ドストエフスキーとてんかん/病い

楽園への道 ハロルド・L・クローアンズ著 和田清 訳
典拠
ニュートンはなぜ人間嫌いになったのか ハロルド・L・クローアンズ著 加我牧子 等訳
白揚社 1993;第4章 楽園への旅(和田清 訳)
Harold L.Klawans,M.D.:Newton’s Madness 1990


神経内科医である著者とエクスタシー発作のある患者との出会いが語られています。25ページの本文を以下に要約しました。(下原康子)

ある日、私(著者:シカゴのクローアンズ医師・神経内科医)の診察室にマギー夫人(33歳)が訪れる。服装のセンスは抜群だが痩せていてやつれて見える。彼女は夫の転勤に伴いアメリカ各地を転々とし、その先々ですでに6人もの神経内科医にかかっていた。「複雑部分発作があるんです」ぶっきらぼうに彼女は言った。彼女はそれまでの経験から専門用語を知ってはいたが、理解しているという保証にはならない。慢性疾患の治療には、実質的な医師-患者関係(教師としての医師と生徒としての患者の関係)が必要になる。

「あなたの発作って、どういうの?」と私は尋ねた。彼女はためらいがちに語り始めた。「発作はとても短いのです。せいぜい1分」まるで短いのが不満そうだった。「もっと詳しく」と私は促した。
「すべてが突然のことで・・・・・私は強烈な暖かさを感じるんです。まるで・・・・・、それ以上ないほどの強烈なオルガニズムを感じたときのように。その後、私は安らかな気持ちになるんです。私はオルガニズムを感じたことがあります。すべてが暖かくて、美しいんです。それがすべてです」

私はそれほど驚かなかった。発作はどんなことでも起こしうる。発作の現れ方は、脳内のどの細胞とどの神経伝達路が燃えさかっているか、によるのである。意識の中へオルガニズムという生理機能を伝達する細胞と伝導路が存在する。それではなぜオルガニズム発作、つまり性的快感の発作があってはいけないのか。当然、あってもかまわない。

「あなたは、本当に発作を治療したいのですか?治療がうまくいったら、もう何も体験できないんですよ」
彼女は顔を上げて私を見て、はじめてニコッとした。「いいの、治療したいんです」夫との性生活はうまくいっていた。車を運転して子どもを歯医者に連れていく間に、そのようなオルガニズムを感じる必要はなかった。彼女は充分話し、私たちは薬について話し合った。

帰りがけに彼女は言った。「発作を治したいと思っているかどうか聞いたのは、先生だけです」
「患者さんが薬を飲むつもりがあるかどうかを確かめるための質問にすぎません」と私は言った。
「先生はこれまでに、私のような患者を受け持ったことがあります?」
「ないですね。でも快楽の発作を持っていた人について読んだことがあります」
「医学雑誌で?」
「ドストエフスキーの『白痴』で」
「ムイシュキン公爵」と彼女は言った。「私と同じだと思ったことはなかったわ。ドストエフスキーがてんかん持ちだったんですか。でも彼は天才だったわ」
てんかん持ちとはたんにくり返す発作あるいはてんかん発作を持っている人を意味しており、彼女自身、てんかん持ちであるのだが、彼女も社会的偏見を持っていたのである。

以下5ページに渡っててんかんに関して次のような記述がある。
T.Alajouanine (1963), H.Gastaut(1978), P.H.A.Voskukil(1983) の論文を典拠にドストエフスキーの病歴の解説。また、アンナ夫人、ストラーコフ、ソフィア・コヴァレフスカヤが回想の中で述べた発作の描写 (同時代人が語る ドストエフスキーのてんかんと病)、さらに、書簡の1つに書かれたドストエフスキー自身の体験が次のように引用されている。「しばらくの間、私はほかのときには体験できないような幸福を感じる。私は自分自身の中と、この世界とに完全な調和を感じる。そしてこの感覚がとにかく強烈で、しかも甘美なため、人は人生の十年間を、あるいはおそらく人生のすべてすら、躊躇なくこの数秒間の楽しみに替えようとするだろう」

4週間後にマギー夫人を診察した。「その後発作があったか、新しい処方の副作用はあったか」などわずかな質問に対して彼女は「ありません」と答えた。それ以上のやりとりは必要なかったが、彼女はドストエフスキーについて話したがった。『白痴』を持参してきており、ムイシュキンの発作の場面を読み始めた。読みながら、彼女の表情全体が変わった。彼女はもはや発作でおこるエクスタシーを恥じる必要はなかった。長い間、彼女の自己意識は汚されていたが、それは解消された。『白痴』によって彼女は回復した。予約の時間は1時間も超過していたが、彼女は『悪霊』も持参していた。彼女はキリーロフとシャートフの会話の場面を読み始めた。私は彼女に「ドストエフスキーはてんかんがあったから偉大な作家になったわけではないが、かといって、それが偉大な作家になるのを妨げたわけでもない」と言った。「でも、てんかんは彼の作品に影響を与えています。それに彼の哲学にも世界観にも」と彼女は抵抗した。「それはもちろん」と私は認めた。「当時は抗てんかん薬はなく、彼の発作はコントロールされたことはなかったのですから」

ドストエフスキーやマギー夫人のような発作はまれではあるが、確かに存在する。私が2,3の文献を教えると彼女は帰っていった。次の診察時間はそれらの症例研究に当てられた。いずれもエクスタシーを伴う発作の症例で、1例は悪性腫瘍があり、別の症例は父親にてんかんがあった。彼女は自分でも1つの論文をみつけてきた。それはF.Cirignottaらの論文であった。この症例の重要性は「エクスタシー・アウラ」が実は患者の右側頭葉での異常な電気的放電として始まる1つの発作そのものであったことを長時間脳波を施行して明らかにした点にあった。「それが複雑部分発作なのですね」と彼女は言った。「私の発作やドストエフスキーの発作のような」「でも今ではすばらしい抗てんかん薬がたくさんあります」と私は彼女に思い出させた。マギー夫人はその後4年間、私の患者になった。彼女の発作を完全に止めることはできなかったが、頻度を年に1回ぐらいに減らすことができた。そしてその1回も、概して彼女が薬を全部きちんと飲まなかったときに起きた。ただ私は、彼女はうっかりしただけだと確信している。100パーセントきちんと服用するなんてほとんど不可能だ。とくに何か月も発作がないときには。

著者覚書
医学論文として最初にエクスタシー発作を報告したのはゲイネリウスというイタリアの内科医で、1440年のことである。「発作中にいつもすばらしいものを見るという、あるてんかん持ちの若者を私は自分で見たことがある。そのすばらしいものとは、彼が書き留めたいと異常なほど熱望したものであり、かれはそのすばらしいものが将来必ずやってくることを期待していた。そのため、古代文明人はこの病気を<神のお告げ>と呼んだ。」この出典は
William G.Lennox,Epilepsy and Related Disorders(Boston:Little Brown,1960)
てんかんに関する科学的知識としてはいまではもはや意味をなさない。しかしながら、今日のもっと科学的な教科書が見失ってしまうことが多い、豊富な臨床的経験と歴史的考察においてよく理解できる。