Medical Dostoevsky

カラマーゾフ コンプレックス:ドストエフスキーとDNR(蘇生措置拒否)指示 

Martha Montello & John D. Lantos  下原康子 訳

論 題:The Karamazov Complex: Dostoevsky and DNR Orders
著者名:Montello, Martha, 1949- Lantos, John D.
掲載雑誌:Perspectives in Biology and Medicine, Volume 45, Number 2, Spring 2002, pp. 190-199


*Department of History and Philosophy of Medicine, University of Kansas School of Medicine. †MacLean Center for Clinical Medical Ethics and the Department of Pediatrics, University of Chicago. Correspondence: Martha Montello,Department of History and Philosophy of Medicine, University of Kansas School of Medicine, 2025 Robinson Hall, 3901 Rainbow Boulevard, Kansas City, KS 66160- 7311. Email: mmontell@kumc.edu. Some of the analysis in this essay has been included, in a different format, in a book by John Lantos, The Lazarus Case: Life-and-Death Issues in Neonatal Intensive Care (c2001). Reprinted by permission of The Johns Hopkins University Press.
Perspectives in Biology and Medicine, volume 45, number 2 (spring 2002):190?99 c 2002 by The Johns Hopkins University Press


抄 録

集中治療室で困難な終末期の意思決定に直面した家族たちの多くは、個々人の哲学と今日の法律における意思決定モデルの両方に折り合いをつける訓練は受けていない。彼らは、最終的には承認せざるを得ない場合でも、その決定における責任を避け、共犯でありたくないと願う。ここでは、新生児の集中治療室のケースにおいて、家族たちがどのように悲劇的な決定を行ったかを二つの小説の考察をふまえて調査した。ドストエフスキーの『カラマゾフの兄弟』、大江健三郎『個人的な体験』、この作品には、共犯の立場に置かれた人々がいかにしてその責任を共有したか、あるいは回避しようとしたかについてのコミュニケーションのパターンが描かれている。ICUにおける家族の実際のプロセスと作家の描写との間には心理学的な類似点がある。医師が家族に向き合うためのアプローチを議論するにあたって、この類似点は、DNR(蘇生措置拒否)の指示についての実用的な臨床的意味を有している。


過去の20年、終末期医療の意思決定についての関心と議論は、治療からの撤退に関する問題として、多くの法廷事件、実証研究、哲学論文、制度上の方針、および連邦の立法に影響を与えてきた。(Halevy and Brody 1996; Luce and Alpers 2001; Miles, Koepp, and Weber 1996; Weir 1986) 議論の中心となったのは、生命維持装置を取り外す時期などの手順の問題であった。どのように決定がなされるべきかという手続き上の問題に加えてさまざまな治療法が試みられている経過の中で、どこで撤退するかという微妙な問題についても議論された。 (Prendergast 2001) 世界中の国や州では、これらの問題においてそれぞれに規則を作り発展させた。こうした努力によって、「死」と「死にいくこと」についての人々の考え方に変化がもたらされ、それは世界的・社会的なムーブメントになった。

こうした社会の動きにより医療現場での実践も変更された。現在では、手控え(withholding)あるいは治療の終了( withdrawing)は日常的に実施されている。治療の手控え、治療の終了のプロセスは、救命救急医と終末期の患者のケアをする医師にとってルーチンの訓練の一つとなっている。多くの患者は生命維持装置を断る可能性について認識を持っている。このテーマは新聞記事、ラジオショー、プライム・タイムのテレビドラマなどでしばしばとりあげられている。

しかしながら、いくつかの点から、これらの社会運動のインパクトはそれほどでもなかった。運動の一つの具体的なゴールは、死が近づいたとき、その最後の決定についての責任を取ることができるように個人をエンパワーすることであった。意思決定のためのプロセスのほとんどは理論的で、法律および哲学の議論により、個々の患者の自律性が最重要の原則であることが強調されている。しかし、多くの患者および家族は、実際の場面でこの理論的な原則を効果的に使う方法を把握していない。彼らは、終末期の意思決定を想定した自律性の訓練をしてはいないのである。

実例は豊富に存在する。1990年代初期に、Tenoらは、4800人の重篤疾患のICU患者を考察した。
(SUPPORT Principle Investigators 1995; Teno et al. 1997a) 対象は余命6ヶ月以内と予測された患者であった。569例 (12%)では、さまざまな形式の事前指示書を用意していた。90 例(16%)は、終末期のケアについて具体的な手順を示していた。23例(4%)は、延命治療を拒否していた。明らかに患者の具体的な事前指示書が存在したこれらの少ないケースにおいてさえ、医師がその指示に従ったのはこれらのケースの半数であった。GoodmanらはICUにおける死亡を考察した。患者が受けるケアには事前指示書の有無による違いはなかった。(1998)同様に、SmediraらもICUにおける死亡を考察した。115人中5人の患者が生命維持装置を外す決定に自ら参加した。大半の患者は決定に同意する能力が失われていた。これらの患者の中で、102例は家族が決定に関わった。残る8人の患者の家族は見つからず、決定は医師によりなされた。(1990)

事前指示書の普及についての説得力のある理論的な議論の高まり、そして、成人の大半が自らで死を決定したいと表明しているにもかかわらず、指示書を用意している人は少ない。(Miles, Koepp, and Weber 1996) また、それを用意していた人でも、実際の場面で受けるケアが必ずしも彼らが述べた希望と一致しないという悩ましい事実がある。(Teno et al. 1997b) この問題についての、法律や倫理委員会の推奨、医学校で教えられている指針、病院やクリニックにおける担当医師の慣習の間には大きなギャップがある。これらのギャップは、現在の理論が現行の実践と一致していないことを示唆している。この当惑させられる現象に対する反応は二つ考えられる。まず、患者がより多くのエンパワーメントを必要としているということを認識し、終末期の患者の希望を実現できるように様々な方法を工夫する。他方、個性と自律性に重点を置くことが望ましいと考えられている現在の意思決定の方法への疑問が生じ、それとは別の道徳的な知恵を生み出そうとする考え方が出てくる。われわれは後者に共感する。患者、医師、および家族が難しい終末期の決定を迫まられたとき、患者が述べた希望を厳密にフォーカスするのを避けるというのが一般的な慣習である。このことは微妙な倫理の知恵を反映しているのかもしれない。とりわけ家族は、現在の終末期における理論が示唆する方法で患者の自律性やエンパワーメントを望んでいないのかもしれない。

ドストエフスキーとDNR(蘇生措置拒否)指示

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、生死にかかわる決定、倫理的責任の推論、罪と責任などを道徳的・心理学的に探求した優れた文学作品である。小説では、個々人の欲望、選択、および行動について、かれらの道徳的な責任というよりむしろ、家族が共犯関係になる状況を描いている。登場人物の選択を左右する衝突や希望や戦略について現実とは比較にならないほど豊かな言葉で表現されている。『カラマーゾフの兄弟』の中では、父の死に関する4人の兄弟の共犯的な責任を深く探っている。彼ら兄弟とICUで難しい決定に直面している家族の心理には似通ったところがある。物語はそのような家族の現実に豊かな洞察を提供するだろう。

カラマーゾフは「黒塗りの」というロシア語に由来する。カラマーゾフ4兄弟の父であるフョードルにふさわしい名前である。彼は邪悪、不潔、酔っぱらい、児童虐待、強姦、いかさまを行う男である。しかながら、それ以上に、カラマーゾフという名前は4人の息子たちの密接な関係を明示している。一般的人間性や道徳的選択において、兄弟は父とは似ていない。また、お互いも似ていない。4人の息子のうちの3人は父の死を願っていた。生きている価値がないと決めつけている。3人はそれぞれ別の理由から彼の死を望んでいた。しかし、小説の中では、終盤まで彼らのうち誰が父を殺したかは不確かであり続ける。

フョードルは、金銭と女性の問題で長男のドミートリーと反目していた。フョードルを憎むドミートリーは殺すと脅している。同じ日の夕方、真ん中の息子のイワン〈彼は父の家に同居している〉は、翌朝モスクワへ発つ計画を異父兄弟のスメルジャコフに告げる。スメルジャコフはもしイワンがモスクワへ発つならば、ドミートリーがその留守を利用してフョードルを殺害するかもしれないと仄めかす。イワンの驚愕にもかかわらず、スメルジャコフはイワンにモスクワに発つように勧める。庭木戸での会話で、二人の間に半分不確かな微妙な意思決定が共有された。
イワンはスメルジャコフに訊ねる。

「じゃ、おまえはどうして」と彼はふいにスメルジャコフの言葉をさえぎった。「そんな事情があるのに、おれにチェルマーシニャへ行けなんてすすめるんだ? おれが出かけたら、たいへんなことになるじゃないか」イワンは苦しそうに息をつぃた。
「まったくおっしゃるとおりでございます」スメルジャコフは静かな、分別くさい調子で言ったが、目はイワンの様子をじっとうかがっていた。
「何がまったくおっしゃるとおりだ?」イワンはやっとのことで自分を抑えつけ、恐ろしいばかり目をぎらぎらさせて問い返した。
「私は、あなたがお気の毒なのでお話ししましたのですよ。もし、私があなたの立場でしたら、こんなことにかかり合いになるより、・・・・何もかも放り出して、さっさと行ってしまうところです」ぎらぎら輝くイワンの目をひどくあけすけな態度で見返しながら、スメルジャコフは答えた。二人はしばらく無言だった。
「おまえは、どうやら大馬鹿らしいな・・・・おまけに、言うまでもないが、とんでもない悪党ときている!」そう言うと、イワンは突然ベンチから立ちあがった。それから、さっさとくぐり戸から入ろうとしたが、ふいに立ちどまって、スメルジャコフの方を振り返った。何か奇妙なことが起こった。イワンはまるで痙攣でも起こしたように、だしぬけに唇を噛みしめると、拳を固め、つぎの瞬間には、当然、スメルジャコフに飛びかかろうとするような身構えを見せた。すくなくとも、相手はそれに気づいて、思わずぎくりとしたように全身を後へ引いた。だが、その一瞬はスメルジャコフにとっては無事に過ぎ去り、イワンは無言のまま、だが何か心に引っかかているような様子で、またくぐり戸の方へ向きを変えた。
「おれはあすモスクワに発つぜ、知りたければ教えておいてやる、明日の朝早くな・・・それだけだ!」イワンはふいに憎悪をこめて、一語一語を区切りながら、大きな声で言ったが、そう言ってしまってから、なぜスメルジャコフにこんなことを言ったのか、われながら不思議でならないふうであった。
「それがいちばんよろしゅうございますよ」相手はそれを待ち受けていたように、すぐさま言葉を引き取った。(第5編6 江川卓訳)


小説の終盤で、スメルジャコフがこのときの会話をイワンが父の死を望んだと理解していたことが明らかになる。しかし、このときのスメルジャコフはイワンがフョードルの殺人を是認した上で旅行に発つつもりなのかまったくあいまいなままに会話を終えている。このとき、イワンが何を考えていたか、自らの考えに気づいていたかも明らかではない。イワンはモスクワに出発し家を空ける。その夜、フョードルはスメルジャコフの予言どおりに殺害される。ドミートリーが殺人の疑いで逮捕される。小説の残りの三分の二はフョードル殺害についての罪と責任の探求である。

イワン、ドミートリー、スメルジャコフの3人はあきらかにフョードルの死を望んでいたが、その誰もがその決定あるいは実行に関して責任を取りたくはないと思っていた。彼らはアンビバレントな状態だった。不安感と道徳的な良心の呵責を抱いていた。彼らの誰もがいかなる含意においても父の死を引き起こしたとされることには怒りを覚えた。それは事件の後でも同様だった。

明らかに、ICUにおける家族の決定とカラマーゾフの兄弟の決定では大きな違いがある。にもかかわらず、小説における感情および道徳的な考察は、生命維持の治療を手控えするか終了するかの決定を迫られている家族の状況にも共通するものがあり、そのような家族の決定に役立つ方法を示唆している。家族の多くは治療を終了して欲しいと望んだとしても、その決定については道徳的責任を取りたくないと考えているのだ。詩人のアラン・シャピロは、最近、彼の姉妹の死についての『徹夜』(1997)という本を書いた。その中で、彼は衝撃的な告白をしている。
「私たちは、彼女が衰えるのを見ることに飽きた、何もできない情けなさに飽きた。私たちは無力さに飽き、自分が疲れていることに対してやましさを感じている。家に帰りたい、それが私たちの無言の希望であり、汚い秘密だ。」

愛する家族の死を望むことはまさしくシャピロのいう「汚い秘密」である。家族はしばしば治療の制限に関するどのような提案に対してもきっぱりと反対することによって、このような「汚い秘密」を抱いている罪を隠そうとする。われわれは、最近、新生児の集中治療室で働いていた医師と看護婦にインタビューして、彼らが経験したケースでどのような意思決定が行われたか、そのプロセスを聞いた。

1人の医師が次の場面を語った。
私は[治療の終了]について両親に話した。私達は赤ちゃんを治すことができないこと、そして治療を終了したいと考えていることを話した。「そんなことができるはずがない。それは殺人だ」と父親は言った。そして、両手を握りしめて私に近づいた。私はなぐられるのかと思ったが、彼は私を通り過ぎて、手を壁に打ちつけた。それは奇妙な瞬間であった。まるで時間が止まったかのようだった。彼が向って来たとき私は立ちすくんだが、たじろぐまいとした。なぜなら、彼に、私が彼を信頼していないと思ってほしくなかったからだ。私は信頼してほしかった。だが、なぐられるかもしれないと思った。しかし、幸いなことに彼はそうしなかった。誰も傷つけなかった。そしてドアの外に出て行った。数分後、私はホールで彼に会った。彼はもう終わったのかと尋ねた。今準備していると私は答えた。そして引き返して、酸素を外し彼女の苦痛を除くためにフェンタニルを増やした。父親は私に微笑んだ。涙ぐんでいたが微笑みながら去っていった。これは彼にとって大きな転換点だった。

ドストエフスキーの小説とNICUの場面において、同様の奇妙なコミュニケーションのパターンが現れる。それは人々がまっすぐに自らの希望を表明しないということだ。一方で、相手が共犯かどうか、責任を共有するかどうか、関係の否認を許すかどうかを探ろうとするのである。人々が悲劇の決定についての責任を取りたがらないことは明白である。最終的には承認した決定でも、彼らは共犯であることを頑固に否定し、必死になって責任を避けようとする。当事者の観点からすれば、このような状況における最良の決定というのは、誰が決定をしたのか、また、ある時点において誰かその決定を知っていたかが明らかでないことである。イワンはスメルジャコフが何を仄めかしているかについてある程度は明白に知っていた。そうでなければ、イワンがあれほどまでに動揺し怒ってスメルジャコフに殴りかかろうとするだろうか。NICUの赤ちゃんの父親は、彼のとった行動が同意と承諾というふうに解釈されることを理解していただろう。しかし、同時に自分はその決定に対してできるかぎり反対したとも思っていたであろう。 イワンと父の間にアンビバレントな感情的な衝突があったことは彼が怒りから心ならずも受動的な共犯者となったことでも明らかである。

カラマーゾフの兄弟は、自分の内面を確かめることのないまま、父を殺害するという決定を許した。一方で、自分が寛容かあるいは非道かを確かめようと自身の感情の水域を探り、自らの道徳的な意見をほのめかす。ドミートリーは父への殺意を率直に認めた。イワンは特定の状況では殺人は是認されるという考えを持っていた。その思想はスメルジャコフを実行へと突き動かした。親切で高邁な末の弟のアリョーシャは兄たちを理解していたが、彼らに反対せず非難もしなかった。 結局、彼らはそれぞれが他の誰かが決定を行ったと思うことができるのである。ドストエフスキーの作家としての才能は、行動に至る決定の前に形づくられる共同体の共犯関係について、複雑で心理的な考察が必要であることを明らかにした。 兄弟が取ったプロセスは責任を割り当てるのでなくそれを隠すことであり、個々の自律性を促進するのでなくそれを見えなくすることであった。

同様に、多くの病院のケースにおいても、医師、患者、および家族は、お互いの個人的責任を問うことなく決定に至っている。このプロセスの卓越した鋭い描写が、ノーベル賞受賞作家の大江健三郎の『個人的な体験』(1964)に表現されている。大江の息子は脳ヘルニアをもって生まれた。作家と同じ状況に直面したバード(鳥)という人物がこの小説の主人公である。医師は息子の命を助けるため外科手術をすすめる。しかしながら、神経学的検査の厳しい結果から、医師は子どもの死を予測していた。他の医師は「植物人間」の可能性も述べていた。バードは手術をしてほしくなかったのだが、息子の死を許容していると思われたくはなかった。バードと医師の会話には、役割を課されることおよび責任を回避することに関してドストエフスキーと同じトーンが現れている。

「まだ今日のところはとくにとりたてていうことはないね。この四、五日のうちに、脳外科の先生に診てもらいましょう」
「手術することになるのでしょうか?」
「それに耐える体力がつけば手術してもらえるでしょう」と、医師はバードの躊躇を別の意味にとっていった。
「手術し、正常な子どもに育つ可能性はあるでしょうか?昨日、赤んぼうが生まれた病院では、そうするにしても植物的存在にしかならないということでしたが」
「植物的存在ねえ・・・」医者は、バードの問には直接には答えないでそういうと黙り込んだ。
(中略)
「きみは、この赤ちゃんが、手術うけ、回復することを、まあ、一応回復することを望んでいないの?」
「手術をしても、正常な子どもに育つみこみが希薄なのでしたら・・・」
「直接に手をくだして、赤んぼうを殺してしまうことはできないよ」
「それは、当然・・・」
「きみも若い父親だし、といって、おれくらいの年か?」
医者は他のメンバーに聞こえないように声をひそめてこういった。
「赤ちゃんのミルクの量を塩梅してみよう。ミルクのかわりに砂糖水をあげる場合もあるでしょう。それでしばらく様子を見て、しかもなお赤ちゃんが衰弱しないようなら、やはり手術にもっていくほかないね」
「ありがとうございます」とバードはいかがわしい吐息とともにいった。
「どういたしまして」と医者はまたバードに、自分が愚弄されているのではないかと疑わせる調子でいうと、もとの抑揚に戻って「四、五日たってから、見にきてください。せっかちに急いでも、きわだった変化は期待できないよ!」といいわたし、縄を喰った蛙さながら堅固に唇を閉ざした。バードは医者から眼をそむけて頭をさげるとドアに向かった。(新潮文庫 P.116〜119)


この対話には、曖昧なことば、誤解、ヒント、および責任回避などが織り交ぜられている。かなりあいまいな会話だったにもかかわらずバードと医者は同じ決定に至ったようだ。それは、いくぶん恥じながらもお互いの責任を回避する方法だった。大江は、究極の道徳的責任に関する問題をドストエフスキーの小説と同様に扱っている。バードは悪夢を見る。

「バードは暗がりの向こうの審問官たちに召喚されたのだ。そしてバードはどのようにして審問官たちの眼をかすめ赤んぼうの死の責任をまぬがれようかと苦慮していた。バードは、結局自分が審問官たちの眼をまぬがれえないだろうことを感じているのだが、それと同時に、あれは病院の連中がやったのだと、審問官たちに上告したいとも感じてもいる。どうにかおれは、処罰をまぬがれえないだろうか?」(新潮文庫P.137)

大江とドストエフスキーは罪と責任の問題に関して深い探究を行っている。ドストエフスキーにあっては、そのことが、優れた推理小説に似通った物語の構造をもたらしている。フョードル殺害の状況が次々に明らかにされ、広範な警察の捜査に続いて、詳しい裁判の場面がある。真相追求のためのあらゆる試みが描かれているにもかかわらず、読者は、陪審員と同様に、最後まで誰が殺人に積極的に関わったのか確信が持てない。本当に責任があるのは誰なのかわからないのである。興味深いことに、それは登場人物自身にさえ不確かであるようだ。この小説の中心的テーマは、誰が殺害に積極的に関わったのかだけでなく、それ以上に、誰に道徳的責任があるのか苦悶する過程にある。ドミートリーの裁判が終わりかけたころ、イワンは再びスメルジャコフに会いに行く。スメルジャコフは、イワンに、フョードル殺害において二人は共犯であるとあてこする。イワンは激怒して問い詰める。

「じゃ、おれがあのとき人殺しのことを承知していたとでも言うのか?」
「あなたご自身、あのときはお父上の亡くなられることをたいそう望んでいらしゃったんじゃないかという意味でして」
イワンはいきなり飛び上がると、彼の肩口いっぱい拳固で殴りつけた。
「じゃ、おまえは、悪党め、あのときおれがドミートリーとぐるになって親父を殺すつもりだったと言うのか?」
「あのときのあなたのお考えがわかりませんでしたのですよ」スメルジャコフは気を悪くしたように言った。
「それでその点についてあなたを試してみようと思って、あのとき門から入られるところをお引き止めしましたので」
「何を試すんだ?何を?」
「ですからそのことでございますよ、お父上が早いところ殺されることをあなたがお望みでいらしゃるかどうか」
「どうしておれがそんなことを望むんだ、なんでそんなことを望むわけがあるんだ?」
「わけも何も大ありじゃございませんか?遺産はどうでございますね?」
「おまえの考えでは、おれがドミートリーの兄貴にああいう役を割り振って、当てにしていたというのか?」
「あなたがあのときドミートリーさんを当てになさらないはずもありませんわけで」
「いいか、もしおれがあのときだれかを当てにしたとすれば、そりゃ、むろんおまえで、ドミートリーじゃなかったんだ。誓って言うが、おれは何かおまえがけがらわしいことをやりそうな予感までしたほどなんだ。あのときな・・・おれは自分の感じをよく憶えているぞ」
「私もあのときそう思いましたですよ、ちらとでしたが、ははあ、私のことも当てにしていらっしゃるんだなって」
・・・
「やはりあなたはこの事件全体について罪がおありですからね。あなたは殺人のことをご存じで、私に人殺しを依頼しておかれながら、万事ご承知のうえで、ご自分はお発ちになってしまったのですから。この事件の主犯はあくまでもあなた一人でいらっしゃる、私は確かに手を下しはしたが、ほんの脇役でしかない、あなたこそれっきとした殺人犯でいらっしゃる」(第11編7〜8 江川卓訳)


結局、イワンは自分を共犯と認めるようになる。危険を十分に予知しながらあえて家を空け、父親を死に追いやったからだ。(Guerard 1976)。より微妙な点は、イワンが徐々に、父の死は彼の願いの成就だったと考えるようになったことである。(Moreson 1994)。

文学における道徳的問いかけの臨床的・倫理的意味

偉大な文学は読者を捉え、他のいかなる形式の問いかけにもまして、人の道徳的体験の微妙な複雑さに関する深い洞察を提供する。(Nussbaum 1990) 作家・批評家のジョン・ガードナーは、小説と劇作のことを、人の選択の動機づけを裏返しから明らかにするという方法で、人が持つ意図、欲望、行動の結果を探ることができる「道徳の研究所」と呼んだ。(1978)偉大な作家たちが創造した物語において、われわれは、作中人物の道徳的な現実を自分の身に置き換えて体験する。ことばや形式など様々なテクスチャーによって、文学は特異な状況や不測の事態に置かれた人や家族に対して、生きることを選ぶかあるいは死を受け入れるかの選択についての微妙で暗示的な忠告を詳細に提供する。

家族における意思決定に関して、ドストエフスキーの描写とICUにおける家族のプロセスの間の心理的な類似点から、いくつかの興味深い臨床上の意味を気づかされる。二つの小説でもICUの場面においても、人々はできることなら死をもたらす決定に伴う責任をさけたいと願っていた。

この考察において、われわれは文学における意思決定の心理的・道徳的な描写が、卓越した哲学者の多くが推奨するプロセスとはまったく異なることを示唆した。哲学者は個人の選択と自律性の重要性を強調する。一方で作家は、個人が選択を避け自らの自律性をおおい隠すプロセスを説明している。これは哲学とは一致しないように思われるかもしれない。しかし、それは、哲学と文学の役割のポイントが違うからである。とりわけこのような極限状況においては、哲学は理想主義的なわれわれがそうありたいと望むべきビジョンを提供している。しかし、これらのビジョンの多くは、過酷すぎ、純粋すぎて現実的ではないかもしれない。一方で、文学はわれわれの生き方に即して記述し描いている。文学に求められる道徳的要請は、生の体験の真実に注がれる絶妙な注意喚起である。それは、寛容と許し、弱点や欠点、および妥協などによって成り立っている。

文学と哲学の違いは、厳密に言えば、道徳的な原則の違いではないかもしれない。ドストエフスキーと大江は自律性に反対しているわけではないし、道徳的な理想を提案しているわけでもない。代わって、作家は、徳性への衝動とそれと相反する自律への希望と欲望が人間の中で格闘するねじれた道程を描いた。人間社会を知るためのこの二つの方法は、道徳的ガイドラインを求める臨床医へ深い洞察を提供する。

文学は終末期の意思決定に役立ついくつかの臨床上の実用的な意味を提供する。その一つがこれまでの方法に代わるDNR(蘇生措置拒否)指示に関する議論である。個人はしばしば自己責任より連帯責任を好み、また責任を回避したがるのが事実であれば、医師が患者や家族とDNR(蘇生措置拒否)指示の議論を開始するにあたって、そのゴールは再定義されるべきであろう。今日、意思決定においては通常、特定の人がピンポイントで選ばれる。医師はもっとも法律的な権限が与えられているのは誰かを見極め、かれらに決定を促す。かれらがこのアプローチに抵抗すると医師はイライラする。ドストエフスキーのアプローチは権限のピンポイント狙いではない。議論はより心理的なリアルな方法へと変わる。しかしながら、それは個々の権限を拡散させて合意を形成するというもので、法律的、哲学的には疑わしいゴールなのかもしれない。確かに、この曖昧な行程はよりいっそうの困難を伴う。合意というのは本質的に危ういものだ。実際にはそれぞれがばらばらかもしれず、正確には測れない。医師は存在しない合意を見る誘惑にかられる。医師にとっては、合意を形成するための微妙なプロセスで感情的に疲れ切った家族を指導するよりも、正式な権限を持つ人から正式な承認を得るほうが手っ取り早いかもしれない。しかしながら、難しいという理由だけで、患者と家族の道徳的・感情的な要求に寄り添うプロセスを避けるべきではない。むしろ、この難題についての認識こそが最初のステップになるかもしれない。

このプロセスは、現在多くのケースで見出されるプロセスとさほど違わないかもしれない。医師、患者、倫理学者、および家族は、「むなしさ」にとらわれながら、希望について話し合う。一方で「自然のなりゆき」にゆだねたいという願いに傾く。彼らは自分たちの意思を働かせようとはとはしない。その代わりに、より大きい、一見したところ、無情な力にも見える受け身の仲介者になるがために自身の意思を覆い隠そうとするのである。このようなドストエフスキー的アプローチにより、終末期のケアについて、現在広がる個人主義的モデルよりも、生活に即した、道徳的な経験をより正確に効果的に反映させる議論が生み出されるかもしれない。

References
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