ドストエフスキーとてんかん/病い


ドストエフスキーのてんかん発作 ─妻の側からみた病─
 
聖マリアンナ医学研究誌 8:120-125、2008

高橋正雄、木山祐子

<抜粋>
Y.考察 (p.124-125)

アンナ夫人の日記には、最初は夫の発作に驚き、途方に暮れるだけだったアンナ夫人が、次第に発作や発作後の気分変調に適切な対応ができるようになっていく過程を見ることができる。20代そこそこで親子ほども年の違う相手と結婚したアンナ夫人であるが、彼女は比較的短期間でてんかん発作に悩む夫を支えるのみならず、周囲の好奇の眼差しから夫を守れるまでに成長しているのである。そしてその結果、二人はてんかんという当時としては不治の病を抱えながらも、9月15日の日記に「彼はとても親切で陽気で、すごく気をつかってくれ、私を毛布ですっかりくるんでくれた。ほんとうにやさしいフェージャ、私は彼をすごく愛している」とあり、翌16日にも「私たちはこの頃、とても仲が良い、これ以上ありえないくらいに睦まじい。もしこうした状態が長いこと続いてくれたら、ああ、どんなに幸福だろう」とあるように、極めて良好な夫婦関係を築くまでに至っている

正にアンナ夫人はよくできた妻というべきであるが、アンナ夫人の対応の中ですぐれていると思われる点をまとめると、以下のようになる。
1 )発作の再発を心配する夫に、「もう発作の心配はない」と言って、安心させている。
2 )発作後に死の恐怖に襲われた夫に、すぐそばで寝ることや何かあったらすぐに起きること、夫が眠るまで見守っていることなどを伝えて安心させている。(不安に駆られている患者の側を離れずに見守るという対応は、『カラマーゾフの兄弟』の中で悪魔の幻覚に怯えるイワンに対するアリョーシャの対応にもみることができる)
3 )発作後の気分変調で不機嫌になっている夫から言いがかりをつけられた時には、口答えをせずに黙ってその場を離れ、夫の機嫌が自然に治るのを待っている。
4)夫に怒鳴られた時には、本当は良い人であり、病気がさせていることだからと考えることで耐えている。
5) 発作時の様子を冷静に観察、記録し、最後には本人よりも発作の予兆を的確に捉えられるようになっている。

特に注目すべきは、アンナ夫人がこうした対応を、知り合いもない異郷の地で考え出していることである。普通なら、このような問題に対しては、母親なり夫の身内なりに相談するはずであるが、彼女はそうした助言も得にくい、夫と二人だけの国外生活の中で介護者として成長しているのである。

しかも、この時の旅行は決して世間一般の新婚旅行のようなものではなかった。そもそも結婚間もな いドストエフスキーが妻とともにヨーロッパに旅立ったのは、第一に債権者から逃れるためであり、第二にアンナ夫人と自分の係累との折り合いが悪かったためであり、第三に自らのてんかん発作を軽減するためであった。そうしたいわば夜逃げ同然の貧しい旅行の中で、アンナ夫人は、なけなしの金を賭博ですってしまう夫のために、質屋通いをしたりロシアの実家に援助を求めたりしながら、てんかんの夫を介護しなければならなかったのである。21歳の若妻としては驚くべき忍耐と聡明さであるが、アンナ夫人がこうした対応ができた背景には、元々彼女が夫を作家として尊敬していたという事情もあろうし、 結婚前にてんかんのことを打ち明けられて納得づくの上で結婚したというような事情も働いていたのであろう。アンナ夫人は、夫のてんかん発作や気分変調を目の当たりにしながらも、基本的には夫に対する尊敬と愛情を失わずにいるのである。

そして、アンナ夫人がかかる状況の中にあっても 精神的な安定を保ち、介護者として成長することができた要因には、彼女が日記を書きつづけたということも挙げられるのかもしれない。アンナ夫人自身、 後に『回想』の中で当時を振り返って、「日記こそ、自分の考え、望み、恐れを打ちあけるべき友人だった」と語っているように、日記を書くことが自らの考えを整理し感情を発散させるという治療的な役割を果たしたものと思われる。

結局、数力月の予定で始められたドストエフスキ 一とアンナ夫人のヨーロッパ旅行は、4年の長きに及んだ。その間、ドストエフスキーはてんかん患者を主人公にした長編『白痴』を書き上げ、アンナ夫人はてんかんの夫の介護をし、夫の原稿を清書しつつ3人の子供を身寵もっている。この4年間の旅行は、てんかんの治療という点では必ずしも成功ではなかったかもしれないが、様々な意味で多産な旅だったことになる。

付記)アンナ夫人の日記の9月26日(P.408)には、1864年に肺病でなくなったドストエフスキーの最初の妻マリアの晩年について、「死に先立つ3年ほど前から、彼女にはいろんな物の幻覚が現れた。全然ありもしない物が見えた」という記述がある。『カラマーゾフの兄弟』には幻覚で苦しむイワンを介護するアリョーシャの姿が描かれているが、そこにはあるいは、この最初の妻を介護した時の体験がもとになっているのかもしれない。

『 ドストエーフスキイ夫人 アンナの日記』 
アンナ。ドストエーフスカヤ 著  木下豊房 訳  河出書房新社 1979 
『回想のドストエフスキー』(1925)
アンナ。ドストエフスカヤ 著 松下裕 訳 みすず書房 1999