ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.150
 発行:2015.6.12


第269回6月読書会のお知らせ


月 日 : 2015年6月20日(土)
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
開 場 : 午後1時30分 
開 始 : 午後2時00分 ~ 4時45分
作 品 : 『罪と罰』4回目
報告者 :  フリートーク      
会  費: 1000円(学生500円)


二次会はJR池袋駅西口付近の居酒屋 

8月読書会は、東京芸術劇場の第7会議室です。作品『罪と罰』暑気払い
開催日:2015年8月15日(土) 午後2時~4時45分迄です




大阪「読書会」案内 7・18『鰐』

ドストエーフスキイ全作品を読む会・大阪読書会の第27回例会は、以下の日程で開催します。7月18日(土)14:00~16:00、・会場:まちライブラリー大阪府立大学 参加費無料 作品は『鰐』〒556-0012 大阪市浪速区敷津東2丁目1番41号南海なんば第一ビル3FTel 06-7656-0441(代表)地下鉄御堂筋線・四つ橋線大国町駅①番出口東へ約450m(徒歩約7分)お問い合わせ 小野URL: http://www.bunkasozo.com E-mail: ono@bunkasozo.com




『罪と罰』とその時代 地獄からの再生

 

1864年はドストエフスキーにとっていわば厄年であった。妻マリヤと兄ミハイルが相次いで世を去る。兄ミハイルは雑誌『世紀』の経営者でもあった。が、多額の負債が残された。ドストエフスキーは、「兄の名誉にかかわる」からとその一部を肩代わりして奮闘するが、むなしく1865年『世紀』2月号で消滅する。しかしドストエフスキーは、重なる不幸不運にもくじけない。『罪と罰』を書きはじめる。1866年からカタコフの『ロシア報知』に連載を開始する。連載の最中に速記記者アンナの助けをかりて『賭博者』も書きあげる。そしてアンナとの結婚。ドストエフスキーは、幸福を手に入れ大作家への階段を一気に駆けのぼりはじめた。たしかな主義思想を持って・・・。

文豪が目指したこの時代の芸術の根本思想とは何か。(ネチャーエワ『写真と記録』)

ドストエフスキー「V・ユゴーの『ノートル・ダム・ド・パリ』」

・・・19世紀の芸術全体の根本思想は・・・滅び去った人間を復興させるということである。周囲の状況や数世紀にわたる時代の沈殿物や諸々の社会的偏見の重圧によって不当にも押しつぶされた人間を復興させることである。この思想は、虐げられた人たちの、あらゆる人々によって除けものにされた社会の最下層民の、弁護に立つ考え方なのである。
(翻訳に付された序文 1862年9月号『時代』)

ローザ・ルクセンブルグ『ロシア文学のたましい』

人間が人間を殺すことが出来るということ、それが我々の周りで、この“文明の進んだ”社会で、我々の平凡で平穏な住まいの壁の向こう側で、日々行われているのだということ、その事実にドストエフスキーは、魂を震撼されたのだった。母親の行いを知ったハムレッが、あらゆる人間の結びつきが千切れ飛び、世界がわだちから外れてしまっていることを悟ったように、ドストエフスキーもまた、人間による人間の殺害の中に“時代の結びめが千切れ飛んでしまった”ことを告げ知らせる犯罪を見た。そこでドストエフスキーは、警鐘を打ち鳴らす。彼は我々に、文明人エゴイストの純な無関心状態から覚めよ、と呼びかける…ドストエフスキーのラスコーリニコフの内面を一度でも追体験した者は、父殺しの次の夜のミーチャ・カラマーゾフの訊問を追体験した者は、あるいは『死の家の記録』を追体験した者は、もはや、かたつむりのように俗物根性と自己満足のエゴイズムの殻の中へ隠れることは、絶対にできない。

※ローザ・ルクセンブルク(1870-1919)ロシア領ポーランドに生まれる。ドイツ共産党の創始者。何度も投獄された。ベルリンで虐殺された。女性。

A・V・ルナチャルスキー「ドストエフスキーについて」

地主の旦那と農村において旧い社会の土台が崩れてゆく過程はトルストイによって描き出されたが、その崩壊過程を都市において描いた点に、ドストエフスキーの持っている意義の核心がある。その描出において、その時代からもそうならざるをえず、当然のことであったが、前面に出てきたのは、プロレタリアートや資本家ではなく、一つには、典型的知識人に最も身近であった社会層、すなわち都会の貧困者層であり、今一つは、本物のインテリゲンチャであった・・・
この都市住民全体は資本主義(最初は商業資本の、次いで産業資本の成長)によって生み出されたと言ってよいのであるが、彼らは、急速な資本主義的秩序の、いや正確には、資本主義的無秩序の到来の状況の中で、苦しんでいた。あるいは、とにかく、もがいていた・・・ 旧い社会基盤は崩れ、未来は五里霧中、現在は八方ふさがりという状況に置かれたこの連中を襲った、耐え難いほどのピンチの感覚、それをドス地エフスキーは、並外れた手腕で描き出している。

※A・V・ルナチャルスキー(1875-1933)ソ連の文芸批評家、ロシア共和国初代教育人民委員




『罪と罰』を書いた頃

・1865年(44歳)

6月『祖国の記録』編集者クラエーフスキイに『酔っぱらい』(『罪と罰』の原型)の掲載を申し込み断られる。夏、『罪と罰』起稿。10月コペンハーゲンから帰る途中、船中で『罪と罰』推敲。11月末 第一稿を焼却。

・1866年(45歳)
『罪と罰』を「ロシア報知」1月号から連載(2月、4月、6月、7月、8月、9月、12月)6月頃『賭博者』の構想成る。『罪と罰』第5編執筆。「ロシア報知」側の要請を受け入れ、第4編第7章(ソーニャがラスコーリニコフに福音書を朗読する条り)の改稿にやむなく同意。10月4日 速記者アンナ・グリゴーリエヴナ・ストキナ、ドストエフスキーを訪問。 5日~29日(12時~4時迄)『賭博者』口述筆記11月3日 『罪と罰』最終編の速記をアンナに依頼。11月8日 アンナに結婚を申し込む。

【書簡】『罪と罰』における作者の物語設定

M・N・カタコフへ(下書)ヴィスバーデン 1865年5月9月上旬

・・・この小説の思想は、小生の想像するかぎり、断じて貴誌の方針に撞着するものではありません。いや、むしろその反対です。それは、ある犯罪の心理報告でして、事件は現代的なもの、本年の出来事です。大学から籍を除かれた青年、出生からいえば平民で、極度の貧窮の中に暮らしているのですが、つい軽率で、観念のぐらついているために、いま空中に瀰漫している、ある種の奇怪な、『未完成の』思想に深入りして、一挙にしておのれのいまわしい状態からぬけ出ようと決心します。彼は金貸しを商売にしている老婆、ある九等官の未亡人を殺害しようと決心するのです。その老婆は愚鈍で、耳が遠く、病身なくせに、欲が深く、ユダヤ人そこのけの利益を取り、意地悪で、自分の妹を女中に使っていじめるというふうで、他人の寿命をちぢめているのです。『あんなやつは何の役にも立ちはしない』「なんのためにあいつは生きているのだ?』『あんなやつ、たとえだれにもせよ、他人にとって有益といえるだろうか?』云々――こういった疑問が、青年をとまどいさせるのです。彼は、この老婆を殺して金を奪おうと決心します。それは田舎に住んでいる母親を幸福にし、ある地主の家庭教師に住みこんでいる妹を、その地主の怪しからぬ難題、――妹の破滅となるような難題から救いだして、自分も大学を卒業し、外国へ行って後、それからは『人類に対するヒューマニスチックな義務』を、潔白に、堅固に、一心不乱に遂行し、それによっておのれの犯罪を『償おう』というのです。――もちろん、聾で、愚鈍で、意地悪で、病身の老婆に対する行為を、犯罪と呼ぶことができるならばです。なにしろ、老婆は自分でもなんのためにこの世に生きているのか知らず、ひと月もたったら、ひとりで死んでしまうのかもしれないのです。こうしたふうな犯罪が、きわめて遂行しにくいにもかかわらず、換言すれば、ほとんど常にそぼうに陥るほど馬脚をあらわし、証跡その他を残して、ほとんど常に犯人をあげてしまう場合がきわめて多いもかかわらず、彼は全くの偶然によって犯罪を手早く、しかも巧みに遂行することができたのです。(抜粋) 以下、心理設定は次号に掲載します。




私の『罪と罰』感想

及川環

人間は、自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である。これをおしつぶすのに宇宙全体が武装する必要はない。一つの蒸気、一つの水滴もこれを殺すのに十分である。しかし宇宙がこれをおしつぶすとしても、そのとき人間は、人間を殺すこのものよりも、崇高であろう。なぜなら人間は、自分の死ぬことを、それから宇宙の自分よりずっとたちまさっていることを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから我々のあらゆる尊厳は考えるということにある。我々が立ちあがらなければならないのはそこからであって、我々の満たすことのできない空間や時間からではない。だからよく考えることをつとめよう。ここに道徳の原理がある。パスカル『パンセ』(津田穰訳)




4・18読書会報告
 
               
4月読書会、25名参加で盛会『罪と罰』3回目、新会員増加で新鮮な熱気

このところ『罪と罰』人気もあって大ぜいの参加者があり喜ばしい限りです。4月読書会も、満席近くの参加者がありました。はじめての人も多く、新鮮な熱気がありました。




「ドストエーフスキイの会」情報

ドストエーフスキイの会の第227回例会は、5月16日(土)午後2時から開催されました。報告者は、樋口稲子氏、題目は、旧約聖書「エデンの園」と「大審問官」における「カーニバル原理」と「救済原理」―「自由」に対する観点から― 



ドストエフスキー情報  2015・3・20 ~ 6.10      
提供=佐藤徹夫さん

〈翻訳〉

・白夜/おかしな人間の夢 ドストエフスキー 安岡治子訳 光文社 2015    
 ※内容:白夜(p7-133);キリストの樅の木祭に召された少年(p135-145);百姓マレイ(p147-160);おかしな人間の夢(p161-208);1864のメモ(p209-218)

〈図書〉

・明治の翻訳ディスクール ――坪内逍遥・森田思軒・若林賤子/高橋修著 ひつじ書房2015
※第二部言語交通としての翻訳 第四章「探偵小説」のイデオロギー 内田魯庵訳『小説罪と罰』(P195~230)※初出:「文学年報」1(2003.10)(世織書房)
・定本 小林秀雄 / 前田英樹著 河出書房新社 2015
※内容:5 ドストエフスキーの〈生活〉(p60-32);6 イデアリズムとレアリスム(p73-86);7 二つの癲癇(p89-98)
※初版:『小林秀雄』河出書房新社 1998.1.14 ¥2300+
・沈黙を聴く / 秋山駿著、長谷川郁夫編 幻戯書房 2015   
※内容:Ⅱ ・ドストエフスキーと日本(p137-139)※初版:「日本経済新聞」2008.7.14 夕刊
・二葉亭四迷のロシア語翻訳 逐語訳の内実と文末詞の創出/ユックリル浩子著 法政大学出版局 2015 
※内容:第五章 翻訳者二葉亭の貢献 第一節 二葉亭の翻訳文体の後世の翻訳者たちに与えた影響(p256-367)→後半部でドストエフスキーの作品の翻訳に言及

〈逐次刊行物〉

・〈著者に会いたい〉深い洞察力に満ちた名言から 生きるための指針を読み解く
  『そうか、君はカラマーゾフを読んだのか。・・・』(亀山郁夫著 小学館 1000円/住友和子) 「サライ」27(4)=597(2015.3.10=4月号)p156
・黒澤明『生きる』とロシア文学 ―トルストイとドストエフスキーと―/坂庭淳史 「比較文学年誌」51(2015.3.25)p44-61
・〈学生のためのBOOKガイド〉齋藤孝さん(明治大学教授)が薦める3冊 その3「カラマーゾフの兄弟」「朝日新聞」2015.3.30 夕刊p6(12行、あらすじ6行)
・「ドストエーフスキイ広場」24(2015.4.11

〈訃報〉

・原 嘉寿子=作曲家(本多和子)昨年11月30日、心不全で死去 1999年、ドストエフスキー原作「罪と罰」を新国立劇場で上演 「朝日新聞」2015.2.5 夕刊




評論・連載

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像

(第59 回)21世紀 、ドストエフスキーは救済原理たり得るか?

「大菩薩峠-机龍之助」と「罪と罰-ラスコーリニコフ」①

福井勝也

 前回は、「イスラム国」(IS)邦人人質殺害事件から大川周明とその教えを受けたイスラム学者の井筒俊彦の言葉を紹介した。井筒はドストエフスキーの文学世界が「我々が現に生活しつつある現実の時間的世界とは(中略)全く質を異にする世界、つまり永遠の摂理の世界で(中略)宗教的な言葉で表せば神の国ということに他ならない。ドストエフスキーは我々が住んでいる時間の世界は終末論的構造を有するものであること、すなわち人々の大部分はそれと気付かずに居るけれども実は其処に全く時間を超えた全然別な秩序が或る偉大なる終末を目指して時々刻々に浸入し透徹しつつあり、時間の世界が着々として実現しつつあること、つまり神の国が現に今ここに来りつつある光景を描こうとするのである」(「ロシアの内面的生活」)と語っていた。ここでの井筒の言葉は、ドストエフスキー文学の本質(時間論)を説いていて、言わばその世界が人間の(宗教的)救済の問題に焦点を当てたものであったと結論できよう。

 「イスラム国」(IS)の問題は、繰り返される「自爆テロ」が象徴するように現世を捨て来世での復活を目指す宗教的行動を核に孕んでいる。短絡は禁物だが、井筒が説いたドストエフスキーの文学世界はやがて彼が専門とした一神教のイスラム教的死生観を先取りしていて、その終末観と神の国が現に今ここに来りつつある光景を幻視する殉教死の世界を連想させる。勿論これに巻き込まれる異教徒には、テロリストの無差別殺人、犯罪行為の被害者になるだけなのだが。

 ここで「自爆テロ」を持ち出したが、この現代の「殉教」が必ずしも宗教的信条のみに係わるものでないことは明らかだ。そのことは9.11同時爆破テロ、ニューヨークでの航空機ツインタワー爆破が旧日本軍の「特攻」を想起させたことからも分かる。我々日本人の一世代前、多くの若者が「イスラム国」ならぬ「大日本帝国」への殉教死を遂げている。彼等が、死ぬ間際に見た「神の国」の光景を支えたものは、天皇制イデオロギー(「国体」)であったか、郷土の田園風景であったか不明だが、おそらく神道教義ではなかったろう。いずれにしても、身近な同胞と自らの「救済」を信じた殉死と言える。三島由紀夫の自決も日本文化史的にはその延長で、何故か僕には『悪霊』のキリーロフの自死の哲学理論(「人神論」)を連想させる。

 やや議論が先走りしているようだが、前回は20年前地下鉄サリン事件(95.3.20)を引き起こした「オウム真理教」が「イスラム国」とどこか深いところで通底しているとの直感をまず述べた。そして今も改悛に至らない教団の死刑囚達の言葉を引用した。そこに現在読書会で取りあげている『罪と罰』の主人公、シベリアでのラスコーリニコフの姿を重ね合わせてみた。改心が訪れぬまま、福音書も開こうとせずにシベリアの光景のなかで佇むラスコーリニコフは、二人の(無辜の)女性の殺人者であると同時に、自らを滅ぼした「殉教者」であったと思う。彼が殉じようとした第一の教義は自ら案出(錯覚)した「ナポレオン思想」であったが、非力な自分に目覚め、実は安手の<倨傲の観念>の虜でしかなかったことに落胆する。しかしその観念がたとえ傲慢なものであっても、その奥には<新たなエルサレムの救済>への希望が潜んでいた。だから彼の前にソーニャという、第一の教義を信じたラスコーリニコフを滅ぼす「おとなしい女」が顕れるのだろう。やがて彼はシベリアで一度死に(殺され)、やがて復活の曙光(「救済」)に輝くことの希望が作者によって語られて小説は閉じられる。しかし同時にそれが「ハッピーエンド」ではないところがこの話(「エピローグ」を含む)の味噌で、次の物語(『白痴』?)に続いてゆくことが暗示され、ラスコーリニコフの物語は未完のまま残された。

 前回は同時に、当方の第一著書『ドストエフスキーとポストモダン』(2001)の「現代における魂の救済-ドストエフスキーのイエス・キリスト像」(1996)の文言を引用したが、実はオウム・サリン事件から20年が経ってみたが、そこで発した問いが何ら未解決のままであることが分かった。むしろいよいよ世界規模での終末的状況(具体的には、中東地域での核爆弾使用の蓋然性)が強まり一層危機感が募っている。こんな思いは私だけかと訝ってみたがどうやらそうでもないらしい。前回の原稿を書きながら、興味深い対談が目に止まった。文芸誌『新潮』の4月号に掲載された「現代思想の運命」で、浅田彰、中沢新一、東浩紀の鼎談であった。議論の冒頭で(冷戦崩壊とIT革命の25年)司会役の東氏が次のようなことを述べている。

「(オウムとテロという話題に関連して)先日、ロシア文学者の亀山郁夫さんと対談させていただいたのですが(『カラマーゾフの兄弟』からチェルノブイリへ ― ロシア文学と日本社会)2014年12月9日、ゲンロンカフェ)、いろいろと気付くところがありました、とくに、僕はすっかり忘れていたのだけれど、オウムというのはじつはロシアで非常に大きな影響力を持っていた。これはとても興味深くて、ドストエフスキーの作品に代表されるように、ロシアは昔から「虐げられた人々」が爆発しがちな国ですよね。そういう国でオウムがとくに強く支持されていた、ということにどういう意味があるのか。それは冷戦崩壊とも関係しているはずです。大澤(真幸)さんはオウムを戦後日本の帰結と捉えたけれども、もしオウムが単なる日本国内に留まらず、実は世界と連動した、資本主義に対するある種の抵抗運動だったと捉えるとするとどうなるか、ということを思いました。これは、今話題のシャルリー・エブド事件にも繋がるけれども。」(中略)

 「実は僕は、今こそドストエフスキーの小説を生産的に読み返せるのではないかと考えています。というのも、21世紀はテロの時代で、そしてドストエフスキーというのは一貫してテロリストの心を描き続けていた作家だからです。状況も似ています。例えば『地下室の手記』という実存文学の元祖みたいな作品があるでしょう。あの小説は実は、当時ベストセラーになっていて、のちレーニンも愛読したというチェルヌイシェフスキーの『何をなすべきか』というユートピア小説に対するアンチとして書かれているんですね。つまり、空想社会主義対実存主義という構図なんです。(中略)グローバリズムとインターネットが人類を救うといった21世紀版の空想社会主義の物語に対してあちこちで反発が生まれていて、いまのイスラムのテロもそういう文脈で捉えるべきではないか。」(ゴチックは筆者、注)

 やや文脈において疑問点もあるが、結論の21世紀に召喚されるべき作家がドストエフスキーだろうという判断はおそらく正しいと思う。しかしこのことは、時代が危機的な状況を呈してきていることの証左であって、むしろ手放しに喜べない事態であることの認識が不足していないか。この点で東氏の発言は、ドストエフスキーへの認識がやや甘いようだ。

 この点で今回半年程連続講義を受講した、かつて外交官としてソ連崩壊に立ち会った佐藤優氏のドストエフスキー観はより悲観的だ。「ドストエフスキーが流行るのは、悪い時代である」と以前からドストエフスキーへの時代認識を披瀝しておられた。今回直接佐藤氏にドストエフスキーに関する幾つかの質問をさせて頂く機会を得た。やはり同様な思いを語られていたが、かつて『文學界』で連載された「ドストエフスキーの預言」(2009~10)での神学的議論を興味深く読ませて頂いた(この辺は当通信のNo.117-118参照)者として、その単行本発刊の希望をお伝えしたりした。佐藤氏は同志社の神学部時代にチェコの神学者・フロマートカの研究者を目指したロシア通の「知の巨人」だが、氏の独自のドストエフスキー宗教観もフロマートカの影響下、例えば「大審問官」を肯定的に解釈している。そこに極めてロシア的な無神論=ヒューマニズムを見出し(それはスターリニズムソ連体制の逆説的なヒューマニズムに転移した)それがキリスト教を補完し、あるいはそれへの挑戦として生まれてきたものであったと述べておられた(この辺りは亀山郁夫氏との対談本の『ロシア 闇と魂の国家』2008、p89~92にも詳しい)。さらにそこでは、亀山氏が「大審問官」やスターリンの「ヒューマニズム」は、死の恐怖を克服したものが神になる、という「人神」の思想に通じていて、死の恐怖を克服した人間(例えば「大審問官」)が神の代理人となって世界を動かして行くと語っていた(同書、p87)。要注意の言葉だと改めて感じた。

 東浩紀氏が21世紀はテロの時代で、そしてドストエフスキーというのは一貫してテロリストの心を描き続けていた作家だから、今こそドストエフスキーの小説を生産的に読み返せるのではないかとの言説も、この「大審問官」の問題とも連続する発言として受け止めたい。

 翻って考えた時、ラスコーリニコフも天上の救済観念を信じた「テロリスト」であったと思う。死の恐怖さえ克服すれば「大審問官」にも成れただろう。しかしラスコーリニコフはソーニャに一旦「殺される」ことで「甦り」の契機を得たようだ。しかし同時に「終わった人間」と自称する検察官ポルフィーリーが、ラスコーリニコフを「太陽」(両義的な比喩だが)に擬えるあたり(最終部の第6部)、流刑後にラスコーリニコフが「革命家」になる可能性も十分あり得ることだと思う。同時に最後、ポルフィーリーはラスコーリニコフの自殺(殉死?)も仄めかしてもいることをどう読むべきか。

 今回連載の本題を「21世紀 、ドストエフスキーは救済原理たり得るか?」としたのは、世界の今日的課題(テロとの戦い?)に真正面から勝負できる作家はやはりドストエフスキーしかいないと改めて考えたからであった。すなわちドストエフスキーが描き続けた人間の(宗教的)救済という設定が、極論すれば「テロリスト」や「革命家」と対峙する「キリスト」という問題設定になっている事実に改めて気付いたからであった。だからこそ、「オウム」も「「イスラム国」(IS)」もドストエフスキー文学の地平まで昇って来てしまうのだろう。ここまで来て、当方が第一著書を刊行した時期に戻ったような無力感を感じる。と同時にドストエフスキーという作家は、<古典>とは本質的に無縁な<永遠の甦りの作家>であると改めて思う。命題「21世紀 、ドストエフスキーは救済原理たり得るか?」にどう回答すべきかが待ったなしに問われている。否定的な方向に傾かざるを得ない危惧を強くする現実が、ドストエフスキーを畏怖すべき存在に加速させる。ここで「毒をもって毒を制す」という比喩が頭を過ぎる・・・。

 ここまで来て「搦手から論ずる」戦法でもないが、一旦話題の転換を図ってみたい。必ずしも成算があるわけでないが、そのうえで今回の大きな課題に還れればと思う。ここでは、次ぎのテーマの導入に止める。実は某所で今春まで半年程かけて中里介山(1885-1944)の『大菩薩峠』(1913~)を対象とする読書会に参加した。実は、原作そのものではなく、作家の安岡章太郎が『大菩薩峠』を論じた『果てもない道中記』(1995)という長編歴史エッセーを読み合わせたのだった。序でながら、全27巻の角川文庫版を古本屋で購入し副読本としたが、正直読み通すというわけにはいかなかった。しかし、安岡氏の上下二巻の著作(講談社文芸文庫)はよく構成されていて、それを通読することで原作に十分馴染むことができたと思う。この本の書評を書いた文芸批評家の秋山駿氏などは、原作の冗長な文体から離れることでかえって肝心な問題が再認識させられたと語っていた。

 当方も『大菩薩峠』に強い興味を覚えたのだが、実は物語の始めから驚かされた。それは、無辜の老爺の巡礼を大菩薩峠で無慈悲に切り捨てる机龍之助の登場が、『罪と罰』の老婆殺し(さらに無辜のリザベータまで)で始まるラスコーリニコフのそれとダブって見えたからだ。のっけから読者に犯人が明かされる殺人事件、それは読者を犯人の側に巻き込む有効な仕掛けに見えた。

 これは言わば通常の「推理小説(犯人捜し)」を逆張りしたもので、読者を圧倒的な力で巻き込んでゆく「大衆小説」の神髄か。さらに、この二人の主人公(=無差別殺人者)は、現在の「テロリスト」(オウム・サリン死刑囚、アルカイダ・IS実行犯)の元祖とも考えられよう。ここで、当方の関心が「大菩薩峠-机龍之助」と「罪と罰-ラスコーリニコフ」の比較、対照ということになるわけだが、むろんその相違点にも注意すべきだと思う。

 今回一つだけ最後に述べておきたい。安岡はその死病(心筋梗塞)をきっかけに4年(91~95)をかけて本書を書き継いだのだった。そしてこの『果てもない道中記』はオウム・サリン事件が丁度発生した時期(95)に刊行され、安岡自身がこの「テロ事件」と「龍之助の辻斬り」とを結びつけていたことだ。同時に安岡は、『罪と罰』のラスコーリニコフと龍之助との差異について語った。今回はここで、机龍之助(中里介山)の最終部の言葉を引用しておく。「殺すということは、生命を奪うということで、生命を奪うということは、生命を亡くすることではないのです。単に生命の置きどころを変えたというにとどまるもの・・」(「椰子林の巻」)これは、前回引用の新実死刑囚の言葉「ポアという技法で、魂を高い世界に移し替えることができる」「今でも、救済の一環だと思っている」を連想させる。 (2015.5.30)


小説・大菩薩峠とは何か

妖怪は忘れたころに現れる。2013年に亡くなった作家安岡章太郎が、入院中に読んで夢中になったと書いたことから、剣豪小説『大菩薩峠』が、蘇った。

勧善懲悪小説のなかに突如、登場した悪の化身の剣士・机龍之介。その非情さニヒルさは、一時、時代を席巻した。『悪霊』のスターヴロウキンを彷彿した。が、福井さんは、『罪と罰』のラスコーリニコフが重なったという。本論に注目したい。しかし、現在、この作品を読んでいる人は少ないと思う。ドストエフスキー読者は、恐らく殆どいないのでは、そんなわけで、興味ある人は…ぜひとススメたいところですが、なにしろ長編で、映画も5巻もありますが(斬り合いシーンばかりで)・・・。

HPでは、こんなふうに紹介しています。
大菩薩峠』(だいぼさつとうげ)は、中里介山作の長編時代小説。1913年~1941年に都新聞・毎日新聞・読売新聞などに連載された41巻にのぼる未完の一大巨編。
幕末が舞台で、虚無にとりつかれた剣士・机竜之助を主人公とし、甲州大菩薩峠に始まる彼の旅の遍歴と周囲の人々の様々な生き様を描く。連載は約30年にわたり、話は幕末から明治に入らずに架空の世界へと迷い込み、作者の死とともに未完に終わった。作者は「大乗小説」と呼び、仏教思想に基づいて人間の業を描こうとした。世界最長を目指して執筆された時代小説で、大衆小説の先駆けとされる不朽の傑作である。(ちなみに、現在の世界最長小説はヘンリー・ダーガー作の『非現実の王国で』で、最長時代小説は山岡荘八作の『徳川家康』である。



広  場 



センナヤ・エレジー

原作 ドストエフスキー
朗読 マルメラードフ
編詩 小柳 定治郎


貧は罪ならず
されど、洗うがごとき赤貧は
もはやこれ罪悪
人のしるしも誇りも
かえりみる余地もなければ


さては野犬のごとく
たたき出され
あるは娑婆世界より掃き出さる
塵・芥のごとく
これでもかと

さはれ、いかなる思ひ
侮辱するは我にあり
かくてまた
乾草舟に身を沈め        
酒中に「悲しみ」を求める    

うら若き青年よ
そなたの顔に読み取れるは
「悲しみ」めいたもの いかん
にわかに声をかけたるも
さればこそ

奪いし金も
飲み尽くせば また無心
わが娘は 黙してよこす
露の稼ぎを
汝れが愁ひのまなざしこそ つらかるに




連載6『罪と罰』の世界―人間性の深みをめぐる優越感と負い目


渡辺 圭子

〈前号まで〉同志と犯罪者は似て非なるもの思えてならない。迄。

同志はあくまで現行の規範にゆさぶりをかけるだけで、現実社会における逸脱ではない。それに対し、犯罪者、ピョートルが邪魔者とみなした者は、本当に逸脱してしまう。ピョートルが、同志が、邪魔者を、いい気にさせ、利用し、捨てるからには、相手の鬱屈がどこかにあり、どうすれば、鬱屈を晴らしたい思いと正義の追求をすりかえてくれるのか、を知らなくてはならない。人間や人生を広く深くみる力が必要である。その力のことを思ったら、なぜ人を殺してはいけないのか、という疑問、自分はここにいる、ということを証明するような事件、不条理をわからせてやりたかった、人を殺してみたかった、そんな実行犯の声など、とるに足らないものに思えてならない。余談になるが、なぜ人を殺してはいけないのか、と問われたら、何というか、を特集した記事があった。私ならば、時に、自分を欺き、見失うことがあっても、不適応になる(世のルールがこの逸脱)ことと、自分を欺かない、自分を発揮する、確固たる意見をもって暮らすことが、=ではないから、人は適応してきたのではないか、なぜ殺さなくてはいけないのか、人間社会の矛盾は、事件をおこさなければ追求できないものなのか、これらのことを問い返し、人間や人生を広く深くみる力を知らせてあげたい、と思う。ついでに、あなたがたは、現行のゆさぶりをかけ、真のものに近づく足がかりとなっている、同志ではなく、先の力に流される邪魔者の方に近い立場にいるのよ、と教えてあげたい。実行犯を弁護した弁護士がひきあいにだした〈罪と罰〉、『異邦人』であるが、、主人公たちは、確かに、現行の規範にゆさぶりをかけ、人間の真の姿を発現させたことにはちがいない。しかし、それが誰かの役に立ったわけでもなんでもなく、いたずらに人を傷つけただけの、犯罪にしかなっていないことも、頭に入れておくべきであろう。以上、鬱屈を晴らしたい思いと正義の追求をすりかえ、信じた道へつっぱしった結果、世のルールを逸脱した犯罪者となり、抹殺される人間をみてきた。鬱屈を晴らしたい思いと正義の追求のすりかえの原因であり、同志と邪魔者との共通点は、『自分こそ、現行の規範にゆさぶりをかけ、より真のものにちかづくための足がかりとなっている』という特権者意識、人間や人生を広く深くみる力における優越願望である。作者は、ピョートルが、同志が、邪魔ものたちを酔わせたように、読者を酔わせ、、人間や人生を広く深く考えたために、犯罪をやらざるをえなかった、という錯覚を与えておきながら、巷の不適応者と同じように、人間や人生を考えた末でも、深みにせまれたわけでも何でもない、いたずらに人を傷つけただけの、犯罪という結果を出させている。なぜ、錯覚を与えるような描き方をしたのか。それは、読者に受ける゛と思っていたから。ドストエフスキーは、同時代の作家、ツルゲーネフ、トルストイよりも、売れるにはどうしたらいいか、を強く意識した作家である、という。そのことは、人は皆、人間や人生を広く深くみる力における優越願望をもっているから、ということにならないだろうか。また、『作家の日記』というエッセイの中で、自分を発揮したい、という思いに理解を示しながらも、そのために犯罪にならざるをえなかった、犯罪をやる権利があった、という弁護士の弁護を非難している。一見矛盾しているように感じられるが、1人にではなく、みんなにある、みんながもっている、という視点でみると、矛盾もなくなるような気がする。犯罪をやる権利、仮にあるというのなら、みんなにある誰もがもっているのだから、特権者などいないことになる。特権者がいないのだから○○する権利がある、は成立しなくなる。 つづく




掲示板


ドストエーフスキイの会第228回例会

 月 日 : 2015年7月25日(土)午後2時~5時 予定
 会 場 : 千駄ヶ谷区民会館 JR原宿駅徒歩7分 予定
 報告者 : 『広場』合評



編集室


調和を目指す読書会 

研究者の講演や研究成果を聴く場としてはドストエーフスキイの会例会があります。一方、全作品を読む会・読書会は、愛読者がそれぞれの意見・感想を述べあう場です。参加者は各自が自身の感想・意見をもっています。限られた時間内だけに、進行者は時間配分に苦慮するところですが、まずは新しい参加者を優先に。

提案 午前報告のススメ(10:00~12:00頃まで)報告希望者に活路

長編に入り、読書会も活発です。まとまった「作品論」の報告希望がありますが、発足時からの読書会の基本姿勢は、あくまでも全員参加です。
そこで提案ですが、読書会当日の午前10時~12時の時間枠での報告はどうでしょうか。午前中は会場代が半額なので、参加人数がある程度みこめれば開催できます。講演を希望する人は、3カ月前に申し出てください。午後の部と同時に予約します。



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年6回の読書会と会紙「読書会通信」は、皆様の参加とご支援でつづいております。開催・発行にご協力くださる方は下記の振込み先によろしくお願いします。(一口千円です)
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2015年4月1日~2015年6月10日までにカンパくださいました皆様には、この場をかりて厚くお礼申し上げます。
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