室生犀星『愛の詩集より』

また自らにも与へられる日


人間の苦労をつくづく私はして来た
欄間にかけた
ドストエフスキイの顔を見る
室を歩くたびにその顔をよく見る
けふも友人の苦しみを聞いた
その人のことを考へるだけでも
おれはよいことをしたと思ふ
自分が友の門のところまで行つて
パンを投げ込んでからも
自分が果してさういふことをしていいかと
永い間自分を恥ぢた
そして此人の肖像のしたで
打たれ苦しめられて
深い恥かしさを受けてゐる
おお 大ドストイエフスキイ

底本:「抒情小曲集・愛の詩集」講談社文芸文庫、講談社
   1995(平成7)年11月10日第1刷発行