Medical Dostoevsky&My Dostoevsky
ドストエフスキー曼荼羅 特別号 (清水正とドストエフスキー)2018


「清水ドストエフスキー」のロマンチック批評

下原康子

今振り返って残念に思うことがある。「ドストエーフスキイの会」第9回例会(1970年6月)の清水さんの発表「『罪と罰』と私」が聞けなかったことだ。当時清水さんは20歳だった。わたしが会に参加するようになったのは、同年の12月からで、会でじかにお会いしたことはないが清水さんの名前はよく耳にしていた。憧れのまじった親しさを感じていたと思う。わたしの目には会の人たちが『罪と罰』の登場人物に重なって映ったものだ。新谷敬三郎先生はスヴィドリガイロフ(のちにはステパン先生)、江川卓さんはポルフィーリー(ご自分で「ぼくはポルフィーリーです。すっかりおしまいになった人間です」と言われたことがある)そして、清水さんはもちろんラスコーリニコフだった。(「ラスコーリニコフ以上に長く密度の濃い関係を持ち続けている人間は実世界にはいない」と書かれている)。

小山田チカエさんのアトリエではじめて清水さんと顔を会わせた。1977年のことだ。スラリとした長身、長髪、熱を帯びたまなざし、ラスコーリニコフが宿ったかのような風貌。近寄りがたい存在だった。それから半世紀近くの月日が過ぎ去った。今のわたしの目にうつる清水さんは登場人物のだれでもないが、それでいてだれかしらに似ている。自ら選びとったのかあるいはドストエフスキーから受けた啓示によるものか、それはわからない。どちらにしろ「真の自分」を探求するために苦行する求道者にみえる。清水さんの苦行とは休みなく書き続けることだ。

清水さんの批評は、登場人物一人一人にスポットをあててディテールを徹底的に読み込み、裏の裏までその人物を分析し、その上で清水さん独自の想像を羽ばたかせる、そういう手法である。「ロマンチック批評」と呼びたい。ドストエフスキー作品には主役格(変人や病者が多い)のほかにストーリーに関係のない──それでも立派に名前のついた──小物たちがあちこち出没して困惑させられるのだが、清水さんはそういう小物たちにも目を注ぐ。ドストエフスキー以上の愛着を示すことさえある。清水さんの批評にはとまどうこともあるが、一方で目からうろこのひらめきを受け取ることも多い。『ドストエフスキー「罪と罰」の世界』からひらめきのいくつかをあげてみよう。

ひらめきその一、「『罪と罰』の主人公はひとりの青年」というアイディアはコロンブスの卵である。ラスコーリニコフに対するステレオタイプの解釈がひとまず一掃できた。おのずともうひとりの青年『未成年』のアルカージイが脳裏に浮上してきた。ひらめきその二、「スヴィドリガイロフは“笑う幽霊”である」よくぞ言い切ってくださいました。すっきりしました。一方でポルフィーリー幽霊説にはいまだ共感できない。わたしの場合、刑事コロンボのイメージが影響しているかもしれない。ひらめきその三、「リザヴェータ殺しに対するラスコーリニコフの無視とドストエフスキーの失念」この指摘は重要だと思う。ドストエフスキーはときどき、あえて書かなかったりわざとわかりにくく書いたりと、躓きかねない仕掛けをする。もっともその仕掛けにひっかかるのは察しが悪い読者だけかもしれないが。いずれにせよ丁寧に再読して確認してみたくなるポイントである。ひらめきその四、「ルージンにこそ“人間”を発見しなければならない」清水さんならではの主張だと思う。寛容なドストエフスキーがルージンに対しては冷淡だ。ところが実世界においては俗人ルージンはそこいらじゅうに存在する。わたし自身もルージンの気がないとは言い切れない。「人間はみな卑劣漢だ。でも、もしかしたらそうではないかもしれない、という一瞬がドストエフスキー全作品を通して最も重要な瞬間である」と清水さんは書いている。ルージンの克服は自分自身との終わりのないふだんの闘いになるだろう。ひらめきその五、「ぶりっこ仮面ラズミーヒン」この発想はスヴィドリガイロフ幽霊説よりもある意味不気味で謎めいている。ラスコーリニコフが最初に告白した相手がソーニャではなくラズーミヒンだったのはなぜか。この場面を最後にラズーミンヒンは読者の前から消える。謎が残る。ラズーミヒンは案外手ごわい。ひらめきその六、「カチェリーナのどん底の生存の絶頂時は夫の法事である」この指摘は「カーニバル的世界の感覚」をみごとに言い当てていると同時にカチェリーナの性質を的確に見抜いている。わたし自身ルージン以上にカチェリーナの気があることを自認しているので、カチェリーナにそそがれるドストエフスキーのまなざしのやさしさにほっとする。

わたしは1990年ごろから「ドストエフスキーとてんかん」というテーマに興味を持つようになったが、清水さんはすでに1970年代から初期作品 (『分身』『プロハルチン氏』『おかみさん』)の主人公のなかに現れたてんかん的な精神病理を指摘されていた。(『ドストエフスキー初期作品の世界』)。ドストエフスキー遍歴がスタートしたそのときから清水さんの探求の徹底ぶり、思索の純粋さ、書くことへの情熱と意志は並大抵のものではなかった。それから半世紀にわたって書きつづけられた「清水ドストエフスキー山脈」の全貌が、ようやくわたしの目にも望めるようになった。一方で、ドストエフスキーの永遠の愛弟子である清水さんの遍歴に終わりはない。何年も先になって清水先生の教え子たちの脳裏にドストエフスキーが浮かぶであろうことをわたしは疑わない。ドストエフスキーの年齢を越えた清水さんの「回想のドストエフスキー」を期待している。