という印象はぬぐえなかった。

「ドストエフスキーの創作原理からすれば、偶然のディテールはない」という確信を持っておられるサラスキナさんは、アイスランドの歴史の調査から、スタブローギンの放浪時期に重なる知られざるアイスランド探検隊の存在を探索する。しかし確認できなかった。そんなとき、一人のロシアの作家から、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』(原題の直訳は「地球の中心への旅」)というヒントがもたらされる。

1864年に刊行されたこの本はアイスランドが舞台になっている。ハンブルグに住む鉱物学教授が偶然発見した古アイスランド語の文書に駆り立てられ、甥とアイスランドの案内人を道づれにアイスランドの休火山の噴火口から地底世界へと下る。次々と襲いかかる苦難の末に最後は危機一髪のところ地中海に浮かぶストロンボリ島の火山噴火に乗じて地上に生還するという空想科学冒険物語だ。科学性を重んじたヴェルヌは物語の中で日時を細かく記している。ちなみにハンブルグ出発は1863年5月27日で帰国は同年の9月9日である。一方、スタブローギンの放浪は1866年4月から1869年9月までである。

サラスキナさんは、「スタブローギンに、彼自身が読んだかもしれないジュール・ヴェルヌの小説の登場人物のあとを追わせること、地球の深部をめざすという、類のない幻想的な旅がなされて間もないアイスランドの地にスタブローギンを行かせること、そうすることでドストエフスキーは、あたかも彼にさらにもう一つ、きわめて重大なチャンスをあたえたかのようである」としている。

子どものころ『十五少年漂流記』に夢中になったが、ヴェルヌの他の本は読んだことがなかった。さっそく図書館で『地底旅行』を借りて読んだ。検証を無視して空想をたくましくできるのが読者の特権である。私はスタブローギンが熱狂的なドンキホーテ的変人の教授と彼の引力にあらがえない甥(語り手)に同行してアイスランドに行ったと想像した。ではどうやって?スタブローギンは案内人ハンスの姿に身をやつして、アイスランドに行ったのだ。寡黙なハンスは何度も教授と甥の危機を救うスーパーマンのような人物である。イワン皇子を連想させないだろうか?また、かれらは昔の地質時代に存在した海や森、原始の植物や生物を目にするのだが、その光景が、これまたスタブローギンが「黄金時代」と称したクロード・ロランの絵を思いおこさせるのだ。

1865年にはペテルブルグで『地底旅行』のロシア語の翻案訳が出た。「全年齢層向け」として原始植物や原始動物の挿絵が入った本だった。(サラスキナさんの注にスタブローギンがマリヤ・レビャートキナの部屋を訪ねたとき、テーブルにあった新顔の極彩色の絵本2冊の1冊がこの本ではないか、とある。)『地底旅行』のロシア語訳は批評界で児童文学としてふさわしい作品か否かで論争になった。ドストエフスキー自身はこの論争に加わることはなかったが、ふさわしいとする側だったと思われる。トルストイ家では教育用図書に加えられた。しかし、当時の政府筋はふさわしくないとし、生徒用の購入はしないこと、すでに所蔵していたら回収を指示したという。



書 評
 

村上春樹著『騎士団長殺し』新潮社 (東京新聞2017年3月12日)
[評者]横尾和博=文芸評論家 (『村上春樹とドストエフスキー』の著者)

深まる謎、寓意解く楽しみ

本作は魂の遍歴譚(へんれきたん)である。「自分探し」「地下の世界」という長年のモチーフが一貫している。謎が謎をよぶミステリだ。ドストエフスキー作品のような哲学的対話も妙味である。第1部に「顕(あらわ)れるイデア編」、第2部に「遷(うつ)ろうメタファー編」と副題が付いている。キーワードはこのイデア(観念)とメタファー(暗喩)だ。過去の作品の既視感がよぎるが、大きく異なる点がある。熱心な村上ファンなら結末の意外さに気づくはず。阪神大震災後に書かれた連作短篇集の中の「蜂蜜パイ」、また『1Q84』のラストを深めたものだ。ここではあえて紹介しないが、本書では「恩寵(おんちょう)のひとつのかたち」とよばれる出来事で、それが3・11後の作者の変化と読んだ。

主人公は三十六歳の画家の「私」。ある日妻から離婚を言い渡されるが、理由に覚えがない。傷心の「私」は旅に出て、東北の港町で不思議な体験をする。見知らぬ女と一夜を過ごすが、その後「自分の行為や思念を咎(とが)められる」イメージが消えない。また、別れた妻との生々しい性夢を見る。友人から小田原の家を借りることになった「私」は、裕福な謎の男、賢い少女など近隣との関係が生まれ、不可解な事が次々と起こる。友人の父は高名な日本画家で、屋根裏に隠された一枚の絵を発見し、「騎士団長殺し」と題されたその絵の意味を考えることから世界は動きだす。「私」はどこへいくのか。

作者はデビュー当初から社会的な事象に関わらない姿勢を貫いたことで批判されてきた。だが、実は「関わらない」ことで世界と「関わって」きたのだ。政治的、社会的言語を直截(ちょくせつ)的に発せず、自分の深層を掘り続けることで繋(つな)がりを模索し続ける。その繋がりの一端は、本書で語られるナチによるオーストリア併合、同時期の南京虐殺事件、そして原爆をめぐる問答として現れている。表題や副題にこめられた寓意(ぐうい)に思いを巡らせるのも一興だ。読者も自らの地層の掘り下げが問われる。



新刊書評 

桐野夏生『夜の谷を行く』
文芸春秋 (北海道新聞 2017年4月16日)
[評者]横尾和博=文芸評論家 

連合赤軍に見える人間のさが
 
哀(かな)しい話である。凄惨(せいさん)な事件がモデルだからではない。人間のさがが切ないのだ。舞台は45年前に起きた連合赤軍事件。革命を夢見た若者たちが、武装することで国家権力と現実的に対決した。しかしその夢は無惨(むざん)な結末を迎える。権力に追われた若者たちは山岳に籠り、その中で仲間を「総括」の名のもとに殺してしまう誤りをおかす。危機的な閉塞(へいそく)状況で仲間が敵に思えてくる心理。意見の違いを対立、対決、排除へと向かわせしめる内ゲバの論理。彼らはこうして12名の仲間を殺してしまった。

本書は連合赤軍に参加し山岳ベースから脱走することで生き延びた63歳になる西田啓子という女性が主人公。物語の時制は2011年2月、組織の最高責任者だった永田洋子(ひろこ)が獄死したことから始まる。啓子は5年の服役後に社会復帰してひそかに社会の片隅で暮らしていた。永田獄死の報に触れ、また昔の関係者からの連絡や、翌月の東日本大震災を体験し、ひとつの時代の終わりを感受し、39年間の封印を解いていく。かつての同志の動向はジャーナリストの男が教えてくれる。彼はなぜか事件に詳しいのだが、その謎は最後に明かされる。

本書の主題は人間の卑小さ、弱さ、小さな悪意である。負のエネルギーは集団の極限状況のなかで加速する。そこに思想や宗教が加わるとさらに肥大化し、自己正当化の論理(観念)が人を支配する。いくら政治学的、社会学的、心理学的にアプローチを試みても集団が個人を疎外する組織悪は解明できない。それは人間の不可思議を描く文学にしか果たせない役割であり、ドストエフスキー『悪霊』が示したとおりだ。著者の誠実さは啓子の目に映る他者、逆に他者からの啓子への視点が相対的に描かれていることで、読者に伝わる。評者も若いころ学生運動の片隅にいた。ゆえに連合赤軍にはいまでも心の震えを覚える。事件の加害者も被害者も、評者の似姿だと思うからである。

<略歴> きりの・なつお 1951年生まれ。小学2年から中学2年まで札幌で過ごした。99年に「柔らかな頬」で直木賞



映画評


ドストエフスキー文学に通じる新作映画


野澤隆一

昨年の日本映画は『君の名は。』『シン・ゴジラ』『聲の形』『この世界の片隅で』等、アニメ系の大ヒットの中、深田晃司監督作品『淵に立つ』(原作は同監督の小説;結末が違う)は家庭の日常を舞台に「罪」をテーマとし、ドストエフスキー文学を髣髴とする主題を扱った傑作でした。年が明けてはマーチン・スコセッシ『沈黙-サイレンス』が公開されました。これは遠藤周作の小説の映像化ですが、1971年公開の篠田正浩『沈黙 SILENCE』に比べ、より原作に近く(終局は論議が分かれるが)日本人キャストも大活躍の秀作だったと思います。『悪霊』との関連では、日本での隠れ切支丹のキリスト教の受容と、シャートフのロシアの宗教的共同体主義の神観念を考える上で、参考になりました。また、2月公開のマイケル・アルメレイダ『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』はハンナ・アーレントの「悪の凡庸さ」を科学的に実証した伝記映画で、これも主題としてはドストエフスキー文学を想起する作品だったと思います。

さて、5月26日公開に吉田大八監督作品『美しい星』があり、ドストエフスキーとの共振は、過去の吉田作品『紙の月』が神と罪をテーマとしたことも踏まえ、原作の大胆な脚色に注目したいところです。原作は三島由紀夫ですが、この小説は三島作品の中でもSF小説として特異な作品に位置付けられており、「大審問官」を想起する主題の思想小説でもあります。過去には安部公房『砂の女』と共に『美しい星』を従来にはない政治小説とした奥野健男が『「政治と文学」理論の破産』(「文芸」1963年6月号)を発表し、戦後の第二の「政治と文学」論争を巻き起こしました。奥野はドストエフスキーの発想に倣い、埴谷雄高『死霊』を連想させるこの小説が「政治の中の文学」から「文学の中の政治」へと日本で初めて逆転させた作品と説いています。自分の原作での『美しい星』の印象はドストエフスキー文学の共振と共に、ニヒリズムを抱えた地球人に対し、宇宙人に仮構したロマンチシズムをうまく描いていたように思います。映像作品は舞台を現代に置き換え、最後に「救い」を導入しているようですので、小説との違いを期待したいと思います。



刊行情報


新刊紹介 藤倉孝純著『高橋たか子 地獄をさまよう魂』彩流社 2500+税
発行予告 ドストエフスキー女子会『カラマーゾフの犬』2017年8月夏コミにて発行予定 



「ドストエーフスキイの会」情報

ドストエーフスキイの会は、第238回例会を、3/ 25 14時から神宮前穏田区民会館で行った。報告者は、木下豊房氏。題目は、『カラマーゾフの兄弟』における「ヨブ記」の主題―イワン・カラマーゾフとゾシマ長老の「罪」の概念をめぐって―


編集室


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