ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.112   発行:2009.2.12



2009年読書会予定(東京芸術劇場小会議室)2・21/4・18/6・13/8・8/10・10/12・12

第231回2月読書会のお知らせ

2月読書会は、下記の要領で開きます。大勢の皆様のご参加をお待ちしています。


月  日 : 2009年2月 21日(土)
             
場  所 : 東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
                       
開  場 : 午後1時30分
 
開  始 : 午後2時00分 〜 4時50分
 
作  品 : 『カラマーゾフの兄弟』第1回
 
報 告 者 :長野 正 氏
            
会  費 : 1000円(学生500円)

◎ 終了後は、2009年の新年会(懇親会)を予定しています。
会 場 : 予定「養老の瀧」 JR池袋駅西口徒歩3分。
時 間 : 夜5時10分 〜 7時10分頃まで

2009年、本年もよろしくお願いします
本年から全作品読みは、いよいよ4サイクル最終段階に入ります。大作『カラマーゾフの兄弟』を中心に晩年作品を読んでいきます。




2・21読書会について
 
 2月読書会は、長野正さんが第1回目『カラマーゾフの兄弟』を報告します。長野さんは、多方面で文学活動をされている。「日本トルストイ協会」の会員、『小説芸術』同人、などです。昨秋はロシア旅行でドストエフスキーやトルストイゆかりの地を訪ねたとのこと。日本でも、太宰や三島、志賀直哉の名作舞台を旅して、その様子を作品にしています。『カラマーゾフの兄弟』が、新たな旅心を起こすかもしれません。


『カラマーゾフの兄弟』の魅力
 長野 正

 以前、事務局から『鰐』の報告をやりませんかと言われた直後、わたしは勢い余ったせいか、即座に『カラマーゾフの兄弟』の方をやりたいと答えてしまいました。
 どうしてそのような反応をしたか、率直に言えば『鰐』は、数年前に一度読んだことがありますが、「たねの会」の読書会でとりあえず読んだだけで、『鰐』の内容はほとんど忘れてしまったというのが偽らざる事情です。
 2006年8月に『罪と罰』の報告を担当して、あらためてドストエフスキー文学の魅力を知ることができましたが、今回はその時よりもさらに良い勉強をさせていただいたと思っています。なぜなら、ドストエフスキーの作品のなかで『カラマーゾフの兄弟』がいちばんに好きだからです。

第1回目・報告概要

 今回のわたしの報告は、『カラマーゾフの兄弟』の第1回目なので、総論的な内容に終始したいと思っています。『カラマーゾフの兄弟』というドストエフスキー畢生の大作は、どのようにして書かれ、第2部はどのような形で書き継がれようとしていたのか、模索したいと思っています。以下の四つの疑問を項目に添って報告する予定です。

@ 『カラマーゾフの兄弟』はどこに魅力があるのか ?
A 『カラマーゾフの兄弟』に影響を与えた文学作品はどんなものがあるのか ?
B ドストエフスキーに影響を与えたロシア正教とは何か ? 異端にはどんな種類があるか ?
C 『カラマーゾフの兄弟』の第2部(続篇)はどんな内容で書かれようとしたのか ?

 総称して、≪カラマーゾフの兄弟 befoe & after≫と銘打ちます。今後、『カラマーゾフの兄弟』は1年間ぐらいかけて取り組まれていくと聞いています。この小説ほど物語の魅力に富み、表現が充実し、なおかつ、主題が豊富な作品はないと思っています。出席者の皆さんも、『カラマーゾフの兄弟』の魅力をわたしの報告のあと、時間の許す限り、語り合っていただきたいと思います。よろしくお願いします。




『カラマーゾフの兄弟』とは何か 
  (編集室)

 『カラマーゾフの兄弟』とは何か。たくさんの評論や研究書はあります。が、やはり本家本元の米川正夫氏が最高峰です。忘れてしまった人、見逃している人の為にテキスト『ドストエーフスキイ全集 別巻』から氏の解説を何回かに分けて転載します。

第十五章 

@ 全人類の、全宇宙の象徴

 すべてすぐれた文学作品は、それ自身の中に独立した生命を有していて、一個の小世界を構成している。この意味において、ドストエーフスキイの長編はことごとく、それ自身の生命をもつ独立した世界であるに相違ないが、彼の最後の長編である『カラマーゾフの兄弟』ほど、この定義が完全に当てはまる場合は、世界文学の中でも例が少ない。これも『未成年』とおなじく、偶然の家族ねというより、偶然性の極限にまで達した家族の歴史であって、名もない田舎町(スターラヤ・ルッサをモデルにしたといわれている)を舞台にした、一つの殺人事件にすぎないけれど、その中には驚くべき普遍性と総合力が蔵されていて、カラマーゾフの世界はただちにロシヤ全体を抱擁するばかりではなく、全人類の象徴ともなっているのである。いな、それどころか、地球圏を脱して未知の世界に通じようとするコスミックなものさえ、そこには感じられる。
 『カラマーゾフの兄弟』は、ドストエーフスキイの芸術と思想の一大総合であるばかりではなく、作者の精神的自伝でもあり、その芸術的告白である。しかし、作者の偉大な普遍化の力によって、読者は国籍のいかんを問わず、カラマーゾフ兄弟の運命の中に、おのれの運命を感取するのである。この際、注目すべきことは、三人の兄弟が一つの精神的統一として構想されていることである。その点が、在来のドストエーフスキイの長編と、根本的に異なっている。『罪と罰』においてはラスコーリニコフ、『白痴』においてはムイシュキン公爵、『悪霊』ではスタヴローギン、『未成年』ではヴェルシーロフ、――これが作品の主体であって、事件はすべて一人の主人公をめぐって生起し、発展していく。それに反して、『カラマーゾフの兄弟』においては、三人の兄弟が、それぞれ重要な役割を与えられていて、いずれを真の主人公とすべきや、読者は判定にくるしむ。作者は明らかに、末弟のアリョーシャを主人公と名ざしてはいるけれど、作者の宣言をそのまま受け取ることを拒む読者も少なくない。ならば、その行動性によって小説中の事件の原因となっているドミートリイが真の主人公か、それとも平凡な頭脳によって無神論の新しいシステムを樹立した次兄のイヴァンか ? それは読者の好みによって、それぞれ選択を異にするであろろう。しかし、彼らは作者の意図によると、分かちがたい精神的な一体であって、これを無視しては『カラマーゾフの兄弟』を正しく理解したとはいえないのである。
 ドストエーフスキイが、人間性を形成する知・情・意を、三人の兄弟にわかち与えたことは、疑うまでもない。知を具現するイヴァンは合理主義者であり、生まれながらの懐疑家であり、否定者である。情はドミートリイによって代表される。彼の内部には「虫けらの卑しきなさけ」とともに、真・善・美の融合であるエロスの神が宿っている。最後に、意の体現者はアリョーシャである。彼は自己の志した実行的な愛の道を、ひたむきに進んでいる。しかし、彼らは三人とも血によって結ばれ、おなじ根源から成長したのである。この根源、すなわちカラマーゾフ的要素が、父フョードルに蔵されているのはいうまでもない。しかし、フョードルには正統の子供らのほかに、一人の私生児スメルジャコフがいる。


『カラマーゾフの兄弟』まで (年譜・書簡から) (編集室)

ドストエフスキー晩年の10年をみる・新たな旅立ち

1871年(50歳)この年は、文豪の人生にとって重大な年だった。栄光への旅立ちの年
1月、『悪霊』を『ロシア報知』に連載開始する。
  本人のせいか環境のせいかはわからないが、文豪は謎の多い人間だった。なかでもこの出来事は文豪最大の謎といえる。『カラマーゾフ』という世界文学最高峰の作品を完成させることができたのもこの謎のおかげと推理する。4月28日付けの妻アンナへの謎に満ちた手紙はあまりにも有名だ。もう何度もとりあげたが、その一節を再紹介する。
「アーニャ、わたしの、守護の天使、わたしのことをきちがいだなとおもわないでおくれ !
わたしの身に偉大なことが成就されたのだ、ほとんど10年もわたしを苦しめていたいまわしい空想は消え去ってしまった。10年間(というより、兄が死んで、とつぜん借金に押しつぶされそうになってから)、わたしはたえず賭博で儲けることを空想していたのだ。真剣に、熱病病みのように空想していた。が、今度こそなにもかもおしまいだ ! あれはまったく最後だった ! アーニャ、お前はほんとうにするかどうか知らないが、今度こそわたしの両の手を解かれた思いだ。わたしは賭博で両手を縛られていたが、これからは仕事のことを考えて、これまでのように夜っぴて賭博のことなど空想しはしない。要するに仕事のほうがいい、ずっとはかがいく、そして神さまが祝福してくださる。・・・。今度こそわたしは更生したのだ、いっしょに進んで行こう。わたしはお前が幸福になるようにする。」
7月、ネチャーエフ事件の審理開始。
5月、ドレスデンからベルリン経由で帰国の途につく。
8月、なつかしのペテルブルグに帰還。16日、長男フョードル誕生。
12月末〜1月、モスクワに滞在。イヴァーノフ(シャートフ)殺害現場を実地検証する。
 1871年は、文豪にとって再出発の年。それも幸先の良い旅立ちの年となった。執筆は、大作『悪霊』の連載開始。実生活は兄の死がきっかけでとり憑いた悪魔(ギャンブル依存)の消え去り、ヨーロッパ放浪の終わり。長男の誕生などなど、いいこと尽くめである。ドストエフスキーは、10年後の大団円に向かって歩みはじめた。以下の年譜は次号にて紹介。

■1872年(51歳)■1873年(52歳)■1874年(53歳)■1875年(54歳)
■1876年(55歳)■1877年(56歳)■1878年(57歳)■1879年(58歳)
■1880年(59歳)■1881年(60歳)

1871年、世界と日本、どんな出来事があったのか

 ドストエフスキーが、希望ある晩年10年の旅に出発した、この年、世界や日本には、いったいどんなことが起きていたのか。『歴史新聞』(日本文芸社)を読んでみた。
 主な出来事・ヨーロッパでは、前年のプロイセン、フランスの戦争でナポレオン三世が降伏したことからパリ市民が暴動、社会主義革命のはじまりともいえる「フランス再び共和制」の機運高まる。この年の新聞の大見出しは、このようであった。「パリ・コミューン成立 民衆による直接民主制開始へ」。他に話題は、暗黒大陸アフリカ探検で有名な「リヴィングストン博士、無事発見」。ナイル川水源地調査の探検にでかけたまま2年間行方不明だった。文化芸能面では、カイロで「ヴェルディの『アイーダ』華やかに開幕」などである。
 日本は、明治維新から3年、混乱期の中で近代化・西欧化を目指して模索していた。「日本、郵便制度開始」「廃藩置県断行」「岩倉遣外使節団、欧米へ出発」などなど改革の実施。
 1871年は、世界も日本も、新しい時代に向かって旅立つ門出の年だったようである。




プレイバック読書会


 全作品の読みは、今年4サイクル目を終了する。過去の読書会の皆さんは、どんな読みをしていたのか。本欄では、主に初期の読書会での様子を紹介してきました。今回は、最後の作品『カラマーゾフの兄弟』です。32年前1977年3月17日に開かれた報告要旨です。

昭和52年・『カラマーゾフの兄弟』第一回報告
笹川ひろ子
 
 どの小説についてでもというわけではないが、自分にとって興味のあるものであればあるほど、二、三通りの全く異なった読み方をしてしまうことがある。そして、不思議なことにそれらは自分自身の中で分裂したままであり、たいていの場合あまり関連性がないのである。『カラマーゾフの兄弟』に対しても主として二つある。一つは「pro et Contra」「ロシアの僧侶」「アリョーシャ」の章に興味が集中してしまう読み方であり、もう一つは、グルーシェンカとカチェリーナという二人の異なった女のパターンについての感慨である。
 前者においては、イヴァンとアリョーシャ大審問官とゾシマ長老といったような人間性の二つの基本的要素の対立、つまり悪魔的なものと神的なものとの一連の対立関係において人間を思考する、あるいはそういう思考作用を読み手に迫るというドストエーフスキイ一流の緊迫感はやはりおもしろいし、人間性の根源、人類の未来をかけて展開されるこの絶対矛盾のドラマは、すぐれた方法論としても作品構成のうちに生きている。殊に、そういう意味で傑作なのは、人間とその世界に対する二つの命題をめぐって論争の行われる「大審問官」である。私はこの章の論理的プロセスの完璧さをみごとだと思う。もちろんそこに盛られている内容がまたたいへんなものであるし、それについて論議されるのが普通であるが、私は、その冴えた思考作用自体も弁証法的な推論形式自体もひどく気に入っている。いささか乱暴な考え方ではあるが、ドストエーフスキイの弁証法とヘーゲルのそれとを比較した場合、決定的に異なるのは思考の運動を支える原動力といったようなものの違いである。端的に言えば、ヘーゲルのそれはしばしば「macht(力)」と表現される論理的必然である。これに対してドストエーフスキイのそれはイエス・キリストに邂逅しようとする愛の力である。両者は確かに異なるが、対立するエレメント自体の中に弁証法の運動を促す何らかの〈力〉を保持しているという共通性があるのではなかろうか。
 さて、二人の女性のパターンということであるが、物語の結末においてドミートリイの純真さに打たれたグルーシェンカは、シベリア流刑となった彼の後を追い、一方、カチェリーナはドミートリイから受けた屈辱をイヴァンへの愛にすりかえることによって、法廷でドミートリイに復讐するのだが、そのためにかえってどちらも失ってしまう。その気位の高さ故にである。二人を較べてみた場合、不思議とグルーシェンカはある体質をもった生身の人間であるのに対して、カチェリーナは観念の上に終止しているように思えるのだが、その問題はさて置き、ここに対称的な女のパターンの原型を見い出すことも無理ではない。グルーシェンカは確かに矛盾した性格の持ち主であるが、同時に、一種、無価値な行動に身を投じることのできる女である。恋人の悲劇を共に受けとめようと、何ひとつ持たず雪の原野を一人そりに乗って追いかけていく女である。こういう行動は冷静に考えた末では実行しにくいし、ましてや打算でできることではないから、結局、彼女は瞬間的に後先考えずに自分の全身全霊を一人の男にかけてしまえる女なのである。一方のカチェリーナの不幸はグルーシェンカのような刹那的な行動をとることのできない性格にある。抑制された自我が知らず知らず頭をもたげてきて、男からみれば愛らしくない女にみえてしまうのだ。どこか男に頼りきれない、女の独立性(自意識、気位の高さと言っていいが)をもっていて、それだけに主我的な愛情から抜け切れない。それは、彼女の悪でもいわゆる自業自得でもなく、彼女の不幸、であると私は思う。そして、普通には『白痴』のアグラーヤとナスターシャが、ほかならぬ日本にもこの二つの原型は早くから存在している。『源氏物語』である。藤壺の宮、紫の上は男から永遠に愛されつづける女性の原型であるように、また永遠に疎まれる女性の原型もある。六畳の御息所であり、明石の上である。(「ド会報No.46」1977・4・22発行より )



12・20 読書会報告
                 

 12月読書会は、高橋誠一郎さんが「『白痴』における虐げられた女性たちの考察」を報告された。師走の多忙な時期だったが24名の参加者があった。岩谷良平さんのケーキの差し入れもあり、クリスマス気分の和んだ読書会となった。ありがとうございました。はじめての方もいて熱い質疑応答や自己紹介もありました。忘年会も多勢17名の皆さんが出席、賑やかで楽しい宴席となりました。なお、この日福井さんのピンチヒッターで司会を山田芳夫さんにお願いしました。丁寧な司会進行、ありがとうございました。 (編集室)

高橋誠一郎さんの報告は、以下の配布資料のもと、項目に添って行われました。

『白痴』における虐げられた女性たちの考察(12月読書会発表のレジュメ)

目次

第一部 ナスターシャ・フィリポヴナの形象をめぐって(「読書会通信」第111号掲載)
第二部 黒澤明監督の『白痴』における『椿姫』のテーマとその深化をめぐって
 はじめに――問題の設定と方法
 1 黒澤明監督の映画『白痴』における省略の手法について
 2 デュマ・フィスの長編小説『椿姫』とその特徴
 3 トーツキイの『椿姫』観とナスターシャ
 4 黒澤作品における「虐げられた女性」の考察
 5 黒澤作品における『白痴』のテーマとその深化
 6 悲劇としての『白痴』とムイシュキンの意義
 資料――黒澤明監督のドストエフスキー観

はじめに――問題の設定と方法
 
 黒澤明監督は映画『白痴』において、登場人物や筋の省略を行っているばかりでなく、かなり大胆に、人物像や筋の変更も行うことで、省略をしつつも『白痴』の内容を損なわないような工夫もしており、国内だけでなく国外の研究者たちからも高い評価を受けてきた。さらに、私見によればムイシュキンとロゴージンとが「十字架を交換する場面」を、「お守り」と「沖縄の石」との交換へと変更したことには『白痴』のきわめて深い理解があると思える。
 以下、本発表では映画『白痴』を中心に黒澤監督のドストエフスキー観をとおして、『白痴』における『椿姫』のテーマとその深化を明らかにすることで、『白痴』という作品が持つ現代的であるばかりでなく普遍的な意義に迫りたい。
1、黒澤明監督の映画『白痴』における省略の手法について
 aー1、登場人物と内容の省略と追加の場面
   井桁貞義氏は「ドストエフスキイと黒澤明」「錯綜した筋の原作を単純化して提示す  るということは、文学作品を映画化する場 合によく見られることである」と指摘して、  下記のような例を挙げている。
  ア、エパンチン家(大野家)の三姉妹が二人の姉妹に変えられている。
  イ、ガーニャの父親の窃盗事件
  ウ、死んでゆく若者イッポリートの悲痛な手記の朗読。→第8節参照
  エ、ムイシュキンがエパンチン家で語るスイスでの体験 
    →『新約聖書』のイエスについての記述に基づいている。
  *、「ロバの声を聞いた瞬間に頭が澄み渡ったこと(ロバはキリストのシンボルである。「マタイによる福音書」第二一章五〜九節)、
  *、子どもたちに囲まれて暮らしたこと(天の国は子どもたちのためにある)。
  *、「マリーという哀れな境遇の娘を救済したこと(罪の女の赦し)。
 aー2、追加の場面と内容の変更
 
 ア、カーニバルの場面(バフチンの理論に先行)
 イ、「十字架を交換する場面」を、「お守り」と「石」との交換へと変更
 ウ、虹色の雲の場面
b、登場人物と内容の変更の他の例
  たしかに、黒澤映画においては登場人物や筋の省略を行っているばかりでなく、 かなり大胆に、人物像や筋の変更も行うことで 省略をしつつも『白痴』の内容を  損なわないような工夫もしている。
 ア、亀田 →ムイシュキン公爵+「戦犯」として銃殺されかかった男(→第7節参照)
   銃殺される直前の気持ちを綾子(アグラーヤ)から尋ねられた亀田は、「もし死な   なかったら」「その一つ一つの時間を……   ただ感謝の心で一杯にして生きよう……た   だ親切にやさしく……そういう思いで胸が破けそうでした……気が狂いそうでし   た」と語っていた。
 イ、那須妙子 →ナスターシャ+「戦犯」として銃殺された若者(→第4節参照)
 ウ、軽部 →レーベジェフ+プチーツィン(後にガーニャの妹ワルワーラと結婚する高利貸し)
 エ、大野 →エパンチン将軍+ムイシュキンに遺産を残した伯母
   映画『白痴』ではムイシュキンが相続した遺産をめぐって、その正統な相続人を名乗る若者プルドフスキーとその取り巻きの出現  による騒動の描写はまったく省いている。そして、亀田が銃殺されたという報せを受けて、彼の財産を横取りし、秘書の香山(ガー  ニャ)とともに、その名義の一部をアグラーヤのものに変更していた大野(エパンチン)が、妙子(ナスターシャ)の「誕生日の祝い」  の席 で告白するという形に変更。
 オ、「誕生日の祝い」の席での『椿姫』の話題の削除
 カ、「結婚式の場面」の削除と『椿姫』のテーマの強調
   クライマックスのシーンで綾子が「私達の間に割込むのはやめて下さい。犠牲の押売りは沢山です。それも本当の犠牲じゃなく、  ただもう椿姫を気取っているだけなんですからね」というと、侮辱されたと感じた妙子が突然、「ひきつったように」笑い出し、悲劇   的な結末へと突き進むことになる。
2、デュマ・フィスの長編小説『椿姫』とその特徴
 a、オペラ『椿姫』と長編小説『椿姫』との相違点
   長編小説『椿姫』を訳した新庄嘉章氏は、『三銃士』などの作品を書いた大デュマ  の私生児であったデュマ・フィスがこの長編  小説で高級娼婦であったマルグリットの純  愛と犠牲的な死をとおして、「男性の利己主義的な行為」や、それを助長させる金銭  の力を厳しく批判していたことに注意を促している。
 b、競りの場面の重要性
   実際、「椿姫」というあだ名を持つマルグリットの美しさに魅せられていた語り手の青年は、マルグリット・ゴーティエが多額の負   債を抱えて亡くなったために、彼女が所  有していた豪華な調度品や宝石などが競りの状況を詳しく描いている。
   さらに、ここで語り手がその「せり」について、「この女性のいやしい稼業につけこ  んで金を貸しつけ、十割の高利をせしめてい  た抜け目のない連中は、息をひきとるとい  ういまわのきわにも、証文を楯に彼女を責め」、その死後にはせりで利益を回収しよ  うとしていたと書き、さらに「昔の人は、商人の守護神と泥棒の守護神を同じにしていた  がまったくその通り」と断言していた。一  方、ドストエフスキーも『冬に記す夏の印象』において、儲け主義に走る近代西欧をキリスト教ではなく、儲けの神である「バール   神」を信じていると辛辣に批判していた。
 c、競りにおける『マノン・レスコー』の入手
 d、「罪の女マグダラのマリア」との関連
 dー1、「醜業」を強いられた若い娘の死
 dー2、『白痴』におけるマリイのエピソード
 dー3、マリイのエピソードとナスターシャの物語
 dー4、マリイの解釈と「子供たちのテーマ」の欠如によるムイシュキン像のゆがみ
 e、マルグリットの死体を墓から掘り出す場面
3、トーツキイの『椿姫』観とナスターシャのトーツキイ観
 a、『冬に記す夏の印象』におけるメロドラマとヴォ−ドヴィルの批判
 b、フランスとロシアにおける戯曲『椿姫』の上演
 c、ナスターシャが実際に見る可能性のあった『椿姫』
 d、ナスターシャの質問に答えてイヴォルギン将軍が語った「三銃士」の物語
 e、『椿姫』の物語とトーツキイが語る「醜悪」な行為
 eー1、椿の花をめぐる流行と悪ふざけ
 eー2、友人の失恋とクリミア戦争への志願→アンナとの恋の破局とヴロンスキーの     セルビア独立戦争への参戦(『アンナ・  カレーニナ』)
 eー3、この話を聞いたナスターシャの怒りの描写
 f、トーツキイの『椿姫』観
 g、ナスターシャの皮肉
   一方、ナスターシャがどのような女性であったかは、「冷静なトーツキイの次のよう  な言葉のほうが意外に真実をついている   ように思えるほどです」と解釈した亀山氏は、  「あの女が私に浴びせかけたいろいろな非難に対するいちばんの弁明は、あの   女自身だ  と、叫んだかもしれませんよ」というトーツキイの言葉を引用している。さらに、「そ  のトーツキイに向かってナスター  シャが別れ際にいうセリフも暗示的です」として、「さ  ようなら、トーツキイさん、merci(ありがとうございました)」という言葉も引  用している(上、42頁)。
   しかし、これまで見てきたように『椿姫』が『白痴』に及ぼしている影響はきわめて  強く、そのことを考慮するならば、ナスターシ  ャがフランス語で「椿紳士」とあだ名で  呼んだトーツキイに、「merci(ありがとうございました)」とわざわざフランス  語で言って  いることの痛烈な皮肉の意味も浮かび上がってくるはずである。
 h、亀山氏におけるトーツキイとムイシュキン理解の問題点しかも亀山氏は省いているが、実は「さようなら、トーツキイさん、merci(  ありがとうございました)」という言葉の直前に、ナスターシャがムイシュキンに対して  「さようなら、公爵、生まれてはじめてほん  とうの人間を見ました!」と語る重要な台  詞を(せりふ)が書かれているのである。
  この省かれた言葉こそはムイシュキンに対するナスターシャの思いを示す最も重要な言葉だと思える。

4、黒澤作品における「虐げられた女性」の考察
 a、黒澤明の『赤ひげ』(1965年)と『虐げられた人々』
   山本周五郎原作の『赤ひげ診療譚』を原作とした映画『赤ひげ』について黒澤は、「シナリオは原作の小説とはまるで違う。たと    えば主要な役のひとつだけど、二木てるみの  おとよ、あの話は原作にはなかったが、書いているうちにドストエフスキーの『    虐げられた人々』を思い出し、その中のネリにあたる役を、しいたげられた人々のイメージと  して入れた」と語っている(『THE   KUROSAWA 黒澤明全作品集』、東宝株  式会社事業部出版事業室、1985年、152頁)。
 b、『白痴』と『赤ひげ』における花瓶と茶碗を壊すシーン
 c、病人としての那須妙子像
 d、『白痴』における医師のテーマと『赤ひげ』における医師の保本

5、黒澤作品における『白痴』のテーマとその深化
 a、映画『羅生門』(一九五〇年)と『白痴』
  ア、映画監督のクレイマンの評価
  イ、新谷敬三郎氏による「噂」の考察と『藪の中』の評価
 b、ロゴージンの考察――映画『羅生門』から『七人の侍』へ
  ア、映画『羅生門』における盗賊と映画『白痴』におけるロゴージン
  イ、映画『白痴』におけるロゴージン像
  ウ、映画『七人の侍』における菊千代像とロゴージン
c、肺病患者イポリートの考察――映画『白痴』から映画『生きる』(1952年)へ
  ア、映画『白痴』におけるイポリートの欠如
  イ、映画『生きる』における「死」のテーマ
  ウ、映画『生きる』とトルストイの『イワン・イリッチの死』
  エ、映画『白痴』と映画『生きる』における誕生日の祝いのシーン
  オ、『白痴』の削除されたストリップのシーンと映画『生きる』 
  カ、映画『生きる』の主人公と『罪と罰』のスヴィドリガイロフ
  キ、肺病患者としてのマルグリットとイポリート
   
6、悲劇としての『白痴』とムイシュキンの意義
 a、検閲の批判と悲劇の重要性
 b、「十字架の交換」から「お守り」と「沖縄の石」の交換への変更の意味
 c、「戦犯」の問題と橋本忍の『私は貝になりたい』
 d、黒澤明の『私は貝になりたい』評と映画『白痴』
 e、黒澤明監督の『白痴』と「殺すこと」の問題

  そして1954年3月のアメリカによる水素爆弾の実験によって日本の漁船が死の灰をあび、帰国してから船長は死亡した「第五福竜丸」がおきると、黒澤は「世界で唯一の原爆の洗礼を受けた日本として、どこの国よりも早く、率先してこういう映画を作る」べきだと考えて、映画『生きものの記録』(1955年)を製作し、さらに晩年にも、『夢』(1990年)や、『八月の狂詩曲(ラプソディー)』(1991年)で、この問題を取り上げていた。
 このように見てくるとき、第二次世界大戦の後に製作された映画『白痴』で、黒澤が5000万人以上の死者を出した戦争の実態やこのような「BC級戦犯裁判」の問題をも踏まえて亀田像を描いていたことは確実だと思える。そして、1951年に映画『白痴』で、ドストエフスキーが『白痴』で提起した「虐げられた女性」の問題や「殺すこと」の問題を再考察した黒澤は、その後もこれらの問題を深く考え続けていたのである。

資料 黒澤明監督のドストエフスキー観
 「ドストエフスキーは若い頃から熱心に読んで一度はどうしてもやりたかった。もちろん僕などドストエフスキーとはケタがちがうけれど作家として一番好きですね。生きて行く上につっかえ棒になることを書いてくれてる人です。僕はこの写真をとったことによってドストエフスキーがずいぶんよく分かったと思うのだけど、あの作家は一見客観的でないような場面も肝心のところになると見事に客観的になる。…中略…しかし、この仕事は辛かった。手に余ったなんてものじゃない。たいへんな重さでドストエフスキーが上からのしかかってくる。
 僕はこれをやったことで大きな勉強をさせて貰った、といった気持ですね。一般的な評価は、失敗作だということになってるけれど僕はそう思わないんだ。少なくともその後の作品で内面的な深みをもった素材をこなしていく上で、非常にプラスになったのじゃないかな。」(『THE KUROSAWA 黒澤明全作品集』、東宝株式会社事業部出版事業室、1985年、82頁)。



お詫び 『未成年』人名録」掲載漏れ
 昨秋10月11日に『未成年』を平哲夫さんに報告していただきました。が、お知らせの「読書会通信110」に不備な点がありました。資料として送っていただいた「『未成年』人名録」は、本来は3編でしたが、うっかりミスで第1編しか掲載できませんでした。お詫び申し上げます。改めて本号の次頁12〜14頁に全編を、掲載します。ご参照ください。

『未成年』人名録 

第一編

マカール・イワーノヰッチ・ドルゴルーキイ(私の戸籍上の父、のち巡礼)
フォナリオートワ            (ヱルシーロフの前妻、一男アンドレイ一女アンナを残して逝く)
フォナリオートフ家           (彼女の実家)
タチャ−ナ・パーヴロヴナ・プルトコーワ (タチャ−ナ叔母さんと呼ばれる。ヱルシーロフ家の親戚なみ)
ソフィヤ・アンドレエヴナ        (私の母・18才でドルゴルーキイと結婚するが、2週間ほど後にヱルシーロフと結ばれる)
アンドレイ・ペトローヰッチ・ヱルシーロフ(私の実の父。母ソフィヤとの間に私が誕生するが、その後1年経って実の妹が生まれ、更にその10年か11年経って弟が生まれたが夭折する)
ソコリースキイ老公爵          (富豪で高等官―ニコライ老公)
ソコリースキイ若公爵        (セルゲイ・ペトローヰッチ→セリョージャ公爵ヱルシーロフと遺産で係争。上記の公爵とは別人)
アンドロニコフ             (生前、役所の課長、法律家・ヱルシーロフの財産を管理していた。私が子供の頃世話になる)
アンナ・アンドレーヴナ・ヱルシーロワ  (私の義姉、上述2行目)
オリンピアーダ             (ソ老公爵の亡き夫人の家系の婦人)
ニコライ・セミョーヌイチ        (私の中学時代の寄宿先の主人)
マリア・イワーノヴナ          (その夫人、故アンドロニコフの姪)
カチェリーナ・ニコラエヴナ・アフマーコワ将軍夫人(ソ老公爵の令嬢)
エフィーム・ズヱーレフ         (中学時代の同級生、のち高校へゆく)
トゥシャール              (私の中学前の塾長)
ラムベルト               (トゥシャール塾長時代の友人)
アルカーチイ・マカーロヰッチ・ドルゴルーキイ(つまり私)
デルガチョフ              (去年9月19日彼の家に女性含め10人集まる)
クラフト                (その中の重要な1人、アンドロニコフの手伝いも)
ワーシン                (後に関係深まる、無口、上記の10人の1人)
リザヱータ・マカローヴナ        (私の妹、上述8行目)
スタルべエフ氏の手紙(遺言)      (ヱルシーロフの訴訟の鍵を握る。マリア・イワーノヴナの依頼で、クラフトより私がもらう)
アフマーコワ夫人の手紙         (同じくアンドロニコフ氏に宛てたもの。同じくマリア夫人の意思により私があずかる)
ワルワーラ叔母             (私が幼少の頃育ててくれた婦人。その後私はモスクワのアンドロニコフ家で養育される)
フォナリオートワ夫人          (ヱルシーロフの前妻の母、私が子供の頃ヱルシーロフはその留守宅に住む)
スチェベリコフ             (ワーシンの義父)
リチヤ・アフマーコワ          (セ公爵との間に女子を産み2週間後に他界・アフマーコワ夫人の義理の娘・第3編第4章1)
オーレンカ(オーリャ)         (ワーシンの隣の部屋に越してきた母子の子。自殺)
リューリック              (九世紀ロシアの始祖。セルゲイ公爵はその後裔と自称)        
アンナ・フョードロヴナ・スタルべーエワ夫人(セルゲイ公爵の祖母・家主→遺言者スタルべエフ氏と関係か、前ページ下から4行目)

第二編

ピョートル・イッポリーチッチ      (私の新しい下宿先の主人、40才ぐらいの九等官)
アレクセイ・ダルサン          (セルゲイ公爵邸を訪れた高官、23才くらい)
イッポリート・ナシチョーキン      (同じく、賭博狂、元近衛連隊)
ピョーリング男爵            (侍従武官、アフマーコワ夫人と結婚の噂35才位)
ダーリャ・オニーシモヴナ        (自殺したオーレンカの母親、スタルベーエワ夫人の世話になっている)
ゼルシチコフ              (賭博場の主、退役の騎兵二等大尉)
アフェルドフ              (賭博場の泥棒)
スチェパーノフ少尉           (セルゲイ公爵と同じ連隊にいた友人)
ジーベリスキイ             (三百代言の手先、セ公爵の証書を2通もっている)
R男爵                 (ピョーリング男爵の親友、ヱルシーロフのカチェリーナ夫人、ピョーリング男爵宛ての手紙抗議)
アルフォンシーヌ・ド・ヱルデン     (ラムベルトとホテルの同室にいた女性)

第三編

ピョートル・ワレリヤーヌイチ      (巡礼マカールの話に出てくる人物)
マリア                 (タチャ-ナ叔母に仕えているフィンランド人)
オショートロフ退役海軍少尉       (訴訟を商売にしている男)
アレクサンドル・セミョーヌイチ     (マカールを診ている医者)
マクシム・イワーヌイチ・スコトポイニコフ(同じくマカールの話に出てくる富豪)
ピョートル・ヌチェバーヌイチ      (その家庭教師)
アンドレエフ              (ランベルトの知人、若いが長身で力持ち)
トリシャートフ             (同じく、美少年)
セミョーン・シードルイチ(あばた男)  (同じく、大団円で大きな役割を演じる)
小ヱルシーロフ             (私の義兄、人名録第1編2行目、侍従武官)
 




連 載

日本近代文学の<終焉>とドストエフスキー  
−「ドストエフスキー体験」をめぐる群像−

(第20回)その受容史における“保守主義”の系譜と今日的帰結

福井勝也
                                        

                           
(2-2)『ロシア 闇と魂の国家』(亀山郁夫+佐藤優)/「文春新書」(08.4.20)

 引き続き、前掲著の第3章<霊と魂の回復>で両氏の発言で注目すべきだと思うところを以下引用したいと思う。まずは、<レーニン廟にスターリンがいる>という見出しの箇所(p205-207)のお二人のやりとりから。

「 佐藤 私が当時(ソ連崩壊直後−筆者)ブルブリス(当時の国務長官−筆者)にレーニン廟を取り去らないほうがいいと言ったら、<ミイラに対する生物学的興味からか>と聞くから、違うと応えました。ブルブリスが黙っているので、私が、<ソ連崩壊後のロシアが資本主義における貨幣や資本の自己増殖の力の恐ろしさから身を守るには、レーニンでもインチキでもなんでもいいから国家としての目的論を回復することである。のんべんだらりと生きていると国家は漂流してしまう>と言ったことを記憶しています。」
 「 亀山 すごい指摘ですね。のんべんだらりと生きていると国家というのは、きっと日本の現代を予言していますよ。要するに、中心の不在です。中心なしで、日本がどこまでやっていけるか、ぼくにはわからない。しかし、ロシアにおいて、求心力を作り出すものは、たんに強権ではない、ということですね。―中略―結局のところ、レーニン、スターリン、プーチンとつづく、絶対権力の継承性を確認しつづけるためにも重要なわけです。そして絶対権力がなければ、結局のところ、ロシアはもたないということですよ。ぼくは、独裁を支持するとか、しないとかの立場でものを言っているわけではなくて、ロシアの統治というのは、独裁しかありえなかった、という歴史
の実例にしたがって話しているわけです。」 

<「大きな物語」を取り戻す>という見出しの箇所から(p207-208)。

「 佐藤 ところで、いままでのロシア文学者やロシア思想研究者の紋切り型の発想から亀山先生はどうやって抜け出せたのでしょうか。」
 「 亀山 歴史研究者は19世紀ロシアをそれなりに実証し、文学者はひたすらテクストを緻密に読んでいるけれど、これまで両者は交わらず、ドストエフスキー自身が受けている<時代の圧力>がまったく見えないままテクストを読む状態が続いてきたと思います。スターリンと芸術家たちの運命を扱った『磔のロシア』(岩波書店)を書いたとき、<芸術と権力>は1970年代の新左翼が関心を持った古臭いテーマではないかという思いがどこかにありましたが、9.11や北朝鮮の拉致問題あたりから、時代のテーマが根本から変わりました。」
 「 佐藤 知識人は時代の要請を踏まえないといけないという、原点回帰ですね。新左翼の運動が内ゲバの繰り返しになって、知的にも不毛に陥ったとき、それへの異議申し立てとして、優秀な人たちはポスト・モダンに行きました。そうして細かい<差異>をめぐって知的には急進的なところに行ったように見えましたが、行き着いた先はこれまた不毛な砂漠です。亀山先生は、一見すごく古いことを研究しているように見えながら、私の理解では、ポスト・モダンという大きな傾向に対する異議申し立てを行っているのです。『カラマーゾフの兄弟』の翻訳も実は、<大きな物語の回復>に向けての作業としてある。―中略―知識人というものは本来、制度化されたアカデミズムの中で知的な訓練を受けて、<物語>をつくる機能が社会の役割として期待されてきたはずなのに、ポスト・モダンの知識人はその役割を放棄して、個人として知的に面白いことに戯れているのです。」
 
<おもねりという「受肉」>という見出しの箇所から(p211-212)。

「 亀山 ロシアの権力を考える際に、二項対立的に<支配><被支配>と分断するとらえ方が根強かった。皇帝と農奴、スターリンと民衆、といった具合に。ところが、ブルガーコフをはじめ、20世紀の良心といわれるエイゼンシュタイン監督や作曲家ドミートリー・ショスタヴィチもみんな、スターリンに支配される一方的な関係でなく、芸術家自身、権力へおもねりながら創作を続けている。しかもそのおもねりは本心だったということを『磔のロシア』などで探求していきました。」
「 佐藤 そこにも<受肉>があるのだと思います。キリストが肉体をまとった人間として下りてきて初めて救いが約束されたように、権力や理念は現実に具体的な形をとって根づかないと意味がない。キリストを目の前にいる兄ちゃんとして崇拝できるロシア正教の強さは実はこの受肉の思想にあります。」
「 亀山 まさに<顕現>ですよね。」
「 佐藤 そうです。真の知識人が自らの理想や芸術を<受肉>させるためには権力へのおもねりを引き受けるべきだという発想です。ここが逆に、チェコのマサリクにとっては、嫌悪すべきロシアの体質なのでしょう。」

<ロシア語の言霊><フォルマリズムの破壊性>と二つに跨る見出しの箇所から(p214-215)。

「 亀山 (その)言語体系が、ロシア文化をつくっているというわけだね。<ソボールノスチ>という言葉にもそういった言霊を感じますね。」
「 佐藤 <ソボールノスチ>については、日本語で<全一性>、<集団性>、<共同性>などいかなる訳語を与えても、そこには収まりきれない残余が出てくる。」
「 亀山 物事を詰めないところがロシアの特徴じゃないですか。20世紀初頭、文学を<内容>よりも<手法>から批評するフォルマリズムという動きがありましたね。もともとは<形式主義>という悪口から生まれた言葉ですが、小説のテーマを印象批評的に漠然と考えるといったものではなく、文章の構造や形式から緻密に追っていく。このフォルマリズムによって初めて根本的に突き詰めるという思考、知性がロシアに出てきました。フォルマリズムは後にスターリンによって批判されるわけですが、それはなぜか。物事を突き詰めるという精神活動が、ロシアの<全一性>を壊す恐れがあったからではないかと思うんです。スターリンにとって、そしてソビエトの国民にとって、フォルマリズムはロシアの精神に反した、唾棄すべきものではなかったのか。」

<魂と大地>という見出しの箇所から(p217-218)。

ここでは、本書で何度か引き合いに出されるお二人の共通の先輩友人の渡邉雅司氏(東京外国語大学教授、ロシア思想の専門家)のコズミック(宇宙的)な世界観の<すごさ>に亀山氏が触れられた後に続く部分の発言になる。

「 亀山 ロシア語に<風><呼吸>を語源とする、<霊性>という言葉があります。<精神性>というと個人の中に還元されてしまうけれども、<霊性>は一人の人間を超えて存在する魂であって、ロシアの<精神性>というのはそれに近い感じがする。」
「 佐藤 日本人は幽霊や霊魂という形で、<霊>と<魂>を一緒にしがちですが、た
とえば古代ギリシャでは二つは明確に分かれていました。<魂(プシュケー)>は個人に備わっている個性であって一人の人間に複数備わっているけれども、<霊(プネウマ)>は一つしかない。その感覚はロシア人もそうで、<魂>が<個性>とすれば、<霊性>は<命の原理>、空気のようなものです。その二つは区別できるけれど、パッケージになっていて分離はされません。ロシア人がたがいの個性の違いを尊重するのは、こういった<霊><魂>をよく理解しているからではないでしょうか。それがロシアの面白さです。」
「 亀山 『罪と罰』でラスコーリニコフ青年が大地に接吻したり、『カラマ−ゾフの兄弟』の三男アリョーシャが大地を抱いたりするように、ドストエフスキーのこだわる<大地>もまた<魂>と関係があると思います。」

さらに、<これで同胞といえるのか>という見出しの箇所から(p221)。

「 佐藤 われわれ日本人がロシアから学ばないといけないのは、<魂>の回復です。つまり、個々の<魂>によって世界を構成し、自分の魂に映る世界像についてきちんと話す。同時に、ほかの人が話す世界像について最後まで聞く。この集積が大事なのです。ところが、今の日本では、自分の魂に基づいて、責任をもって語るインテリも政治家もいなくなっている。ステレオタイプの感覚で世界を把握しているから、ステレオタイプから少しでも外れる他人の世界観を最後まで聞くことができない。ちょっとでも異質のものを見ると排除したい欲望が働く。魂がこのように弱ることで、日本自体が弱ってきているのです。」

<グローバリゼーションとロシア精神>という見出しの箇所から(p236-237)。

「 佐藤 いや、ぼくはここに(『カラマーゾフの兄弟』の舞台を1866年と規定し、続編である<第二の小説>の舞台を、それから13年後の1879年、つまり『カラマーゾフの兄弟』の連載開始の年とみる亀山氏の規定の仕方に本質的な問題があると思います。ギリシャ語の時間概念には、通常の刻み込む時間を指す<クロノス>という時間と、決定的な意味を持つ、英語ではタイミングと訳す<カイロス>という時間があります。亀山先生が1866年がカイロスであることを明らかにしたことには大きな意味があると思います。それによって、日本人がカイロスの感覚を取り戻すことができるからです。大東亜戦争との絡みでは1941年12月8日、1945年8月15日はいずれもカイロスです。2001年9月11日も現代人にとってはカイロスです。私なりの解釈では、多くの日本人がドストエフスキーの作品をもう一度読み直そうとしているのは、それによって質的に異なる時間であるカイロスを取り戻したいからなのだと思います。―中略― 一人一人がいくつものカイロスを持ちます。そのカイロスの大切さを再認識すれば、現下日本の閉塞状況を打ち破る何かが見え
てくるのだと思います。『カラマーゾフの兄弟』に描かれている時間は、クロノスにすればわずかな間の出来事に過ぎないと思います。しかし、その中にゾシマ長老の死、大審問官についてイワンが語る情景、父フョードルの殺害などいくつものカイロスが埋め込まれています。ドストエフスキーには、時間を質的に変容させる類稀な力があります。」
「 亀山 グローバル化時代になぜドストエフスキーかという問題ですが、ぼくは、現代社会、現代人は、もう病的に狂っているという印象をもっているんです。もちろん、ぼく自身も含めてですよ。すべての人間が、もはや自分の脳では抱えきれないほどの情報におかされ、クリエーティブな力を持ちえなくなっている。子供たちの幼い脳もそうです。ひょっとすると根本的に傷ついているのではないか、と思うんです。つまり、ドストエフスキーが受け入れられているとすれば、そこに描かれている人々が、みんな根本的にも傷ついた人々だからです。」
 
 『ロシア 闇と魂の国家』からの引用が長くなってしまったが、あえてこの著書のエッセンスとも言える第3章<霊と魂の回復>を連続的に抜き書きしたくなったのは、おそらく今日、ドストエフスキーをこの国に甦らせるために重要な言葉がここに溢れていると感じさせられたからである。その根っこの問題を深いところで伝達するメッセージを二人の対話が導き出している。それは、最後の亀山氏の自分を含めた現代日本人の<狂気>を語る言葉の深い絶望に端的に表現されていないか。そしてこの二人の対談の特徴が、従前からのステレオタイプな“保守主義”的なドストエフスキー論から離脱してより根源的な言葉に到ろうとしていることにあるのだと気づかされた。一見すると、危険性すら感じるその直言(例えば、「大審問官的政治家」の出現を待望する佐藤氏の発言等)が、ドストエフスキーの文学を生んだロシアの深い精神性にフィードバックされる回路(この点で、亀山氏の言葉が随所で効果をあげている)の中でより普遍的な“保守主義”の系譜に連なる言葉として語り直されている。この引用文中のいくつかの言葉を次回以降展開する論述の鍵語として活用してゆきたい。この対談の延長線(実は、出発点にして帰結点)として、当面の対象と考えている「書物」(『共同討議 ドストエフスキーの哲学』)についてはすでに前回も触れておいた。勿論、ここでの議論が直接的にこの「書物」に結びついてくることにはならないだろう。そのために、いくつかの辿るべき寄り道も考えている。いずれにしても、ドストエフスキー(文学)の日本的受容が辿った道筋、そのどちらかと言えば“保守主義”的な系譜を少しずつ検証できればと思う。その意味では、今回の亀山・佐藤両氏の「対談集」は現代に不思議な蘇生力を発揮して、その本質を露わにした表現に溢れていると感じた。これは、現代日本の<ドストエフスキー現象>が単なる偶然ではなく、まさに<カイロス的時間の到来>としてあることの証左なのかもしれない。しかしこのことは、必ずしも<幸福な時間>を我々に招来させるものでないかもしれない。この点で、佐藤優氏が今回別のところで語っている言葉を最後に引用しておこう。
                           
 「今の日本でロシア文学、とりわけドストエフスキーが受けていることを、私は実は好ましいとは考えていないんです。ドストエフスキーは世界大混乱を予兆する強烈なニヒリズムの文学であり、ひそかに読まれるべき書。そこに肯定的な価値を付与している日本の読書会は、受け止め方が転倒している。『蟹工船』がヒットしていることとも軌を一にするが、日本社会の現在の閉塞感を表していると見るべきだ。かつての帝政ロシア/ソ連社会のように、今の日本は、いい人がいい人間のままでいることの困難な社会になっていることの証左だと思う」 (「ロシア文学ブーム再来」/ 朝日新聞 2008.6.15)

 昨秋来のアメリカ、ニューヨークに端を発する世界金融危機が資本主義的グローバリズムの崩壊の予兆であるとすれば、その少し以前から開始された<ドストエフスキー・コ−ル>は、ドストエフスキーが予感していたバ−ル神が世界を覆い尽くした時に開始される<黙示録的終末>の到来を告げる呼び声ではなかったか。 (2009.2.3)      

近刊紹介   福井勝也著(2008・2 のべる出版)定価1400
『日本近代文学の〈終焉〉とドストエフスキー』

※ ご希望の方は、書店か著者、または「本通信」編集室まで連絡ください。




ドストエフスキー書誌一覧
 提供【ド翁文庫・佐藤徹夫】

*研究書

・『木田元の最終講義 反哲学としての哲学』 木田元著 角川学芸出版 平成20年5月25日 ¥629+ 173p 14.9cm
     ・ハイデガーを読む (ドストエフスキーに魅入られて;ドストエフスキー論;ドストエフスキーとキルケゴール p14-20)
・『文学の読み方』 J.ヒリス・ミラー 馬場弘利訳 岩波書店 2008年11月26日 ¥2400+ vii+222+5p 19.4cm
     ・第三章 文学の秘密 ・ドストエフスキーの「全く新しい世界」 p56-58
・『教養として知っておきたい 世界の名作50選』 金森誠也監修 PHP研究所 2008年12月17日 ¥533+ 242+6p 15.1cm 
      か-39-8> ・第5章 ロシアの名作 ・1866年 罪と罰/(O) p186-189
・『僕らが愛した手塚治虫 2』 二階堂黎人著 小学館 2008年12月24日¥2200+ 316p 21cm
      *初出」「本の窓」2006.3/4〜2008.9/10
      ・第二回 手塚治虫の名作文学マンガ ・ドストエフスキーの『罪と罰』p28-32
・『映画に学ぶロシア語 台詞のある風景』 佐藤千登勢著 東洋書店 2008年12月25日 ¥1900+ E+180p 21cm
      ・カラマーゾフの兄弟 イワン・ピリエフ監督(1968年)ソ連映画
       [ストーリー セリフの背景 文法のポイント 映画『カラマーゾフの兄弟』のこと] p79-84
      ・罪と罰 レフ・クリジャーノフ監督(1970年)ソ連映画 [ストーリーセリフの背景 文法のポイント 映画『罪と罰』のこと] p         103-108
・『名作は隠れている』 千石英世、千葉一幹編著 ミネルヴァ書房 2009年1月30日 ¥2500+ vii+223+3p 19.4cm <ミネル        ヴァ評論叢書
      <文学の在り処> 別巻 3>・4 ドストエフスキー 『分身』/山城むつみ p36-46
・『ロシア 祈りの大地』 津久井定雄、有宗昌子編 大阪大学出版会 
       2008年12月30日 ¥2100+ E+289p 18.8cm <阪大リーブル・010>
      ・第T部 大樹の正教、その広い影/前田恵
       (第3章 ある戦争忌避者と母の「罪と罰」 二 罪と罰―チュフライとドストエフスキー p78-89)
・『ロシア文学の食卓』 沼野恭子著 日本放送出版協会 2009年1月30日
       ¥1160+ 249p 18.1cm <NHKブックス・1126>
      ・第二章 スープ「第一の料理」 (1)ロシア古来の「庶民の味」シチー
        ドストエフスキー『罪と罰』 p52-62

*『猿蟹合戦とは何か 清水義範パスth−シュ100 一の巻』 清水義範著
      筑摩書房 2008年12月10日 ¥950+ 422p 14.9cm<ちくま文庫・し-33-1>
      ・罪と罰 p360-382  *初出:「青春と読書」1992年11月号
       (登場人物:ドジオン・ロマーノヴィチ・トップコーリニコフ、アーニャ、ポルフィーリイ・パトローヴィチ、etc) 
      
*逐次刊行物

・<文学にみる障害者像> ドストエフスキーの『悪霊』 病みながら生きる治療
      者/高橋正雄 「ノマライゼーション 障害者の福祉」 27(10)=315(2007.10.1) p56-58
・<熟読・斜読・積読> ドストエフスキー解読に一石を投じる『ドストエフスキー』亀山郁夫著(文春新書)/(平)
      「月刊ベルダ Verdad」 14(1)=153(2007.12.26=JAN.2008)p80
・トルストイかドストエフスキーか (現代ロシアの文学的考察)/糸川紘一
      「青淵(渋沢栄一記念財団)」 707(2008.2.1) p34-36
・<文学にみる障害者像> 『クリスマス・キャロル』と『カラマーゾフの兄弟』 ケアする存在としての障害者/高橋正雄
      「ノマライゼーション」 28(2)=319(2008.2.1) p44-46
・<書評> 『罪と罰』における復活 ドストエフスキイと聖書 芦川進一著
      (河合文化教育研究所 A5判・365頁 4,725円)
      「キリスト新聞」 3044(2008.3.1)
・<書評> 『罪と罰』における復活 ドストエフスキイと聖書 芦川進一著
      「出版ニュース」 2134(2008.3.1=2008.3/上) p22
・<書評> 芦川進一著『「罪と罰」における復活 ドストエフスキイと聖書』/
       山形和美
      「キリスト教文学研究」 25(2008.5.16) p164-165
・<書評> 聖書の世界がリアリティをもって 「文学的磁場」に見事に息づいている 
       丁寧な洞察を踏まえた結論 芦川進一著『罪と罰』における復活
       ドストエフスキイと聖書/木下豊房「図書新聞」 2871(2008.5.31)
・ニコライ・ベルジャーエフと日本人 ドストエフスキーと革命、転向について/
       モロジャコワ・ワシーリー
      「季刊 新日本学」 9(=改題通巻33)(2008.6.20=平成20年夏)p98-107
・ドストエフスキー・芥川・黒澤:ポリフォニー(多声)的世界/千種キムラ、スティーブン (Chigusa Kimura Steven)
      「国文学 解釈と鑑賞」 73(9)(2008.9.1) p181-202
・<書評> 芦川進一著『『罪と罰』における復活 ドストエフスキイと聖書』/挽地茂男
      「福音と世界」 63(9)(2008.9.1) p41-43
・<CULTURE 文化の散歩道> 亀山郁夫氏の新訳 ドストエフスキー・ブーム
       を切る/高田信二「時事トップ・コンフィデンシャル」 11531(2008.11.14) p14-16
・よみがえるドストエフスキー 亀山郁夫氏 ロシア訪問 <上> ブームの火付け
       役が記者科意見 「なぜ日本で」に関心集中/鈴木英生「毎日新聞」 2008.11.19 夕刊 p4
・よみがえるドストエフスキー 亀山郁夫氏 ロシア訪問 <下> 作家としての根
       源は「父殺し」 「二枚舌」で隠した意識、講演で解説/鈴木英生 「毎日新聞」 2008.11.20 夕刊 p6
・グローバル化次代に読むドストエフスキー 公開対談@nモスクワ 亀山郁夫さん
       ボリス・アクーニンさん「毎日新聞」 2008.11.23 p8
・ミュージカル『カラマーゾフの兄弟』に主演/水夏希
      「ミュージカル」 26(12)=287(2008.12.1) p32-33
・<'09「反転ニッポン」大予言書> 「オバマとドストエフスキー」で新帝国主義の世界が読める!/佐藤優vs田原総一朗
      「週刊ポスト」 41(3)=2007(2009.1.23) p54-56
・<STAGE PHOTO> 『カラマーゾフの兄弟』(雪組・シアター・ドラマシティ公演) p23-27; 雪組『カラマーゾフの兄弟』 
       水夏希、渾身のドミー
       トリー像!/石井啓夫 p60「歌劇」 1001(2009.2.1)

*連載中

・ドストエフスキーとの旅 1 モスクワ行き機内の憂鬱/亀山郁夫 画・北見隆 「日本経済新聞」 2009.1.4 p25
・ドストエフスキーとの旅 2 カラマーゾフの「続編」/亀山郁夫 画・北見隆 「日本経済新聞」 2009.2.11 p23
・ドストエフスキーとの旅 3 「父殺し」という秘密/亀山郁夫 画・北見隆「日本経済新聞」 2009.1.18 p23
・ドストエフスキーとの旅 4 イニシャルの謎解き/亀山郁夫 画・北見隆「日本経済新聞」 2009.1.25 p23
・ドストエフスキーとの旅 5 「父殺し」の現場にて/亀山郁夫 画・北見隆「日本経済新聞」 2009.2.1 p23
・ドストエフスキーとの旅 6 人間の恐るべき本性/亀山郁夫 画・北見隆「日本経済新聞」 2009.2.8 p23




2008年、全作品を読む会・読書会の軌跡

□ 2月23日 『悪霊』第一回目 報告者・菅原純子「スタヴローギンはなぜこのような人間になったか」、参加者30名(新8)
□ 4月12日 『悪霊』第二回目 報告者・山田芳夫「トリビアリズムで読む『悪霊』」参加者22名 
         東京新聞社取材(5月1日 東京新聞掲載)
□ 6月14日 『悪霊』第三回目 報告者・金村繁「『悪霊』を読む」、参加者18名
□ 8月 9日 『悪霊』第四回目 フリートーク「『悪霊』祭り」暑気払いカラオケ大会、参加者10名
□ 10月11日 『未成年』第一回目 報告者・平哲夫「『オセロウ』との相似」 参加者17名 配布「『未成年』人名録」
□ 12月20日 報告者・高橋誠一郎「『白痴』における虐げられた女性たちの考察」参加者24名 忘年会17名

 『悪霊』主体の年だった。新参加者が増えた。米国の読書会ブームを受け、東京新聞が読書会の様子を取材。5月1日の新聞で紹介される。報告者の配布資料が、しっかりしていた。


話 題 

78歳、ロシアの大学卒業 ドストエフスキーを原書で読みたい 横浜・藤原さん 6年間の学生生活
2008年(平成20年)9月5日 朝日新聞 第2神奈川版 
 
 12月20日の読書会にはじめて参加された横浜の藤原剛さんは、ドストエフスキーを原書で読みたい。その夢を果たすため、ロシアの大学に入り6年間の学生生活のあと卒業された。

 ドストエフスキーの作品を原書でたくさん読みたいと、78歳の男性がロシアの名門・国立サンクトペテルブルグ大学を今年6月末に卒業した。横浜市の藤原剛さん。入学時に30人いた同級生で日本人は自分だけ、卒業できたのは6人だった。(渡辺嘉三)
 ドストエフスキーの作品に興味あった藤原さんは94年、NHKラジオのロシア語講座で『カラマーゾフの兄弟』が取り上げられたのを知り、毎日聴いた講座が終わりに近づき、番組にお礼の手紙を出すと、講師で当時東京外語大学長だった故原卓也さんが返事をくれた。「質問がございましたら、ご遠慮なくお便りください」。その後、7年間に約20回やりとりがあり、ロシアに行く時も「期待しています」と励まされた。
 02年、73歳で現地の語学学校に1年通い、さらに大学の語学文学部の予備学部に移ってロシア語会話やヒアリングなど5科目の入試に備えた。記憶力の衰えを感じたこともあったが、別に頼んだ個人教授のおかげもあり合格した。入学後、ストレスでまぶたがはれて目が見えなくなり、1週間入院したりもした。だが、スペインやタイからの若い仲間がノートを貸してくれ、支えてくれた。卒業論文は『カラマーゾフの兄弟』の登場人物の氏名分析だ。氏名の意味を知ることで、性格づけが分かるという。28の氏と名を取り上げA4版65nの労作だ。終戦間近い44年に15歳で海軍に入った。戦後上京し、夜間中学に。55年に早大の第二法学部に入学した時は、26歳だった。大学院に行き、卒業後も弁護士を目ざし、司法試験を受け続けた。45歳まで頑張ったが果たせず、その後小中学校の塾を72歳まで続けた。
 ロシアでの6年間、妻との週2回の電話に勇気づけられた。学費も含め年間200万円かかった。「若い時から酒も飲まず勉強一筋だから年金や少しの蓄えもありました。でも、妻と若い人に本当に助けられた。研究を続けたい」と意気込んだ。




広 場

雑誌 COMPARATIO Vol.12 特集 文学の翻訳 比較文学研究会 九州大学院比較社会文化学府 2008
池田和彦さんが「西欧におけるドストエフスキイの初訳」
西野常夫さんが「魯庵による『罪と罰』初訳と新訳の比較」

雑誌 江古田文学 69  太宰治生誕100年記念特集
太田治子講演「林芙美子と父・太宰治
清水 正「太宰で小説家をめざした少年は批評家になった」
下原敏彦「加山雄三と太宰治」他。

朝日新聞 2009年1月18日 埴谷雄高と安倍公房 若き安倍公房 自作売り込み 埴谷雄高あて書簡発見
 17回忌を22日に迎える作家、安倍公房(1924-93)の文壇デビューの頃の書簡が見つかった。作家の埴谷雄高(1909-97)に自作を売り込んだり、もらった靴の礼を述べたりしている。のちにノーベル賞候補といわれる天才作家の若き時代の貧乏生活と、それを陰で温かく支えた先輩作家との交流を伝える資料だ。

訃 報 内村剛介氏(本名=内藤操・ないとうみさお)88歳 2009年 1月30日
スターリニズム批判
 14歳で満州(現中国東北部)に渡り、ハルビン学院卒業後、関東軍司令部に勤務。敗戦後、ソ連軍に捕らわれ、11年間、監獄や収容所(ラーゲル)ですごした。56年に帰国、抑留体験を元にスターリニズム批判を行い、戦後のロシア研究に影響を与えた。著書に『呪縛の構造』『ソルジェニツィン・ノート』『生き急ぐ』などがある。 読売・訃報欄

訃 報 蝦名賢造氏(えびな・けんぞう)90歳 2009年 1月3日
蝦名賢造編纂・蝦名熊夫著「シベリア抑留体験記『死の家の記録』西田書店 1989年
 独協大名誉教授、歴史家、『いかなる星の下に』新評論 2004年  『新渡戸稲造 日本の近代化と太平洋』新評論 2002年 『硬教育』西田書店 1998年 『最後の特攻機』
※追悼・蝦名氏とは、兄熊夫の遺作『シベリア体験』が縁で親交がありました。読書会に出席していただきたかったのですが、叶いませんでした。ご冥福をお祈り申し上げます。

『ドストエフスキー曼荼羅2』 D文学研究会主宰・日本大学芸術学部教授清水正氏編著 2008・11・20。
「ドストエーフスキイの会」「全作品読書会」ドスト研究寄稿者=・下原康子、・横尾和博、・下原敏彦、・山崎行太郎、・福井勝也、・萩原俊治、・長瀬隆、・高橋誠一郎、・冷牟田幸子、・清水正、・木下豊房、・清水孝純 (掲載順)  



掲示板


報告予定

2009年は『カラマーゾフ』の年に、『未成年』等晩年作品も

 現在、新訳『カラマーゾフの兄弟』が100万部突破とのこと。この快挙に乗じて2009年は『カラマーゾフ』の年にします。が、『未成年』は『カラマーゾフ』を論ずるうえでかなり重要と思います。そこで、2009年は、4サイクル全作品読み終盤でもあることから『未成年』など晩年作品も取り混ぜて行います。なお、目下のところ報告希望者が目白押しとなっています。
 3回目は江原あき子さんが、その後は、北岡淳さん、金村繁さんも希望されています。うれしい悲鳴ですが、会場などの都合から場合によっては秋に『カラマーゾフ』祭としてシンポジウム形式も考えています。
  ○ 4月読書会 → 長瀬 隆さん『未成年』から『カラマーゾフの兄弟』へ 
  ○ 6月読書会 → 菅原純子さん『カラマーゾフ』第二回目
  ※ なお報告者や諸事情の都合で変更があるかも知れません。ご理解ください。

『広場』・『ドストエフスキー曼荼羅』希望の方

○「ドストエーフスキイ広場No.17」ご希望の方は「読書会通信」編集室まで 定価1000円 バックナンバーもあります。『ドストエフスキー曼荼羅2』『曼荼羅1』もあります。
            
編集室

○ 年6回発行の「読書会通信」は、皆様のご支援でつづいております。ご協力くださる方は下記の振込み先によろしくお願いします。  (一口千円です)
  郵便口座名・「読書会通信」    口座番号・00160-0-48024 
  2008年12月9日〜09年2月8日までにカンパくださいました皆様には、この場をかりまして厚くお礼申し上げます。
○ 2008年ドストエフスキー書誌一覧【ド翁文庫・佐藤徹夫】紙面の都合で付録とします。読書会で配布します。が、ご希望の方は下  記編集室にお申し出ください。

「読書会通信」編集室:〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方