ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.115  発行:2009.7.30


第234回8月読書会のお知らせ

8月は、恒例の〈暑気払い読書会祭り〉です

8月読書会は、下記の要領で開きます。大勢の皆様のご参加をお待ちしています。

月  日 : 2009年8月 8日(土)
場  所 : 東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
開  場 : 午後1時30分
開  始 : 午後2時00分 〜 4時50分
作  品 : 『カラマーゾフの兄弟』又は「ドストエーフスキと私」

報 告 者 : 新美しづ子・江原あき子・今井直子・鈴木寛子 
         平 哲夫・石井郷二・土屋正敏・長谷川研  (敬称略)
会  費 : 1000円(学生500円)

◎ 終了後は、納涼会(懇親会)を予定しています。
会 場 : 予定「ライオン」JR池袋駅西口徒歩3分。会費4000円
時 間 : 夜5時10分 〜 7時10分頃まで。お待ちしています。



8・8暑気払いは〈カラマーゾフ〉祭り


 8月の8日の読書会は、恒例の暑気払い読書会を開催します。今年は、「カラマーゾフ祭り」として8名の皆様に「私の〈カラマーゾフ〉又は私の〈ドストエフスキー〉」を語っていただきます。世界文学線上にひと際高く連なるドストエフスキー山脈。その最高峰『カラマーゾフの兄弟』。文字通り世界文学最高峰の頂です。今年は、その山頂に4度目の登頂となります。何度、たどり着いてもその偉大さ深淵さに圧倒ばかりです。
 が、ここはひとまず四度目のドスト山脈制覇、四度目の登頂を祝いましょう。

 2009年、4度の登頂を果たした読書会 バンザイ !

 「今日この日のことを覚えていましょう。たとえ、いく歳月が過ぎても、「きっとまた行きあえて、昔のことをお互いたのしく、はればれ語り合うんですよ」(アリョーシャ 江川訳)

8・8読書会カーニバル

 目下、出版界は長い冬の時代がつづいている。先日も、老舗ともいえる『國文学』が休刊に追い込まれた。しかし、この大不況下において不思議現象がつづいている。なぜか一人ドストエフスキーブームなのだ。大げさに言えば、まさにカラスの鳴かぬ日はあってマスメディアにドストエフスキーの名を聞かぬ日はない、である。新訳の『カラマゾーフの兄弟』は、古典文学では未曾有の100万部の大ベストセラーだという。柳の下に2匹目のドジョウはいるか、先ごろ、新訳『罪と罰』も刊行された。人気の要因は、火付け役の亀山氏に負うところもある。が、読書会に参加する人たちは、ブームとは一線を画している。新訳に触発されてという参加者は稀である。参加の老若男女の皆さんは、ほとんど、以前から作品に魅せられていた、という人が多い。自分の読みでの参加である。8月8日、8名の皆さんが、自分の『カラマーゾフ』をドストエフスキーを語ります。日頃は、発言の少ない人もいます。どんなカーニバルになるのでしょうか。楽しみです。記念すべき40周年になりそうです。

ポリフォニイ軍団の面々
 
・新美しづ子さん 東京都練馬区から、2・26事件・東京大空襲などの体験者
・江原あき子さん 神奈川県横浜市から、子猫たちの面倒みながら同人誌
・今井直子さん  群馬県高崎市からの参加。
・鈴木寛子さん  千葉県八千代市から、最若手です。
・土屋正敏さん  神奈川県横浜市から参加、。 
・長谷川研さん  東京都渋谷区から参加。
・平 哲夫さん  東京都下武蔵村山市から参加。
・石井郷二さん  神奈川県の足柄山からの参加
・Aさん      時間に余裕あれば、参加を希望します。




カーニバル参加者の紹介・レジュメ


★夏の夜のドストエーフスキイ    平 哲夫

 思えばキリーロフ、シャートフ、スタヴローギン、或いはスヴィドリガイロフ、マルメラードフ、ドミートリイ、イワン、アリョーシャ、スネギリョフ二等大尉、イリューシャ等々の多彩な人物群と知り合いになれたのは、今から遥かに遠い私の青年時代でした。米川正夫訳「ドストエーフキイ全集」での訳者の筆致を通してです。
 ところで訳者の解説によればアンドレ・ジイドが『地下生活者の手記』が「ドストエーフスキイの全作品の鍵」と語ったそうですが、私の場合も偶然手にした同書がドスエーフスキイ全集をくりかえし読むキッカケとなりました。得難い経験の数年間でした。やがて日々の糧を求めるようになり、時々は思い出すものの(例えばS47年の浅間山荘事件など)次第に視野から遠ざかって行きました。
定年になりました。何もすることがなくなり、ぼんやりと過ごす日々が続きました。
 ふと『地下生活者の手記』が無性に読みたくなりました、手許に全集がすっかり無くなっていましたので、友人から借りて読みました。それが契機で再び『貧しき人々』から始まる全巻を読み直すこととなります。
つまり青年時代の貴重な経験を、年をとってからそっくり同じ経路で歩むことになったのですが、考えて見れば、それもこれも『地下生活者の手記』が私の心の奥底に、何らかの核として何十年も生き続けていたことが、それにつながったと思います。
再読をしながら数々の新しい発見をしました。しかしそれは作品をより豊かにすることではあっても、歪めるものではありません。更に省略によって生まれる行間や余白、又は未完そのものに潜在的な表現が秘められている、と言えば過言でしょうか。
・・・『カラマーゾフの兄弟』のエピローグの一節に、イリューシャの葬儀の場面があります。「わしは柵の中に葬りたくないんだ!」とスネギリョフがだしぬけに叫んだ。「石の脇に葬るんだ。わしたちの石の傍へ!イリューシャがそうしろっていったんだ。墓場へ持って行かせやしない!」この場面にくると、読むたびに年甲斐もなく目頭が熱くなってきます。
これは一例ですが、没後120余年たった今でも尚、ドストエーフスキイ全作品は私達に、新しい糧と感動を与えつづけています。
              
シベリヤの大河流るる夏の花     哲    


★ドストエフスキーと啄木   新美しづ子


五歳になる子に、何故ともなく
ソニヤといふ露西亜名をつけて、
呼びてはよろこぶ。

古い角川文庫の啄木歌集でこの歌に出会った。啄木がドストエフスキーを読んでいる、という当然が、この時、格別のことのように思われてうれしかった。
 ドストエフスキー歿後四年に啄木は生まれている。時間的にいまよりずっと身近なドストエフスキーであったはず。
啄木の生涯は、ドストエフスキーの半分にも満たない短さであったが、二人はよく似ていると思う。神はありやなしや、社会への鋭いまなざし、病気、お金の苦労、そして幼い我が子の死。どれもどれも深刻。
そのような啄木歌のいくつかを書き出して8日の暑気払い読書会に持って行くつもりです。


★ドストエフスキーは、私の恩人   江原あき子

 マイケル・ジャクソンが死んだ。私の若い頃、マイケル・ジャクソンは大スターだった。テレビで流れる死亡のニュースと、『スリラー』や、『今夜はビートイット』のミュージッククリップ。私も一緒に踊ってみた。まだ、踊れる。ちゃんと振りを覚えている。懐かしさとともに苦笑いがこみあげてくる。若い頃に覚えたことはどんな些細な、くだらないことでも、ちゃんと覚えている。そしてあっという間に思いは過去へと引き戻されるのだ。着飾り、踊り、買い物に血道をあげて遊びまわった日々。学んだものは香水や洋服のブランド名、カフェの店名とメニュー。それにマイケルの振り付け。そんな生活が破綻した時私は茫然自失となった。しかしその時、突然思い出したのだ。昔、一度だけ読んだ『罪と罰』を。もう一度読んだ。のめりこんだ。そしてその日から私は少しずつ立ち直っていき、今に至っている。ドストエフスキーは私にとって、恩人である。ドストエフスキーの世界には私がかつて生きがいとしていたかっこいい洋服や、おいしそうなメニューの記述などどこにもない。でもそこが一番好きだ。物欲の塊だった私にとって、精神性や、人間のあらゆる苦悩について考えることはむしろ救いだったのだ。あの頃の私は、『罪と罰』でいえば、スヴィドゥリガイロフのように、粗野で、欲望だけの人間だった。それでいて、いやそれだからこそ、ドゥーニャのような人を求めていた。それがわかった時、私は初めて謙虚になり、自らを反省したのだった。今回の報告は、自ら経験と当時の時代背景を絡めつつ、ドストエフスキーの作品の魅力を語りたい。


★「カラマーゾフの兄弟」と私    鈴木寛子

 今、「カラマーゾフの兄弟」を読んでいる。ちょうど半分ぐらい。ゾシマ長老が亡くなったところ。プロとコントラは、やっぱり苦手で、どうしてもよくわからない。
 今回ここまで読み返してみて感じた事を、少し読書感想文のように、書いてみたいと思う。
イヴァンが大審問官の前に持つアリョーシャとの対話から、少し発見あり。

「この生活欲はいくぶんカラマーゾフ的特質なんだね。それは事実だ。この性質はおまえのからだの中にもひそんでいるのだ。外観上どうあろうとも、必ずひそんでいるに相違ない。しかし、どうしてそれが下劣なんだろう?求心力というやつは、わが遊星上にはまだまだたくさんあるからなあ、アリョーシャ。ぼくは生活したい、だから倫理に逆らっても生活するだけの話だ。たとえものの秩序を信じないとしても、ぼくにとっては、春、芽を出したばかりのねばっこい若葉が尊いのだ。るり色の空が尊いのだ。ときどきなんのためともわからないで好きになるだれかれの人間が尊いのだ。(略)つまり自分で自分の感動に酔おうと言うのだ。ぼくはねばっこい春の若葉や、るり色の空を愛するのだ、それだけのことなんだ!ここには、知識も論理もない、ただ内発的な愛があるばかりだ・・・・おい、アリョーシャ、今のわけのわからない話が少しは理解できたかい、え!」

 それまでカラマーゾフ的というのは、並々ならぬ情欲を指す程度に思っていたが、美と快楽に陶酔し、愛する心なのかしらん、と考えるようになった。夕陽の美しさや、川面のちろちろに心を打たれて、大地に接吻したくなるような衝動。それこそがカラマーゾフ的力の意味するところに、このイヴァンのセリフからは思えた。
その後に、イヴァンとアリョーシャはこのような会話を交わす。

「地上に住むすべての人は、まず第一に生を愛さなければならないと思いますよ」
「生の意義以上に生そのものを愛するんだね?」
「むろん、そうなくちゃなりません。あなたのおっしゃるように論理以前にまず愛するんです。ぜひとも論理以前にですよ。それでこそ初めて意義もわかってゆきます。(略)そうすれば兄さんは救われます」

 そのカラマーゾフ的力によって、論理以前に生そのものを愛しているのがアリョーシャなのだろうか。とにかく「論理以前に愛さなければならない」という部分がいたく心に染みた。私がドストエフスキーを読むのは、私という人間がものすごく分裂してたりエゴがねじれてているから、ついつい読んでしまうという可能性もあるけれど、それよりも、「論理以前に愛する道」を彼に期待しているのかもしれない。それならば聖書に当たるべきかな?などと思うが、そこに向かわずドストエフスキーを求めるのが、私という人間のしょうもなさのように、ふと思った。

 それにしても、ドストエフスキーに関しても「カラマーゾフの兄弟」に関しても、えらく文章が書きにくいと思った。一つの作品の中に、テーマというよりも宇宙がそのまま投げ込まれているような広がりがあり、筋を追うのに精いっぱいで、とてもその世界がどんな世界なのかというところまで踏み込めない。ふつう作品を論じるというと、その中の世界に対する自分のスタンスや感想を述べるイメージが私はあるが、ドストエフスキーに関しては、よくわからない以上、何を語ったらよいのか、ほとほと困った。部分に関して語っても、世界の文脈がつかめていない以上、たぶんこうじゃないかなーとしか述べられない。それは酒の肴としてはなかなか美味しいかもしれないけれど、活字にするにはお粗末すぎるような気がして、筆が進まない。

 ドストエフスキーというのは、一体何者なのだろう。「怪物」という言葉はよく似合うと思う。悪魔や道化、聖者たちがぎりぎりの共演、抜き差しならない世界でせめぎあう。彼の作品を読んでいると、「あぁ、これ以上はもう耐えられない!」そんな神経の緊張をしばしば経験するとともに、読者にそれだけの緊張を強いる作品を書いたこの男は、一体何者なんだと驚嘆する。

 最後に、今回このレジュメを書くにあたって、文章を書きにくいと同時に、書かない自分がいることをうっすらと感じた。書かないという事は、それだけ自分の深い部分の慰みを、ドストエフスキーに見出しているのだと、思う。自分でもうまく認識できない部分で、そうした付き合いができるのも、彼が人間心理の内面を、強靭な精神で深く深く冒険した怪物だから、なのだろうか。

 とにかく、まだまだ私のドストエフスキーをめぐる冒険は、はじまったばかり。ドストエフスキーがよくわからない分、今後とも会を通して学ばせていただければ、と思っている。


★バッハとBCJと私 ―亡き妻に捧ぐ― バッハ・コレギウム・ジャパン創立10周年記念/第43回定期演奏会に寄せて
石井郷二
 
 高校に入学した頃、姉が集めた十数枚のクラッシックのSPのレコードを聴き始めた。バッハ、ハイドン、ベートーベン、シューベルト、ショパン、チャイコフスキー等などがあって、それらを耳にした時、西洋音楽とはこんなにも美しいものかと感嘆したものだった。今でいうカルチャーショックである。その中の一曲「G線上のアリア」がバッハとの出会いだった。
 大学時代、或る日友人たちと喫茶店で歓談していた時、聞こえてきたバックミュージックに「あれは何ていう曲だ」と誰かが言うと、一人が「バッハの管弦楽組曲第二番」と即座に答えた。よく知っている者がいる、と思って感心したが、曲は実に美しく忘れられなかった。何日かして、どうしても欲しくなって、下北沢のレコード店に赴き小遣いをはたいてその曲を求めた。25aLPであった。私が買った最初のLPである。この頃、すでにLPやドーナツ盤(LP)が普及しはじめていて、私も簡単な装置を用意していた。昭和30年代に入った頃である。
 その盤はカール・ミュンヒンガー指揮、シュトゥッッガルト室内管絃楽団、の吹き込みであった。悠揚迫らないテンポの素朴な演奏のように思われたが心に染みわたった。およそ20年後にミュンヒンガー来日の折、コンサートでこれを聴いたが、私の持っている初期の録音のレコードの方がずっと良い、とその時思ったものだった。どのくらい聴いたか分からないが、磨り減ってだいぶ痛んだこのレコードを宝のように今も大切にしている。
 続いてバイオリン協奏曲をドーナツ盤で買ってこれもずいぶんと聴いた。その後しばらくは古典派からロマン派音楽を聴いたが、再びバッハに戻るのはカール・リヒターによるバッハ全集(LP)がアルヒールから出た時である。昭和47年頃だったろうか。全11巻の全集を一括購入し、日夜聴いた。決定的にバッハ・ファンになったのはこの頃である。この全集以外にも少しずつバッハを集めてはいたが、CDで聴くようになるまでの約20年間、この全集が私の心の友となった。
 想い出のコンサートは、ドレスデンフィル・ライブッイッヒ聖トマス教会合唱団による「マタイ受難曲」、ツュツッツガルト・バッハ合唱団・管弦楽団による「カンタータBWV21」の圧倒的感動(以上来日公演)、東京カテドラルでの小沢征爾・新日本フィルの「マタイ受難曲」(S58年)などがある。この日、演奏中妻が激しい頭痛に襲われ、同行した妻の友人に介護を託し、私は会場を抜け出して雨の中、店舗のない目白通りを薬屋を探してタクシーで走り回った。これが東京で妻と聴いた最後のコンサートとなった。
 昨年隣町の文化会館でモーツアルト、ベートーベンを聴いた。いずれも素晴らしかった。アンコールに「G線上のアリア」が演奏された。指揮者は指揮台に上がらず奏者と同じフロアで指揮した。丁寧な指揮だった。涙が溢れてきた。高校時代最初に出会ったこの名曲が最近ようやく分かりかけてきたような気がする。ひとりよがりな解釈ではあるが、これは「祈りと(大きなみ手による)慰め(慰撫)の曲である、と思った。
 BCJとの出会いは平成6年である。妻を亡くして3年目を迎えた。この年の三月までに妻の遺稿集と思い出文集の編集出版が終わった。これからは自分のことを、と思い、それは先ずコンサートに行くことであった。生の音楽が無性に聴きたかった。きっと傷心を癒してくれるに違いない。音楽雑誌で「カンタータ全曲シリーズ・BCJ」の記事を見つける。これだ、とあたかも自分のためにあるように思われ、早速申し込んだ。200曲もあるカンタータをコンサートで「全曲シリーズ」と銘うっているのが驚異でもあった。片道2時間余の道程を仕事が終わってせっせと二年半通う。帰宅は深夜だった。
 演奏会場では、暫くは最前列の席を取った。思いきり生の音を浴びせたかった。演奏は小構成ながら古楽器による滋味ある演奏で、合唱も典雅で洗練されていた。
 奏でられる音楽は私の悲しみを存分に共有してくれた。そして何よりも希望や喜びや慰めに満ちていた。暗い谷底のトンネルの前方に微かな明りが見えて来るようであった。痛哭の思いが徐々に癒されていった、と思う。そればかりでなく、豊かな感情に満たされて、暫くの間、他のどんな音楽会にも行きたいとは思わなかった。さらに、現役最後の数年間を全開しようとする気力が湧いてきた。
 BCJとバッハが、私が仕事に専念し、退職直前の最後の卒業生を送り出す原動力のひとつにとなったことは確かである。このようにしてBCJとの出会いはが私の心の転機となった。この出会いを心から感謝します。(「BACH COLLEGIUM JAPAN 2000」より)


★イワンの罪とは?  今井直子

 10代の終わりに初めて「カラマーゾフの兄弟」を読んだとき、青臭くて非実用的な問題を真剣に考えていた。人類にとって肝心な問題は何一つ答えが出ていないし、これからも正解は出ない――いつの世にも「現代的な作品」と呼ばれる定めを負った本書は、世界は物質的に繁栄したが、人間の精神面は全く成長していないことを教えてくれる。出口も答えもない荒廃した精神世界にさまよう人は、本書を通じて答えの無い問いを考えつづける。残虐で醜悪でろくでもない人間の一人として生きること、絶望的に残酷な現実世界を少しでも良い場所に変えていけると信じること、そんな問題意識を忘れずにいるために、私は『カラマーゾフの兄弟』を読み続けるのかもしれない。
 とくに感銘を受けたのはゾシマ長老の言葉とイワンの「大審問官」だった。イワンの思想に一々共感しながら読み、共に苦しんだ覚えがある。イワンを最もよく理解していた人物はゾシマ長老ではないか。「…この思想はまだあなたの心の中で解決されておらないので、心を苦しめるのです。しかし受難者も絶望に苦しむかに見えながら、ときにはその絶望によって憂さを晴らすのを好むものですからの(訳:原卓也)」と語り、イワンが自分の思想に確信を持っていないことを見抜き、それでも彼の「悩み苦しむ」能力を高く評価する。
 イワンの思想が脆弱なのは世界と人間を愛していないせいだ。彼が人の残虐な仕打ちを例に出すとき、そこには漠然とした義憤しかなく、実感が伴っていない(「銃殺です」と叫んだアリョーシャとはそこが違う)。全世界、全人類を救う、愛するという言葉には何の意味もない。人は不特定多数に向けて真実の感情は抱けないのだ。
 イワンは強烈な自意識と自我顕示欲、そして激しい羞恥心を持つ。この「羞恥心」こそ、人間を人間たらしめている美点ではないか。羞恥心のある人は自分の罪の自覚に堪えられず、宗教に助けを求めたり、死を選ぶ場合もある。イワンはプライドゆえにスメルジャコフのような賛同者も、アリョーシャのような救済者も受け入れられなかった。安易な理解や許しは「特別な存在である自分」を失うことになる。それゆえアリョーシャの存在に救いを求めつつも、心を預けることは拒むのだ。
 イワンは世の中の非情さを口実に、「すべて許される」という考えにしがみついた。だが自分のせいで父親が死に、兄が罪を問われるという事態にすら堪えきれず、築きあげた思想は何の拠り所にもならなかった。イワンを救えるのはアリョーシャ以外にいないと思うが、それはアリョーシャも心の内に「カラマーゾフ的な傲慢さ」を持っているからだ。人間的な欲望や醜さや弱さを持ち、克服のできない情念を必死に抑え込み、それでも人間と世界に絶望せずに信念を実行とするアリョーシャは、まさに現代に必要なキリストだと思う(もっともイエス・キリストも恐らく人間的な欲望との葛藤に苦しんだはずで、アリョーシャと同じく口に出さなかっただけだろう)。ではイワンの傲慢さは罪だろうか? イワンは父親に嫌悪を抱きこそすれ、殺意はなかった。「内心、身近な者の死を願うこと」はそんなにも罪なのか? 強欲さは人間の弱さであり宿業だと思う。これを罪として断罪したり抹殺したりすることは無意味なことで、自分の欲得より大きな価値があることを信じることで、自分のエゴをコントロールする方法を学ぶしかない気がするのだ。イワンが絶望した世界を救うためには、アリョーシャのように「近しい存在にやさしくする」という、簡単なようで非常に難しいことを実践するしか策はないように思う。「人生について知るべきことは、すべてフョードル・ドストエフスキーの 『カラマーゾフの兄弟』の中にある。だけどもう、それだけじゃ足りないんだ」と語った米国人作家カーク・ヴォネガットは、「愛は負けるが親切は勝つ」をモットーに掲げた。残酷で非常な世の中や人々を愛すことは難しいが、身近な人に親切にしてあげることは、能力や金がなくてもできる、という意味だろう。人間という生き物につくづく嫌気がさし、ペシミストになった彼が到達した思想に、私はゾシマ長老とアリョーシャに共通のものを見た。イワンやその同類たちを救う方法はそこに隠されているのではないだろうか。


★“典型たち”に尽きぬ魅力、作家が注ぐ深い人間愛  土屋正敏

 ドストエフスキーとその作品が、自分にとってどういう存在であるのか――。これまで何度も繰り返した問い掛けではあるが、作家のスケールの大きさを考えると、容易には答えは見つからなかった。ただ作品を通して、いつも感じていたのは、どんな人間に対しても注がれる、透徹した温かいまなざし、そして深い愛のようなもの。また、作品に登場する人物たちはあらゆる“典型”のように造形され、卓越した想像力とリアリティーを感じさせられる。
 それが、例えば『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』を何度も読み返す原動力となり、その度に新しい発見もあった。それは、ありがたいことに、日本では、異なる研究者による新訳が、何度も繰り返されるからである。
 先ほど、人物の“典型”と書いたが、私の大好きな酔漢マルメラードフもドミートリー・カラマーゾフも、実は私の人格の中に生きている。そればかりか、あの好色漢スヴィドリガイロフや大嫌いな俗物ルージンでさえ、私自身の中に潜んでいることを、読んでいて思い知らされる。たぶん賭博に興じ、借金を繰り返す生活を晩年近くまで続け、妻が病んでいたとはいえ、20歳以上も若い複数の女性たちと一時期を共にした作家にとっても、こうした人物全員が“分身”であると考えられ、それが作品の欠かせぬ魅力になっている。
 『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフが金貸しの老婆(ろうば)とその義妹を殺害したとされる7月9日、亀山郁夫さんの新訳(光文社文庫、全3巻)が完結したのを機に、私は再び読み始めた。いま(同28日)、第6部(第3巻)の途中で、ラスコーリニコフがスヴィドリガイロフの元へ急ぐ場面に入ったが、いつか原語のロシア語で読んでみたいと心に期するほど、また作品に引き込まれている。
 亀山さんはこの4月、サンクトペテルブルク大で行った講演でドストエフスキーについて語り、「一世紀先であろうと、二世紀先であろうと、人間の生命の営みは根本において不変であり、つねに同じ問題で苦しみ悩みつづけることを知っていた作家」と定義したという(同文庫、訳者あとがき)。この文脈に則して言えば、作家の描く人物と、彼あるいは彼女が抱える問題は常に新しく、色あせることがないということではないだろうか。


★スメルジャコフとアリョーシャの時代(ラフ・スケッチ) 
−21世紀におけるドストエフスキー文学の可能性の地平−
 長谷川 研

1.「イワン vs ゾシマ」の時代から「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代へ
・ ドストエフスキー解釈の歴史において、図式的な言い方になるが、長らく、「カラマーゾフの兄弟」の思想的構図のエッセンスは、西欧近代の合理主義的知性を代表するイワンと土着の民衆に根ざしたキリスト教(ロシア正教)の宗教性を代表するゾシマの対峙として把握されてきた。この構図が、ドストエフスキー自身の創作意図であったことは疑いない。
・ そして、この思想対峙の図式は、イワンの系譜としての個人主義的・自由主義的ニヒリズムとゾシマの系譜としての宗教的あるいは民族的なコミュニタリアニズム(共同体主義)という二つの主題を持つ変奏曲となり、前世紀(20世紀)までは有効であったと言えないことはないかもしれない。
・ しかし、これも大変おおざっぱな言い方をあえてするならば、20世紀も後半になり社会主義の理想が色褪せ、とりわけマルクス主義の硬直性・非現実性が誰の目にも明らかになるのと合わせるようにして、人間にとって生と世界を意味づける「思想」という名に値する「思想」が全て消失してゆく時代 −言われつくした感はあるが「大きな物語」の終焉という時代を迎えるにいたった。こうした議論に全面的に与するかどうかは別にしても、前世紀のおおむね最終四半世紀を助走期間として、今世紀に入り、人間の精神を取り巻く時代状況が新たな段階に入りつつあるのは確かなように思われる。
・ 「カラマーゾフの兄弟」の主要人物を通して表現すれば、「イワン vs ゾシマ」の思想対峙の時代はその変奏曲も含め終わり、「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代へ入りつつあるのではないだろうか。

2 世界憎悪
・ 「スメルジャコフ vs アリョーシャ」の時代を生きる人間の、重要な問題の一つとは何か。
・  それは、思想性を一切まとわない純粋な裸身の〈世界憎悪(=世界に対する憎悪)〉に、人は、どのように向き合えばよいのか、という問題である。
・  〈世界憎悪〉とは何か?
・  それは、端的に言えば、「自分の命とひきかえに世界を滅ぼしてしまいたい」、「自分の命もろともに世界を抹殺したい」という欲望、現代的な文脈で言えば、例えば、「東京の真ん中で核爆弾を抱えながら自爆したい」という願望である。
・  言うまでもないことであろうが、ここで〈世界憎悪〉と書いて連想されているのは、近年日本に頻発しマスメディアや社会を驚かせている無差別殺傷事件の犯人たち、判を押すように「殺すのは誰でもよかった」と語る人間たちの根底にある感情であり願望である。そして、あらためて世界を見回してみると、これらの無差別殺傷事件は、欧米における無差別銃乱射事件のように日本の社会に特有の出来事ではない気がするのである。
・  しかし、もちろんのこと、あの秋葉原事件をはじめとして、これらの事件には、必ずやそれぞれ固有の背景と容易にはうかがい知れない個別の深い事情があるはずであり、それらの綿密な調査・研究なくして、決して安易な概括はなされるべきではない。だから、以下使用する〈世界憎悪〉という言葉は、あくまで、これらの現実の個別事件とは離れた抽象的な仮説の概念であることに注意いただきたい。
・  〈世界憎悪〉という言葉がわかりにくければ、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」と言ってもよい。ただし、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」そのものは、ある種の人間にとっていつの時代にもあるが、焦点を置くべきは、それがどのような歴史的社会的環境の中で形成されているのかということであろう。

3. スメルジャコフ
・ スメルジャコフは、そのおぞましい出生の経緯と不幸な生い立ち、特に、幼少期における庇護者による愛情の決定的な不足、父が誰だかわからないことによるアイデンティティの不安、本来カラマーゾフ家に家族であるかもしれないにもかかわらず下男として扱われているという屈辱等、〈世界憎悪〉を育むには十分すぎるほどの環境条件を備えている。
・  「カラマーゾフの兄弟」を一読すれば、スメルジャコフが自分の人生のおかれた運命に対してありあまる呪いをいだいていることを読者はわかりすぎるほどよくわかる。
・  「子猫を縛り首にし、そのあとお葬式のまね事をし」(1‐P332)、「臭い女の腹から出た父なし子なんで品性がいやしい」(2‐P187)と言われながら育った少年は、今や、「ぼくとしちゃこの世にまるきり生まれつかずにすむんでしたら、まだ胎内にいるういちに自殺したかった」、「ロシア全体が憎くてならない」((2‐P188)という青年になる。

・ スメルジャコフこそ〈世界憎悪〉の化身である。
・  重要であるのは、「自分の人生の置かれた運命に対する呪詛」としての〈世界憎悪〉は、知性がつくりあげた思想ではなく、肉体に根ざした感情そのものであるということである。

・ ニヒリズムもまた思想である。
・ それは、イワンの人間像に示されているように、透徹した明晰性を持つ近代の合理主義的・弁証法的知性にしか宿らない思想である。
・ その意味では、スメルジャコフはイワンと異なりニヒリストではない。
・ あらためて考えてみれば、〈世界憎悪〉の化身という人物造形は、巨大な山脈のごときドストエフスキーの諸小説の中でも、スメルジャコフ以外には見あたらないことに驚かされる。
・ イワンは無論のこと、「悪霊」のスタヴローギンもキリーロフもシャートフもピョートルも、思想の持ち主という意味での知識人であった。「罪と罰」のラスコーリニコフとその悪魔的分身とも言うべきスヴィドリガイロフもしかり。
・ 確かに、ラスコーリニコフは、自分の置かれている貧困という社会的不公正に対する怒りと劣悪・卑小なロシア社会の現実に対する〈憎悪〉を基に、あの老婆殺しに至る。
・ しかし、ラスコーリニコフは、自分の行為を正当化するために思想を生み出そうとした。そして、その思想は、一面では合理的であり、自分ばかりか他者にも一定の説得力を持つ。
・ さらに、ラスコーリニコフは、経済的な逆境に置かれているという一点を除いては、その優れた知性といい、その美貌といい、母と妹からのゆるぎない愛情といい、彼の置かれているどの条件をとっても恵まれた人間である、と言うことも可能である。ラスコーリニコフは、母親からの過剰ともいえる愛情をうとましく思っていたかもしれないが、決して家族から疎外されていたわけではないし、ましてや遺棄された経験を持つわけではない。
・ ついでに言えば、「悪霊」のキリーロフに見られるように、ニヒリズムという思想が高潔な人格に結びつくこともある。いや、正統なニヒリズムは高潔な人格にしか宿らないという考えこそ、西欧近代のニヒリズムを最も先鋭に摘出したニーチェの思想の一つの含意であると思われる。
・ スメルジャコフにこのような人格的な魅力はない。しかし、だからこそ、スメルジャコフは、現代的な意味において重要性を帯びてくるのである。
・ 前回の読書会で、「スメルジャコフとイワンの最後の対話の場面(4‐P310〜350)において、スメルジャコフの思想上の師であるはずのイワンの動揺が激しく、むしろ精神的に微動だにしないスメルジャコフの迫力が印象的である」という趣旨の指摘があった。慧眼である。この場面では、イワンとスメルジャコフの主従が逆転しているのである。
・ イワンは卓越した合理主義的・弁証法的知性の持ち主であるが、その人格は、必ずしも肉体に根ざした情念を必要としていない。イワンはニヒリストであるかもしれないが、〈世界憎悪〉を持っているとは思えない。
・ これに対し、スメルジャコフには、肉体に根ざした感情としての〈世界憎悪〉が充満し、この抑えがたい感情の魁こそが彼の存在理由となっているのである。
・ スメルジャコフとイワンの最後の対話の場面において、イワンが既に発狂に向かい精神に変調をきたしていることを別にしても、育ちのよい「お坊ちゃん」としての資質をあらわにしてしまうのは無理からぬことである。
・ イワンは自分の思想に誠実であるがゆえに、その思想に教唆されたスメルジャコフがフョードル殺しに至ったことを知ると錯乱する。スメルジャコフは、自分の思想的な師であるイワンのそうした繊細さを見て失望し嘲笑すらする。確かに、イワンは自分が生み出した思想の重みに耐えられるほど精神が強くないのに対し、スメルジャコフは、実は、思想など必要としないほど精神が強いのである。スメルジャコフの肉体に秘められた感情の貯水池はイワンのそれに比べはるかに巨大である。
・ 「すべては許される」という思想が知識人の観念的遊戯の中にある限り、猫はおろか虫の一匹も死にはしない。
・ スメルジャコフの体内に充満した〈世界憎悪〉が爆発するためには、「すべては許される」という思想上の小さな発火点が必要であったことは確かである。その意味では、イワンの思想なくしてはスメルジャコフの殺人と自殺はありえなかったとは言いうる。
・ しかし、現代におけるスメルジャコフの子孫達は、その肉体に生まれ育まれた〈世界憎悪〉の感情が、「すべては許される」などという思想なくしても容易に自然発火するまでに進化しているのではないだろうか。
・ ふたたび書く。「思想性を一切まとわない純粋な裸身の〈世界憎悪(=世界に対する憎悪)〉に、人は、どのように向き合えばよいのか?」 − 現代人は?

4 アリョーシャ
・ 「カラマーゾフの兄弟」における作品構成の必然からして、スメルジャコフとアリョーシャの接触場面がわずかしかないのはやむをえない。
・ しかし、〈世界憎悪〉の化身としてのスメルジャコフに向き合えるのはアリョーシャしかいない。この点については、「カラマーゾフの兄弟」におけるドストエフスキーの創作意図を超えることになるが、現代的な文脈で「カラマーゾフ」を読めば、そういう読み方は十分に許されよう。
・ これまで見てきたように、スメルジャコフが「思想」家ではない以上、スメルジャコフに対峙しうるのは狭い意味での「思想」ではない。
・ スメルジャコフという、自分の人生を呪い、あらゆるものに対する憎しみを充満させている人格・実存に向き合える人格・実存である。
・ このように考えると、本来、アリョーシャを主人公とする長大な教養小説として構想されたはずの「カラマーゾフの兄弟」が、作者の死により、未完の小説として、アリョーシャの思想形成以前のステージで終わっていることに、歴史の狡知さえ感じ不思議な感慨を覚える。
・ ゾシマの代表する宗教思想とイワンの代表する近代ニヒリズムとの間で迷いつつ、むしろ思想を形成する以前のアリョーシャの無垢な人格・実存こそが、いや、アリョーシャの人格と実存を形成している、いわく言いがたい〈何か〉こそが重要となるのである。

・ この〈何か〉を言葉で掬いとることはまことに難しいが、一つ二つ、論点を出しておく。

〈他者に対する共感力〉
・ これも前回の読書会で指摘されたことであるが、アリョーシャのパーソナリティを論じるとき、その他者に対する〈共感力〉の高さに驚かされずにはいられない。
・ ドミートリーもイワンも、いや、フョードルさえも、アリョーシャのもとに実存的・人格的な告白と対話を求めにゆく。それはあたかも、現代の悩める若者が、カウンセラーのもとにおもむくがごとくである(と言ってしまうといささか皮相になってしまうが)。
・ そして、アリョーシャは、対話の相手が抱える問題を具体的に解決することはできないが、誠実・真摯に彼等に向き合い、その卓越した〈共感力〉を持って対座する。
・ この〈共感力〉は、相手の人格的資質とその人生の置かれている実存的条件にたいする理解力、それも感性から知性まで総動員したうえでの理解力のうえに発現されている。しかし、そう言っただけでは足りない。

・ 〈共感力〉の試金石になるのは、〈苦〉の中にある人間に対する〈共感力〉である。
・ 人は、〈苦〉の中にある他者に出会ったとき、通り過ぎるにせよ立ち止まるにせよ、何らかの態度をとる。しかし、そのとき人がどのような態度をとるにせよ、他者が〈苦〉の中にあるという事実そのものをなかったことにすることはできない。また、〈苦〉の中にある他者に偶然にせよ自分が出会ったという事実をなかったとすることもできない。
・ 「大審問官」に至るまでのイワンとアリョーシャの対話を待つまでもなく、この世界における人間の〈苦〉をどう受け止めどう考えればよいのか、という問題は「カラマーゾフの兄弟」のみならずドストエフスキー文学全体を貫く最大のテーマであり、ここで論じる用意はもちろんできていない。しかし、アリョーシャが、このテーマとの関連で造形されていることは間違いない。そして、〈世界憎悪〉の化身としてのスメルジャコフもまた、〈苦〉の中にある人間なのである。

・ さきに、アリョーシャの「他者に対する〈共感力〉の高さに驚かされずにはいられない」と書いた。
・ しかし、そもそも対話を拒否し、いや共感を受けることすら拒絶する他者に対し、人は、どのような態度がとれるというのだろうか。
・ どれほど非現実的に聞こえようと、対話を呼びかけつつ相手が自発的に応じるのをひたすら待ち、共感を受けることを拒絶する相手に〈共感〉しようと努めるほかはない。これほど「浮世離れ」した態度はない。また、これほど「言うは易く行うは難い」ことはない。さらに、このような態度をとろうと努めることがどのような帰結をもたらすのかもわからない。事実、こういう場面における現実的な方法論や具体的なノウハウなど何もありはしないのである。にもかかわらず、アリョーシャならばそういう実存的な態度をとると思われる。アリョーシャがアリョーシャである限り。

・ イワンがおそらく考えているとおり、私たちは自由な存在として生まれてくる。イワンだけではなく、エピクテートスをはじめとした古代のストアの哲学者から20世紀のサルトルまでそのように考えた。〈私〉は〈他者〉の自由を奪うことはできないし、〈他者〉は〈私〉の自由を奪うことはできない。したがって、誰もスメルジャコフの自由を奪うこと、その世界憎悪を消し去ることはできない。世界憎悪の発現を力によって抑えすることはできるが、ある人間が世界憎悪をもって存在しているという事実そのものをなくすことはできない。
・ にもかかわらず、いや、だからこそ、私たちは、スメルジャコフとも結ばれている。この「むすぼれ」は、〈私〉と〈他者〉という別個の実存がこの世界に偶然生みおとされ共に

 生きているという単純で根源的な事実性のみに由来する絆(きずな)−〈存在の絆〉であるといってもよい。
・ アリョーシャが、この〈存在の絆〉に対する感受性と信頼が類まれに強い人間であることは疑いない。これが、アリョーシャの〈共感力〉の秘密の一つであると思われる。
・ そして、〈私〉と〈他者〉の間に〈存在の絆〉を据えたのは〈私〉でも〈他者〉でもなく、人間を超えた〈何か〉であるのかもしれない。

5 スメルジャコフとアリョーシャ、そして現代
・ ともあれ、現代社会は、その構造からして必然的にスメルジャコフを生みだしてゆく。しかし、現代社会は、必然的にアリョーシャを生み出すわけではない。
・ 小説の中の登場人物とは言え、現代人が、アリョーシャという人間に感動しうるということ、それだけが、希望と言えばかすかな希望であるのかもしれない。

* 引用は亀山郁夫訳とそのページ数。




<参考資料>

『カラマーゾフの兄弟』とは何か

 『カラマーゾフの兄弟』とは何か。たくさんの評論や研究書はあります。が、やはり本家本元の米川正夫氏が最高峰です。忘れてしまった人、見逃している人の為にテキスト『ドストエーフスキイ全集 別巻』から氏の解説を何回かに分けて転載します。(編集室)

第十五章 

C 二人の友、詩人と神秘主義哲学者
 『カラマーゾフの兄弟』の思想的な面に、深い関連を有する人として、同時代のすぐれたロシアの哲学者、ソロヴィョフとフョードロフの二人にふれないわけにはゆかない。ヴラジーミル・ソロヴィョフは神秘主義哲学者として、また詩人として、日本でもある程度知られている。彼は自分の見神の体験を美しい抒情詩『三つの会食』で述べているが、ドストエーフスキイもそれに似た神秘的な経験の所有者である(ムイシュキンやキリーロフの口を通して語られた、あの発作直前の法悦的な心境を想起せられたい)。彼がこの若干二十五歳の哲学者と親交を結んだのは、ちょうど『カラマーゾフ』の構想に没頭しはじめた頃であった。アンナ夫人がその追憶の中で語っているところによれば、二人の関係はゾシマ長老と、アリョーシャ・カラマーゾフのそれに似ていたとのことである。カラッチが描いたキリストのようなソロヴィヨフの端正な容貌が、文豪の若き日の友シドローフスキイを想起させたことも、ドストエーフスキイをこの若い哲学者に、つよくひきつけた一つの原因であった。なおそのうえ、彼がソロヴィヨフにひかれたのは、単にゾシマがアリョーシャにたいしていだいたような愛着のためばかりでなく、自分の持たぬ才能を若き友の中に見たからである。というのは、ドストエーフスキイの思想が、主として直感によってとらえられ、芸術家の魂を通して生のまま表白されるのにたいして、ソロヴィヨフは自分の神秘的な霊感を、厳正な論理によって明らかな意識に還元することができたからである。イヴァンの教会裁判論は、その当時ソロヴィヨフの研究題目としていた神権政体の思想に影響されたものと見てよかろう。
 いま一人のフョードロフは、『共同事業の哲学』によって、学界の注目をひいた哲学者である。ドストエーフスキイは、この書によって深い感銘を受け、ソロヴィヨフにも一読をすすめたところ、彼は著者に手紙を送って、「貴下をわが師、わが教父と見なす」というような言葉さえ用いて、再考の敬意を表した(しかし、ソロヴィヨフのこの傾倒は、やがて間もなく冷却した、とラドロフはいっている)。ここではフョードロフの哲学の大要さえ述べる余裕さえ与えられていないが、その中で最もオリジナルな、もしくは逆説的な点は、―― キリストの示した業を地上で完成するためには、父祖の復活のための子孫の結合を必要とする、と説いていることである。彼はいう、― すべての生ける子孫は唯一の目的、すなわち、死せる父祖を復活させることに、全力を注ぐべきである。「現代にとって、父はもっとも憎悪すべき言葉であり、子はもっとも屈辱的な言葉である」。ドストエーフスキイを打ったのは、フョードロフの学説のいかなる点であったかは、われわれにとって知るよしもないが、「現代にとって、父はもっとも憎悪すべき言葉」という表現は、『カラマーゾフ』の主題に直接むすびつく何ものかを感じさせる。青年時代に父から受けた否定的な印象、父の無残な横死、その上にかてて加えて、死の家で遭遇した父親殺しのイリンスキイ(創作ノートでは、ドミートリイにこのこのイリンスキイという名が与えられている)、しかもその父殺しが冤罪と判明したこと、―― これらすべては、長くドストエーフスキイの胸中に、父殺しのテーマをはぐくましていたが、フョードロフの父親に関する定義が、このテーマについて彼に何かの証明を与えたのではなかろうか?・・・・・」
                        
以下、次号「通信116」に続く




『カラマーゾフの兄弟』完成まで
(ドストエフスキー年代記から)
 
 1877年末ドストエフスキーは「ノート」に、これから書きたい作品として、「1、ロシアの『カンディード』(ヴォルテール作の諷刺小説)。2、イエス・キリストに関する一書。3、回想録。4、叙事詩『四旬節』の四点をあげている。そしてその後に、「『作家の日記』の仕事は別としても、これだけのものを書き上げるには最低10年はかかる。ところが私はもう56歳だ」と書いている。湧きおこる執筆欲と、与えられた生の終わりの予感の両方が、ドストエフスキーの内で競い合うようになつていたのである。彼は好評の『作家の日記』を、1877年12月号をもって休刊する。そして直ちに小説制作に打ち込む。それが、最後の長編『カラマゾーフの兄弟』である。
 『カラマーゾフの兄弟』は1879年1月から『ロシア報知』誌に連載され、2年間続いて、1880年12月に終わる。連載終結にあたってドストエフスキーは『ロシア報知』の編集者リュビーモフに「今後とも交誼を願いたい。自分はこれからまだ20年は生きて書き続けたいのだから」と手紙でいっている(1880年11月8日付け書簡)。このときも、書き続きたいという意欲と生の終わりの予感とが、彼の内でせめぎ合っていたのだろう。
 『カラマーゾフの兄弟』は、ドストエフスキーの小説の中では、『悪鬼ども』と並んで、人物関係が複雑で、しかもダイナミックな動きのある作品である。本章でなされる『カラマーゾフの兄弟』の要約をより分かりやすいものにするために、この長編の主要人物を以下にあらかじめ紹介しておこう。
 成り上がり地主フョードル・カラマーゾフは、金と女は「選り好みなし」で好きな好色漢であるが、同時に彼は、一切の生あるものは最後は必ず死に服するのか、永遠の生、すなわち神は存在しないのか、と問う形而上学者でもある。
 このフョードルと最初の妻との間に生まれたのが「カラマーゾフの兄弟」の長男ドミートリーである。現在28歳、直情径行、シラーの詩の好みな熱血青年である。
 老獪な父フョードルと血気盛りの長男ドミートリーは、一人の女をめぐって、恋の奴となって争う。―その親子の命がけの鞘当ての因をなす女が、悪魔と天使の魅力を兼ね備える高級娼婦、グルーシェニカである。気位の高い令嬢カチェリーナは、かって父親の公金横領がドミートリー・カラマーゾフのおかげで明るみに出なかったという屈辱と恩義の関係でドミートリーと結びついている。カチェリーナはドミートリーをめぐってグルーシェニカと争う。
 フョードルと二人目の妻との間に生まれたのが、次男イワン(現在24歳)と三男アレクセイ(20歳、愛称アリョーシャ)である。
 カラマーゾフの兄弟のもう一人は、フョードルが町の白痴の女乞食に生ませたスメルジャコフである。この男は父フョードルの家で下男として使われている。次男イワンは、兄フョードルにの怒りに劣らない強い嫌悪を父に対して抱いている。彼はその深く隠した父親抹殺願望を、自分では意識しないうちに「弟」スメルジャコフに伝える。
 スメルジャコフは「兄」イワンへの愛を示すべく父を殺す。スメルジャコフといわんの予想した通り、長男ドミートリーが捕らえられる。見習い修道僧である三男アリョーシャの敬愛してやまない師がゾシマ長老である。ゾシマの庵室の中と周辺には「現代ロシア」の宗教と民衆の光景が陰影ゆたかに展開される。アリョーシャはまた、ロシアの未来を担うはずの少年たちの一団を舞台へ導き入れる。この長編小説には、さらに、人類は管理されることによって幸福となりうるかと問うイワンの劇詩「大審問官」が、独立した章として含まれている。登場人物の多彩さにおいても、ストーリーの劇的展開においても、「永遠の問い」の具象化においても、『カラマーゾフの兄弟』は、ドストエフスキー最高の傑作である。
(V・ネチャーエワ 訳・中村健之介)
■1877年(56歳)■1878年(57歳)■1879年(58歳)
■1880年(59歳)■1881年(60歳)



7・11 読書会報告
                 

 7月読書会は、第7会議室で開催。24名参加で盛会でした。女性13、男性11。(編集室)

アリョーシャの人物像とはいったい何か・第二の物語はあるのか?
 当日、報告者の菅原純子さんは、「無頼派で名を博した坂口安吾は…」ではじまる緻密なレジメを配布した。そして、この資料にそって「アリョーシャの人物像について」、主に、最近、問題となっている13年後の物語についての考察を発表した。報告者は、アリョーシャの愛と限界を指摘しながらも、13年後の問題を以下のように締めくくった。
・・・・グロスマンは、アリョーシャのモデルにアレクサンドル二世を現実に襲ったテロリストのドミートリイ・ヴラジーミロヴィチ・カラコーゾフをあげている。亀山郁夫氏の第二の小説論は、このグロスマン説を取り上げているものである。
・・・・他の説もある。19世紀末のドイツの研究者N・ホフマンの伝えるアリョーシャの未来像は、作詞やのプランによれば、アリョーシャはゾシマの遺言によって、俗世間に戻り、その世界の苦しみと罪を一身に負う。リーザと結婚するが、罪の女グルーシェンカのために彼女を捨てる、グルーシェンカは彼のうちなるカラマーゾフ的なるものを誘惑したのだ、彼は彷徨する、否定的な人生の激動の一時期、子供もなく過ごしたのち、澄明の境に達して再び修道院にもどる。そこで彼は多勢の子供に囲まれ、彼らを死ぬまで愛し、教え、導いていた。・・・・これはホフマンが描いたものであり、第二の小説が存在しないのであるからして、第二の小説を語るにはおよばないと考える読者がいてもいいし、第二の小説を読者一人ひとり、おのおのが想像してもいいことであろう。
※13年後の物語について第三サイクルでも話題になった。このときは序文の「およそ彼が大人物などといえた柄でない」に注目して、革命家より普通の人として生涯を終えたという見方が大半だった。平凡こそが最大の平和、最高の幸せというわけである。

 「カラマーゾフバンザイ」について議論沸騰
 
 今回も質疑応答には、さまざまな意見があった。そのなかで最後まで議論沸騰したのはエピローグの「カラマーゾフ万歳!」だった。「カラマーゾフとは誰か」が熱く議論された。会場で出された意見、指摘は次の通りでした。

・.「カラマーゾフ」とは、カラマーゾフ家のことを指しているのか。
・.アリョーシャただ一人のことを指しているのか。
・.家を指しているのならスメルジャコフは入るのか。
・翻訳家・研究者の意見は、「原文では、単記を指すときに使われる」だった。
・すると、アリョーシャ一人を指しての万歳か。
・疑問として「では、なぜアレクセイ万歳ではないのか」釈然としないものが残る。
・「敢えて単記のカラマーゾフとしたわけは何か」の想像は、「人間」を指した。
・思えば、ドストエフスキーの目的は、人間の謎を解き明かすこと。と、なると・・・・



 
ドストエフスキー文献情報

最近ドスト情報(7・24) 提供・【ド翁文庫】佐藤徹夫さん

<作品>

・『罪と罰 3』 ドストエフスキー 亀山郁夫訳 光文社 2009.7.20 \876+
    536+1p 15.3cm <光文社古典新訳文庫 K Aト 1−9>
    *巻末:読書ガイド(p465‐509);ドストエフスキー年譜(p510‐519);
         訳者あとがき 「叩き割られた書」(p520‐536)
    *内容:第5部 第6部 エピローグ

<図書>

・『ゼニの人間学』 青木雄二著 ャ鴻塔Oセラーズ 2009.6.1 \905
    207p 17.3cm <ロング新書>
    *初版:1995.7
    *内容:まえがき ドストエフスキーとマルクス(p1‐4);第1章 ゼニという
         名の生き物 ・借りるあてがないのに借金に出かけるマルメラー
         ドフの苦悩(p50‐54);第4章 "神"は人類最大の妄想や
         ・ラスコーリニコフの苦悩は、人間の苦悩の根源的な命題である
         (p167‐172)
・『手塚治虫 知られざる天才の苦悩』 手塚眞著 アスキー・メディアワークス
     (発売:角川グループパブリッシング) 2009.6.10 \743 180p
     17.3cm <アスキー新書>
     *内容:第二章 手塚ワールドの道具立て ・世界の名作文学をマンガ
          化(p055‐061)

<逐次刊行物>

・<書評> ゼロの王国 鹿島田真希著(講談社・2940円) 一風変わった「議
      論小説」/榎本正樹
     「産経新聞」 2009.6.21 p11
・<特集:「古典」が今おもしろい!> 100万部超ヒット『カラマーゾフの兄弟』
      翻訳者・亀山郁夫氏がその理由を分析
     「週刊 東洋経済」 6209(2009.6.27) p52
・十九世紀の聖書の解読 ブームの亀山訳の秘訣の所在が明らかに 亀山郁夫
     著 ドストエフスキー 共苦する力 4・15刊 四六判272頁 本体1400
     円 東京外国語大学出版部/井出彰
     「図書新聞」 2923(2009.6.27) p4
・<ドストエフスキーと十人の日本人 A 響き合う魂> ドストエフスキイと夏目
     漱石―那美、「西洋の衝撃」と女神の誕生/芦川進一
     「福音と世界」 64(7)(2009.7.1) p8‐11
・<特集論文> 写真からドストエフスキーへ/番場俊
     「ecce」 1(2009.7.15) p106‐119
     *「映像と批評 (エチェ)」 特集:映像とアヴァンギャルディズム
・<対談> 『罪と罰』 その最大の謎に迫る/亀山郁夫・三田誠広

     「週刊読書人」 2797(2009.7.24) p1‐2
・神の夢、または『1Q84』のドストエフスキー/亀山郁夫
     「新潮45」 28(8)=328(2009.8.1) p38‐45
・<ドストエフスキーと十人の日本人 B 響き合う魂> ドストエフスキイと太宰
     治―『人間失格』、「ドストの青みどろ」に映ったもの/芦川進一
     「福音と世界」 64(8)(2009.8.1) p8‐11
・ドストエフスキーの預言 第四回 無神論/佐藤優
     「文學界」 63(8)(2009.8.1) p250‐262
*連載 ドストエフスキーとの旅/亀山郁夫
     「日本経済新聞」 日曜版
     25 悲劇的な神秘の誘惑  2009.6.21 p27
     26 「棄てる」という決断   2009.6.23 p27
     27 クレムリンの真ん中で  2009.7.5 p25
     28 スパイ嫌疑で尋問   2009.7.12 p25
     29 恐怖と安堵の二進法  2009.7.19 p25



<連載>

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像 
第24回 大岡昇平と三島由紀夫
                        
福井勝也

 前回の菅原純子氏の『カラマーゾフの兄弟』の発表は興味深い指摘を含んでいて、読書会での議論を通してドストエフスキー論の新たな切り口に触れた気がした。まず氏の観点として、「アリョーシャは、なぜスメルジャコフだけを愛さなかったのか。スメルジャコフを眼中に入れなかったとまでいえるのではないか。フョードルを父とし、異なる母だが、二人共神がかり行者としての母親をもっている、それゆえスメルジャコフこそ、アリョーシャは救わなくてはならなかったのではないだろうか。ここにもアリョーシャの限界性がある」との指摘が注目された。さらに「兄弟」の母親たちとの関係が問題になった件で「スメルジャコフにおいては、さらにひどく(ドミトリーの、そしてイワンとアリョーシャの母親との関係よりも、筆者注)母親から生まれる前に、胎内自殺(下線イタリック―筆者)をしたかったぐらいだ」というスメルジャコフの言葉が(いずれも当日会場配布の「レジュメ」からの引用)が焦点になった。要は、ガリラヤのカナで信仰の戦士として再生したはずのアリョーシャの限界性と対照的に浮かびあがってくるスメルジャコフ像の問題だ。後段のショッキングな「胎内自殺」という言葉の原語自体(同時にその翻訳語も)が気になるところだが、この言葉は、ここ数年の間に生起した無差別殺人(ex.秋葉原事件等)の犯人達が吐いても少しも不思議でない言葉として聞こえてくるとの発言もあってさらに議論を呼んだ。そんな現在にあって、今まで「兄弟」プラスαの脇役的登場人物が闇の奥からその存在を自己主張してきたというわけだ。今回自分も「作品」を読み返えすなかで、例えばイワンとスメルジャコフとの何度かの対決場面に接して感じたのは、何かに怯え続ける弱々しいイワンの姿に対して、何とも不敵で死をも恐れず屹立するスメルジャコフ像の強度であった。そしてこの二人の末路は<狂気>と<自死>であって、この対決場面の延長線に、イワンは自分を持ちきれずに狂い、スメルジャコフは予定通りに決然と死に至る。
 ここで、恐ろしい程ぶれないスメルジャコフの背後の<心の闇>を<ニヒリズム>という言葉で置き換えることは十分可能であり、それ自体随分と容易なことなのかもしれない。ご存知の通り、そんなことは今までも多くの論者がやってきたことで、スメルジャコフが注目されてきたここ数年の徴候のなかでも、安易な<決め言葉>として議論を空疎に締め括って来た。ここでとにかく感じることは、自分達が係わった戦後のドストエフスキー論のなかでその作中人物像の一つの中心が、『カラマーゾフの兄弟』のイワンであったと思うことと、しかしここへ来て、その中心がそのイワンからスメルジャコフにシフトチェンジして来たとの実感だ。もしかするとこれも一時的な重心の相対的移動に過ぎないかもしれないが、われわれの<現在>がスメルジャコフを召喚している事実を見逃してはならないだろう。それだけ、事態は悪化し切迫した徴候に溢れているのかもしれない。これは勿論、スメルジャコフ一人の問題として考えるべきではない。言えば『カラマーゾフの兄弟』という物語全体を「私生児」ならぬ「胎内自殺」願望者で、なお自殺者であるスメルジャコフの<心の闇>から透視することを迫るものだろう。結果、そのことが作者「ドストエフスキー」の限界性として浮上してくるのか、あるいは小説『カラマーゾフの兄弟』がそのハードルをさらに越えて新たな展望を開くものなのか。言い換えれば、スメルジャコフの<心の闇>に救済はあるのか否か。この徹底した分析の試みは、21世紀的ドストエフスキー論の核心の一つになるだろうと思う。そしてこの試みは、<ニヒリズム>という安易な思想的文学用語を利用することの禁忌から始めなければならないはずだ。

 さて、引き続き「連載」に戻ることにする。前回から大岡昇平と三島由紀夫を対象にとりあげてきている。その異なる<戦争体験>から生み出された「作品」に<ドストエフスキー>を導入することで考え得ることを語ってみたいと感じたからだ。誤解して欲しくないのは、ドストエフスキーとの影響関係を単に比較文学思想的に語るつもりはないし(むしろその影響関係を考えればとりあえず、大岡昇平とスタンダール、三島由紀夫とニーチェあたりの線だろうか)、それ自体あまり意味のないことだと思っている。ドストエフスキーという存在を語る時、近現代の作家との影響関係は案外に複雑なもので、明らかな系譜的関係よりもむしろ隠蔽された(反語的な)逆説的関係に注目した方が興味深いと思う。この連載タイトルの「ドストエフスキー体験」とは、その辺までを射程に入れた「群像」を対象として考えてゆきたい。とにかく、前置きはこれ位にして本題に戻ろう。実は、前回の最後では大岡昇平から三島由紀夫へと焦点を移す予告をしたが、考えたら大岡昇平の問題はそんな簡単に終わりようがない。そこでもう少し大岡昇平に拘ってみたい。

 そこで引き続き『野火』に焦点をあててみる。この作品は、戦後の昭和23年の初稿から26年の最終稿まで、その構成を変えながら書き続けられたもので最後に問題の「狂人日記」「再び野火に」「死者の書」の三章が書き継がれ完結した。復員後の主人公(=「狂人」)の手記という全編の体裁がここに来て読者に明らかにされるのだが、構成上のみならずこの三章はそれ以前とは異質な中身を孕んでいて、言えばラスコーリニコフにとってのシベリアが主人公にとっての戦後社会であるように、そこには『罪と罰』のエピローグと本文との関係にも比せられる。さらにここには初稿の改変という問題(初稿では主人公の手記は<遺稿>で書き手はすでに死んでいた)が孕まれていて、結果主人公の田村が記憶喪失の<狂人>として生き続けることが強いられている。この変更の問題を考えていたとき、実は朝鮮戦争が始まり日本の再軍備が開始された昭和26年の歴史状況が作者に影響を及ぼしたことを知った(「『野火』の意図」s.28)。それは、戦場で見た「野火」(それは食人をも含む比島での戦争体験の徴候)を、大岡が戦後日本の政治社会状況に敏感に察知したからであった。以後の大岡の戦後に処する姿勢を考える時、この時点の以前と以後で分かつことができる。結果、後年『レイテ戦記』を生涯のライフワークとすることになる作家としてのあり方もこの時点が出発点なのだと思う。作者が『野火』について丁寧に語ったこの文章は作品と同様に貴重なものだ。今回、本文脈上気になった箇所を引用してみる。
「 主題(主人公に食人の事実があったかどうか−筆者注)はどうせ架空なのです。事実思い出したか、或いは幻想にすぎないか、わからなくても、構わないのです。問題は<私>がどこで神を見出すかということですから。自然に食人をさけられるという恩寵の中にありながら<私>は再び野火のあるところに比島人を見出して、食おうとしているらしい。しかしそれが実現しようとした時、相手に後ろからなぐられて、俘虜となる。主人公はそうなった自分の運命を賛美しています。彼にはそれが神の摂理とうつり、また自分をなぐったのは、キリストであったと信じます。そして彼が私一人のためにつかわされたのなら、神は讃うべきだ、と考えるのです。」(下線イタリックの部分―筆者、大岡の原文では傍点あり)
 この部分は、作品最終部分のほぼ要約になっていて、この直後「神に栄えあれ」という言葉が続いて小説は終わる。この幕切れを最初読んだ時に感じたのは、日本の作家で、宗教をそれもキリスト教をここまで逆説的に主題化し得た大岡の作家的スケールの大きさであった(この点で比較すべきは、遠藤もいるがやはり三島か)。そしてそのメシア的キリストを希求する主人公の<狂気>には、ドストエフスキー的世界を想起させられた。

 この作品は、主人公の田村一等兵が復員後に入院中の精神病院で医師のすすめで手記を書いている設定になっている。それは、戦場で喪失した記憶と損なわれた精神の治癒と回復のための精神分析(フロイトのそれ)的治療術の処方としてあった。しかし実は、この主人公は復員後これまでの年月(5、6年)、この種の精神医学の研究を孤独に積み重ねて来ていて同時に神学の知識もかなり身につけたらしく、入院はそのための意識的な避難であったとすら告白している。さらに、主人公の妻がこの担当医師と密通を重ねているとの<妄想>から、五歳程年下の担当医師を妻共々憎悪し見下しているその内心が語られる(「再び野火に」)。「狂人日記」以降の三章は、戦後社会と向き合う「復員者」の姿勢を<狂気>とした点に特徴があり、そこには、この作品のそれまでの章との連続性よりも不連続性が顕著になっている。そして最後に「神への讃歌」の言葉が唐突なピリオドとなっている。そこで焦点になる<食人>の問題が、キリスト教教義の<聖餐・聖体拝領>(秘蹟の一つで、聖別されたパンとブドウ酒をキリストの肉と血として、最後の晩餐に準えて戴くミサ)に擬えられ、戦場で死後自分の肉を食うことを薦めて狂死した将校(=巨人)がキリストの変身であったという<妄想>として語られる。ここには「神聖さ」を逆手にとった大変皮肉な論理が仕組まれている。この時読者に、大岡の主人公の<狂気>の真意を読み取る地平が仄かに見えてくる。作者大岡にとって、主人公の<罪と罰>を外部から勝手に説明づけ解釈する精神分析的知見とキリスト教的教義は本来抗うべき<知的対象>であるが、同時にそれと対抗しつつもそこに結局逃げ込んだ主人公の近代人としての「奢り」が明らかになる。また、その<狂気>を意志的に装わせる?ことによって、それ自体戦後社会への「拒否」「抵抗」の姿になっている。さらに歴史的皮肉と言えば、フィリピンというキリスト教が世界制覇を完結した太平洋の島国での近代戦の局面に露出した文明批評的問題も背景に感じる。つまり近代国家同士の総力線として、アメリカ軍と死闘を繰り広げた「神国」日本の近代的軍隊がフィリピンを蹂躙する最中に現出したのが「食人」であった。その語源の「カニバリズム」とは、元来、南米地域を苛烈に侵略したキリスト教徒が<食人種>を<カリブ人>と蔑称することで、その自らの原住民への暴虐行為の<罪と罰>から逃れようとしたことに起源している。その歴史の重層的な記憶を辿ることなしに、主人公がキリスト教の秘蹟としての<聖体拝領>を<食人>に擬らえるという<妄想>も出てこないのではないか。ここには、近現代のキリスト教教義がフィリピンのような<未開地>で果たした<欺瞞性>が暴露されていないか。実はそれらの歴史的な<異端教義>を暴くものとして主人公の<妄想>もあったのではないか。一見、そのキリスト教に救いを見出したかに見える結末は、冷静に考えればそれが異端教義への独善的な狂気への逃避行為であって、大岡はこの時期、このような結末をつけて主人公を本気で<狂気>の世界に閉じこめる必要があった。ここにもしかしたら、『野火』の作者が描いた主人公の<罪と罰>があるのかもしれない。しかしそれは同時に、戦争に赴いて復員兵として生還した大岡自身への<自己処罰>でもあったのではないか。実は、この辺りのことを前述の引用部分の後で大岡が触れている。先に引用箇所のすぐ後の言葉として繋げて読んで欲しい。
 「 これ等の句の中で僕が主人公を最後までの中におき、信仰に達せしめていないのに注意して下されば幸いです。いくら小説家といえども、僕は知らないものに、人物を導くことはしなかったつもりです。しかしもしここにいくらかでも信仰の影が見えるとすれば、これはむしろ冒涜の本といえるでしょう。阿片というだけでは、神は死なないのです。」さらにまた、別の箇所において興味深い指摘をしている部分がある。
 「 僕の文学趣味はスタンダールからシェイクスピア、ダンテと遡って行ったので、つまりは異端の系列を辿っていたのだとわかったのです。同時に僕が『野火』で表現しようとしたのも、一つの異端ではなかったかと思い当りました。事実異端はこの作品を書いているうちに、頭をかすめたことがあるのです。マニ教がアウグスチヌスに迫害された理由の一つは、人間を<完全人>と<不完全人>に分けたことにあります。前者は僧侶、後者は一般の信者を意味します。後者は前者に諸戒を委ねて、ただ信じてさえいればいいという教義です。異端は常に正統のパロディで、この区別も教会のものとそれほど違いはないと思われますが、そこが多分教会の気に入らないところで、<完全>と称するのがにあたるわけです。僕が二十四年に読んだキリスト教の本にこの<完全人>の説明がありました。その時から、主人公を<完全人>のによって身を滅ぼすようにしようかと考えたのです。つまり主人公があまりに自己に執着して、何でも自分の内部で片づけようとするのがになって、発狂するという風に考えたのでした。」
 賢明な読者は、この主人公の<完全人>のが『罪と罰』のラスコーリニコフのものであることに気付かれるであろう。そして大岡が指摘している異端の系譜にドストエフスキーが連なっていることも。ここで紙数が尽きた。この辺り、次号に続く。 (09.7/23) 

福井勝也著『日本近代文学の〈終焉〉とドストエフスキー』  (2008・2 のべる出版) 定価1400
ご希望の方は、書店か著者、または「本通信」編集室まで連絡ください。





広 場

第234回10月読書会
 
 月 日 : 2009年・平成21年10月17日(土)
 時 間 : 午後2時00分〜4時45分
 会 場 : 東京芸術劇場小会議室7 JR池袋駅西口徒歩3分 03-5391-2111
 報告者 : 調整中、(仮=長谷川研氏、−−)
 作 品 : 予定=『カラマーゾフの兄弟』第3回目

ドストエーフスキイの会第194回例会

 月 日 : 2009年・平成21年9月23日(水)秋分の日
 時 間 : 午後6時〜9時00分
 会 場 : 千駄ヶ谷区民会館 JR原宿駅徒歩5分
 報告者 : 福井勝也氏
題 目 : 仮題「ドストエフスキー雑感−会40年目の節目にあたり」

掲示板

『カラマーゾフの兄弟』報告は、ご要望あれば、まだつづけていきます。希望者は、お申し出ください。2010年、第5サイクル突入か、は『カラマーゾフ』をみながら。
読書会レクレーション企画
 読書会・編集室では、会員親睦と健康づくりを兼ねて「ぶらり散策」を開催しています。 5月の「谷津干潟バードウオッチグ」は好評でした。秋は、誰もいない海「江ノ島周辺散策」「紅葉の高尾山」を計画しています。参加希望の方には、追ってお知らせします。

編集室

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  2009年7月1日〜7月26日までにカンパくださいました皆様には、この場をかりまして厚くお礼申し上げます。
〇通信は、直接希望された方は、むろんですが、もしかして興味をもってくださるのではないか、そんな推量から、少しでも出席された方にもお送りしています。が、時が過ぎドスト熱も冷めた方もいるかと思います。直ちに止めますので、お知らせくだされば幸いです。
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