ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.100  発行:2007.2.1



第219回2月読書会のお知らせ

2月読書会は、下記の要領で開きます。大勢の皆様のご参加をお待ちしています。

月  日 : 2007年2月10日(土)
             
場  所 : 東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
                       
開  場 : 午後1時30分
 
開  始 : 午後2時00分 〜 4時50分
 
作  品 : 『鰐』
 
報 告 者 : 新美 しづ子氏
            
会  費 : 1000円(学生500円)

◎ 終了後は、新年会(二次会)を開きます。
会 場 : 近くの居酒屋 JR池袋駅西口周辺
時 間 : 夕5時10分〜7時10分頃迄
会 費 : 3〜4千円



2・10読書会『鰐』


報告者紹介・新美しづ子(にいみ しづこ)さん

 2月10日(土)の読書会は、新美しづ子さんが作品『鰐』を報告します。新美さんは、現在、読書会に出席されている会員のなかでは青春時代に戦争体験された数少ない会員のお一人です。長野県諏訪市に疎開経験もあるとのことです。若い頃、読んだドストエフスキーを再読したところ、新しい魅力を感じて、読書会に参加するようになった。いつまでも衰えぬ健在の読書意欲。定年をむかえた団塊世代にとっては、これからの人生のよきお手本に、またこれから読もうと思っている若い人たちには、あらためてドストエフスキーのすばらしさを教えてくれています。1918年東京生まれ 趣味は、読書、絵画。


『鰐』を読んで

新美しづ子

1.

『鰐』をはじめて読んだ。「この頃、ドストエフスキーを読んでいる」と私がいうと、「ああ、昔読んだなあ、白痴なんか」とか、「若いころよみましたわ」などという言葉が返ってきて、こちらの出遅れぶりがはっきりする。
 12月読書会の帰り道、私の横で、下原康子さんがちらっと言われた。「『鰐』について云々」と。重い宿題である。早速読んでみた。面白かった。あり得ない非現実とありふれた日常とをいとも無雑作にこきまぜて笑いを誘う。笑いの裏には知に根ざした諷刺があり、笑いと諷刺が表裏一体となって文学としての品位が保たれている。そんな印象を私は受けた。
 思い出すたびに可笑しいのは、見物料を払う、払わない、の境界線での光景。オットットット・・・懸命に踏みとどまる進歩派の男性。彼はなんとしてもひとこと言いたい。それも絶対無料で。これを発見して、怒り心頭のドイツ人がまた可笑しい。エレーナ夫人が「あら、あの人、あそこで、今日の食事どうするんでしょう?要るものあったら?」なんて、急に叫び出すあたりは真に迫って圧巻。こんな可笑しいことを、大作家は一体どんな顔して?案外、《苦虫を噛み潰したような》かも知れない。

主な登場人物
□イヴァン・マトヴェーイチ:ひたすら名声の欲しい、自信家の役人。
□エレーナ・イヴァーノヴナ:イヴァン・マトヴェーイチ夫人。美しい人。男性は等しく魅了されている。ご当人もそれが何よりうれしいらしい。さすがに、事故発生直後は、さいて、さいて、と、半狂乱であった。
□セミョーン・セミョーヌイチ:イヴァン氏の親友であり、同僚であり、遠縁にもあたる。秘書役を忠実げに務める。一方、エリーナさんに少なからず気があり、どっちつかずの油断ならぬ人。この小説全編を仕切っている。文中の(わたし)。
□チモフェイ・セミョーヌイチ:イヴァン氏らの年上の同僚。誠実な人として信頼され、しつこく相談を受けるのに、いまいち冷たい。自らの保身のため、係わり合いになりたくないらしく、イヴァン氏の人柄にも内心批判的。
□ドイツ人夫婦:鰐の所有者。徹底的に、カネ、カネ、カネ、カネ、の亡者。夫婦の気合はバッチリ。 

 概ね、このような人々。尊敬に値する人物はちょっと見当たらない。ずるい人、おめでたい人、よく気の回る人、薄情な人。とんでもない人。一途な人。良くはないが憎めない人。いろんな要素が汲みとれる。勝手な品定めをしていると空耳に、ドスト氏の声を聞いた。「人間誰しもねえ――えらそうなことをいうお前さんだって・・・・」。ああ。
 解説によると、『鰐』は当初の計画、一部二部の一部にあたる。思わぬ誤った風評のため、二部は書かれず未完に終わった。そういえば、力なく消え入るような最後の二三行がよく解らなくて幾度か読み返したのだった。もう一つ、ドスト氏に笑いの小説を思い立たせたのは、ゴーゴリの短篇『鼻』だそうである。早くその『鼻』を読んでみたい。読まなくてはならない。

2.

 年の瀬のよく晴れた午後、完成してまもない石神井川遊歩道を歩いていると、図書館に来た。「ゴーゴリの『鼻』お願いします。」(かっこいいでしょ、ロシア文学)内心ハナが高い。「このハナですね」ちょっと自分の鼻を指して、パッパッパッ・・・。
 あっ、という間に分厚いゴーゴリ一巻が私の手に載った。『ネーフスキイ大通り』、『外套』、『鼻』、『狂人日記』・・・おお、みんなある。有難うございます。ここも行政の一端。”区民の生涯学習を支援します”と、書いてある。

『鼻』 朝の焼きたてのパンの中から、なんと、人の鼻が出てくる。不気味さといったら、もう、こっちの方が絶対本家!ワニのおなかの中も無論、気味悪いけれど。
 思いもよらないものにギョっとさせられたのは、さる理髪店の主人。鼻はその店の顧客のものとかなんとか、とにかく変な話。奥さんにさんざん罵られたり、鼻の捨て場所を探し歩いたり、店主は大弱り。鼻自身は礼服を着て、馬車に乗って挨拶まわりをしている。そんな、とんでもないことを煙に巻きながらどんどん引き込んでいくところが作家の芸術的手腕か。いうまでもなく空想は果てしなく自由、なんでもありなのだ。
小説のつづきはといえば、鼻の持ち主の8等官は鼻のないのに気づいて大狼狽。鼻なしでは馴染みの貴婦人達に会うのにまず困る。いろいろと無駄骨の末、或る日、何事もなかったように、鼻はもとの顔におさまっている。鼻とは何か。ファンタジックな笑いに包んで、深い問いを投げかける。あの空想は何処へ。作家の真実が、音もなく身近に降り立っている、そんな感じがするのである。
 解説によると、イギリスにも鼻を扱った作家がいてゴーゴリは、その影響を受けたとも考えられる。ドストエフスキーはゴーゴリから、ゴーゴリはイギリスの作家から。イギリスの作家は誰から?その前は?そのまた前は??
「天が下に新しきものなし」大変ひ弱そうな青年三島由紀夫が、その時、そう言った。三好達治、坂口安吾、も壇上に立った、文芸講演会であった。

3.

 早起きではない私が、起きるとまもなく電話が鳴った。近くに住む孫のN子から。4歳になる息子を夕方まで預かって欲しい。よろこんでOK。黄色いヘルメットをかぶって母親の自転車の後ろに乗って直ちにご到着。今日は、木の枝を切ろうと、その朝、私は考えていた。のび放題の月桂樹の枝を。それで、今日は本を読んだら、その次に木の枝を切りましょう、と二人で決めた。
 いつもの通り、絵本はリクエストNo.1『一寸法師』から。この絵本は箱にしまわれて、宝物同然だったが、最近こうして再び現役。かなりお疲れなので、そーっとページをめくる。
 おわんのふねに、はしのかい。
「おとうさま、いってまいります」「おかあさま、ごきげんよう」
 この子達にとって、恐らくこれは候文。大人は勿論、幼稚園児も「いってまいります」
だったのに、いつのまにか言葉は変わっている。それはそれ、一寸法師は、針の刀を振りまわして、鬼の口から飛び出し、鬼は一目散。鬼の忘れものの打出の小槌のおかげで、みるみる立派な大男。きれいなお姫さまをおよめにもらって、フルスピードのハッピーエンド。
 No.2の絵本のそばに、こげ茶色のおとなの本が今日は置いてある。米川正夫訳『地下生活者の手記』その奥の方に『鰐』が潜んでいる。実は、只今、小さな大おばあさまは、その『鰐』にすっぽり呑み込まれているのである。本当は呑み込まなくてはならないのに。お猿や、オームやインコのいるあたりから、ほんのさわりの部分だけ、幼児向け同時通訳で。
「お風呂みたいな大きな箱に、水が5aぐらい入っています。(これくらいよ)。その中に丸太ん棒みたいな大きな生きものが、ごろーんとねむってるみたいです。なんでしょう、そのどうぶつ!?」――「ワニー!!」「うわあ、ピンポーン」といった調子。少しすすんで「イヴァンおじさんの鼻からメガネがぽろっと落ちました」ニタニタッ。笑った、やっと笑った。奇しくもそれは文中の私がぷっと吹き出したところとピッタリ一致。私は喜び勇んで
次なる『フランダースの家』へ。大正生まれにはなつかしい深尾須磨子文である。
 いっぱい本を読んで、お昼ごはんたべて、次はSUiMAがやってくる番である。幼な子はあっさりダウン。お昼寝はなんと3時間。目を覚ますや
「きのえだきる――」。外は、もう真っ暗。彼は泣いた。
 一寸法師に戻ります。親孝行、勤勉努力、今は流行らない立身出世、桜が咲き、優雅なお姫さまもいてめでたしめでたしで終わる、小さな島国、日本の人の大好きな昔話である。
 ロシアのイヴァンおじさんは、まだワニの中に逗留している。「ワニさえ大丈夫なら自分は、まだまだ千年でも居座って全人類教化のために貢献する」と、けなげな覚悟を表明している。確たる自信、絶大な抱負、何よりもその忍耐力。ねばり強さは我々の比ではなさそうである。広大なロシアの大地、降る雪、人も自然の一部なら、その気質の相違はあたりまえ。「みんなちがって、みんないい」とみすずさんも歌っている。
 たまたま怪物のおなかに呑み込まれた、という共通点のゆえに、子どものお伽話と、ピリッと諷刺のきいたおとなのお話とが、ごちゃまぜになりました。
お許し下さい、ドストエフスキー様。




『鰐』(『異常な事件 1名勧工場の椿事』)について 
 編集室

この作品を発表した頃のドストエフスキーの生活状況は以下のようであった。

1864年(43歳)
 
1月末に『世紀』発刊の許可が下りる。
3月×日に『世紀』第一、第二号合併号を発刊。『地下生活者の手記』掲載。
4月15日肺病の妻マリヤ・ドミートリエヴナがモスクワで死去。
7月10日兄ミハイル・ミハイロヴィチが急病で死亡。後に残されたもの。未亡人と4人の子供、愛人と1人の子供。負債2万5千ルーブル。
9月25日親友で『時代』と『世紀』の同人でもあり寄稿者でもあった批評家アポロン・グリゴリエフ死去。
1865年(44歳)
3月×日『異常な事件 1名勧工場の椿事』後に『鰐』と改題を『世紀』2月号に発表。 『世紀』はこの13号で自然消滅した。

 この頃のドストエフスキーの人生は散々である。外国でスースロヴァと別れてから賭博にはまり、妻マリアが死去し、兄ミハイルが急死した。そして、親友グリゴーリエフまでが亡くなった。悲しみと借金の山、そして賭博。『鰐』はこんな惨たんたる状況下で書かれた。



プレイバック読書会


          
『鰐』とはヨーロッパの国々では   川島 緑   
「ドストエーフスキイの会」会報(1983.11.26)

 1865年、ドストエーフスキイ主催の雑誌「エボーハ」2月号に掲載された作品である。その内容は、さる紳士がパッサージュの鰐に跡痕もなく生きたまま呑み込まれた顛末と、その結末いかんに関する真実の物語である。しかしこれは戯作の一部であり、完成されずに終わっている。作家はこの小説を、ゴーゴリの短篇『鼻』を真似て一つのファンタスチックな物語を書いたもので、ただ読者を笑わすために純文学的な悪戯をしたものと言っている。しかしその純文学的な悪戯が、当時は一部の人々に、チェルヌィシェフスキイ流刑事件を利用して、同氏を嘲笑したものと憶測されてしまうことになった。(1873年、『作家の日記』「個人的なこと)。
 それによると、鰐はシベリア、自惚れた浅薄軽佻な官吏はチェルヌィシェフスキイの比喩だというのである。だが、この短篇に風刺の色が濃いのは明らかであっても、これをチェルヌィシェフスキイの不幸を風刺したものと読むのは、いささか見当違いのようにも思える。それは逆に、前作『地下生活者の手記』の第一部で同氏の『何をなすべきか』批判をやってのけ、また当時土地主義を唱えていたドストエフスキイに対して悪意ある中傷を投げかけることになってしまうのではないか。
 しかし、いったいこの小説にはどのような風刺があり、また鰐とは何物なのだろうか。まずヨーロッパから来た鰐については、その中に呑まれた官吏が腹の中から報告している。それによると、そこは真の闇であるが暖かくてやわらかい隠れ家であり、また完全に空っぽである。肋骨も胃も腸も肝臓も心臓もなく、それは軽はずみな旅行者の空想が生みだしたものにすぎないのである。そして鰐の根本的特質は人間を呑むことである・・・・
 次にこの官吏によればその忠告が指標となるというチモフェイ・セミョーヌイチの言うのには、今回の事件は前後未曾有のことであり、私人として行動すべきである。そして鰐は外国から来た私有財産であるので経済原則がものをいうことになる。また彼は資本家の話を引き合いに出して言う、つまり財政を発達させるには工業を起こすことが必要だが、この国には資本がないから外国資本を導入し、外国の会社による国土の細分、買占めをしなければならない。その後分割して個人私有物として売り払うことにより、ブルジョワジーとプロレタリアを起こさなくてはならない、云々。
 この二人の報告だけでも風刺の意図は充分わかる。それと1860年〜65年の土地主義に関しての文章を合わせて読めば、鰐の正体もおのずと現れてくるだろう。つまり、鰐とはヨーロッパの国々であり、ロシアに輸入された、大地と国民的根源を振り捨てた思想のことではないか、と。そしてまた、この事件に関しての二つの新聞の記事も興味深い。まず一紙には、官吏が鰐を生きたまま食べてしまったとある。英・仏式食べ方も歓迎され、鰐もこの国に順応可能、産業に新しい分野を開くことになるであろうと報道する。もう一方の紙上には、今回の事件はある人物がなんの予告もなく、その腹中に入り込んだもので、それはこの国の未発達を証明し、外国に対しても面汚しになるものと書かれている同じ進歩派の新聞といっても、事件の扱い、見解、報道が随分くい違っている(もっとも今の日本の新聞報道にも通じるかもしれないが)。
 いずれにしてもこの短編は、これだけで読もうとすると訳が分からなくなる。ただ単におかしいというより、その展開も登場人物もその会話も散文的であり頭をひねってしまうとこ
ろが多く、無味乾燥とさえ思えてくる。その中にあって「私」の感情だけが生々しく感じられたけれど。内容としてはエポーハ誌の主義傾向、すなわちロシアの社会的、地方的現象を、ロシア的、国民主義的傾向のもとに検討し研究する方針、と一致しているのであろう。また『夏象冬記』や『地下生活者の手記』との関わりで考えれば、資本主義社会、物欲に取り付かれた物質文明のいきづまりを予告、警告していたのであろうと受け取れる。


『鰐』をレポートして  釘本秀雄    
「読書会通信32」1995・4・8読書会から

 断簡零墨にいたる迄その作品を愛して已まないファンなら兎も角、私のような勝手気儘な読者にとって『鰐』はそれほど魅力のある作品ではなかった。強いて云えば文学的価値よりも文学史的価値、即ちドストエフスキーの全作品を鳥瞰する視点に立って始めてその作品の持つ意義が明らかになる態の、云うなればデザート的、オードブル的作品とでも云うべきであろうか。大体私は人の脇の下をくすぐったり、奇想天外な発想とやらで「さあ、面白いでしょう?これが可笑しくない人っている筈ないでしょう。」と云わんばかりの、したり顔のコメディアンなるものが大嫌いなのだ。(笑い)が嫌なのではない。こうやったら大向こうを最大公約数的に笑わせることが出来るーーとの思い上がった計算が嫌いなのだ。『地下生活者の手記』で「歯痛さえも快楽だ」と主人公に己の意地を痛烈に張り通させた作者の、読者に対しては何と安易な常識にもたれかかっていることであろう。それと、もう一つ、この作品のもつ政治性にも抵抗を感じる。いわゆる『水晶宮』の飛び散った現代、ドストエフスキーの尻馬に乗って、チェルヌィシェフスキーを始め当時の進歩陣営を嘲弄するのは容易いが、1860年代のロシアの現実が『鰐』で総括できる程に生やさしい状況であったとは到底考えることはできないのである。人は誰でも時代的制約を超えて生きることは出来ないと云うことと、文学と政治は全く異次元にあるーーと云うことだ。いわゆる進歩陣営にとっての最も手強い敵とは、始めっからの保守反動派ではなく、もと進歩陣営にあって保守派に転向した人・・・つまり昨日の友が今日の敵となった人である。理由は云うまでもなく、手の内を知り尽くしているからだ。この作品にドストエフスキーの近親憎悪的感情をみるのは私の深読みというものであろうか。斯く云えばとて「作家は須く政治的進歩性を持つべし」などとナンセンスなことを云っているつもりはない。進歩であろうと、保守であろうと、(尤も、それらの語彙も現代では既に死語と化し感は否めないが)作品の文学的価値に何等係り合いがあろう筈はない。但し、そこに作家としての燃焼があれば、の話である。作品そのものに興味が持てなかったので、ドストエフスキーが揶揄嘲弄している当の相手チェルヌィシェフスキーについて若干調べたいと思った。(力不足でそこまでには至らなかったけれど)そのため読書会らしからぬ堅苦しいレポートになったことを申し訳なく思うと同時に、にも拘わらず熱心に聴いて下さった皆さんに感謝しないではおれない。微力なレポートが聊かでも参考になればと祈るのみである。
 



12月読書会報告


『罪と罰』4回目読書会

 12月9日(土)に開かれた読書会は、17名の参加者がありました。報告者は近藤靖宏さん

2006年、最後の読書会は、4回目『罪と罰』最後の報告だった。報告者は、近藤靖宏さん。経済学を学ばれたという報告者らしく、「バブル経済とは何か」から、この作品を考察された。それにより、これまではっきりしなかったルーブル価値が見えてきた。
30コペイカ=0.3ルーブル 1ルーブル=10000円くらいか。
作品はフィクションと断言。ルーレットの本質が見えていなかった。そのぶん、よけいにハマってしまった。



「ドストエーフスキイの会」情報

第178回例会・ 20名参加
 2007年1月13日(土)午後6時〜9時00分 原宿・千駄ヶ谷区民会館で第178回例会が開かれ、田中元彦氏が「ドストエフスキーと自殺」を報告された。司会は福井勝也氏。参加者は26名と盛況でした。二次会も、16名参加で賑やかでした。会場は居酒屋「ゆかり」。



編集室の日記           

バラバラ殺人事件の謎
 
 昨年は、子殺しからイジメ自殺と、嫌な事件ばかりが相次いだ。2007年は、せめて良いニュース、心温まる出来事をと期待したが、その願いもむなしかった。まだ松も取れぬうちから兄妹喧嘩の果てのバラバラ殺人、その衝撃も消えぬうちに若い妻の夫バラバラ殺人事件とつづいた。戦時下でも異常な状況下でもない平和国日本で、なぜこんな事件が起きるのか。はじめ殺した遺体をバラバラにする。二つの事件は猟奇事件と思われた。が、加害者被害者とも身内ということで、犯罪性よりあり得ない出来事としてセンセーショナルな報道となった。新聞、テレビで知る二つの事件は、およそこのようであった。
 兄妹喧嘩の果てのバラバラ殺人事件。この事件は、祖父曽祖父も歯科医という歯医者一家で起きた。両親は都内の繁華街に二つの歯科医院を経営する歯科医。長男は有名歯科大の学生。21歳の次男は歯科大を目指して3浪中、20歳の長女は、短大生だが女優を目指して映画や芝居に出ていた。近所の人の目には、何の問題もない裕福な歯科医一家に見えた。しかし、事件は起きた。暮れの30日、家族が東北に帰省した日、残った次男と長女が喧嘩。「夢がない」となじられた次男が、妹をバットで殴り、首を絞め、風呂で溺死させ、バラバラにした。そのあと、予備校の正月合宿に出かけた。遺体は合宿から帰ってから生活ゴミとして出すつもりだったと供述している。この事件の一報を聞いた年配者は、金属バット両親殺人事件を彷彿したに違いない。2浪中の次男が東大卒のエリートサラリーマンの父親と母親を殺害した事件である。が、金属バットはわかりやすい。が、バラバラは理解を超える。なぜそこまでするのか。週刊誌などは、近親相姦だな、異常性格者などと分析していた。夫をバラバラにして捨て歩いた美人妻も、自己中心的性格と推理されていた。1月27日朝日新聞の視点である心理学者は、「プライド暴走」と分析していた。プライドを否定されてカッとなって殺した。そこまではわかるが、ではなぜバラバラにするのか。その異常さは、やはり謎である。編集室の見方は、これは憎しみという欲望にとりついた「透明な存在」の仕業ということになる。「透明な存在」は観察に弱い。もし周囲に観察の目があったら、この事件は起きなかった、とみる。しかし、先ごろ歯科医両親がだしたコメントをみると、その存在にまったく気づいていなかったようである。人間にとって厄介な敵である。 




2006年読書会報告

 2月 2日(木) 「読書会通信94」発行 

 2月11日(土) 会 場:東京芸術劇場小会議室7 参加者17名 PM2:00〜5:00
          作 品:『地下生活者の手記』2回目
          報告者:フリートーク

 3月30日(木)  「読書会通信95」発行

 4月 8日(土) 会 場:同上中会議室 参加者5、60名  PM2:00〜4:45
           講 演:ドストエフスキーと「父殺し」の深層
           講 師 :亀山郁夫氏

 6月 1日(金)  「読書会通信96」発行

 6月10日(土) 会 場:同上小会5 参加者27名  PM2:00〜4:45
          作 品:『罪と罰』1回目
          報告者:江原あき子氏

 8月 2日(水)  「読書会通信97」発行

 8月12日(土) 会 場:同上小5会議室 参加者24名 PM2:00〜5:00
          作  品:『罪と罰』2回目
          報告者:長野 正氏

 8月13日(土) 読書会暑気払出席者18名 PM6:00〜8:00

10月 3日(火)  「 読書会通信98」発行

10月 8日(土) 会 場: 同上小1 参加者18名 PM2:00〜4:45
          作 品:『罪と罰』3回目
          報告者:岡野秀彦氏 

12月 1日(金)  「読書会通信99」発行

12月9日(土)   会 場:同小会議室7 参加者17名 PM2:00〜4:45
         作 品:『賭博者』
         報告者:近藤靖宏氏

12月9日(土)  読書会忘年会 「さくら水産」PM5:00〜8:00 参加16名

※2006年は、家族や学校での事件が多くあった。前半は秋田の児童連続殺人にみる子殺し、奈良の医者家族焼死事件、後半はイジメ自殺。19世末ドストエフスキーが危惧し警鐘してきた問題がそっくり現れたような年でした。なぜ、家族は、子供たちは、こうなってしまったのか。2007年は、この疑問を新たにして、作家の隆盛期にあたる作品を読みすすめて行きたいと思います。心の闇を照射する光を求めて・・・・。





ドストエーフスキイ情報

連載        

日本近代文学の<終焉>とドストエフスキー(続編) 
 −「ドストエフスキー体験」をめぐる群像−
  
(第8回)三浦雅士の『青春の終焉』について
                             
福井勝也
 
 前回、やや飛び入りのかたちで清水正氏の『ドストエフスキー体験』について語らせていただいた。話は連続しているつもりだが、前回の最後で引用したもう一人の「まさし」である文芸評論家の三浦雅士氏の著書を今回とりあげてみたい。前回の末尾に掲げた一文               「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です。」         は、宮澤賢治の有名な詩文の一行(『春と修羅』)であるが、そこから『私という現象』(1981) という三浦氏の処女評論集のタイトルが生まれた。
前回では、この時期の「私のドストエフスキー体験」の「私」の変容について触れたのだっただが、その内実を的確に表現しようとしていたのがこの時期にデビューした三浦雅士氏であった。氏は70年代に「ユリイカ」や「現代思想」の編集長として活躍し、80年代以降の知のあり方に大きな影響を及ぼして今日に至っている。例えば、氏のほぼ同時期の別の著書である『主体の変容』(1982)では、村上春樹の『風の歌を聴け』(1979)の主人公について次の様な指摘をしている。
「物語は新しいものではない。どこにでもありそうな話である。にもかかわらず新鮮な印象を受けるのは、文体が新しいからである。文体の新しさは、人間とその世界に対する<僕>の姿勢の新しさによっている。<僕>は他者に内的にかかわろうとしない。遠くを見るような眼で現在を見、友人を見ている。つまり、<僕>にとって世界は一様なものの繰り返しにすぎないのだ。<僕>は鼠に言う。<みんな同じさ>と。」
実は、三浦氏はこの『風の歌を聴け』に関する初期評論での言葉を、今回標題に掲げた氏の比較的近著でかつ名著と呼べる『青春の終焉』(2001)の終章「失うものは何もなかった・・・」で再度の引用を試みている。そのうえで、大江健三郎の『万延元年のフットボール』(1967)主人公のあり方と対比しながら次のようにその本質的差異に言及している。
「両者の違いは、<失うものは何もない>という意識の有無、<失うものは何もない>という感情の有無である。―中略―村上春樹の小説においては鷹四(大江の小説の登場人物―筆者注)があらかじめ解雇されているのである。あるいは、はじめから失われているのだ。そこでは、<失うものは何もない>という意識そのもの、感情そのものが失われているのである。<生き残った者には、その伝達不能のあるもののためにのみ、死者が死を選んだのかもしれないという疑惑がしだいに深まってゆく>と感じるもの(大江の小説の場合―筆者注)と、<何故彼女が死んだのかは誰にもわからない。彼女自身にわかっていたのかどうかさえ怪しいものだ>と思うもの(春樹の小説の場合―筆者注)とは、やはり決定的に違っている。大江健三郎の小説の主人公たちが歴史を刻もうとして憔悴しているのとは対照的に、村上春樹の小説の主人公たちははじめから歴史の彼岸に身を置いているのだ。―中略―村上春樹の小説においては、世界はすでに果ての果てまで終わってしまっているのだ。失われてしまっている。むろん、そこにおいてこそ、<失うものは何もない>というべきなのだろうが、この一語はもはやはじまりの決意を告げるものではない。ただ、終わりの悲哀を漂わせる呟きでしかない。1970年代から80年代にいたる過程で、<失うものは何もない>という言葉がもはや意味を持たない世界が現出したのである。青春の終焉である。」
私自身は、村上文学の最近作まで忠実にフォローしているような春樹ファンではないが、同時代的に『風の歌を聴け』に続く初期作品群を読んだ者としてこの三浦氏の言葉は十分に腑に落ちるものとして聞こえてくる。そして本連載で論及してきている「ドストエフスキー体験」の読者の「私」のあり方が確実に変容したのが、三浦氏の批評する春樹文学の主人公の出現の前後の時期でなかったかと実感できるのだ。それは、柄谷行人流に言えば「近代文学の終焉」と言う言い方になるわけだが、そのことを違う語彙で、有難いことにしっかりとドストエフスキーに言及しながら語ってくれているのが本著『青春の終焉』であるのだ。少し先を急ぎ過ぎているかもしれないので、三浦氏の本著を終わりから遡るかたちでもう少しこの部分にこだわってみたい。
この文章の末尾では、本著のタイトル(=『青春の終焉』)が語られているが、その前にその言葉の内実である<失うものは何もない>という姿勢が、それをもたらした<すべてを根こそぎくつがえし、最初の土台から新にはじめなくてはならない>という姿勢であることを三浦氏は前提的に指摘している。そして、デカルトに始まるこの根源的にして急進的な精神の姿勢は、ロックに、ヒュームに、ルソーに、カントに、ヘーゲルに、そして<ラディカルということは、ものごとを根本からつかむということである。だから人間にとっての根本は、人間そのものである>というマルクスの言葉にまで流れていることは疑いを入れない。」と語っている。そして、ここでいよいよドストエフスキーが登場するわけだが、終章の「失うものは何もなかった・・」の前章、第13章の「急進と根源」で作品『悪霊』を問題にしつつ三浦氏は以下のように言及するのだ。
「バフチンはドストエフスキーの小説の特徴をポリフォニーにあるとした。夥しい声が立ち上がり、交錯し合う小説である、と。だが、いうまでもない。それが可能なのはただ、過激な登場人物たち、急進的かつ根源的な登場人物たちが、口角泡を飛ばして語り合うそのことによってのみなのである。熱いものは端的に熱く、冷たいものは端的に冷たい。その両極が掴み合うように激論するそのことにおいてのみなのだ。
急進と根源は、ポリフォニー小説の要件に他ならなかった。カーニヴァルの要件にほかならなかった。微温的なカーニヴァルはカーニヴァルではない。ドストエフスキーの小説に、青年ヘーゲル派のなかでもとりわけ激情家で自信家で毒舌家で有名だったマルクスが登場するのは、したがってまさに必然であった。マルクスはドストエフスキーの分身、もっとも重要な分身にほかならない。
ドストエフスキーは、資本主義社会を分析するその鋭い刃を、自分自身に、自分自身の党派に向けたマルクスである。その傲慢、その悪意、その策謀を自分自身に向けたマルクスである。急進的かつ根源であることにおいてマルクスとドストエフスキーは、まさにひとつの対にほかならなかった。ドストエフスキーがその小説において、マルクスの限界を刻印しようとして躍起になった理由である。
青春の終焉とは、マルクスとドストエフスキーが対になっているこのような構図そのものの終焉である。」
今回ここまで書いてきて大変タイムリーだと感じたのは、前回の「例会」での下原敏彦氏の発表であった。本「通信」でもすでに情報提供されているが、「団塊世代とドストエフスキー」という内容のもので、下原氏の作家的感性に裏打ちされた60年代後半から70年代後半にかけての氏の「ドストエフスキー体験」が語られた。氏の著書同様に、下原氏の語りで特徴的なのは、すでに歴史的事実となった出来事(例えば氏の友人が関与した三島由紀夫の決起と割腹自殺)が、ドストエフスキーの小説の主人公やその文学への言及と不思議な同調性を孕んで生々しく甦って来ることだ。これは確かに同時代をある程度一緒に生きた者でないと解らない肌合いのものかもしれない。そこに何があったのかと問われれば、「青春があった」としか言いようがないものだ。別にそれは、何かを特権化しようとしての物言いではない。また、それは決して単にノスタルジックな甘い言葉ではなく、上記に引用した、三浦雅士氏が指摘したマルクスとドストエフスキーという対に本質的に内在的している根源的にして急進的な精神の姿勢によるものであるのだろう。確かにそれは、ドストエフスキーの主人公の言葉を自分自身の言葉のように感じられた時代背景のせいだったのかもしれない。いや、やはり三浦氏が指摘する意味でドストエフスキーの文学が本質的に「青春の文学」であるからなのだろう。その僥倖を与えられて、たとえ「誤読」であっても「私のドストエフスキー体験」が熱く沸騰して語られる時代があったということだ。あの時代は、日本におけるドストエフスキー受容史にあって何度目かの、そしてもしかすると最後のクライマックスであったのかもしれない。何故最後なのかというと、その時期を境に「体験」を語る根拠としての「私」が三浦氏の語る「現象」である「関係的自己」として<認識>されるに至ったからだろう。そしてそれは不思議なことにドストエフスキーの小説の主人公のあり方をこの国で初めて深く読者に気づかせてくれることでもあったのだ。それは、「私」が「ドストエフスキー体験」を熱く語る、「私」自信への冷ややかな視線を自覚する体験でもあった。それを可能にしたのは、マルクスとドストエフスキーに内在するラディカルな時代が退潮したからだった。それは「青春」がその渦中では認識不能な本質的に背理の存在であるからでもある。いずれにしても、ここでそのことを気づかせてくれた本著『青春の終焉』の三浦氏の批評は、下原氏の今回の発表(著書)と自分のなかで奇妙なシンクロナイズをもたらした。三浦氏の本著は、本連載の主題とほぼ重なるテーマを内包していて真に興味深いものである。次回は、本著のなかで特にドストエフスキーに焦点をあてた3章「ドストエフスキーの波紋」、バフチンに小林秀雄を絡ませた4章「歴史とカーニヴァル」・5章「道化の逆説」あたりに触れてみたい。 (2007.1.14)




新聞・図書新聞2575号 2002年3月23日(土) 昇への興味は尽きない

和泉書院 2001年11月25日発行2500円 提供者:印鑑工房『愛幸堂」(豊島高士氏)
和田芳英著『ロシア文学者昇曙夢&芥川龍之介論考』を読む 米田綱路
― 生涯をたどり、膨大な事績を明らかにするとともに、芥川へ及ぼした影響を考察 ―
連載2 前号99号の続き
 「昇曙夢の時代」がもたらしたものは、だが単に翻訳による日本近代文学への影響にとどまらなかった。1915年に刊行された昇の『露国現代の思潮及文学』は、前世紀後半のチェーホフからベールイ、ブロークらシンボリスト詩人にいたる、世紀転換期ロシア文学の万華鏡を解説し集大成した大著であった。その記述の詳細さには瞠目させられるが、本書は23年に改版され、さらにロシア未来派から革命以後のソヴェト・ロシア文学の動向も網羅して大幅に増補される。魯迅も読んだというこの書だが、28年に刊行された昇の『革命期のロシア文学』と併せ読めば、1890年代から20年代にいたる、百花繚乱の激動期ロシア文学を俯瞰する見取り図を得ることができよう。以後も彼はコーガン『プロレタリア文学論』やルナチャルスキイ『マルクス主義芸術論』、『ソヴェト・ロシア漫画ポスター集』、またプロレタリア演劇の紹介など、革命芸術を精力的に紹介する仕事を続けるのであった。次号に続く

2006年に刊行された本(読書会・ドスト会員)

☆ 遠藤純子著『クレア、冬の音』菁柿堂 2006年5月26日発行 定価1600円
       ※読書会当日、受付に申込書置きます。ご希望の方はお持ちください。
☆ 武富健治 画・文『鈴木先生』双葉社 2006年9月11日発行 定価819円
   ※目下『漫画アクション」に好評連載中。コンビニ発売。
☆ 横尾和博著『新宿 小説論』のべる出版 2006年5月20日発行1400円
☆ 国際ドストエフスキイ学会副会長・リチャード.ピース著、池田和彦訳
『ドストエフスキイ「地下室の手記」を読む』
           のべる出版企画発行、4月10日発行 !!2400円
☆ 森 和朗著『自我と仮象 第U部』 鳥影社 3月15日発行 定価3000円
☆ 清水 正著『ウラ読みドストエフスキー』清流出版 6月8日発行 定価2600円 
☆ 下原敏彦著『ドストエフスキーを読みながら』 鳥影社3月27日発行 定価1800円



編集室 掲示板

 
○2007年も大作をとりあげます。レポーターを希望される方は、お申し出ください。

○「ドストエーフスキイ広場No.15」ご希望の方は「読書会通信」編集室まで 定価1000
 バックナンバーもあります。

○年6回発行の「読書会通信」は、皆様のご支援でつづいております。ご協力くださる方は下記の振込み先によろしくお願いします。(一口千円です)
郵便口座名・「読書会通信」    口座番号・00160-0-48024 
○ ドストエーフスキイ作品の感想、評論、自著の宣伝、映画、演劇評など、かまいません。
  原稿をお送りください。メールアドレスか〒住所へ。
「読書会通信」編集室:〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方