ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.116  発行:2009.10.3



第235回10月読書会のお知らせ

開催日は、第三土曜日です

10月読書会は、下記の要領で開きます。大勢の皆様のご参加をお待ちしています。

月  日 : 2009年10月 17日(土)
             
場  所 : 東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
                       
開  場 : 午後1時30分
 
開  始 : 午後2時00分 〜 4時50分
 
作  品 : 『カラマーゾフの兄弟』3回目
 
報 告 者 : 長谷川研氏
            
会  費 : 1000円(学生500円)





10・17読書会について

 10月読書会は、『カラマーゾフの兄弟』三回目です。報告者は、長谷川研さん。長谷川さんは、2007年4月14日(土)開催の読書会で『白痴』第一回目の報告をしていただきました。博識で歯切れ良い報告は、爽快さがあります。『カラマーゾフ』においても幅広い視点からの作品分析が期待されます。なお、レジメは、前号掲載と重複します。


スメルジャコフとアリョーシャの時代(ラフ・スケッチ)
−21世紀におけるドストエフスキー文学の可能性の地平−


長谷川 研

1.「イワン vs ゾシマ」の時代から「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代へ

・ ドストエフスキー解釈の歴史において、図式的な言い方になるが、長らく、「カラマーゾフの兄弟」の思想的構図のエッセンスは、西欧近代の合理主義的知性を代表するイワンと土着の民衆に根ざしたキリスト教(ロシア正教)の宗教性を代表するゾシマの対峙として把握されてきた。この構図が、ドストエフスキー自身の創作意図であったことは疑いない。

・ そして、この思想対峙の図式は、イワンの系譜としての個人主義的・自由主義的ニヒリズムとゾシマの系譜としての宗教的あるいは民族的なコミュニタリアニズム(共同体主義)という二つの主題を持つ変奏曲となり、前世紀(20世紀)までは有効であったと言えないことはないかもしれない。

・ しかし、これも大変おおざっぱな言い方をあえてするならば、20世紀も後半になり社会主義の理想が色褪せ、とりわけマルクス主義の硬直性・非現実性が誰の目にも明らかになるのと合わせるようにして、人間にとって生と世界を意味づける「思想」という名に値する「思想」が全て消失してゆく時代 −言われつくした感はあるが「大きな物語」の終焉という時代を迎えるにいたった。こうした議論に全面的に与するかどうかは別にしても、前世紀のおおむね最終四半世紀を助走期間として、今世紀に入り、人間の精神を取り巻く時代状況が新たな段階に入りつつあるのは確かなように思われる。

・ 「カラマーゾフの兄弟」の主要人物を通して表現すれば、「イワン vs ゾシマ」の思想対峙の時代はその変奏曲も含め終わり、「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代へ入りつつあるのではないだろうか。

2 世界憎悪

・ 「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代を生きる人間の、重要な問題の一つとは何か。

・  それは、思想性を一切まとわない純粋な裸身の〈世界憎悪(=世界に対する憎悪)〉に、人は、どのように向き合えばよいのか、という問題である。

・  〈世界憎悪〉とは何か?

・  それは、端的に言えば、「自分の命とひきかえに世界を滅ぼしてしまいたい」、「自分の命もろともに世界を抹殺したい」という欲望、現代的な文脈で言えば、例えば、「東京の真ん中で核爆弾を抱えながら自爆したい」という願望である。

・  言うまでもないことであろうが、ここで〈世界憎悪〉と書いて連想されているのは、近年日本に頻発しマスメディアや社会を驚かせている無差別殺傷事件の犯人たち、判を押すように「殺すのは誰でもよかった」と語る人間たちの根底にある感情であり願望である。そして、あらためて世界を見回してみると、これらの無差別殺傷事件は、欧米における無差別銃乱射事件のように日本の社会に特有の出来事ではない気がするのである。

・  しかし、もちろんのこと、あの秋葉原事件をはじめとして、これらの事件には、必ずやそれぞれ固有の背景と容易にはうかがい知れない個別の深い事情があるはずであり、それらの綿密な調査・研究なくして、決して安易な概括はなされるべきではない。だから、以下使用する〈世界憎悪〉という言葉は、あくまで、これらの現実の個別事件とは離れた抽象的な仮説の概念であることに注意いただきたい。

・  〈世界憎悪〉という言葉がわかりにくければ、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」と言ってもよい。ただし、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」そのものは、ある種の人間にとっていつの時代にもあるが、焦点を置くべきは、それがどのような歴史的社会的環境の中で形成されているのかということであろう。

スメルジャコフ

・ スメルジャコフは、そのおぞましい出生の経緯と不幸な生い立ち、特に、幼少期における庇護者による愛情の決定的な不足、父が誰だかわからないことによるアイデンティティの不安、本来カラマーゾフ家に家族であるかもしれないにもかかわらず下男として扱われているという屈辱等、〈世界憎悪〉を育むには十分すぎるほどの環境条件を備えている。

・  「カラマーゾフの兄弟」を一読すれば、スメルジャコフが自分の人生のおかれた運命に対してありあまる呪いをいだいていることを読者はわかりすぎるほどよくわかる。

・  「子猫を縛り首にし、そのあとお葬式のまね事をし」(1‐P332)、「臭い女の腹から出た父なし子なんで品性がいやしい」(2‐P187)と言われながら育った少年は、今や、「ぼくとしちゃこの世にまるきり生まれつかずにすむんでしたら、まだ胎内にいるういちに自殺したかった」、「ロシア全体が憎くてならない」((2‐P188)という青年になる。スメルジャコフこそ〈世界憎悪〉の化身である。

・  重要であるのは、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」としての〈世界憎悪〉は、知性がつくりあげた思想ではなく、肉体に根ざした感情そのものであるということである。

・ ニヒリズムもまた思想である。

・ それは、イワンの人間像に示されているように、透徹した明晰性を持つ近代の合理主義的・弁証法的知性にしか宿らない思想である。

・ その意味では、スメルジャコフはイワンと異なりニヒリストではない。

・ あらためて考えてみれば、〈世界憎悪〉の化身という人物造形は、巨大な山脈のごときドストエフスキーの諸小説の中でも、スメルジャコフ以外には見あたらないことに驚かされる。

・ イワンは無論のこと、「悪霊」のスタヴローギンもキリーロフもシャートフもピョートルも、思想の持ち主という意味での知識人であった。「罪と罰」のラスコーリニコフとその悪魔的分身とも言うべきスヴィドリガイロフもしかり。

・ 確かに、ラスコーリニコフは、自分の置かれている貧困という社会的不公正に対する怒りと劣悪・卑小なロシア社会の現実に対する〈憎悪〉を基に、あの老婆殺しに至る。

・ しかし、ラスコーリニコフは、自分の行為を正当化するために思想を生み出そうとした。そして、その思想は、一面では合理的であり、自分ばかりか他者にも一定の説得力を持つ。

・ さらに、ラスコーリニコフは、経済的な逆境に置かれているという一点を除いては、その優れた知性といい、その美貌といい、母と妹からのゆるぎない愛情といい、彼の置かれているどの条件をとっても恵まれた人間である、と言うことも可能である。ラスコーリニコフは、母親からの過剰ともいえる愛情をうとましく思っていたかもしれないが、決して家族から疎外されていたわけではないし、ましてや遺棄された経験を持つわけではない。

・ ついでに言えば、「悪霊」のキリーロフに見られるように、ニヒリズムという思想が高潔な人格に結びつくこともある。いや、正統なニヒリズムは高潔な人格にしか宿らないという考えこそ、西欧近代のニヒリズムを最も先鋭に摘出したニーチェの思想の一つの含意であると思われる。

・ スメルジャコフにこのような人格的な魅力はない。しかし、だからこそ、スメルジャコフは、現代的な意味において重要性を帯びてくるのである。

・ 前々回の読書会で、「スメルジャコフとイワンの最後の対話の場面(4‐P310〜350)において、スメルジャコフの思想上の師であるはずのイワンの動揺が激しく、むしろ精神的に微動だにしないスメルジャコフの迫力が印象的である」という趣旨の指摘があった。慧眼である。この場面では、イワンとスメルジャコフの主従が逆転しているのである。

・ イワンは卓越した合理主義的・弁証法的知性の持ち主であるが、その人格は、必ずしも肉体に根ざした情念を必要としていない。イワンはニヒリストであるかもしれないが、〈世界憎悪〉を持っているとは思えない。

・ これに対し、スメルジャコフには、肉体に根ざした感情としての〈世界憎悪〉が充満し、この抑えがたい感情の魁こそが彼の存在理由となっているのである。

・ スメルジャコフとイワンの最後の対話の場面において、イワンが既に発狂に向かい精神に変調をきたしていることを別にしても、育ちのよい「お坊ちゃん」としての資質をあらわにしてしまうのは無理からぬことである。

・ イワンは自分の思想に誠実であるがゆえに、その思想に教唆されたスメルジャコフがフョードル殺しに至ったことを知ると錯乱する。スメルジャコフは、自分の思想的な師であるイワンのそうした繊細さを見て失望し嘲笑すらする。確かに、イワンは自分が生み出した思想の重みに耐えられるほど精神が強くないのに対し、スメルジャコフは、実は、思想など必要としないほど精神が強いのである。スメルジャコフの肉体に秘められた感情の貯水池はイワンのそれに比べはるかに巨大である。

・ 「すべては許される」という思想が知識人の観念的遊戯の中にある限り、猫はおろか虫の一匹も死にはしない。

・ スメルジャコフの体内に充満した〈世界憎悪〉が爆発するためには、「すべては許される」という思想上の小さな発火点が必要であったことは確かである。その意味では、イワンの思想なくしてはスメルジャコフの殺人と自殺はありえなかったとは言いうる。

・ しかし、現代におけるスメルジャコフの子孫達は、その肉体に生まれ育まれた〈世界憎悪〉の感情が、「すべては許される」などという思想なくしても容易に自然発火するまでに進化しているのではないだろうか。

・ ふたたび書く。「思想性を一切まとわない純粋な裸身の〈世界憎悪(=世界に対する憎悪)〉に、人は、どのように向き合えばよいのか?」 − 現代人は?

4 アリョーシャ

「カラマーゾフの兄弟」における作品構成の必然からして、スメルジャコフとアリョーシャの接触場面がわずかしかないのはやむをえない。

・ しかし、〈世界憎悪〉の化身としてのスメルジャコフに向き合えるのはアリョーシャしかいない。この点については、「カラマーゾフの兄弟」におけるドストエフスキーの創作意図を超えることになるが、現代的な文脈で「カラマーゾフ」を読めば、そういう読み方は十分に許されよう。

・ これまで見てきたように、スメルジャコフが「思想」家ではない以上、スメルジャコフに対峙しうるのは狭い意味での「思想」ではない。

・ スメルジャコフという、自分の人生を呪い、あらゆるものに対する憎しみを充満させている人格・実存に向き合える人格・実存である。

・ このように考えると、本来、アリョーシャを主人公とする長大な教養小説として構想されたはずの「カラマーゾフの兄弟」が、作者の死により、未完の小説として、アリョーシャの思想形成以前のステージで終わっていることに、歴史の狡知さえ感じ不思議な感慨を覚える。

・ ゾシマの代表する宗教思想とイワンの代表する近代ニヒリズムとの間で迷いつつ、むしろ思想を形成する以前のアリョーシャの無垢な人格・実存こそが、いや、アリョーシャの人格と実存を形成している、いわく言いがたい〈何か〉こそが重要となるのである。

・ この〈何か〉を言葉で掬いとることはまことに難しいが、一つ二つ、論点を出しておく。

〈他者に対する共感力〉

・ これも前々回の読書会で指摘されたことであるが、アリョーシャのパーソナリティを論じるとき、その他者に対する〈共感力〉の高さに驚かされずにはいられない。

・ ドミートリーもイワンも、いや、フョードルさえも、アリョーシャのもとに実存的・人格的な告白と対話を求めにゆく。それはあたかも、現代の悩める若者が、カウンセラーのもとにおもむくがごとくである(と言ってしまうといささか皮相になってしまうが)。

・ そして、アリョーシャは、対話の相手が抱える問題を具体的に解決することはできないが、誠実・真摯に彼等に向き合い、その卓越した〈共感力〉を持って対座する。

・ この〈共感力〉は、相手の人格的資質とその人生の置かれている実存的条件にたいする理解力、それも感性から知性まで総動員したうえでの理解力のうえに発現されている。しかし、そう言っただけでは足りない。

・ 〈共感力〉の試金石になるのは、〈苦〉の中にある人間に対する〈共感力〉である。

・ 人は、〈苦〉の中にある他者に出会ったとき、通り過ぎるにせよ立ち止まるにせよ、何らかの態度をとる。しかし、そのとき人がどのような態度をとるにせよ、他者が〈苦〉の中にあるという事実そのものをなかったことにすることはできない。また、〈苦〉の中にある他者に偶然にせよ自分が出会ったという事実をなかったとすることもできない。

・ 「大審問官」に至るまでのイワンとアリョーシャの対話を待つまでもなく、この世界における人間の〈苦〉をどう受け止めどう考えればよいのか、という問題は「カラマーゾフの兄弟」のみならずドストエフスキー文学全体を貫く最大のテーマであり、ここで論じる用意はもちろんできていない。しかし、アリョーシャが、このテーマとの関連で造形されていることは間違いない。そして、〈世界憎悪〉の化身としてのスメルジャコフもまた、〈苦〉の中にある人間なのである。

・ さきに、アリョーシャの「他者に対する〈共感力〉の高さに驚かされずにはいられない」と書いた。

・ しかし、そもそも対話を拒否し、いや共感を受けることすら拒絶する他者に対し、人は、どのような態度がとれるというのだろうか。

・ どれほど非現実的に聞こえようと、対話を呼びかけつつ相手が自発的に応じるのをひたすら待ち、共感を受けることを拒絶する相手に〈共感〉しようと努めるほかはない。これほど「浮世離れ」した態度はない。また、これほど「言うは易く行うは難い」ことはない。さらに、このような態度をとろうと努めることがどのような帰結をもたらすのかもわからない。事実、こういう場面における現実的な方法論や具体的なノウハウなど何もありはしないのである。にもかかわらず、アリョーシャならばそういう実存的な態度をとると思われる。アリョーシャがアリョーシャである限り。

・ イワンがおそらく考えているとおり、私たちは自由な存在として生まれてくる。イワンだけではなく、エピクテートスをはじめとした古代のストアの哲学者から20世紀のサルトルまでそのように考えた。〈私〉は〈他者〉の自由を奪うことはできないし、〈他者〉は〈私〉の自由を奪うことはできない。したがって、誰もスメルジャコフの自由を奪うこと、その世界憎悪を消し去ることはできない。世界憎悪の発現を力によって抑えすることはできるが、ある人間が世界憎悪をもって存在しているという事実そのものをなくすことはできない。

・ にもかかわらず、いや、だからこそ、私たちは、スメルジャコフとも結ばれている。この「むすぼれ」は、〈私〉と〈他者〉という別個の実存がこの世界に偶然生みおとされ共に生きているという単純で根源的な事実性のみに由来する絆(きずな)−〈存在の絆〉であるといってもよい。

・ アリョーシャが、この〈存在の絆〉に対する感受性と信頼が類まれに強い人間であることは疑いない。これが、アリョーシャの〈共感力〉の秘密の一つであると思われる。

・ そして、〈私〉と〈他者〉の間に〈存在の絆〉を据えたのは〈私〉でも〈他者〉でもなく、人間を超えた〈何か〉であるのかもしれない。

5 スメルジャコフとアリョーシャ、そして現代

・ ともあれ、現代社会は、その構造からして必然的にスメルジャコフを生みだしてゆく。しかし、現代社会は、必然的にアリョーシャを生み出すわけではない。

・ 小説の中の登場人物とは言え、現代人が、アリョーシャという人間に感動しうるということ、それだけが、希望と言えばかすかな希望であるのかもしれない。

* 引用は亀山郁夫訳とそのページ数。





『カラマーゾフの兄弟』とは何か(米川正夫観) 
(編集室)


 『カラマーゾフの兄弟』とは何か。たくさんの評論や研究書はあります。が、独善的見方からすれば、やはり本家本元の米川正夫氏が最高峰です。忘れてしまった人、見逃している人の為にテキスト『ドストエーフスキイ全集 別巻 ドストエーフスキイ研究』から氏の解説を何回かに分けて転載します。(編集室)

「ドストエーフスキイ研究」第十五章 D

父親フョードルについて

 この偉大なカラマーゾフの世界に生を与えた、「憎悪すべき」父フョードルに、まず照射を当ててみよう。ドストエーフスキイが過去に創造した多くの典型の中で、もっともフョードルに近似した人物は、『スチェパンチコヴォ村』のフォマー・オビースキンである。二人とも同様に、かつての食客であり、道化役であったが、小説に登場した時には、食客時代の屈辱を他人に報いようとしている。ただ両者の間に存する顕著な相違は、第一、オビースキンがにせ君子になりすまして、自分でも自分の高い道徳性を信じて疑わないのに反して、フョードルはあくまで道化役に徹底し、主としてその道化ぶりによって他人を侮辱する点である。第二、オビースキンは生来お人好しで、「薄汚い男」に過ぎなかったけれど、フョードルは忌まわしい淫蕩漢で、しかも毒念にみちている。

(フョードルとは何か)

 オビースキン、ヴァルコーフスキイ公爵、スヴィドリガイロフ、この三人を打って一丸としたものが、フョードル・カラマーゾフであるといっても、はなはだしい誤りではあるまい。
 ドストエーフスキイを評して、シェクスピアに匹敵する芸術家ではあるけれど、イデオロギーにおいては有害な作家であるとして、ソヴェートにおけるドストエーフスキイ評価の基をつくったゴーリキイは、フョードルに定義をくだしている。

(ゴーリキイのフョードルに対する定義)

「もろもろの要素の入り混じった混沌たる塊であり、臆病であると同時に不敵で、何よりもまず病的にいじわるである」といい、帝政ロシアの支配階級に特有な「心情と頭脳の貧困、臆病と残忍」を反映したものとして、フョードルの形象に大きな普遍的意義を認めている。それはまさにそのとおりで、フョードル・カラマーゾフは、帝政ロシアの末期に転落の極限に達した、腐敗せる貴族階級のシンボルとして、ロシア文学における偉大な典型の一つである。ドストエーフスキイがフョードルの口を通して、彼の醜悪な顔を「頽廃期の古代ローマ貴族そっくり」と評しているのは、決して偶然ではないのである。

(フョードルの女性観)
 フョードルの「いやしき」情欲は、しょせんエロスの高みに達すべくもない。古代神話の神にたとえるならば、たかだかファウンかサチロスか、なかば動物性を備えている神々を引用するよりない。彼が「仔豚同然な青二才」であるイヴァンとアリョーシャを前に、コニャックの酔いにまかせて放言する女性観は、彼の情欲の性格を鮮明に描いてみせる。

「わしはな…一生涯の間、みっともない女には一度も出くわさなかったよ。これがわしの原則なんだ…わしの規則によるとな、どんな女からでも、ほかの女には決してないような…面白いところが見つけ出せるのだ…女だということが、すでに興味の一半をなしておるのさ…人生の幸福に必要なのは、まったくこれなんだ!」こうして性欲の享楽に飽満して、変態的なものの中に新しい刺激を求めようとするところに、フョードルの頽廃性が明らかに観取されるのである。原始的に健康なサチロス的な情欲は、すでにその痕すらもとどめない。
  以下、次号「通信117」に続く


『カラマーゾフの兄弟』etc…
 
作品『カラマーゾフの兄弟』について

 この作品について作者や後のソ連時代の批評家はどんな感想を持っていたのか。作品、書簡、評論をみた。(中村健之介訳『ドストエフスキー』ネチャーエワ編集)

【作者ドストエーフスキイ『カラマーゾフの兄弟』】

 ロシアの若者はあげて、ただ永遠の問題ばかり今議論している…
 全世界の問題を論じているのだ。他でもない、神は存在するのか、不死はあるのか?といった問題だ。神を信じない連中といえば、社会主義とかアナーキズムとか、全人類を新しい定員法に従って組織替えするといったことを言い出す…

 そうやって行くと、ほど遠からぬところに村がある。黒い、真っ黒い百姓小屋が何軒か見える。ところが百姓小屋の半数は丸焼けになっていて、焦げた丸太ばかりが突っ立っている。村の入り口のところには、女どもが並んでいる。たくさんの女どもだ。ずっと列になって並んでいる。どの女もやせこけて、やつれ切っていて、その顔は何だか焦げ茶色をしている…そして、がきが泣いている。泣き叫んで、小っちゃな両手を突き出している。小っちゃな握りこぶしを作ったり、むき出しの、寒さのためにすっかり赤紫がかっている手だ。

【ドストエーフスキイ書簡】1878年3月16日作家ミハイロフ宛(1833-1895)

 …私は、大長編の構想をたてて、間もなく取りかかるのですが、その長編には、他の人物も多く出てきますが、たくさんの子供たちが、具体的にはだいたい7歳から15歳の小さな子供たちが、大きな働きをすることになっています。子供たちがたくさん描かれることになります。私は子供のことは研究しており、これまでもずっと研究してきました。子供は大好きなのです…

【ドストエーフスキイ書簡】1876年4月9日教育者アルチューフスカヤ(1843-1918)

 …一大長編を書こうという企てを起こして、私は特別に研究に打ち込もうと思い立ったのです――現実自体の研究ではなくて流れ動いている現代の細部の研究です。この流れ動いている現代の最も重大の課題の一つが、私にとっては、たとえば若い世代であり、それと共にある。現代ロシアの家庭です。私は予感するのですが、現代ロシアの家庭は、ほんの20年前のそれとはおよそ違ったものになっています。もっとも、その他にもまだたくさんのことがあります。

【A・V・ルナチャルスキー】ソ連の文芸評論家(1875-1933)

 ドストエフスキーは…内心…自分のキリスト教的従順の理論と感情が勝ったとは全然信じていなかった。むしろ、その反対であって、革命家が彼の内に潜伏して生き続けており、ドストエフスキーはその革命家を地下室へ追い込んだのだったが、革命家は、そこで抗議運動を起こして、ドストエフスキーの教会堂の壁を揺さぶっていた…『カラマーゾフの兄弟』でドストエフスキーは、自分自身への不信の気持に対して、周囲の全状況と「この世」全体を批判する自分自身の抗議に対して、最大規模の戦闘を仕掛けた。だが、彼は友人たちに、自分は、挑んで立ち向かった敵を打ち破ることができなかったと書いた…のみならずドストエフスキーは、『カラマーゾフの兄弟』の最終篇について、まだ未完なのであるというこの長編について、次のような夢を持っていることを告白していた。すなわち、その最終篇ではアリョーシャは「言うまでもなく」革命家になるというのである。





8・8 読書会報告 
                

 8月の暑気払い読書会は、8日午後第7会議室で開催。20名参加でした。(編集室)

9名の皆さんによる報告

 暑気払い読書会は、8名の皆さんに「私のドストエフスキー」か「私のカラマーゾフの兄弟」を話していただきました。この日、報告予定だった石井郷二さんは風邪気味のため参加できませんでした。が、代わりに皆さんのレジメへの感想をいただきました。適切な評と心温まるコメントの数々、ありがとうございました。
 20代から90代にいたる幅広い年齢層の皆さんが、それぞれの作品観、ドストエフスキー体験などを話されました。日頃の読書会とは、違った生きたドストエフスキー談議を感じました。100人いれば100人の千人いれば千人のドスト観、作品読みがある。以前、どなたかがおしゃられたそんな言葉を思い出しました。

☆新美しづ子さん「ドストエフスキーと啄木」
 
 二人の作家の共通性、類似点などを話されました。新美さんは、書道の大家でもあります。毎年の展覧会には、ドストエフスキー作品を歌った啄木の短歌が出展されていました。この日の暑気払い読書会では、短冊に書かれた啄木の歌を参加者全員に贈られました。ありがとうございました。(編集室) なお以下は、編集室がいただいた石川啄木の歌句です。

・みぞれ降る石狩の野の汽車に読みしツルゲエネフの物語かな
・人がみな同じ方角に向いて行くそれを横より見ている心
・神様と議論して泣きしあの夢よ四日ばかりも前の朝なり
・神有りと言い張る友を説き伏せしかの路傍(みちばた)の栗の樹の下
・お菓子貰う時も忘れて二階より町の行来を眺めむる子かな

☆江原あき子さん「ドストエフスキーは、私の恩人」
☆今井直子さん「イワンの罪とは?」
☆平哲夫さん「夏の夜のドストエーフスキイ」
☆土屋正敏さん「”典型たち”につきぬ魅力、作家が注ぐ深い人間愛」
☆長谷川研さん「スメルジャコフとアリョーシャの時代」
☆四十川京子さん「ドストエフスキーと私」
☆鈴木寛子さん「『カラマーゾフの兄弟』と私」





前号に掲載できなかったレジメ紹介 

『カラマーゾフの兄弟』と私

鈴木 寛子

 今、「カラマーゾフの兄弟」を読んでいる。ちょうど半分ぐらい。ゾシマ長老が亡くなったところ。プロとコントラは、やっぱり苦手で、どうしてもよくわからない。今回ここまで読み返してみて感じた事を、少し読書感想文のように、書いてみたいと思う。

 イヴァンが大審問官の前に持つアリョーシャとの対話から、少し発見あり。

 「この生活欲はいくぶんカラマーゾフ的特質なんだね。それは事実だ。この性質はおまえのからだの中にもひそんでいるのだ。外観上どうあろうとも、必ずひそんでいるに相違ない。しかし、どうしてそれが下劣なんだろう?求心力というやつは、わが遊星上にはまだまだたくさんあるからなあ、アリョーシャ。ぼくは生活したい、だから倫理に逆らっても生活するだけの話だ。たとえものの秩序を信じないとしても、ぼくにとっては、春、芽を出したばかりのねばっこい若葉が尊いのだ。るり色の空が尊いのだ。ときどきなんのためともわからないで好きになるだれかれの人間が尊いのだ。(略)つまり自分で自分の感動に酔おうと言うのだ。ぼくはねばっこい春の若葉や、るり色の空を愛するのだ、それだけのことなんだ!ここには、知識も論理もない、ただ内発的な愛があるばかりだ・・・・おい、アリョーシャ、今のわけのわからない話が少しは理解できたかい、え!」

 それまでカラマーゾフ的というのは、並々ならぬ情欲を指す程度に思っていたが、美と快楽に陶酔し、愛する心なのかしらん、と考えるようになった。夕陽の美しさや、川面のちろちろに心を打たれて、大地に接吻したくなるような衝動。それこそがカラマーゾフ的力の意味するところに、このイヴァンのセリフからは思えた。

 その後に、イヴァンとアリョーシャはこのような会話を交わす。

「地上に住むすべての人は、まず第一に生を愛さなければならないと思いますよ」
「生の意義以上に生そのものを愛するんだね?」
「むろん、そうなくちゃなりません。あなたのおっしゃるように論理以前にまず愛するんです。ぜひとも論理以前にですよ。それでこそ初めて意義もわかってゆきます。(略)そうすれば兄さんは救われます」

 そのカラマーゾフ的力によって、論理以前に生そのものを愛しているのがアリョーシャなのだろうか。とにかく「論理以前に愛さなければならない」という部分がいたく心に染みた。私がドストエフスキーを読むのは、私という人間がものすごく分裂してたりエゴがねじれてているから、ついつい読んでしまうという可能性もあるけれど、それよりも、「論理以前に愛する道」を彼に期待しているのかもしれない。それならば聖書に当たるべきかな?などと思うが、そこに向かわずドストエフスキーを求めるのが、私という人間のしょうもなさのように、ふと思った。

 それにしても、ドストエフスキーに関しても「カラマーゾフの兄弟」に関しても、えらく文章が書きにくいと思った。一つの作品の中に、テーマというよりも宇宙がそのまま投げ込まれているような広がりがあり、筋を追うのに精いっぱいで、とてもその世界がどんな世界なのかというところまで踏み込めない。ふつう作品を論じるというと、その中の世界に対する自分のスタンスや感想を述べるイメージが私はあるが、ドストエフスキーに関しては、よくわからない以上、何を語ったらよいのか、ほとほと困った。部分に関して語っても、世界の文脈がつかめていない以上、たぶんこうじゃないかなーとしか述べられない。それは酒の肴としてはなかなか美味しいかもしれないけれど、活字にするにはお粗末すぎるような気がして、筆が進まない。

 ドストエフスキーというのは、一体何者なのだろう。「怪物」という言葉はよく似合うと思う。悪魔や道化、聖者たちがぎりぎりの共演、抜き差しならない世界でせめぎあう。彼の作品を読んでいると、「あぁ、これ以上はもう耐えられない!」そんな神経の緊張をしばしば経験するとともに、読者にそれだけの緊張を強いる作品を書いたこの男は、一体何者なんだと驚嘆する。

 最後に、今回このレジュメを書くにあたって、文章を書きにくいと同時に、書かない自分がいることをうっすらと感じた。書かないという事は、それだけ自分の深い部分の慰みを、ドストエフスキーに見出しているのだと、思う。自分でもうまく認識できない部分で、そうした付き合いができるのも、彼が人間心理の内面を、強靭な精神で深く深く冒険した怪物だから、なのだろうか。
 とにかく、まだまだ私のドストエフスキーをめぐる冒険は、はじまったばかり。ドストエフスキーがよくわからない分、今後とも会を通して学ばせていただければ、と思っている。





≪『カラマーゾフの兄弟』と私≫

石井 郷二

 私は高校英語教師として現役生活を終えました。教職生活を通して、生徒に読んで欲しいと勧める本はいつも1番に挙げるのは『カラマーゾフの兄弟』でした。もちろん、他の作家の作品も多く挙げましたが、1番は『カラマーゾフ』でした。

 学校図書館では図書委員が年に数回編集する「図書館だより」があります。教職員は彼らから「読書について」とか、「読書の思い出」とか、「私の1冊」というタイトルで原稿を依頼されますが、私はその度に『カラマーゾフ』を挙げてきました。

 国内外でこの時代の話題作、問題作が多く出版されていますが、あまりそれらを読まない私は、金科玉条のように『カラマーゾフ』に固執してきました。あるときは、自分は、時代遅れの古い人間かもしれない、と思う時もありました。それでも、退職直前に最後の卒業生を送り出した際には、「図書館だより」に、卒業生に贈る読書リスト15冊を挙げましたが、やはり1番に挙げたのは『カラマーゾフ』でした。

 今、この作品が新訳で100万部をこえる売り上げで、また、ドストエフスキーブームになっているようですが、まったく思いがけない嬉しいブームに遭遇したものです。多くの若い人が手にとっているようです。どうか読破して欲しいですね。そして、年を経てもここに提起された問題や流れている情感を忘れず、心の糧にしていって欲しいと思っています。





ドストエフスキー文献情報



最近ドスト情報(10・3) 提供・【ド翁文庫】佐藤徹夫さん

<図書>

・『ロストブックス 未刊の世界文学案内』 スチュアート・ケリー著、金原瑞人・
    野沢佳織・菊地誠子訳 
    晶文社 2009.8.25 ¥2200 286p 19.2cm
・18 フョードル・ドストエフスキー p220‐229
・『黒澤明という時代』 小林信彦著
    文藝春秋 2009.9.15 ¥1667 270p 19.4cm
・第八章 幻の秀作「白痴」 p91‐101
    *初出:「本の話」14(2)=153(2008.2) p36-41
・『ジェラール・フィリップ 面影を慕われ続けるフランスの貴公子』 伊上冽著
    近代映画社 2009.9.25 ¥2000 128p 25.7cm
    <スクリーン・デラックス>
    ・勝負師 p80-81; 勝負師/双葉十三郎 p124-125

<逐次刊行物>

・劇詩『大審問官』と共同体の問題/木寺律子
    「むうざ」 26(2009.8.1) p191-210
・<書評> 新訳 罪と罰 三田誠広著  脇役に焦点当て壮大な実験/
     川村湊
    「山梨日日新聞」 2009.8.16 p11
・<ドストエフスキイと十人の日本人 C 響き合う魂> ドストエフスキイと遠藤
     周作 「母なるもの」の光と影/芦川進一
    「福音と世界」 64(9)(2009.9.1) p8-11
・ドストエフスキーの預言 第五回 大審問官/佐藤優
    「文學界」 63(9)(2009.9.1) p228-240
・<書評> 知の冒険なのか、知の遊戯なのか  ドストエフスキー『白痴』を
     150年後の東京を舞台に再現  鹿島田真希著 ゼロの王国 講談社
     /井出彰
    「図書新聞」 2933(2009.9.12) p4
・ドストエフスキーの預言 第六回 カトリシズム/佐藤優
    「文學界」 63(10)(2009.10.1) p246-257

*連載 ドストエフスキーとの旅/亀山郁夫
    「日本経済新聞」 日曜版
    32 ナホトカ港から脱出  2009.8.9 p25
    33 メダル授与式の会場で  2009.8.16 p25
    34 意識下の恐ろしい願望  2009.8.23 p25
    35 夏の広場にて  2009.8.30 p25
    36 「怒りの日」と「悪霊」  2009.9.6 p25
    37 世紀末の邪宗門  2009.9.13 p25
    38 太宰にはなかった力  2009.9.20 p23
    39 ラファエロと「白痴」  2009.9.27 p23




連載

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像                       (第25回)大岡昇平と三島由紀夫
                       
 福井勝也

この連載途中の先月(9/23)に「大岡昇平とドストエフスキー」という標題で「例会」での発表をさせていただいた。偶然の巡り合わせであったが、「通信」での連載がそのきっかけになったのは確かでこの場で改めて感謝の意を表しておきたい。発表は「『野火』を中心として」という副題のとおり、具体的な『野火』の文節を例示して『罪と罰』等との関連を指摘させていただいた。そこから、大岡昇平におけるドストエフスキー文学受容の特徴的なあり方を論じたもので、言うならば「前著」の一各論のつもりであった。

今回は、その発表で十分論じきれなかった部分を補足的にここに記しておきたい。それは、この『野火』という作品の特徴的な「語り」のあり方、つまり「文体」の問題であった。この「一人称小説」は、それが「狂人の手記」であるということが小説の終わりの三章で読者に明かされる。それ自体読者の視点に決定的な<ゆらぎ>を与えつつ全体の再読を迫る仕掛けとなっている。復員後の精神病院で、主治医(おそらくフロイト派)の勧めで主人公が記憶回復のために書いた「手記」の中では、「私は〜した」「私は〜と思った」と「私」という主語が随所で繰り返えされる。この点で、「私」以外の「語り手」がこの物語に介入してくる論理的余地は一見なさそうである。しかし、この「私」は意外に「曲者」であって、その特徴的な<分裂的語り>が指摘できるものだ。この点で、『野火』という小説の文体の出発点は大岡の自作を語る下記の文章辺りにある。

「『俘虜記』では戦場の体験を出来るだけ理屈に合わせて、自分で納得が行くように書いたのですが、そこにどうしても割り切れないで残るものがありました。それは一口に言うと、敗兵にあらわれる思考、感情の混乱で、『俘虜記』の手法では書けないと思われた部分であった」「主人公を狂人としたのは、それを表現するための手段でつまり混乱を混乱のまま表す便宜であります。」(「『野火』の意図」)

問題は、ここで大岡が語ろうとしている「狂人」の語りである。『俘虜記』の文学ジャンルについては、私見では、西欧近代小説とは異なる「記録文学」「稗史小説」の流れで、そこでの語り手である主人公は大岡昇平とほぼ同定できる合理的なものる。しかし『野火』はそれとは明らかに違っている。この点で大岡はまた以下のように述べている。

「この小説の「神」の観念は「レイテの雨」で扱った、孤独者を見ている神、保護者としての神から出発しています。それは僕の少年時の幻影で、大人の智慧には敵いそうもないので、それを狂人の頭に宿らせることにしたのです。
 
狂人とても我々とそう違った精神構造をもっているわけではなく、むしろ我々より論理的であるというのが、僕の口実で、狂人の詭弁を通してこの原始的な神の観念を生かすことができるような気がしていました。受動的な敗兵に、自然が恩恵的なヴィジョンとして現れるように、自然からじかに神が生まれるような気がしていました。 こういう素朴な詐術がどこへ導くか、大抵わかっていなければならなかったのですが、ぼくはそれで「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」と対抗出来るようなエゴチスムを持っていたのです。」(「『野火』の意図」)

 小児的なエゴチスムを背景にした原始的な神、自然からじかに生まれる神が「ドストエフスキイと共に日本に輸入された文学的な神」と対抗関係にあり、『野火』という小説は元来、前者の神が主人公のなかで望ましいかたちをとるはずであったと大岡は語っている。それが結局不発に終わったのは、後者の「文学的な神」の影響からか、「神」観念の分裂が進行したためであったと言うのだ。この問題は、主人公(=語り手)が「狂人」に設定されることで主人公自身(=語り手)の人間存在の分裂として現象してくることと同義なのだろう。この点で主人公(=語り手)の「分裂」が表面化した二個所を引用してみる。

 「五月のある日この精神病院へ連れて来られて、比島の丘の緑に似た、柔かい楢や椚の緑が、建物を埋めているのを見た時、ああ、この世で自分が来るべきところはここであった、早くここに気がつけばよかったと思った。ついに私が入院ときまり、私が重い扉の内側に、妻はその外側に立った時、妻が私に注いだ涙を含んだ眼に、私が彼女の心にころしたものの重さを感じたが、しかし心を殺すぐらい何であろう。彼は幾つかの体を殺してきた者である。
 しかも妻の心が彼女の全部ではないのも私は知っている。人間がすべて分裂した存在であることを、狂人の私は身をもって知っている。分裂したものの間に、親子であろうと夫婦であろうと、愛なぞあるはずがないではないか。」

(37、「狂人日記」下線ゴチ筆者−注)

 「このことは私が一つの煙を見、次にその煙の下に行ったことを示している。煙を見れば、必ずそこへ行ったのだ。しかし何のために?――思い出せない。私の記憶はまた白紙である。ただこの「行った」という仮定から、一つの姿が浮び上がる。
 再び銃を肩に、丘と野の間を歩く私の姿である。緑の軍衣は色褪せて薄茶色に変り、袖と肩は破れている。裸足だ。数歩先を歩いて行く痩せた頸の凹みは、たしかに私、田村一等兵である。それでは今その私を見ている私は何だろう・・・・やはり私である。
一体私が二人いてはいけないなんて誰がきめた。」

(39、「死者の書」、下線ゴチ筆者−注) 

 ここで特徴的なのは、いつしか分裂した主人公が、それまで一貫して「私」に拘っていたのであるが、遂にここで自分を幻視するように自身を「彼」と呼ぶ<語り手の分裂>に至っているということにある。これをして「狂気」「狂人」と呼ぶとすれば、ここに大岡は、「狂人の語り」によって人間存在の分裂を探求しようとしていることがわかる。ここに「見神」(あるいは「見悪魔」)の問題も絡んでいる。言うならば、「狂人の語り」とは単なる一人称的な語りではなく、そこに別の語り手が分裂的に介入してくる可能性を孕んだ語りの手法でもあった。このことは『野火』の主人公が、いつも誰かに見られている感覚から逃れられずにいることに関係している。ドストエフスキーの小説の特徴の一つが、その特別な「語り手」の存在にあることはさまざまに指摘されてきた。この作者ドストエフスキー自身とも異なる「語り手」の存在を可能にするものこそ、実は『野火』の主人公が感じていたいつも誰かに見られているという感覚、同時にそれは「見神」(あるいは「見悪魔」)を可能にする「分裂」を不可分に孕んだ世界と関係しているはずだ。この点に関連して、柄谷行人氏が『野火』の文体について興味深いことを言っている。

 「かつて服部達は、『俘虜記』の文体を分析して、ヨーロッパ語流に言えば現在形・過去形・過去進行形・大過去というすくなくとも四つの時称を感じることができる、と書いた。そして、この時称観念の豊富さが、認識者と行動者の距離性を保証しており、見たところ私小説風な『俘虜記』を私小説から区別している、という。


右のような『野火』の文体についても同じことがいえる。過去の自分に関する精確な記述と、さらに現在からみたより精確な推理と分析とが二重にあるからだ。しかし、言うまでもないが、『野火』の主体は狂人であり、『俘虜記』はそうではない。これは何を意味するのだろうか。大岡氏が狂人の手記として『野火』を書いたのは、『俘虜記』における認識者がもつような自己絶対性を奪いとらねばならなかったからである。いいかえれば、『野火』では、『俘虜記』では一貫していた認識者の眼が根底的に揺らいでいる。『俘虜記』が徹底的にデカルトの眼で書かれているとしたら、『野火』にはいわばパスカルの眼があらわれている。」(講談社文庫『野火』解説)

 自己絶対性を奪いとられた「パスカル的」認識者(=「語り手」)の、過去の自分を精確に推理し分析しての「現在時点」の「語り」が『野火』の特徴的な文体を形成している。この二重性を孕んだ文体の<語り手>とは、ドストエフスキーの語り手とかなり相似的なものではないか。例えばそれはドストエフスキーの「地下室の手記」は一人称小説であっても、バフチンはこの作品もまた、対話的=ポリフォニックであるとみなした。そこにはしっかり二重人格化した<わたし>が描かれ、自分と対話しているのだと読みとれるからである。ここではさらに関連して、批評家樋口覚氏の大岡の文体論も紹介してみる。

 「一つの運命の謎を負った人間存在のエゴチズムを、他者のようにして描こうとする知的な注釈行為が自己という他者ではなく、親和性に富んだ他者、あるいは絶対的な他者である死者にまで及ぶとき、ここに『中原中也』『富永太郎』『レイテ戦記』という特異な作品がうまれる。このことは、戦後の小説を書くようになったとき、ロマネスク作者の一義的な特権化を警戒し、不安定な作者の位置に対して明晰たらんとし、この近代が生んだジャンルそのものを絶えず相対化することを可能にした。たとえば『俘虜記』の中で、「私」という客観的な記述者に対して懐疑的であり、普通の作者なら平凡な描写や筋の運びで済ますことに対して批判する。作者という「私」の位置もまた、
この人間にあっては注釈され続けられねばならない対象なのだ。その意味で大岡がある時期まで、『仮面の告白』の三島由紀夫と並び称されたのには深い意味がある。」

 樋口氏は、大岡の戦後小説の代表例として『俘虜記』をあげているが、私見としては記録文学としての本質を持つ『俘虜記』よりも三島由紀夫の『仮面の告白』とまさに匹敵する小説として『野火』を指摘したいと思うのだ。ここに僕がこの連載で論じようとしている大岡昇平と三島由紀夫という問題が(ドストエフスキー関連で)露出してきていないか。それは別途論ずることにして、今回はもう一つの樋口氏の文章を問題にしたい。

 「『俘虜記』『野火』が大岡の出世作であり、これによって遅まきながら大岡が小説家になったことは間違いない。しかし、大事なのは、―中略―それらを統括する文体であり、それらの性質を異にする小説群を描く、刻み込んで前進させる文体の勝利である。それはかつての和文脈の日本語にはなかった豊富な富をもたらした。それは、「日本的情調」(富永太郎)を拝した明晰さと、清潔で立体的で彫りの深い文体と、語り手が絶えず自己の語る叙述に対して意識的たらんとする自己再帰的な欧文脈の叙述法をもたらした。これは一種の翻訳語法で、大岡が常に注意を怠らなかった翻訳という文学に必須の作業の、自国語による具体的な展開である。ここには、かつて心酔した西欧象徴主義の厳格性と、「自己とはなにか」を検討するスタンダリアン的精神が独自に結合して解決しようとした大岡文学の原型がある。」 (上記引用も含め、『大岡昇平』新潮日本文学アルバム)

 樋口氏の以上の大岡文体論は、その意義を概ね言い尽くしていると考えられるが、二点だけ補足修正を施したい。一点は、その簡潔な明晰な文体は確かに欧文脈の叙述法と一種の翻訳語法であるはずだが、自分にはもう一つ漱石経由の漢文脈の影響を指摘したいということである。もう一点は、かつて心酔した「自己とはなにか」を検討するスタンダリアン的精神に合わせて、いやそれを超えるものとしてのドストエフスキーの文体の影響を考えたいという点である。特に、『俘虜記』から『野火』へ至る執筆の経緯こそ、その主人公を「狂人」に仕立てざるを得なかった<語り手の分裂>の問題としてドストエフスキ−的文体が顕現しているのだと思う。ただし大岡にとってこの問題を意識化することは、文学のいや人生の師である小林秀雄を意識することであり、ここに小林を介したドストエフスキ−体験の「屈折」が孕まれていた。しかしこれは、また「中原中也」という別の問題とも絡んでいた。次回ももう少し「発表」の意図に拘ることになりそうだ。次号へ続く。 (2009.10.3)





神になったテレビ
 (編集室)


 最近のテレビは、芸能週刊誌のようだ。民放は、朝から晩まで、クイズ・買物・旅行・井戸端会議で賑やかい。が、歳のせいかついていけない。そこで、なんとなく落ち着くETV特集かBSを見ることが多くなった。こちらは社会、環境、医療と深刻な問題が多い。が、見ていて感じるのは、作り手の底の浅さ、倫理観・道徳観・摂理の欠如である。いい番組を、より問題意識を表現したものを、視聴率ではなく作品性の高いものを目指そうと思うあまり独善と偏見が優先しているように思う。無意識だろうが、自分が「神」になって撮影し、見せてやっている。そんな雰囲気が強くでていて、時には不愉快になる。

 10月3日の夜、NHKハイビジョンで放映した番組も、そんな一つだった。HV特集『瓦と砂金』「ペルー児童労働の13年▽アマゾンに消えた友」この、なんとなくセンセーションの前宣伝につられて(予告を何度も流していた)見てしまった。話は、アンデス4千bにある山村。13年前、撮影隊は、この村で瓦作りをする二人の少年を撮った。13年後、撮影隊は、再びこの山村を訪れた。二人の少年がどうなったかを知る旅。青年になった一人の少年は、一家の柱として、今も瓦を作りつづけていた。機械化して弟たちを学校にやろうという、もうすぐ実現する夢を抱いていた。もう一人の少年はいなかった。家族がいないといっていた彼は、十数年まえ、砂金探しにアマゾンに行ったきりという。(おそらく撮影隊の意向だろうが)村の青年は、撮影隊と一緒にアマゾンに彼を探す旅に同行した。はじめて山を下りた。

 アマゾン奥地の猥雑な砂金の町で、二人は再会した。友は、結婚して1歳になる子供までいた。が砂金探しで体をこわし、酒びたりの荒んだ生活だった。村の青年は、見かねて村に帰って一緒に瓦作りをやろうと説得する。友は撮影隊にも「大統領の息子のように撮影してもらった」と感謝していた。彼は村に帰ることを決意し、妻と子供を連れ撮影隊のマイクロバスに乗る。十数年ぶりに帰った村。村人たちは温かく迎えた。友は瓦作りに意欲を燃やした。元気に遊ぶ村の子供たち。村の青年の友情。村人たちの親切。未来は明るく開けたように見えて感動した。村の風景が遠くなり、番組は終わろうとしていた。と、そのとき、いきなりこんなナレーションが流れた。「このあと、すぐ子供が交通事故で亡くなり、夫婦はもとのアマゾンに帰っていった」終わり。悲劇は、すべて撮影隊が再訪したことにある。彼らが行かなければ村の青年も村人もこれからつづく、嫌な悲しい思い出はなかった。
 先夜の『斜陽』でも「芸術のために子供をつくった」という変な話を聞いた。




訃報 9月20日 水野忠夫さん(72歳)逝去

 2009年9月20日、ロシア文学者の水野忠夫さんが亡くなりました。水野さんは、初期ドストエーフスキイの会や読書会で、江川卓さんらと会発展に尽力されました。会が1972年に開催した「第2回シンポジウム」では、実行委員会代表として務められ、「現代にとってドストエーフスキイとは何かという問題を鮮明に浮き彫りに」させました。同年12月9日早稲田大学小野講堂(150余名が参加)の熱気を思い出します。

 ある意味で、今日以上にドストエフスキー熱を世に知らしめた研究者のお一人だったかもしれません。個人的には、1970年集英社・世界文学全集20『貧しき人々/白夜他』の「地下室の手記」訳と、あとがきの〈ドストエフスキー W ―「地下室」への道―〉をなつかしく思い出します。新谷敬三郎先生につづきまた一人貴重な研究者を失いました。ご冥福をお祈り申し上げます。著書『マヤコフスキイ・ノート』『ロシア・アヴァンギャルド』『囚われのロシア文学』、訳書にブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』など多数。

作家と作品 
水野氏は、『世界文学全集』においてドストエフスキー誕生秘話を感動的に語っている。臨場感あふれる表現である。冒頭部分を紹介します。
〈ドストエフスキー W ―「地下室」への道―〉ウラジーミル通りの広い歩道には、深夜だというのに、ネフスキー大通りから家路をたどる人々の波が、あとからあとから、とだえることなくつづいていた。人混みをかきわけるようにして、茶色のコートを着た若い男が急ぎ足で歩いていた。海の方から吹き寄せる風が潮の香を運んできている。そのころの季節のつねとして、空は澄みわたり、真昼のように明るい夜である。1854年、ペテルブルグの5月は白夜の季節であった。…


4サイクル反省と抱負  「編集室」から

 かつては10年一昔でしたが、現代は時間が流れるように早く過ぎて10年はたちまちです。4サイクルを振り返ると、大きな作品しかできなかった。飛ばし過ぎたなど、反省点が多々あります。参加者も、まだ読んでない、途中まで、昔読んだが忘れたなどさまざまでした。
 第5サイクルは、読書会40周年という節目もあります。「自由と対話」というドストエフスキーの精神を生かした、より楽しく自由な場になることを望みます。





掲示板

『カラマーゾフの兄弟』報告は、ご要望あれば、まだつづけていきます。希望者は、お申し出ください。第5サイクル突入は『カラマーゾフの兄弟』が終わってから。

読書会レクレーション企画、第2弾「紅葉の高尾」

読書会・編集室では、会員親睦と健康づくりを兼ねて「ぶらり散策」を開催しています。 
 今回は、「紅葉の高尾山」を計画しています。希望者は、気楽にご参加ください。
月 日 : 11月23日(月) 集 合 : 京王線「高尾山口駅」
時 間 : 集合時間 → 午前10時
行 程 : 10:10 → 12:20山頂付近で昼食 → リフト → お茶・散会4:00頃

【読書会40年記念として参加希望者がいれば合宿を考えます】以下、企画内容
時期 : 2010年1月、2月頃(予約時の都合で変わります・・・)
場所 : 梓水苑(北アルプスを望む、梓川水辺の宿 新宿から「あずさ」3時間)
費用 : 1万円前後(1泊2食) 




編集室

年6回発行の「読書会通信」は、皆様のご支援でつづいております。ご協力くださる方は下記の振込み先によろしくお願いします。(一口千円です)

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 2009年8月1日〜10月8日までにカンパくださいました皆様には、この場をかりまして厚くお礼申し上げます。

 通信は、直接希望された方は、むろんですが、もしかして興味をもってくださるのではないか、そんな推量から、少しでも出席された方にもお送りしています。が、時が過ぎドスト熱も冷めた方もいらっしゃるかと思います。直ちに止めますので、お知らせくだされば幸いです。

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