ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.117  発行:2009.12.1


第236回12月読書会のお知らせ


月  日 : 2009年12月12日(土)
場  所 : 東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
開  場 : 午後1時30分
開  始 : 午後2時00分 〜 4時50分
作  品 : 『カラマーゾフの兄弟』4回目
報 告者 : 北岡 淳也氏
会  費 : 1000円(学生500円)
◎ 終了後は、二次会(忘年会)を開きます。
会 場 : 予定「養老の瀧」JR池袋駅西口徒歩3分。
時 間 : 夜5時10分 〜 7時10分頃まで。




12・12読書会について


真理を求めて大河の旅はつづく
 さすが世界文学最高峰といわれる作品、文豪最後の作品だけに『カラマーゾフの兄弟』報告の熱波はつづきます。12月読書会は、四回目になります。まさに2009年は、『カラマーゾフ』の年、この作品で明け、この作品で暮れることになります。
 『カラマーゾフ』だけに時間を割くのは・・・。そんな疑念もありますが、『カラマーゾフ』はドスト文学の本流です。『貧しき人々』からはじまり『未成年』までの長短様々な大作、名作、駄作の数々は、いわば支流といえます。それらは滔々と悠然と流れるカラマーゾフという名の大河の一滴。さすればこの大河を気ままに漂うこと、楽しむことが、ドスト文学を読み解くこと。人類の真理探り得ることに?がるのでは・・・・。だとすれば、時間にせかされることなく、心行くまでこの大河の旅をつづけてみようと思います。
 というわけで今回の報告者は、北岡淳也さんです。北岡さんは、2年前の12月読書会で〈イエイツとバフチン〉からと題して「ドストエフスキー、その咬交円錐的世界」を報告していただきました。北岡さんは、中国墨画や占星術といった他分野にも造詣があるだけに非常に難易度の高い発表でした。今回は、「大審問官」をより深化的にお話くださるようです。




「大審問官」とヴィジョンとしての世界     
北岡 淳也


 「大審問官」の舞台が16世紀スペインのセヴィリアと設定されているのは何故か、そしてこの古色蒼然ともいえる挿話が21世紀にも再読し得るのは何故か。そのような問題意識から最近気付き、考えてきたことを述べてみよう。
 「大審問官」の直接のモデルは、ポペドノスチェフであるが、テーマが政治、とりわけ統治の問題に関わることであり不穏な情勢になりつつあるロシアを避け、空間的にも時間的にも遠いスペイン帝国の16世紀に設定して、遠い過去を転じて近い未来を予見させる力を作品に与える。「大審問官」に圧縮された空間、時間は22世紀まで越え難いと思える。
 イワンは「私は二つの祖国を有する。ロシアとヨーロッパである」「ぼくはヨーロッパへ行くだろう。そこは墓場だろう」と語る。北方の帝国の作家、ドストエーフスキイは、イワンの想像的産物を自ら創出し、南に設定したのは、「二つの祖国」という両極、その中間を墓場と見なしてのことである。
 さらに、セルヴィアという都市であって、コルドヴァ、バルセロナではないのは異端審問所が1480年9月に、最初に開設されているからだ。そこで6人が火刑となった。
 歴史に即してたどると、1492年、グラダナの陥落によってレコンキスタ(国土回復運動)は成就したが、その際、心ならずもキリスト教に改宗したコンベルソたちは、そのルサンチマンから不穏な動きをすると見なされていた。
 ところで、初代「大審問官」はニーニョ・デ・ゲベラである。出自はユダヤ系であるが、ユダヤ人とはいっても上流の宮廷ユダヤ人である。この人物の肖像画がエル・グレコによって描かれている。ドストエーフスキイの発想と絵画の関連はいくつか例をあげることができる。1492年、この年はコロンブスが新大陸を発見した年でもある。活版印刷は普及し、古典がラテン語から母国語に翻訳されていた。1517年ルターの宗教改革によって、内面空間はコロンブス世界へと拡大されていく。その空間に向けて、1516年、トマス・モアの「ユートピア」が出版され充填される。エラスムスのような人文主義者による古典からの翻訳をともなって。
 1555年、アウグスブルクの宗教和議によって中世封建制は終焉し、1557年にはフェリペU世が即位する。近世の開幕といわれる時代である。この時代のユートピア思想は、トマス・モア、カンパネラの作品に描かれているように、周囲を海に囲まれた島が「ユートピア」として描かれている。大航海時代が産出したユートピアでは、東まわり、西まわりの新航路発見(同時に植民地発見)へと向かった。当時の人々を駆り立てたユートピアではあるが、拡大する世界市場もそれを消化しきれなくなった。
 ところで、フェリペU世は二回、債務不履行宣言(デフォルト)をおこなっている。父カルロスが外交と戦争で多大な負債をジェノヴァの商人に負い、フェリペU世の頃には、南米からの銀はスペインに入らず、直接アムステルダムに向かった。当時最強の覇権国であったスペインは現代ではアメリカということだろう。
 覇権国の財政が底割れするというのは、帝国化による広大な空間を守るには、莫大な軍事費が必要になり戦争の火種は絶えず出費がかさむからだ。ユダヤ人追放、火刑などという野蛮も、彼らの財産を没収することで財政赤字の穴埋めを企てたのだ。そしてこれはが主要な事柄だが、カトリックの純粋化によってイデオロギー的に国内を引締め、それによって帝国の拡大する植民地の周縁部に対処しようとしたのだ。統治者の常套手段である。この常套手段は一度開始すると機械のように動く。宗教裁判所という官僚機構はそのように動き出した。
 1517年のルターによる宗教改革案は「北方に新しい異端が起こり・・・・・」と大審問官に書きこまれているが、これはトマス・モアの「ユートピア」出版、ガリレオの地動説とも関連することで大航海時代の世界に対応する内面空間の拡大、深化である。1622年、ヴァレンティン・アンドレア「キリスト教徒の都市」、23年、トマス・カンパネラの「太陽の都」、26年、フランシス・ベーコンの「ニュー・アトランティス」とユートピア・ラッシュが続いている。大航海時代の延長上にある作品であり、歴史上、「ユートピア」を世界市場が消化しきれなくなると、「大審問官」の専制となり、スペインでは次の段階で「絶対君主制」の時代となった。
 ところで、この経過はドストエーフスキイが生きた後半、アレクサンドルU世の時代とポペド/スチェフが主導するV世の時代と重なる。
 ドストエーフスキイの時代は、フランスではナポレオン伝説がまだ生きていた。1852年2月、ナポレオン三世は共和制から皇帝制へと変わるなかで皇帝に即位したが、大ナポレオン伝説がなければ無理だっただろう。『罪と罰』『白痴』にはナポレオン伝説の残照が描かれている。ナポレオン三世の統治は、政策的にはサン・シモン主義、手法はマキャベリズムである。モーリス・ジョリはこの人物のマキャベリズムを糾弾した「地獄の対話」を書いている。これは後で述べる「プロトルコ」とも関連する。
 サン・シモン主義は30年代の青年層に影響を与えた。ナポレオン三世自身サン・シモン主義者である。彼の周囲の主だった人物は、ベルシーニ、オスマン、ペレール兄弟、彼らは皆サン・シモン主義者であった。高等科学院に対して影響力をもち、産業資本主義と結びついたこのユートピア思想はもっとも実践的なユートピア思想であった。このことは、ドストの紀行文ならず、彼の後期長編に点描される鉄道、気球、写真、クリスタル・パレス、計算機、電信など多数点在する。『悪霊』のキロフという橋梁技師はサン・シモン主義者であるとクリステヴァは指摘している。新キリスト教を唱えた聖サン・シモンのロシアの鬼っ子は無神論者、世界市民として自死する。サン・シモン主義は、社会を重視するバザール派と宗教を重視するアンファンタン派の二派に分かれ、アンファンタン派はスエズ運河の調査をおこなっている。レセップスはサン・シモン主義者でスエズ運河開通にペレール兄弟に資本を融資してもらっている。ナポレオン三世の時代はサン・シモン金融経済の時代であったといえる。
 この運動は、ペレール兄弟の流動的な利子付社債とそれを扱う投資銀行によるもので、ヨーロッパ全域、ロシアにも波及した。チェルヌイシェフスキーの登場にはそうした時代背景があったと思われる。
 「何をなすべきか」の主人公、ラフメートフは快活な男性的な青年だが、ドストエーフスキイはこの人物を「地下室」で手記を書く格好悪い無名の中年男におきかえ、とどのつまりは何もしないことだと言わせる。無名氏といわれるこの人物は、反キリスト的なラスコルニコフ、スタヴローギンと変貌して、最終的に名なしの「大審問官」となってあらわれる。二人の人物に共通するのはルサンチマンである。絶望、不安、嫉妬、嫌悪、憎悪、ねたみ、そねみ、恨みとタールのように黒々とわだかまって障気をあげている。
 ところで「マルコ伝」の「悪霊に憑かれたゲラサ人」では、墓場に住むレギオンといわれる悪霊がキリストの前にあらわれ、「私は多数です」と言う。多数のレギオンは、「ルカ伝」では二千頭の豚にとりついて湖へなだれ打って飛び込む。ドストエーフスキイは、『悪霊』の冒頭にこの挿話を掲げているが、『悪霊』本文中の黙示録的な世界を領導するのは、この豚である。「偉大なる憤怒の書」でウォリンスキーが主な人物たちに黙示録の龍を掫りあてているが、元は「レギオン」である。終末論、メシアニズムの源泉である。「ヨハネ黙示録」にあらわれる龍の形象は悪をあらわしているが、レギオンはキリストの前にチラッと姿をあらわし、次いで豚にとりつき湖の底をくぐって龍となってあらわれ、キリストに刃向かいつづける。多数性、複数性といわれるレギオンの性質には潜勢力がある。スメルジャコフが父殺しを完遂するのも、強力なレギオンの力による。
 ウォリンスキーは七つの頭、10本の角をもつ赤い龍をスタヴローギンに振り当てているが、この龍が千年王国を支えるのである。ヨハネ黙示録では最後にあらわれるが、「ヨブ記」ではヨブの不信を打ち砕くリヴァイアサンの形象をひきついでいる。
 怒り、憎悪、不信、不安、怨恨、こうした負の感情に万人がとり憑かれると社会は成り立たなくなる。『悪霊』の世界に描かれているとおりである。そこで登場するのが、ヨブの不信を打ち砕いたことによって肯定的な統合する権力を象徴する「リヴァイアサン」である。万人が万人の敵となることで自滅する社会を守るにはヨブの不信をも打ち砕く強力な政府、「リヴァイアサン」をおくことの必要をホッブスが説いたのは清教徒革命後であった。
 恐怖と不安、死と攻撃、そして多数の潜勢的な力、普遍的統治をおこなうその人物に、正と負の二重性が刻み込まれないわけがない。この二重性はフェリペU世、ナポレオン三世に限らず帝国の統治者についてまわる。フェリペU世の時代とグローバリズムの現代を類比することはできるが、その時代を画す現象下には多数の潜勢力が流動している。マルコ伝のレギオン、ルカ伝の豚、黙示録の赤い龍、そしてメエルシュトレムの渦にひそむ見えない龍である。時代は降りるがこの見えない龍はナタンの教説における龍と酷似する。予言者、サバタイ・ツヴィの出現は必然であった。大審問官の時代とナタンの教説はパラレルであった。
 至上の存在たる君主は、千年王国主義、メシアニズム、終末論を排除する。それらが内包する憎悪、嫉妬、怨望、怨念が社会全域に浸透するとどうなるかを彼らは知っている。普遍的統治をいきわたらせるためには、彼らを弾圧、封殺しなくてはならない。
 フェリペU世が好んだボッシュの絵を想起すると、祭壇画の地獄、煉獄の絵に罪から発生する弱者の怨念、いわゆるルサンチマンの感情は一切感じられない。彼らの罪が透明化、記号化されている。これは普遍的統治をおこなう者にとって理想である。
 ポペドノスチェフの「ロシアを氷づけにしてやる」、ゲバラの「火で浄化してやる」というテロルは、16世紀スペイン、19世紀ロシアでもユダヤ人に向かったということ、内部の異端者を葬り去るということは驚くべきことで20世紀に入ると広汎に大量におこなわれる。
 殺される側にわだかまった憎悪、怨嗟、ルサンチマンは、殺す側、大審問官の内部にも渦巻いていたのだ。この二つの側に共通するのは、死を見つめる以外にないということだ。
 シュテファン・アンドレスの小説、「エル・グレコ、大審問官を描く」は、短編であるが「大審問官」の核心に迫っている。エル・グレコという画家の目を借りて描いている。
 16世紀末、トレドの医師カサリヤは大審問官ゲバラの肖像画を描くため、セヴィリアに行っている友人エル・グレコから一通の手紙を受け取った。彼は異端根絶を図って火刑によるカトリック純粋化を徹底するフェリペU世の臨終に主治医として立ちあい、エスコリア宮殿から帰ってきたところだ。手紙の内容はゲバラが病通の発作に苦しんでいるため治療に来てほしいというものだ。このニーニョ・デ・ゲバラこそカサリアの兄、神学博士のアゴチノス・カサリヤを異端審問で火刑に処した人物である。小説世界は異様な緊張感、不安な気分から、殺意と死に凝集していくのだが、回廊でフェリペU世とゲバラが話している場景、宿泊先の部屋の窓の下を火刑場に向かう殉教者たち、出来上がった肖像画、ゲバラの目、仮面にうがたれた穴のようで、そこから見知らぬ者がのぞいているという言葉が脳裏に残る。この小説は30年代の作品である。
 ところで米川訳のドストエーフスキイが日本でよく読まれるようになったのは30年代である。この時代、反ユダヤ文書も数多く出版されている。「シオン賢者の議定書(プロトコル)」という偽書と「大審問官」を対比させるのは実を言って気がひけるところであった。しかし今回読み返してみて、「大審問官」を語ったイワンに対してアリョーシャが反駁するが、それはイエズス会批判と重ねている。そして「あるのは無神論だけなんだ、それが彼らの秘密ですよ。兄さんの審問官は神を信じていないんです」という。それを受けて、イワンは「実際その一点だけにすべての秘密があるんだよ」と答え、聡明な悪魔の指示に従って、非力な反逆者、未完成な存在たちをまともな秩序に落ち着かせようとする「秘密結社」のような「かけがえのない老人たちの完全な一集団」と話し出す。「そしてフリーメーソンにさえ、その根底にはこの秘密に似た何かがあるような気がするし、カトリックがあれほどフリーメーソンを憎むのも、羊の群れは本来一つであり、羊飼いも一人であるべきはずにもかかわらず、彼らの内にライバルや、理念統一に対する分断策動を見いだすからだという気がするね・・・・」
 ドストエーフスキイは二度のヨーロッパ旅行で「イリュミナティ」「フリーメーソン」「シオン賢者」といった煽動を狙った怪文書には直接触れることもあっただろう。とりわけフランスでは大量に発行されている。
 フランス革命については、保守派の歴史家テーヌが陰謀によるという疑惑を書きとめている。君主制打倒から共和制への過程は専制から自由へ、共和制(大統領制)から皇帝制へは自由を求めて専制へというところだろうか。ここで、「大審問官」と「シオン賢者」を対比的に列挙してみよう。

 1.「大審問官」という老人が語る。
 2.宗教
 3.キリスト教(火杜リック教会の権力)
 4.16世紀、スペイン、セヴィリア
 5.スペインの一都市
 6.専制的君主制
 7.過去をもって、現在、未来の負の支配構造
 8.自由、平等、博愛(聖書に照らしあわせて)
 9.大審問官の党派と反乱集団
10.「自由を求めて専制へ」、専制政治をおこなう者が、キリスト(自由)を相手に語る。

 ところで、「シオン賢者」では、
 1.見えない人物(シオン長老ともいう)が語る。
 2.政治・経済・社会(宗教は最後)
 3.ユダヤ教(ヤハウェ、ダビデ、ソロモンの血統)
 4.現代(19世紀末から未来へ)、場所、ヨーロッパ、北米、日本、中国
 5.各国の大都市
 6.共和政体(民主主義を介していかにして専制体制へ移行させるか)
 7.未来に実現すべき政体、(世界唯一政府実現への方法)
 8.大革命の理念がシニカルに論じられる。
 9.各政党と反乱集団
10.共和国の後、あらたに専制政治をおこなおうとする見えない長老集団の支配する未来。

 図解上の知識として、
第一の足溜り、紀元前429年頃のギリシァ、ペリクレス時代のアテネ
第二の足溜り、ローマ、オーガスタの時代
第三の足溜り、マドリッド、1552年、カール五世(カルロス一世)の時代
第四の足溜り、パリ(1700年ルイ14世の時代)
第五の足溜り、ロンドン(ナポレオンT世滅亡の後)
第六の足溜り、ベルリン(1871年、普佛戦争以後)
第七の足溜り、ペテルブルグ(1881年)

 その後、モスクワ、キエフ、オデッサを経て、コンスタンチノーブル、1948年、ユダヤ人はイスラエル帰還をはたす。この間、約2500年である。
 現在では蛇の輪が完成し、全ヨーロッパを締め上げているということになるが、この稿では第三と第七、マドリッドとペテルブルグに焦点づけている。16世紀、大航海時代以後のスペインと19世紀の帝政ロシアが共通する点は「帝国」であるということだ。カルロスT世の息子、フェリペU世はカトリックによって世界を統治しようとした。ポペドノスチェフはロシア正教によって多民族が混乱するロシアを統治しようとした。
 「シオン賢者」はフランス大革命からナポレオンと三世の時代、共和制、復古主義、大統領制、皇帝制、7月革命、2月革命、目まぐるしく変化、推移する時代を分析、把握、その背後に世界同時革命による世界共同体、世界超政府を目ざす見えない小数の長老たちの組織が存在するとして、彼らの代表者がその考え方、目的とするところ、目的達成の方法について語る。煽動、教宣、謀略、債権による商工業の奪取、言論、出版、議会の操作などなどである。
 ところで、エル・グレコが肖像画を描くためにゲバラと向き合う構図には死を間においての緊迫感が漂う。私は、ドストエーフスキイとポペドノスチェフの親交といわれるところにそれと同じ構図を思い出す。ポペドノスチェフは実質、ドストエーフスキイの作品を検閲していた。肖像がのように直観によって「ゲバラの肖像画」といえるものではないが、「大審問官」のモデルがポペドノスケチェフであることは彼も解っていただろう。検閲官であるこの宗務院総監に対して、ドストエーフスキイは職業作家として生死を賭した戦いを行っていたのだ。無神論者イワンが書いた劇詩という形式において、「大審問官」のなかで彼によって幽閉後追放されるキリストは、ドストエーフスキイである。何重にも否定を重ねて辿りついた再臨のキリスト、イメージはきわめて弱弱しく見えるが、作家がなくなったとき葬列に加わった人数、五万人というのは彼が再臨のキリストであったことを示すものだ。
 エル・グレコとゲバラ、ドストエーフスキイとポペドノスチェフ、この二組は殺される側と殺す側の両方から死を見つめている。尚、像画と「大審問官」との違いはあるが、作家の死後、ポグラムをおこなうポペドノスチェフはニーニョ・デ・ゲバラの19世紀版である。本当に強いのは、殺される側、血を流す側であるといった言葉を聞くことである。
 しかしこれは本当か。この等式を頭に刻みつけた上で、未来における大審問官の行方がその立ち位置をヴィジョンとして捉えようとするとき、「レオン賢者」という偽書は参考になる。
「大審問官」の長広舌には議定書と合致するところがある。グローバリズムといわれる時代、政治、社会、経済という即自的な方向へ「大審問官」を読み解くとき、どのようなヴィジョンを描くことができるだろうか。                       



『カラマーゾフの兄弟』etc…
  (編集室)

米川正夫解説が最高峰
 『カラマーゾフの兄弟』とは何か。数限りないほど、たくさんの評論や研究書はあります。が、独善的見方からすれば、やはり本家本元の米川正夫氏が最高峰です。忘れてしまった、まだ読んでない人は、河出書房新社『ドストエーフスキイ全集 別巻 ドストエーフスキイ研究』の「第十五章 カラマーゾフ兄弟」をご覧ください。(前号まで五回に分けて冒頭部分を掲載し紹介しました)

大作を書き終えて
この大作を書き終えたとき、ドストエフスキーの思いはどんなだったのか。1880年11月8日、編集者にだした手紙は、こんな内容だった。

N・A・リュビーモフへ ペテルブルグ1880年11月8日

 尊敬してやまぬニコライ・アレクセエヴィチ、この手紙と同時に、『ロシア報知』の編集者へ、『カラマーゾフ』の結びの編『エピローグ』お送りします。それであの長編は完結します。全部で便箋三十一枚、一台と四分の三くらいのものらしいです。折り入ってのお願いですが、校正を二部(一部ではなく)お送りください。それは当地で近く開かれる公開朗読のために、どうしてもなくてならないものなのです。11月の終わり(20日すぎです)小生は自分のものは何もかも読んでしまったので、これだったら新しい感じがします。最後の章、イリューシャの葬式と、子供たちに対するアリョーシャの別辞です。ああいった場所が、朗読である種の印象を惹起することを、小生は経験で承知しています。さて、こうしてあの長編も終わりました!三年間それで苦労して、掲載は二年にわたりました。小生にとってはまことに意味深い瞬間です。クリスマスまでには単行本で出したいと思っています。とても要求が多いのです、当地でも、ロシア全国でも、本屋の聞き合わせが殺到しています。もう金さえ送って来るものもあります。貴兄とは、これきりでお別れしたくありません。なにしろ小生はもう二十年も生きて、書きつづけるつもりなのですから、どうか悪くお思いにならないでください。『カラマーゾフ』の完結と同時に、モスクワに行こうと思いましたが、どうもだめらしいのです。お手を固く握りしめ、ご協力を厚くお礼申します。おそらくまた、編集者としての鞭に対しても、――それは小生にとっても必要かくべからざるものだったのです。『ロシア報知』の最近号は、素晴らしい編集ぶりです。しかし、『流れに逆らって』は続くのでしょうか?あれは当地でとても注目されています。11月号にも、12月号にも、あれを載せたらどうでしょう!まったく、あれは必須です、断然成功なのですから。ご令閨にくれぐれもよろしく。どうか尊敬してやまぬミハイル・ニキーフォロヴィチに、小生の心からなるご挨拶をお伝えください。妻がよろしくと申し出ております。敬具  完全に貴兄のF・ドストエーフスキイ

 「書くのに3年、載せるのに2年…小生にとってはまことに意味深い瞬間」この短い文からも長編小説『カラマーゾフ』を書き終えた安堵と喜びが伝わってくる。それにしても「もう20年も生きて、書きつづけるつもりなのですから」の言葉は、何を意味するのか。すぐに、この世とおさらばすることを予期していたのか。それともまったくの偶然に、たんに頭に浮かんだだけか。文豪は20年どころか、80日後の1月28日20時38分、逝去した。13年後の物語を人類に託して・・・・・・・・・。




10・17読書会報告
                 

読書の秋で盛会
 10月読書会は、17日午後2時から第7会議室で開催された。読書の秋にふさわしく大盛会だった。椅子の心配もあった26名の参加でした。二次会は16名参加の盛会でした。


報告者・長谷川研さん「スメルジャコフとアリョーシャの時代」「スメルジャコフとは何か」に議論、熱く。
 3回目となった『カラマーゾフの兄弟』は、長谷川研さんが、「スメルジャコフとアリョーシャの時代」を報告した。スメルジャコフは、ドスト文学全体でも『カラマーゾフ』でも、常に話題になる人物である。が、いつも等身大のスメルジャコフが語られるだけだった。以上でも以下でもない脇役、刺身のつま的存在。それだけに、スメルジャコフにスポットをあてて論及した長谷川報告は、参加者の関心を大いに引いた。
 スメルジャコフとは何かを解く鍵として、報告は「イワンVSゾシマ」から「スメルジャコフとアリョーシャ」の時代への移行。そこに生ずる「世界憎悪」は、そのまま現代の今の時代、秋葉原に現れたことを考察・論証した。
「ともあれ、現代社会は、その構造から必然的にスメルジャコフを生み出してゆく」という終末論で結んだ。

報告で指摘された主な問題点は、次の二点だった。

1つ、江川卓、亀山郁夫のスメルジャコフ観は間違っている。
 最近の大量殺人事件にあてはまらない
2つ、秋葉原事件の世相評価は間違っている。
 無差別殺人の受け取り方に誤謬がみられる。
世界憎悪の言葉が一人歩きか?!

御礼・新聞記事紹介

質疑応答の後は和やかに
参加者の岩谷良平さんから菓子の差し入れがありました。昨年暮れはケーキをいただきました。いつも、ありがとうございます。岩谷さんについて、業界紙「空調タイムズ」(「人点描」欄)に顔写真入りインタビュー記事がありましたので紹介します。
岩谷良平氏(ドイツで熱回収型ヒートポンプ「SHP」をプレゼンした岩谷冷凍機製作所社長さん)。氏が冷凍業界、電力業界でこだわったのは「メーカーポジションの確立」/昭和13年東京都出身。乱読・古書店巡り趣味/宮本顕治の『敗北の文学』に傾倒。現在は「ドストエフスキー全作品を読む会」にも参画。/電力業界での実績では最近、35年前に同社が製作・納入した高電圧加速器の冷却装置のオーバーホール依頼が寄せられた。/関西電力の母体となる宇治川電力の設立にも携った岩谷松平氏は祖父。
(2009・10・14空調タイムス「ズームアップ・人点描」より)



ドストエフスキー文献情報


最近ドスト情報(2009・11・25) 
提供・【ド翁文庫】佐藤徹夫さん

<書籍>

・『デーモンと迷宮 ダイアグラム・デフォルメ・ミメーシス』ミハイル・ヤンポリスキー
    著、乗松亨平・平松潤奈訳 水声社 2005年9月10日 ¥4800
    476+2p 21.7cm
    ・第一章 痙攣的身体 ゴーゴリとドストエフスキー p27-69
    *少々古いものですが、研究的な労作で、最近発見したものです
・『大いなる人生』 高田宏著 芸術新聞社 2007年9月10日 ¥1600
    236p 19.5cm
    ・ドストエフスキー アンリ・トロワイヤ著『ドストエフスキー伝』 p175-188
    *初出:「季刊 銀花」 133(2003.3.30=2003年春号) p158-163
・『森有正の日記』 新装版 佐古純一郎著 朝文社 2009年7月17日
    ¥2524 250p 18.9cm *初版:1995
    ・10 ドストエーフスキーについて p77-85
・『ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む 言語と語りえぬもの』
    細見和之著 岩波書店 2009年2月24日 ¥2900 278p 19.3cm
    ・第三章 言語の形而上学的考察  補論 ドストエフスキーという理念 
     p93-95
・『同じ時のなかで』 スーザン・ソンタグ著 木幡和枝訳 NTT出版 2009年9月
     28日 ¥2600 341p 19.5cm
    ・ドストエフスキーの愛し方 p49-68
    *レオニード・ツィプキンの『バーデン・バーデンの夏』との出会いを語る
・『こどもたちは知っている 永遠の少年少女のための文学案内』 野崎歓著
     2009年10月20日 ¥1700 195p 19.4cm  *初出:「春秋」
    ・お父さんとお散歩 『カラマーゾフの兄弟』 1 p65-74
    ・おとなが赤ん坊になる話 『カラマーゾフの兄弟』 2 p75-84
    *初出:「春秋」 494(2007.12);495(2008.1)
・『大作家"ろくでなし"列伝 名作99篇で読む大人の痛みと歓び』 福田和也著
    ワニ・ブックス 2009年10月25日 ¥880 261p 17.2cm <ワニブックス
    【PLUS】新書・003> *初出:「ダ・ヴィンチ」
    *初版:『ろくでなしの歌 知られざる巨匠作家たちの素顔』(メディアファク
     トリー 2000.4) 未確認
    ・第一章 ピョートル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー p17-25
・『大系 黒澤明 第1巻 黒澤明の形成』 浜野保樹編・解説 講談社 2009  
     年10月30日 ¥4700 721p 21.7cm 図版
    ・第六章 グランプリ ・白痴(1951年・松竹) p621-663

<逐次刊行物>

・ドストエフスキーと経済問題/糸川紘一
    ・「青淵」 722(2009.5.1) p34−37
・新訳でドストエフスキーをもう一度 「共苦」する喜び 「罪と罰」対談/
     亀山郁夫さん、高村薫さん
    ・「毎日新聞」 2009.7.26 p8
・ドストエフスキー「白痴」と絵画的な目/近藤あき子
    ・「しんぶん赤旗」 2009.8.26 p9
・<訪ねたい 銀幕有情> 「罪と罰」(ロシア・サンクトペテルブルク) 屋根裏に
     青年の残像/大前仁
    ・「毎日新聞」 2009.10.19 夕刊 p3
・<オーサー・ビジット2009> 亀山郁夫さん@愛媛県立松山西中等教育学校
     「生きろ!」 メッセージを探る/吉岡秀子
    ・「朝日新聞」 2009.10.30 p17
・<ドストエフスキイと十人の日本人E響き合う魂> ドストエフスキイと小林秀雄
     (二) 「一本の藁」から「ゴルゴタ」への途/芦川進一
    ・「福音と世界」 64(11)(2009.11.1) p8−11
・ドストエフスキーの預言 第七回 神人論/佐藤勝 p234−246;<書評>
     「ヘヴン」川上未映子 未解決の問いに伏在する、危険な種子/亀山
     郁夫 p268−271
    ・「文學界」 63(11)(2009.11.1)
・<ドストエフスキイと十人の日本人F響き合う魂> ドストエフスキイと西田幾多
     郎 『カラマーゾフの兄弟』の主人公は誰か/芦川進一
    ・福音と世界」 64(12)(2009.12.1) p8−11
・ドストエフスキーの預言 第八回 人神論/佐藤勝
    ・「文學界」 63(12)(2009.12.1) p248−260
*連載 ドストエフスキーとの旅/亀山郁夫
    ・「日本経済新聞」 日曜版
     40 主役は誰だったのか 2009.10.4 p24
     41 生徒たちの「罪と罰」 2009.10.11 p22
     42 バーゼルのキリスト 2009.10.18 p24
     43 誰が殺害者を許せるか 2009.10.25 p24
     44 壮美なドナウの河畔で 2009.11.1 p24
     45 現代作家の「罪と罰」 2009.11.8 p24
     46 架空の人々を訪ねて 2009.11.15 p24
     47 隠された自伝的意味 2009.11.22 p22

*タイムラグの関係で、次の2点が欠落していたかも知れない
・<文化> ドストエフスキーの世界 換骨奪胎で現代に継承 日本人の心の闇
     照らす/舘野真治
    ・「日本経済新聞」 2009.7.18 p40
・ドストエフスキーとの旅 30 「偽善者」の罪意識/亀山郁夫
    ・「日本経済新聞」 2009.7.26 p23 

「日本経済新聞」連載・亀山郁夫「ドストエフスキーとの旅」31〜40 (提供・土屋正敏さん)



☆ テレビ談議 (編集室)

爆笑問題 VS 亀山郁夫       

 11月17日(火)夜11時、NHK「爆問学問」で、漫才コンビの爆笑問題と亀山郁夫氏の対談番組があった。この番組は、お笑い漫才コンビ爆笑問題(太田と田中)が、その道の識者・専門家を訪ねて議論する内容。まったくのド素人の大田が、放つトンチンカンな質問が受けてか、わりと人気がありつづいている。非凡人対凡人の対話が面白いらしい。
 今回は、長い、くどい、暗いのイメージで敬遠されがちなドストエフキーを広く世に知らしめ、かつその本をこの出版不況下にあって100万部という驚異の発売部数、金字塔をうちたてた亀山さんへの訪問となった。冒頭で、ロシアのメドベージェフ大統領にプーシキン賞を授与されたときの映像も流れた。
 会場となったのは、新宿にあるロシア料理店。美味しそうなロシア料理を食べウオッカを飲みながらの豪勢な対談だった。ドストエフスキーは場末が似合う。そんな固定観念的印象からか、ちょっと違和感があった。
 話のなかでしばしば昨年の秋葉原事件があげられた。犯人はなぜ、あんな異常な事件を起こしたのか。この問題に対し亀山さんは、犯人への処方箋は、ドストエフスキー文学にあると説いていた。なぜ、異常な犯人が増えているのか。その原因にも触れられていた。が、人を殺したいという考えは、異常な人間だけでなく、どんな人の心にもある。どんなにやさしい人のなかにも、どんなに立派な人のなかにも棲みついてる。イワンが指摘した、アリョーシャの闇。そのへんまではいかなかった。爆笑問題というコンビと亀山氏の対談だが、太田が質問し、相棒の田中に説明する、といった流れだった。ちなみに太田は『カラマーゾフ』を読んできたふうだったが、田中は、まだのようだった。



連 載

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像 第26回
「野火の意図」と「大審問官」
 福井 勝也
 
 前回は「例会」での発表に絡んで『野火』の主人公(=語り手)の「分裂」について語った。そこでは前置きとして大岡が語る二つの「神」を問題にした。一つは小児的なエゴチスムを背景にした原始的な神、自然からじかに生まれる神で、『野火』は元来この神が主人公のなかで望ましいかたちをとることで終わるはずであった。しかしもう一つの「神」である「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」の浸透によって、小説自体が大きく変容し、結果「神」観念の分裂が進行することになった。そのような小説の転回が、フィリピン人女性の<殺人>、<人肉喰>という出来事の発生と深く切り結び、主人公(=語り手)の「狂気」と(「分裂」)をもたらしたのだったというのが、前回までの大筋の話の展開であった。
最近、大岡のこの問題を別の角度から考えるヒントをもらう機会があった。それは、先日の「例会」(11/21)の熊谷のぶよし氏の発表「イワン・カラマーゾフの思想」で語られた「大審問官」という切り口であった。そもそも『野火』でもう一つの「神」を引っ張り出したものが<人肉喰>であったわけだが、熊谷氏の発表(勿論、イワン・カラマーゾフの「大審問官物語」)でも触れられていたとおり、そもそも「大審問官」とは人間が共に喰い合う極限状態を回避する人間的制度(=政治権力)であったとすれば、ここに「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」が絡んでくるのは当然であったかもしれない。しかしこの点で、大岡は今までの引用文のなかで次のようにすでに語っていた。
 「<互いに食い合う人間は、政治によってしか矯正されない。主人公は社会を変えられないから、自分だけ矯正しようとする。その結果狂気へ。>とノートにあります。
 日本へ来たキリスト教は異端になるというのが、僕の見当です。それは内村鑑三の性急な終末観、無洗礼主義にも現れていますし、新教のセンチメンタリズムは恋愛至上主義に堕落するので、まさにルージュモンの筋書き通りです。
 僕が怪しげな神学を押し進めて、不安がなかったのには、一つにはこういう考えがあったからです。ただ最後に主人公が狂気の果てに、キリストのペルソナに手が届いて、或いは救われるかも知れないということがあったので、この先をもっと明確に出来なかったのが残念です。それは無論僕の思想が熟していなかったからですが、一つ少し心残りの思いつきがあります。
 それは食人とミサと結びつけることで、つまり主人公が遂に<狂兵>の肉を食うことによって、救われるという考えです。狂兵は<自分が死んだら肉を喰たべてもいいよ>
とすすめたから、<私>は<彼>をキリストかも知れないと思うのですが、もう一歩進んで、すすめるままに肉を喰わしたらどうかということです。この場合筋は全く別になります。
 実際食人自体はそれほど主人公がよけて通らねばならないかどうか疑問です。実際には食人はもっと簡単に行われたし、バイロンの詩でもポーの小説でもあっさり喰べています。歴史家は昔地上に食べ物が少なかった時、人類は喰べあったと平気で書いているくらいで、人類を猿の類縁と認めるなら、ついでに食人を人性の自然としても、少しもさしつかえはありません。
 それが禁止されるのは、殺人がいけないのと同じ理由で、社会に有害だからです。こういう事態に対して、社会以外に制約があると考えられません。
 しかし戦場という、社会の外で行われる道徳は全然別でもいいはずで、そこで進んで人肉を喰うのは、むしろ解放になるのではないか、その解放の保障として、キリストを与えられないか、ということです。」(「野火の意図」、s.28年)

このすぐ後の文章で、大岡は自嘲気味に精神病者の主人公を説明していると文章が気違いじみて来ると語りながら、西欧文学が「異端宗教」を隠蔽的に語る(恋愛)物語として発生して来た事実をルージュモン(『恋愛と西欧』)から学んだことを告白している。そして大岡がほぼ同時期に書いた『武蔵野夫人』(「姦通」=結婚外の恋愛、つまり教会外の信仰告白小説)も『野火』(主人公の「倨傲」から「人肉喰」が絡むキリスト幻想物語)も本質的に同じ「異端系列」に連なる小説であったと語っている。ここでさらにもう一つ、大岡が別のところで語っている『野火』執筆の興味深い意図について触れておこう。「野火の意図」からは大分後(s.41年)に書いたもので、「わが文学を語る」という文章の一節である。
 「小説は<神に栄えあれ>という言葉で終わっていますが<私(=主人公―筆者注)一人のためにこの比島の山野まで(キリストが―筆者注)、遣わされたのであるならば>という傲慢な句によって、主人公を信仰に達せしめていないことを、注意しておきたいと思っただけです。
 これは私が戦争について書いた唯一のフィクションで、同じようなテーマはその後書いていません。なぜ書けないか。
 『野火』は『武蔵野夫人』の前に書き始められ、その後完成されたものですが、私をこの作品に駆った衝動には、あまり文学的ではないものが含まれていました。
『野火』はレイテ島の一人の戦場離脱兵の運命、飢餓と人肉食いを扱ったものです。この状況は今次の大戦でほかの国にはなかったものですから、日本人はこの点だけは、西欧人の知らない体験をしたことになる。日本は戦争に負けてしまったが、もし文学の領域で、彼等にとって未知の題材を実現することができれば、文化によって、勝つことができる――これがこの作品を24年に書きはじめた頃、ひそかに持っていた判断であった。」
 今回、熊谷氏の発表を聴きながら大岡の『野火』の人肉食いのテーマとその神讃歌に終わる結末のことがずっと気になっていた。そこでここ数日、もう一度イワンが語る「大審問官物語」を読み直しながら周辺の資料にも眼を通してみた。そのなかで改めて感じさせられたのは、イワンを単純に「無神論者」として片づけてしまうことの誤謬、「不死がなければすべては許される」という有名に成り過ぎたフレーズだけの誤読の連鎖によるイワン像の形成という問題であった。そしてそれ自体は、今回の熊谷氏の発表意図と基本的に重なっていたのだが、僕に言わせるとそれは端的にイワンとゾシマとの深い次元での紐帯的関係として理解可能ということだ。結論を先に言えば、ゾシマもそしてイワンも正統的なキリスト教の「異端教義」として片や説教を垂れ、片や「大審問官」を語っているのであって、それ以上に誇張され流布された両者の理解は「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」による「誤読」ではなかったかということだ。これは何も僕の独断ではない。この点での再読の努力は他でも行われつつある。たとえば、現在『文学界』で連載中の佐藤優氏の「ドストエフスキーの預言」で語られている「大審問官」でも以下のような指摘がなされている。
 「ゾシマは<罪のある人間を愛しなさい>という説教によって<大審問官>の出現を正当化しているとマサリク(筆者注、チェコスロバキアの建国の父にして初代大統領の哲学者、佐藤氏の本連載はドストエフスキーの宗教哲学をマサリクのようなロシア周辺国の歴史を生きた者の視点からその本質を炙りす出もので、その視線の確かさとキリスト教神学への深い見識とが相まって、これまでのドストエフスキー論を塗り替える鋭い切り口に溢れている)は考える。ゾシマはアリョ−シャたちにこう呼びかけた。<兄弟たちよ、人々の罪を恐れてはいけない。罪のある人間を愛しなさい。なぜならそれは神の愛の姿であり、この地上における愛の究極だからだ。神が創られたすべてのものを愛しなさい。その全体も、一粒一粒の砂も、葉の一枚一枚、神の光の一筋一筋を愛しなさい。動物を愛しなさい。植物を愛しなさい。あらゆる物を愛しなさい。あらゆる物を愛すれば、それらの物のなかに、神の秘密を知ることができるだろう。いつかその秘密を知ることができたら、そのときには、日々たゆみなく、ますます深くその秘密を認識するようになるだろう。そしてついに、全世界を全世界的な愛で、まるごと愛するようになるだろう。>(亀山郁夫訳『カラマ-ゾフの兄弟2』光文社古典新訳文庫2006、451頁)
ここでゾシマは、罪のある人間を<神の愛の似姿>としている。しかし、これは神学的に間違っている。確かに人間は<神の似姿>である。しかし、神は罪を有していない。従って、罪まで含めた人間を神の似姿とすることは、罪の責任を神に帰すことになる。神に罪があるならば、この世の悪は神によって創られたという解釈が成り立つ。しかし、神はこの世の悪に対して責任が全くない存在である。罪を神の似姿に取り込むことによって、ゾシマは汎神論ではなく、汎悪魔論によってこの世を解釈している。その結果、悪によって悪を制することが是認される。それだから、<大審問官>のような<罪のある人間を愛しなさい>という倫理的指針が導き出されるのだ」 (「ドストエフスキ-の預言第6回」−カトリシズム『文學界』2009.10月号p251)

 佐藤氏の所説は、マサリクの「大審問官」と「ゾシマ長老」を類比的な存在としてとらえる考えを紹介しているのだが、今回自分はここでのイワンとゾシマとの類縁性の根拠として自然宗教的な「神」存在を見つけだすことができると感じた。それは若葉の粘っこさを愛してやまないイワンと「葉の一枚一枚を愛しなさい」と説くゾシマが存在の根っこを共有していると直感したからだ。その根っこの正体こそ、イワンとアリョ−シャをも紐帯する「カラマ−ゾフ」なるものかもしれない。
そしてそのような思考のきっかけになった熊谷氏の発表を聴きながら反芻していたのが、前掲の『野火』の小説意図への大岡のこだわりであった。大岡は、今回冒頭に再掲したように『野火』を書くに当たって二つの「神」を問題にしている。一つは「原始的な神、自然からじかに生まれる神」であって、もう一つが「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」であった。実は、今回熊谷氏の発表後に僕が質問しようとして要領を得なかった中身がこの二つの「神」に関係していることに今回気付かされた。大岡が最初『野火』の主人公に見させた神は「自然が恩恵的なヴィジョンとして現れるように、自然からじかに神が生まれるような」存在であった。これは今回熊谷氏が問題とした「ドストエフスキーの黄金時代の夢」で語られる「神以前の神的世界」と関係している。その後それが『野火』にあっては、主人公にリザヴェータ殺しを想起させた女原住民「殺人」から「人肉食い」へと主題的転回を遂げる過程で「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」の問題として顕現することになった。それらが異教的な原始的な神と結びついていることを見落としてはならない。この「神」が今回の主題となった「大審問官」(という「神」)の本質であって、それが『野火』では「人肉食い」を隠蔽するためにキリスト教教義を僭称した異教「神」として現出した。
 元来、大岡はスタンダリアンとしてエゴチスムの人であって、それでこれらの「神」と対抗しようとしたと語っているが、僕の解釈では大岡はこの二つの「神」と遭遇し、それを対象化することで「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」の本質に迫った。『野火』によって達成された小説表現のレベルの高さは、ドストエフスキー文学の高度の意識的受容なくしてありえなかったはずだ。そして、それを可能にしたものこそ氏によれば、「人肉喰」というテーマを戦後世界文学に刻印することで文学的文化的勝利を得ようとする敗戦国民の悲哀であったわけだ。このことは覚えておいて良いことだろう。同時にこのテーマの追究こそドストエフスキー文学の試金石である「大審問官」と直結していたということだ。ドストエフスキーがこの時期問題としたのは、イエズス会のカトリシズムであったが、世界戦争のなかで「人肉喰」を強いたものも帝国主義時代まで生き延びたそのキリスト教教義の問題であった。「文学」とは、元来その根っこの問題に触れる異教者たちの<声>であり<祈り>であったわけだ。(2009.11.26)

福井勝也氏の著書   
福井勝也 『日本近代文学の〈終焉〉とドストエフスキー』(のべる出版 2008)
福井勝也 『ドストエフスキーとポストモダン』(のべる出版 2001)

 ご希望の方は、書店か著者、または「本通信」編集室まで連絡ください。




ロ大統領、スターリン批判 「国民抹殺者の正当化、許せない」
   (編集室)               
 
 先般(11月1日朝日)の新聞で「ロ大統領、スターリン批判」大見出しと「国民抹殺の正当化、許せない」の中見出しをみて安堵した。それというのも、以前の新聞で最近、「モスクワでは、修復した地下鉄駅にスターリンをたたえるソ連国家歌詞の表示が復活し、反対運動が起きている」という記事を目にしていたからである。なぜいまになってスターリンを。原因は、「若い世代の多くがソ連時代の大弾圧について知らない」ことにあるようだ。グルジアの貧しい靴職人の倅だった彼は、160a余りの小柄だったが、野心家だった。人間は皆平等で幸福になる権利がある。そんな人類の理想ユートピア社会建設計画を利用し、大量の自国民を抹殺した。ヒトラーはユダヤ人虐殺だが、スターリンは、都合の悪い人間は手当たりしだい殺したのだ。ポーランドでは将校を2万人以上も虐殺した。自分の父親も犠牲になったこの出来事をアンジェイ・ワイダ監督は映画化した。『カチンの森』がそれだ。日本では来月から公開される。メドベージェフ氏は、第二次世界大戦でのナチス・ドイツとソ連を同一視しようとする歴史評価には反発しているが、スターリン復権には否定する姿勢をみせた。プーチンの傀儡と思っていたが、見直した。日本でも同じような問題がつづいている。60余年前、太平洋戦争でアジア周辺国に多大の被害をかけた。日本人も500万人近く犠牲になった。そのうえヒロシマ、ナガサキ、オキナワの悲劇をもつくった。しかし、その責任者たちは未だ軍神として靖国に祀られているのだ。メドベージェフ大統領は自らのブログで「自国民を抹殺した者を歴史見直しの下で正当化することは許せない」戦争や政治の犠牲者は「国家の高尚な目的のためには正当化されるとの意見も聞くが、人的犠牲の上に達せられる国家の反映や成功などはない」と述べたという。立派だ。鳩山さんも同じことが言えるだろうか。かつて志賀直哉は、その罪を忘れないために東條英樹の銅像を建てろと書いて嘲笑された。
(編集室)





広 場

読書会メンバーの活躍

○高橋誠一郎著 『「竜馬」という日本人』  人文書館

〈(なぜ竜馬か)あとがきにかえて〉
 近代日本の骨格を形成することになる幕末の歴史を、坂本竜馬の行動や思索をとおして、アメリカやイギリス、フランス、などの欧米諸国との関係だけでなく、ロシアや清、さらにはインドをも視野に入れながら描いた長編小説『竜馬がゆく』は、私が初めて読んだ司馬作品であった。そこで司馬遼太郎は、「友情」という「ヨコの関係」と「師の志の継承」という「タテの関係」に注目しながら激動の幕末を描き出すとともに、「竜馬」に「おれは死なんよ」と語らせることで、人間は「文明の発達というものに参加すべきだ」という理念を、時に詩的な響きをもつ平易な言葉で描いていた。それゆえこの作品は、創設されて間もない「文明科学」で学びながら、「歴史」や「文明」について考えていた当時の私を深く魅了したのである。・・・・・・・・・。

来年のNHK大河ドラマは「竜馬」です。真の竜馬像を知りたい人は、一読を。

※ 本書の感想・書評をお送りください。(「読書会通信」編集室)

○羽鳥善行「ロシア再訪記」(長野正)
 同人誌 2009『小説藝術 50 』

○山田芳夫さんが作品「ビバ・フィレンツェ」を出展
 美術展 第42回新美展開催 東京都美術館11・22〜12・29



映画評

映画『低開発の記憶』について
江原あき子                       
 
 興奮した。その日は眠れなかった。人生半ばを過ぎて、まだこんなに興奮する映画と出会えるとは!その映画とは『低開発の記憶』、68年製作のキューバ映画である。舞台は革命から、キユーバ危機までの激動の時代。しかし主人公は革命家でもなければ、時代に翻弄されるインテリでもない。主人公は家賃収入で生活している無職の38歳の男。彼が登場した時、私はすぐ思い出した。ヴィスコンティ監督『異邦人』の主人公マストロヤンニ演じるムルソーを。このキューバのムルソーは革命後も祖国にとどまるが、なにか意味があってそうしているわけではない。両親と妻がアメリカに出国しても煩わしい人間がいなくなってかえって、良かったと思っている。そのくせひとり、妻の残していったドレスの匂いを嗅いだりしている。一言でいえば、大人になりきれない肉体だけ老いた男。彼流にいえば、実がならずに葉ばかり。彼、セルヒオは毎日ハバナの街をぶらつき、若い娘をナンパし、挙句の果てに娘の両親から訴えられる。しかし、このどうしようもない男の軍事政権時代のキューバの閣僚たちの人物評や歴史観は、なかなかどうして、鋭いのだ。彼は良い意味でも悪い意味でも他者に思い入れることができず、唯一無関心という名の価値観で人を見、歴史をも見ている。そのぶんその目は客観的で、時として、マトを得ている。彼のヘミングウエイ評など、皮肉だが、私もまったく同意見である。この作品を見ればキユーバ革命とその後のキューバの歴史が非常に面白く理解できてしまうのである。このあたりの映像はすばらしく、ドキュメンタリー映像(カストロが若い!)の編集処理はあざとくも見事で、フィクションの映像の静謐さと対照を成している。現実と、映画のなかの出来事はいつしか逆転し、現実はいつしか悪夢という夢に変わっていく。『苺とチョコレート』のアレア監督はイタリアのネオリアリズムの勉強をした監督だが、ネオリアリズムと呼ばれる作品にはアレア監督のこのめくるめくような映像美はない。捨てた娘の両親に訴えられて、かつてブルジュアと呼ばれた自分の立場が今は危ういものになっていることを思い知らされたセルヒオは“このまま結論までいくのか?”と恐怖する。ほら誰でも、あるでしょう。38歳くらいの時、“ああ、このまま終わっちゃうのかな”と思うことが。あれにかなり近い。近いけれど私たち平和の国日本に住んでいる者には恐怖とまでいかない。ただなんとなく、ぼんやりと、といった感じ。この辺の違いはきっと、ミラン・クンデラが言った“私たちは政治的であらざるをえなかった”ということなのだろう。住んでいる土地が平和でなければ人は政治に巻き込まれざるを得ないし、恋愛にまで政治が絡んでしまうのだ。そう、個人の存在は耐えられないほど軽くなるのだ。この映画の底に通奏低音のように響くのは、やはり戦争の予感、更なる激動の予感である。しかし、それがこの映画を唯一無二のものにし、輝かせているのだ。毎日望遠鏡で眺めていたハバナの街が、セルヒオにとって紙細工のように存在感のなかった街が、装甲車で埋め尽くされ、セルヒオは家に引きこもり、ガラス細工を見つめている。ガラス細工のように儚いセルヒオの存在、そして私たち人間の運命。セルヒオはガラス細工を叩き壊す。すべてを否定して、衝撃とともに映画は終わる。60年代キューバ映画の圧倒的なパワー、役者たちのすばらしい演技。まだまだこの世界には観るべきものが沢山あるのだ!

『低開発の記憶』アップリンクより、DVDで発売中。(ULD−412)¥4725(税込)




読書会レクレーション  (編集室)

好天にめぐまれた読書会ハイキング 紅葉の高尾山をゆく
 
11月23日(祝日・月)に全作品を読む会・読書会は、予定通り「紅葉の高尾山ハイキング」を実施しました。最近は、寒かったり、暑かったりと気温の変動が激しかった。が、連休最後のこの日は、前日の氷雨が嘘のように暖かく快晴。まさに紅葉日和の一日となった。
 登山口の「京王線・高尾山口」駅に到着する電車は、どれも満員。リック姿の老若男女さまざまである。ベビーカー、ペットの犬を抱いた人も目立つた。高尾山は、今年から外国人向けの観光ルートにあげられた。そのせいあってか3割がた外国人だった。
 集合時間10時をはさんで参加者、ちらちらみえはじめる。事前に出欠をとっていなかったので、はたして誰が来るのか予想がつかなかった。(用事で欠席は2名)
 トップの長野正さんは、早い時間から待っていた。つづいて菅原重利さん。横浜からの参加です。長谷川研さんは渋谷区から初参加。朝、お天気があまりによかったのでとのこと。混雑する人混みの中から新美しづ子さんがあらわれた。堀田さんは、残念ながら風邪をひかれた。常連組の、菅原純子さん、土屋正敏さん、下原康子さんは所用で欠。夏の干潟めぐりは10名だったが、この日はその半分の5人のようだ。若い人はこなかった。
10時15分、総勢5名出発。道沿いには色づいたもみじが。10時30分、高尾山登山口に到着。高尾山に詣でるにはロープウェイ、ケーブルカー、1号路参道、6号路、そしてハイキング道の稲荷山コースの6通りある。読書会一行は1号路を行くことにした。舗装された急な坂道がつづくが、道沿いに立ち並ぶ杉の大木は壮観である。霊感あらたか。と、よかったが、ここで大きな山なら遭難に至るハプニング。案内の下原が迷ってしまったのだ。携帯は圏外、40分のロスをだした。出だしでつまずいたが、その後は順調。落伍者もなく1時間かけてロープウェイの「高尾山駅」に、はるかかなたまでひろがる東京の大パノラマ。たこ杉をみて高尾山薬王院を参り、標高599bの山頂到着は13時。3・8kmを歩ききった。山頂も人の波だが、たのしくお昼。新美さんにおはぎをいただく。10名くらいと予想して作ってこられたとのこと。帰路、乗車予定のケーブルカーは40分待ち。徒歩で下山。新美さんの体力気力に脱帽。4時、怪我も体調悪化もなく無事駅に。2階のイタリアンレストランで、ビールで乾杯。紅葉と観光客の見物。一石二鳥の楽しい読書会レクレーションでした。



編集室より

「読書会通信」の郵送について
 いつも「読書会通信」お読みいただきありがとうございます。この通信は、直接希望された方は、むろんですが、もしかして興味をもってくださるのではないか、そんな推量から、少しでも出席された方にもお送りしています。が、時が過ぎドスト熱も冷めた、読んでも面白くない。勝手に送られて迷惑だ。そんな方もいらっしゃるかと思います。直ちに止めますので、郵送お断りの旨、お知らせくだされば幸いです。なお、こちらのミスで読みたいのに届いたり届かなかったり方はお知らせください。
          
年6回発行の「読書会通信」は、皆様のご支援でつづいております。ご協力くださる方は下記の振込み先によろしくお願いします。(一口千円です)
郵便口座名・「読書会通信」  口座番号・00160-0-48024 
2009年10月9日〜11月30日までにカンパくださいました皆様には、この場をかりまして厚くお礼申し上げます。

「読書会通信」編集室:〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方