Medical Dostoevsky

ドストエーフスキイ全作品を読む会『読書会通信』 1996

病的賭博と嗜癖 『賭博者』に想う


下原 康子


ドストエフスキーが『賭博者』を書いたのは45才。兄ミハイルが亡くなり、多額の借金を背負っていた時期でした。速記者を雇って一カ月たらずで書き上げた作品であること、書き上げた直後、その速記者(アンナ・スニートキナ、当時19才)に求婚し、結婚することなったことなど、アンナ夫人の日記や回想にくわしく、よく知られています。またドストエフスキーの自伝的要素が織り込まれているということで、注目される作品でもあります。自伝的要素というのはアポリナーリヤ・スースロワ(作中ではポリーナ)との恋愛とルーレット賭博への熱中です。私自身経験がないので、今まで賭博についてはあまり考えてみたことがなかったのですが、このたびこの作品を読んで、ドストエフスキーをこれほどまでに捉えて熱中させた賭博という行為そのものに興味をいだくようになりました。

作品からは離れるのですが、賭博という行為について考えてみようと思いたちました。そうした時にテレビ(スペースJ)でパチンコ依存症になった人のドキュメンタリーをみました。農業をやっている人で、パチンコに熱中するまでは、農業日誌を毎日かかさずつける、まじめで仕事熱心な人でした。ところがある時期からすっかりパチンコにはまってしまい、朝から晩までパチンコ台の前にすわり続けるという毎日になってしまったのです。それでも日記はつけていて、こんどこそやめようとか自分の弱さをなじる言葉とかをなぐりつけるように書きつらねる日々が続きました。とうとうこの人は精神科の医者にかかることになりました。医者が言うには、この人は自分の心の空虚さを埋めようとしてパチンコを始めたのですが、それが習慣になり、そのうち度を越すようになり、自分でコントロールできないまでになってしまったそうです。このように習慣が高じてコントロールできなくなった行為のくりかえしを「嗜癖」といいます。この嗜癖ということばが今日の私の報告のキーワードです。世間では、ギャンブルで身を持ち崩した人や犯罪に走った人を道徳破綻者という見方をします。彼らを治療を必要とする病人とは考えないのが普通です。しかし、度を越したギャンブル癖は、嗜癖の病気であると考えられます。医学的には依存症(アディクション)と呼ばれます。

依存症は大きく3つの分類の分けられます。
(2015.1.17追加・大石クリニックHPより)
@物質依存(アルコール、たばこ、薬物など)
A行為・プロセスの依存(ギャンブル、パチンコ、買い物、盗癖、ネット、性、浮気)
B人・関係の依存(女性依存、男性依存、DV、ストーカーなど)
人によっては2つ以上の依存の合併や他の精神疾患と合併があります。

嗜癖を説明するのに一つには生理学とか薬理学といった医学分野の説明があります。動物実験でわかってきていることですが、ある行為が習慣として形成されるメカニズムや、その後、その習慣が強められたり、弱まったりするメカニズムは脳の特定な部分の働きで説明ができるそうです。学習が習慣を形成し、習慣が性格を形つくるという単純な図式もある程度は説得力があります。 ただ今ここで私がこだわりたいのは、ドストエフスキーが『賭博者』という作品の構想で述べている賭博者に対する独特な思い入れです。ドストエフスキーはストラーホフにあてた手紙の中で主人公の賭博者について次のように述べています。
「この男はある意味で一個の詩人なのです。しかも重大なことはこの男がその自分の詩的傾向を深く心に感じていて、それを恥じているということです。そうではあるのですが、この男のリスクを求める欲求こそがこの男を彼自身の意識においても高貴なものにしているのです」

もし、みなさんの中に賭博経験のある方がおいででしたら、後ほどじっくりうかがいたいのですが、賭博はなにやら凄い体験のようなのです。凝縮された時間の中で天国と地獄を一時に見、その中でスーパーマンとマルメラードフを同時に演じるかのようです。彼らはお金ではないなにかを必死に求めているようでもあります。妻アンナの日記を読むとドストエフスキーの賭博熱がいかにすざまじいものだったかがよくわかります。結婚後まもなくロシアを離れ、結局4年の長きにおよんだ外国生活のかなりの部分が賭博への呪縛で占められていたといえると思います。ロシアへ帰国する3か月前、一人賭博場に出かけていたドストエフスキーは旅費までつかいはたしてしまい、例によってアンナに手紙を書いて謝り、哀願し、二度と賭博に手を染めないと誓います。何度となく同じ経験をしているアンナはその言葉を信じませんでしたが、後にこの時のドストエフスキーの言葉は真実であり、その後二度と繰り返されなかったと回想しています。その時の手紙に、ドストエフスキーは「自分の身に偉大なことが成就された、こんどこそ更生した」と書いています。

このドストエフスキーの更生の物語は多くの謎に満ちています。今回嗜癖のことを調べていて、あるエピソードに遭遇しました。こちらはアルコール依存症からの更生の物語で、かのユングが関わっています。ユングはある重症のアルコール依存症の患者を診ていましたが、ある時彼にむかって「あなたは医術や精神医療ではどうにもならない」とはっきり言ったそうです。その患者が「他に方法がないのですか」と聞くとユングは「霊的(spiritual)なあるいは宗教的な体験をすれば、つまり真の転換を体験すれば回復可能かもしれない」と答えたというのです。この患者はその後、宗教活動に身を投じ、断酒に成功します。この患者とユングとの邂逅がきっかけになって、<無名のアルコホリックたち(アルコホーリクス・アノニマス)>と呼ばれるアルコール依存症の人たちの更生のためのグループが設立されるのです。ユングは後にそのグループの会長にあてた手紙の中で次のように述べています。「彼のアルコールへの渇望はある霊的乾きの低い水準の表現でした。その乾きとはわれわれの存在の一体性に対する乾きであり、中世風の言い方をすれば神との一体化ということであったと思います」(典拠:『アルコホーリクス・アノニマス』通称「ビッグブック)この二つの更生物語の類似性から、嗜癖が人間の精神に深くかかわる、しかも身近な問題であるという思いを強くしました。 フロイドはドストエフスキーにとても関心を示していて、『賭博者』という作品についても、かのエディプスコンプレックスで説明していますが、私はユングの方がドストエフスキーの更生の謎に迫っていると思います。(20015.10追加:ドストエフスキーの更生の謎に重なる記事 依存症患者の心の癒やし

最後に、オウムにとらわれた若者たちの行為を嗜癖行動というふうに見ることができるのではないかと考えました。彼らはマインドコントロールで呪縛されたとはよく言われていますが、宗教という嗜癖におちいったと考えるほうが理解しやすいように思われました。人生に飢えと乾きを感じた彼らは、それを癒したいという願いから宗教という嗜癖のワナに落ち込んでいったのではないでしょうか。嗜癖は身近な落とし穴です。そこから抜け出すのが容易ではないことは想像できます。嗜癖は現代においてよりいっそう注目すべきキーワードになっているように思われます。