ドストエフスキーとてんかん/病い


[発作─その人間学 ドストエフスキーについて]

河合 逸雄

岩波講座精神の科学 3 (精神の危機) 1983
U.発作 その人間学 河合逸雄
8. ムイシュキンとスメルジャコフ (P.87〜90)
9. ガストー著『ドストエフスキーの意図しなかったてんかん学への貢献』 (P.90〜94)



8.ムイシュキンとスメルジャコフ 
                                            
ヤンツのてんかん学から影響を受けて、精神病理学的考察を最初に行なったのはテレンバッハであって、彼は一つのドストエフスキー論を書いた。以下少し長いが彼の説を引用する。

ドストエフスキーの小説にはてんかんを持った人物が中心人物として出て来ることが多い。ムイシュキン、キリーロフ、スメルジャコフ、それに発作は持っていないが二重身を体験するゴリャードキンなど。恐らくドストエフスキーは自らの病誌を提示していると思われる。従来の臨床から言えばスメルジャコフが典型的てんかん者と思われたであろう。しかしヤンツのいう意味で、睡眠、覚醒型を区別したなら、スメルジャコフは前者に相当し、ムイシュキンは後者に相当する。作者が自己の体験を賦与したのならば、臨床的見地としててんかん者の類型は時間と共に変化するということになり、ヤンツによると覚醒型から睡眠型に移行するのであるから、この考えを臨床は肯定するものである。しかし今ここでは、臨床てんかん学の知識を括弧に入れて現象学的接近を試みる。

ムイシュキンの本性には子供っぽさが目立つ。小説中で医者が言う「君は・・・・・年齢、表面上は成長しているが発育、精神、性格ひょっとしたら叡知の点でも子供だ」と。ムイシュキンは体だけ成長した子供である。超越的(芸術的、精神的、宗教的)なものへのおどろき、信頼、感謝を持っている点でも子供である。彼は大人でもあって、高い知能、他人の本性や価値、傾向の心理的把握の透徹もそうである。また稀有のやさしい力(ゲバルト)の徹底者であることも大人かも知れない。

ムイシュキンは彼の内的、外的な人間関係においても成長していないし、肉体を軽視する点もそうである。彼は社交のし方においてもコモンセンスに欠けていて、恥かしがり屋のくせに他人との距離を短くとりすぎる。そしてわがまま、頑固で調和に欠ける。そのエロスも子供であるゆえにナスターシャとの愛は挫折した。彼はむき出しの形で他人に侵入するのである。彼は冗談を理解しない、前言語的、前反省的な構えを持った信頼で決定づけられている。外界秩序の相貌に感じやすく、これに束縛されて生活上のぬけ目なさは取去られて了う。……


以上は論文の最初の部分を抄訳したものである。ともかくこれを見てもムイシュキン公爵は覚醒てんかんの一つの理想型ともとれる。

さて、ドストエフスキーは覚醒型から睡眠型に移行したのかどうか。この点について既に荻野が紹介したが、筆者はスメルジャコフをむしろ覚醒てんかんの極端な型と考えた。なる程スメルジャコフは荻野のいう通り、憤怒と執念の人で粘着的であるが、彼は意識的に発作を起そうとして、つまり詐病を装う積りであったのが本当のてんかん発作を起してしまうのである。この状況因性てんかんは覚醒てんかん的にみえる。先に述べたことだが、睡眠てんかんは専ら睡眠中に大発作があり、発作を起す誘因が最も不明なのに対し、覚醒てんかんは睡眠不足や、睡眠中断、飲酒によってしばしば発作が誘発され、中には情緒的にゆすぶられて起すこともあるからである。この点で、スメルジャコフは覚醒てんかんに属する人物であろうというのがかつての筆者の考えであった。

しかし話は単純ではない。ドストエフスキー自身の発作についてはどうであったか。実録からみて彼の発作は睡眠中に起っているのである。一方、最近のガストーの研究によると、ドストエフスキーの発作型は確実に原発性全般てんかんであるという。またこの作家は結婚直後の飲酒の際に、大発作を招いているのである。結婚直後のことで睡眠不足もあったろうし、客達が去っていった時、つまりほっとしたであろう時に大発作が出たというのは、覚醒てんかん以外の何者でもない。結局、ドストエフスキーは、睡眠中にも、覚醒中(飲酒時、休息時)にも大発作があった(ただし、睡眠中起ったように見えても、実はふと眼覚めたために発作を来す症例があって、それを誤って睡眠てんかんと判断されることが日常の臨床では度々ある。しかしこの作家の発作は確かに睡眠中であったらしい)。両方あるから、瀰漫性てんかんと簡単に片づけてはならない。

かつて、覚醒てんかんから睡眠てんかんに移行する症例を集めてみると、このような移行型は一時神経症的になることが多かった。このような移行型は、心身共に変化が起るに違いなく、ホメオスターシスのバランスが崩れて、病者は困惑し、何らかの戦術転換に迫られて神経症的になることがあるのだろうと考えられた。その際の調査で、このような移行型は、発作が移行する以前から、党醒てんかんの性格に加えて、粘着性を示す人がかなりあった。症例7も移行型であって、この例にも、覚醒てんかん的人格の上に、几帳面、まわりくどさなどがあることは既にみた。脳波上、覚醒てんかんは全野に三サイクルの棘徐波があり、睡眠てんかんは側頭部に棘波焦点を示すのが典型である。ところが、筆者は覚醒から睡眠型に移行した患者で側頭葉焦点を示すような例には出会っていない。最近出会った移行型はすべて覚醒てんかん的な全野の棘徐波を示した。

ドストエフスキーの記録を調べて、この文豪に几帳面とこだわり傾向を指摘したのは加賀乙彦である。そもそも、粘着、爆発傾向がてんかん性格といわれていた頃、マウツもエーもてんかん性格として二つのタイプを挙げていて、中核群が粘着性、辺縁群が感情不安定群であった。それがヤンツの仕事で逆転したわけであるが、遺伝研究、家族研究によって粘着性を指摘した、マウツ、ミンコフスカ、上出弘之の仕事は簡単に無視出来ない。先の仕事で脳波上原発性全般てんかんの所見を示す睡眠てんかんは粘着性を示すことがわかった。

現在、筆者はドストエフスキーには覚醒てんかん的性格に加えて粘着性があったのだろうと思っている。筆者の調べた移行型(あるいは稀にあるかも知れぬ覚醒と睡眠の混合型)に相当するわけである(九章の例も参照されたい)。ただしテレンバッハの言うように、覚醒型から睡眠型に人格が変ってしまったとは考えない。覚醒てんかんと睡眠てんかんは対比としてみると異なるけれども、また一方分裂病、うつ病の病前性格と対比すると、覚醒、睡眠型が共通項をもって理解されてくる。それは覚醒てんかんの人格が、やや社会的に安定性をもってくるような形であるが、根本にあるのは自然との合一化傾向であり、現在に生きる人間像なのである。

9. ガストー著『ドストエフスキーの意図しなかったてんかん学への貢献』

ここで扱われるテーマはてんかん者の恍惚感と痴呆についてである。ガストーの正式の論題は「フョードル・ミハイロビッチ・ドストエフスキーの意図しなかったてんかんの症候学および予後に対する貢献」という長いものである。てんかん学の大御所、ガストーは、これまた歴史上てんかん学に大きく寄与したレノックスの名をとって設けられたレノックスス賞を受賞した際に講演をした。その講演の題が右のようなものであって、やや皮肉と洒落をこめた、しかし従来の見地に真向から反対した見解である。

従来、ドストエフスキーの作品に出て来る主人公の体験は、おそらくこの作家自身が体験したてんかんのアウラであろうと考えられていた。例えばつぎのキリーロフの言葉は医家がほとんど引用している。
    
「ある数秒間がある、──それは一度にせいぜい五秒か六秒しかつづかないが、そのときだしぬけに、完全に自分のものとなった永久調和の訪れが実感されるのだよ。これは地上のものじゃない。といって、なにも天上のものだと言うのじゃなくて、地上の姿のままの人間に耐えきれないという意味なんだ。肉体的に変化するか、でなければ死んでしまうしかない。・・・・・もし五秒以上続いたら──魂がもちきれなくて、消滅しなければならないだろう・・・・・」(江川卓訳、新潮文庫)。

さらに、恍惚感というのは精神発作の内容としてガストーは経験したことがない、精神発作として恐怖、悲哀、不安、怒りなどは確かにあるが、恍惚感を発作としてもつ例に出会ったことがない。この点でも先のキリーロフの言葉や、ムイシュキンの体験は作者の天才によるものでてんかんと何等関係ないとガストーは断定した。現今はアウラそのものが既にてんかん発作そのもので、解剖生理学的には側頭葉てんかん、臨床的には精神発作と考えられる。ドストエフスキーの罹患したてんかんは側頭葉てんかん(つまり部分てんかんの一部、獲得性てんかん)であろうという従来の説に対し、ガストーはこの作者の病歴を調べた上、確実なものと信用し得るてんかん発作はミオクロニー(四肢の電撃的な摯縮)に始まり、それに引き続いて起る大発作のみであるという。そしてその発作は睡眠中に起っている。この発作型からガストーは、文豪の罹患したてんかんは原発性全般てんかんであるという。原発性全般てんかんは原則的に何の前兆もなく大発作を招来するのであるが、稀にミオクロニーが前駆する例がある(この種の型をペンフィールド、ジャスパーが最初に記載したが、ヤンツによって一つの症候群としてまとめられたのでヤンツ症候群とも呼ばれる)。とも角、ドストエフスキーのてんかん発作は決して、側頭葉てんかんでないから、彼の作品における大発作前の体験は彼自身の発作体験でなく、完全な創作であるとガストーは判断した。

一方、ドストエフスキーの意図しなかったてんかん学への貢献は全く別な面にあるとガストーはいう。てんかん性痴呆なる言葉があるが、彼のてんかんの予後調査によれば、原発性全般てんかんは何度発作を起しても痴呆を来さぬことがわかった。ドストエフスキーの生涯、全作品を通じてこの作家は痴呆などはもちろん来していない。すなわち、ドストエフスキーが、原発性全般てんかんの場合には痴呆に陥ることは決してないことを証明してくれた。これこそがこの偉大な作家のてんかん学への貢献ではないかというのである。

彼の議論を検討する。まずてんかんと痴呆についてである。かつて、てんかん性本態変化なる言葉とともに、てんかん性痴呆なる形容があって、てんかんは段々知能が低下するとみなされていた。先に掲げた粘着性、迂遠性などはてんかん性格でなく、てんかん性本態変化であって、これは痴呆に到る過程とみなされていたのである。しかし近年諸家が調査して発作回数と知能低下には何の相関もないし、一部のてんかんは痴呆ではなく、てんかんの原因となった脳損傷によって最初から低知能であることが指摘された。ガストーの説は臨床経験から一般に支持されそうである。筆者の事例で永年治療を受けていなかったてんかん者四例に遭遇したことは先に述べた。二例の原発性てんかんについて、一例(大発作の総計数は五〇回を越えている)の知能指数は九八であったし、もう一例もロールシャッハテストの結果から知能は平均なみと判定された。発症以前の知能を正確に比較したわけではないので、知能低下の有無について明言出来ぬが、痴呆状態でないことだけはいえる。服薬をしても残念ながら発作を来す人がいるけれども、その人達にも痴呆状態は認められない。

さて、つぎにてんかん発作としての恍惚状態についてはどうか。精神発作としての恍惚状態を経験したことがないとガストーは言ったけれども、その後、側頭葉てんかんで明らかにてんかん発作としての恍惚状態をもつ症例が報告された。恍惚状態中の脳波が記録されて厳密な検討をされたものである。従って当状態はてんかん発作に無いとは断定出来ぬことになったが、ガストーはドストエフスキーのてんかんを原発性全般てんかんとするから、原則的に精神発作はあり得ぬことになる。原発性全般てんかんに例外的に認められる前駆症状はミオクロニーのみであるから。しかし筆者はガストーの意見に賛成しない。その反論を木村敏は以下のように記している。

ガストーの冒した最大の誤ちは、例えばこのキリーロフのロから述べられているごとき体験を、「歓喜およびそれが転じたエクスタシー」ないし「多幸症」の「感情前兆」としか読まなかった点にあるだろう。(中略)これは単なる感情レペルでの「歓喜」や「多幸」とは本質的に異なった次元のものである。つまり、それはもしも通常の患者の口から語られたならば、「死への恐怖」として語られることがよりふさわしいであろうような、最大限に危機的な存在変容の表現なのである。(中略)ムイシュキン侯爵の体験においては、「この世のものとも思われぬ光明」、「水のように澄んだハーモニーに充ちた喜びと希望」などの、表面的に読めば歓喜や多幸と解することもできるような表現が随所にみられる。しかしこれについても、たとえばテレンバッハも述べているように「美の中にすら徹底的に深く入りこみ、美においてすら人間を不安におとしいれるこの深淵」に目を向け(中略)るならば、そこにもまた人間存在を死の深淵にひきずり込もうとする転機的契機が明瞭に読みとられるはずである。(木村敏「てんかん患者の人間学」『てんかんハンドブック』岩埼学術出版社)

ドストエフスキーのてんかん発作がどのような発作型であったのか、一次資料に当り得ていない筆者は今の所意見を述べられないが、仮にガストーの主張通りとして、この作家と同じ発作型をもった症例に最近出会ったので揚げておこう。

症例8 二五歳の男性
小学六年より朝にミオクロニー発作があったが、本人、家族共にこれがてんかんとは気づかずにいた(この発作は電撃的な手の動きで、茶碗を落としたり、鉛筆をとばしたりするが、素人には何か解らない。ドイツでは「早朝ノイローゼ」などと民間でいわれるそうである)。高校一年、睡眠不足の朝、洗面中に大発作が出現した。一年後に出現した発作はつぎのようなものである。睡眠中、両手がピクッと動き、段々と激しくなって眼が覚めた。けいれんは上膊全体におよび、「巨大なエネルギーの塊のようなものが押しよせて来て、「俺はもう死ぬ」と思った時に気を失ってしまった。それはもう悪霊が憑いたとしかいいようのないもので・・・・・」。

一般人の表現としてはこのようなものであろうが、この陳述もex-stasis=脱自を暗示している。急性精神病(非定型精神病、躁うつ病など)が寛解して、病人が精神病に罹っていたことを自覚してから、自分の病に対してどのような態度をとるかをマイヤーグロスは研究した。病者の態度は色々あって、(1)絶望、(2)新しい生活、(3)排除、(4)回心(精神病と共に新たなものが啓示によって始まる)、(5)融合、などが区別された。一般に見られるのは、(3)排除であって、その理由の一つとして急性精神病の病的体験は人格異質的であり──てんかんの精神発作も原則的に人格異質的であった──、意識障害があって一部健忘を残すからであろう。これに較べて慢性の場合、病識自体が生じにくい場合もあれば、神経症の治癒のように、病的体験は人格に統合されて、罹患以前より遥かに秀れた人格となる場合もある。精神科医はマイヤーグロスの影響を受けて、徐々に慢性疾患にもこの問題をとりあげたのであるが、急性症状のモデルであるてんかんが放置されたのは不思議なことだと思う。

てんかん者の態度をみると、急性精神病以上に排除型が多いようである。発作は異物として忌み嫌われ、自己の歴史から排除されようとするが、これは当然であろう。マイヤーグロスは了解関連の中での加工としてとりあげたのであるが、必ずしもそれに捉われずに考察してもいいし、また疾病消退後でなく疾病初期の病者の態度も問題となるだろう。しかし今仮りに、マイヤーグロスの観点だけをとりあげても、ドストエフスキーは決して排除型ではなかった。病とは限定せずコンプレックスヘの態度について見れば、彼の作中人物にはてんかんでない人物も含めて、(1)から(5)までのあらゆる型が登場するように思われる。