Medical Dostoevsky&My Dostoevsky
ドストエフスキーとてんかん/病い


イワン・カラーマゾフのせん妄症とアルコール依存症


下原 康子

目 次

はじめに
Ⅰ.イワンの病。せん妄症とは
Ⅱ.江川卓氏のアルコール依存症説
Ⅲ.イワンの「飲酒歴」と「せん妄症発症までの心身の変調」(父親殺しまで)
Ⅳ.イワンの「せん妄症発症寸前の心身の変調」(公判前
Ⅴ.イワンのせん妄症発症
おわりに


はじめに

ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』が完成した3か月後にこの世を去った。序文によれば続編が考えられていた。語り手が「わが主人公」としたアリョーシャはもちろんだが、私はミーチャとイワンの続編も気になる。特に、生死の境に置かれていたイワンが気がかりである。彼は死んでしまうのか、ムイシュキンのようにスイスに送られるのか、生き延びて「反逆」を貫くのか、為政者か学者かになって出世するのか、「大審問官」になるのか、いっさいの意欲を失い「悪魔」によく似た田舎じみた居候になるのか、荒野で修業して復活するのか?カテーリナとの関係は?アリョーシャとの再会はあるのか?ミーチャはイワンのことを「墓」といい、アリョーシャは「謎」という。フョードルが恐れていたのはミーチャよりむしろイワンだった。兄弟の中でイワンがもっとも謎めいてみえる。

ドストエフスキーが「イワンの続編」についてぽつんともらした箇所がある。第四部11編「スメルジャコフとの最初の面談」の章で、語り手は次のように述べている。(小説からの引用は江川卓訳を採用した)

「イワンはカチェリーナ・イワーノヴナに対する狂気にも近い熱烈な情熱のとりことなり、もう後戻りもできないところまで行ってしまっていたのである。いまはまだ、その後イワンの全生涯に影をとどめることになるこの新しい情熱について語るべきときではない。これはすでに別の物語、別の小説の構想をなすべきものであって、いつの日かそれに取りかかることがあるかどうか、私にもわかっていない」

Ⅰ.イワンの病。せん妄症とは


それにしても、イワンを狂気に、ひいては死にまで追いやったかもしれない病気とはいったい何だったのか。「悪魔の幻覚」は病気が原因だったのだろうか。それについては、第四部11編9章「悪魔。イワンの悪魔」の冒頭に語り手による次のような断り書きがある。

「私は医者ではないが、いまこそイワンの病気の特質について、多少なりと読者に説明しておくことが、どうしても欠かせない時期であると感じている。先まわりして一つだけ言っておくと、彼はこの夜、せん妄症発病寸前の状態にあった。つまり、久しい以前から変調を来しながらもなお病気に対して頑強な抵抗を見せていた彼の身体組織が、ついにこの病に完全に冒されてしまったのである。医学にまったく不案内な私がこのような推測をするのはおこがましい話だが、彼はたしかにおそろしいほどの意志力を発揮して、一時的には病気の進行を遅らせることに成功したらしい。むろん、彼が病気の完全な克服を夢見ていたことは言うまでもない」

ドストエフスキーは、イワンの見る悪魔が、夢ではなく幻覚であり、幻覚の原因が病気(せん妄症)であることを、読者にはっきり伝えておきたかったと考えられる。それでは、せん妄(症)とはいかなる病気なのだろうか。インターネットにある多くの情報の中から、ウィキペディアの「せん妄」の冒頭部分を以下に引用する。

せん妄 (典拠:ウィキペディア)

「せん妄(譫妄、せんもう、英:delirium)は、意識混濁に加えて奇妙で脅迫的な思考や幻覚や錯覚が見られるような状態。健康な人でも寝ている人を強引に起こすと同じ症状を起こす。特にICUやCCUで管理されている患者によく起こる。 急激な精神運動興奮(カテーテルを引き抜くなど)や、問診上明らかな見当識障害で気がつかれることが多い。大手術後の患者(術後せん妄)、アルツハイマー病、脳卒中、代謝障害、アルコール依存症の患者にもみられる。せん妄とは治療も異なる振戦せん妄は、アルコールやベンゾジアゼピン系薬物からの離脱によって起こり区別される。」


私自身、二度ばかり父のせん妄を目にしたことがある。父は手術直後でベッドに横たわっていたのだが、急に起き上がり、誰とかに呼ばれたと言い出して点滴を抜いてしまった。せん妄は高齢者ではめずらしくない症状らしい。一方、若年のイワンのせん妄は「アルコールや薬物からの離脱」がもっとも可能性が高いのではないか。当時のロシアならアルコールだろう。となると「振戦せん妄」だろうか。再び、インターネットからの引用である。

振戦せん妄 典拠:e-ヘルスネット(厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト)

「振戦せん妄は、アルコールの離脱症状(俗にいう禁断症状)のひとつで、長期間の飲酒歴のある重度のアルコール依存症者が、飲酒を中断または減量した際に生じます。多くは大量のアルコール摂取を中止または減量してから2~4日目頃に出現し、通常3~4日で回復しますが、個人差が大きく、長引くこともあります。身体的な合併症がある場合に起こりやすいといわれています。主な症状としては「頻脈や発熱」「発汗などの著明な自律神経機能亢進」「全身性の粗大な振戦」「意識変容」「精神運動興奮」「失見当識」「幻覚」などが挙げられます。幻覚のなかでは、幻視が多く、実際には存在しないはずの小動物や虫・小人が多数見えてきたり、それらが身体の上に這い上がってくるように感じたりします。また壁のしみが人の顔に見えるなどの錯視や、作業せん妄(例えば大工がくぎを金づちで打つ動作といった職業上・生活上行っている行為を意識障害下に再現すること)が出現することもあります。これらの症状も、最終的には深い眠りに入ったあと回復します。しかしながら、脱水・低栄養・電解質異常・糖尿病などの重篤な合併症がある場合などでは、適切な処置を行わないと死亡する場合もあるため、注意が必要です。」


ここにある主な症状、「頻脈や発熱」「発汗などの著明な自律神経機能亢進」「全身性の粗大な振戦」「意識変容」「精神運動興奮」「失見当識」「幻覚」。現代の読者かつ医学に不案内な者が言うのもおこがましいが、イワンにこのような症状があったとしても不思議ではないように思う。とはいえ、イワンが医学的に「振戦せん妄」だったとすれば、同時に、彼が「アルコール依存症」であったことを受け入れなくてはならない。

Ⅱ.江川卓氏のアルコール依存症説

ところで、イワンがアルコール依存症であったとする説をすでに述べている人がいる。江川卓氏である。
「謎解き『カラマーゾフの兄弟』XⅣ章実在する悪魔」
江川氏は、その根拠として、先に上げた語り手の断り書きと『カラマーゾフの兄弟』を連載していた「ロシア報知」の編集担当者リュビーモフに宛てた手紙を引用している。手紙の中でドストエフスキーは「私はずっと以前から医師たちの(それも一人ではなく)意見を徴していたのです。彼らは、あのような悪魔はもちろん、幻覚もまた《せん妄症》の前にはありうることを裏づけてくれました。」と書いている。

また、ドストエフスキーが医師に送った手紙が残っている。イワンの幻覚について読者から批判が出たので、ドストエフスキーはブラゴヌラーヴォフという医師の見解を求めた。医師は「せん妄症においては幻覚はありえる」と保証した。その手紙に感謝したドストエフスキーは次のように書き送っている。

「当地では、小生が神と国民性を宣揚しているために、極力小生を地球の表面から抹殺しようとしています。貴兄が医家として賞賛せられた『カラマーゾフ』の中の一章(幻覚)のために、小生は退歩主義者と極印を打たれ、とうとう「悪魔」まで書くようになった狂信者とののしられました。彼らは無邪気にも、「何だって?ドストエフスキーが悪魔のことまで書きはじめたって?ああ、なんという俗物だろう、ああ、なんて発達の遅れた男だろう!」とみんなが異口同音に叫び出すものと想像しているのです。しかし、どうやらそれはあてはずれのようです。貴兄には、とくに医家として、小生が描いたあの人物の精神病が正確であるというお言葉に、感謝の意を表します。専門家の意見は小生を勇気づけてくれます。それに、ご異存はないことと思いますが、あの人物(イヴァン・カラマーゾフ)は、あの状況にあっては、あれ以外の幻覚を見ることができないのです。小生はあの一章を後日、未来の『日記』の中で、自分で批判的に説明したいと思います。」(米川正夫訳『書簡1880年12月19日』)

それにしても、イワンの飲酒については、物語の中のどこにも書いてないし、飲んでいる場面もそうそう思い出せない。しかし、双生児による遺伝研究などから、アルコール依存症の原因の50~60%は遺伝要因、残りが環境要因によると推定されている。同じように飲酒していても、これらの要因をもつ場合にはアルコール依存症になりやすい。また、 アルコール依存症の発症促進要因として、アルコールに対する低反応性、つまり「酒に強い」ことが挙げられるという。(厚生労働省みんなのメンタルヘルス「アルコール依存症」)。フョードルとミーチャがかなりの酒豪だったことは留意すべき点だ。

江川卓氏は次の二つの場面に注目して、イワンの飲酒の可能性を示唆している。

1.第一部第3編「好色な人たち」の場面
フョードルがイワンに「コニャックをやるか?」とすすめる。イワンは「ください」と答える。実際に口にしたかどうかは書かれていないが、手をのばしたと考えるのが自然である。フョードルの「神はあるのか」「不死はあるのか」という問いかけにイワンはどちらも「ありません」と答える。「じゃ、だれが人間を愚弄しているんだ?」と重ねてフョードルが聞くと、「悪魔でしょうよ、きっと」と答えてにやりとする。 「じゃ、悪魔はいるんだな?」とフョードル。「いや、悪魔もいません」とイワン。そして、「もし神を考え出さなかったら、文明というものもまったくなかったでしょうよ」とつけ加え、「(神がなかったら)コニャックもなかったでしょうね」と言って、フョードルから酒を取り上げようとする。すでに酪酎状態に陥っていたイワンの口にこの言葉がのぼることは、まことに特徴的である。つづいてミーチャがなぐりこんで来て、フョードルが床に叩きつけられるという騒動が起きる。そのときイワンが発した「蛇が蛇を食い殺すだけさ」というあからさまな言葉から、そのときのイワンはふつうの精神状態ではなく、酩酊状態にあったと思われる。イワンはこのあと「頭が痛くなってきた」と言い残して庭へ出て行くが、これもアルコールの影響を示唆している。

2.第二部第5編「兄弟相知る」の場面
料亭「みやこ」で、イワンは唐突に「アリョーシャ、シャンパンを一本注文してさ、ぼくの自由のために乾杯しないか」と言う。アリョーシャは「いいえ、兄さん、お酒はやめたほうがいいですよ。それにぼく、なんだか気がふさいで」と答える。どうしてアリョーシャが反対したのか、ここには書かれていない。おそらく、この前、コニャックをすこしばかり口にしたときのイワンの言動をアリョーシャは記憶していたのだろう。大審問官の話が終って、イワンを見送るとき、アリョーシャは兄の歩き方が「妙によろよろした感じで、後ろから見ると、右肩が左肩よりいくぶん下がり目になっている」のに気づく。

Ⅲ.イワンの「飲酒歴」と「せん妄症発症までの心身の変調」(父親殺しまで)

今では、私もイワンがアルコール依存症だった可能性は高いと考えている。それを裏づけると思われるような、イワンの「飲酒歴」と「せん妄症発症までの心身の変調」を時系列で追跡してみよう。

1.生い立ち(第一部第1編「ある一家の由来」)
イワンは父フョードルの二度目の妻ソフィアとの間に生まれた。結婚の一年目にイワンが、それから三年後にアレクセイが生まれた。イワンが8歳のとき母が亡くなった。二人の兄弟はミーチャの時のようにほっておかれ、やはりグリゴーリイに引き取られた。母の死後三か月して、突然将軍未亡人がフョードルの元に乗り込み、あっという間に二人の子供を馬車にのせて自分の町に連れ帰った。その後まもなく将軍夫人もこの世を去った。そのあと、二人の子どもは夫人の筆頭相続人のポレノフに引き取られた。この人物はまれにみる高潔で慈悲深い篤志家だった。イワンは成長するにつれて、気むずかしい自分の殻に閉じこもったような少年になった。しかし、勉強には並外れた才能を見せたので、ポレノフは彼を当時名声の高かった教育家の全寮制学校に入れた。しかしイワンが中学を終えて大学に入ったときには、ポレノフも教育家もこの世にいなかった。将軍夫人が残してくれた遺産の払い戻しが遅れたため、イワンは大学の最初の二年間、自分で生活費を稼ぎながら勉学した。「目撃者」という署名で雑誌社に売り込んだ記事が好評で、雑誌編集者に知られるようになり、専門の理系にかぎらずさまざまな分野の論文や書評を書くようになった。新聞にのった「教会裁判をめぐる問題」に関する論文は、文壇でも話題になり、ゾシマの修道院でも読まれていた。24歳の時町に帰ってきた。父と兄の仲裁やカチェリーナとのかかわりが考えられたが、他にも理由がありそうだった。彼は父の家に同居していた。ミーチャの母親と親戚関係にある西欧派のミウーソフはイワンに一目置いていたが、「酒を飲んだり、乱行したりすることがきらいな」イワンが父フョードルと仲良く暮らしているのを意外に思った。

イワンの生い立ちの情報は多くないので想像するしかないが、飲酒の機会があるとしたら、若くして自活した大学時代だろうか。

2.「家につきゃ、お前だって飲むくせに」(第一部第2編「場違いな会合」)
物語は「場違いの会合」にオールキャストが集合するところから始まる。(父親殺しはこの三日後に起きる)。会合が失敗に終って、フョードルとイワンが乗った馬車にマクシーモフが飛び乗ろうとするとイワンが突き飛ばす。「まったくお前って男は!」とフョードルは言ってしばらく黙り込む。それから「今コニャックをやれたら、さぞいいだろうにな」とつぶやく。イワンは答えない。フョードルは「家につきゃ、お前だって飲むくせに」言う。(いっしょに飲んだことがことがあるようなフョードルの口ぶりである)。

3.「コニャックをやるか?」(第一部第3編「好色な人たち」)
江川卓氏が指摘した場面である。フョードルに「コニャックをやるか?」とすすめられて、イワンが「ください」と答える、としか書かれていないが、江川卓氏は「手をのばしたと考えるのが自然である」としている。ふと、映画『カラマーゾフの兄弟』(ソ連。1969年。イワン・プイリエフ監督)を思い出した。幸い、読書会の仲間から送られたCDが手元にあった。

「ください」に続く、第3編8章「コニャックを飲みながら」の映画場面である。フョードルの家の広間。食事が終わり、スメジャコフを下がらせてから、フョードルがイワンとアリョーシャに「神と不死」について問いかける。アリョーシャとイワンはコーヒーを飲んでいる。目新しいのはイワンがこの間、一時もパイプを手放さないことだ。(タバコから酒への連想は自然だが、小説にはイワンのタバコは出てこない)。テーブルにはコーヒーカップの他に、コニャックの瓶が一本、注がれたショットグラスが二つ置いてある。フョードルはすでに酩酊状態なのだが、話している最中にも何回もグラス空ける。その都度イワンが制止する。そんなとき、ミーチャが乱入してくる。ここまでで、イワンがグラスを空ける場面はない。しかも、イワンはアリョーシャの正面に座っている。ところが、この後に映画ではイワンの飲酒場面がしっかり撮られているのだ。イワンとアリョーシャは、ミーチャに殴られたフョードルをベッドに運んでから広間にもどってくる。イワンはテーブルのコニャックをグラスに注ぎ、アリョーシャのいるところで、いっきに飲み干すのである。ところで、フョードルが酒を鍵をかけた戸棚にしまっているのがなんとも奇妙な印象を残す。
 

4.「兄さん、お酒はやめたほうがいいですよ」(第二部第5編「兄弟相知る」)
江川卓氏が指摘した二番目の場面である。この章の冒頭部分に「アリョーシャは、イワンがこの料亭にはほとんど一度も来たことがなく、元来が料亭のたぐいを好んでいないことを知っていた」という記述がある。映画には、アリョーシャの「いいえ、兄さん、お酒はやめたほうがいいですよ」というセリフはない。テーブルの上には大小二つの急須と酒瓶が一本入ったシャンパンクーラーが置いてある。イワンは円錐形のグラスに入った飲み物を飲み、アリョーシャはコップをにぎりしめてイワンの話に集中している。映画のイワンは酒をたしなむ習慣があるように見える。イワンが去っていく後ろ姿のショットはあるが、アリョーシャが気づいた「奇妙な歩き方」の感じはない。

5.イワンの憂鬱と混乱(第二部第5編「ProとContra」)
はっきりしない憂鬱がスメルジャコフに起因しているのを感じ取ってからのイワンのふるまいは奇妙だ。門のわきのベンチでスメルジャコフの話を聞いて突然立ち上がり、まるで痙攣でも起こしたように、だしぬけに唇を噛みしめると、拳を固めなぐりかかろうとする。しかし、その直後に「おれは明日モスクワに発つぜ」と言う。言ったとたんなぜそんなことを言ったのか不思議な気がする。その夜、イワンは度外れに興奮して寝付かれない。自分がすっかり常軌を逸しているのを感じている。起き上がって、二度までも階段口まで出て行き、下の部屋にいるフョードルの動きに耳を傾けた。(この<行為>をイワンはその後一生のうちでもっとも卑劣な行為とみなした)。夜中の2時ごろ疲労を覚えて寝付く。7時までぐっすりと夢も見ないで眠った。起きたときはエネルギーがみなぎっていた。朝9時ごろ旅立ち、午後7時にはモスクワに向かう汽車に乗っていた。(父親殺しはこの日の夜に起こった)。イワンは新しい世界に向かった。しかし、歓喜の代りに、ふいに彼の魂は闇のようなものに閉ざされ、心がうずきはじめた。彼は夜っぴて考え続け、汽車がモスクワに差しかかるころ、ふと我に帰って「俺は卑劣漢だ!」とつぶやいた。

Ⅳ.イワンの「せん妄症発症寸前の心身の変調」(公判前)

イワンが大急ぎでモスクワから町に戻ったのは父の死後5日目だった。三度の「イワンとスメルジャコフの面談」とそれに続く「イワンの悪魔」の章は小説のもっとも重要な箇所の一つである。訪問の一度目は帰郷したその日、二度目はそれから二週間後、三度目(最後)はそれから一か月以上たった公判の前日だった。この二か月の間に「変調を来しながらも頑強な抵抗を見せていたイワンの身体組織が、ついにこの病に完全に冒されていった」。イワンはモスクワから帰って数日のうちにカチェリーナに対する熱烈な情熱のとりこになった。最初の訪問のあと、一時はスメルジャコフのことをほとんど忘れてしまっていたほどだった。しかし、二週間たつと、ふたたび、モスクワにさしかかる汽車の中で「俺は卑劣漢だ」とつぶやいたあの記憶にとりつかれるようになる。そんなとき、偶然に会ったアリョーシャに「おまえは、ぼくが《二匹の蛇の食い合い》を望んでいると思わなかったかい?」とたずねる。アリョーシャは「許してください、ぼくはあのときそうも思いました」とささやく。このときからイワンはアリョーシャを避けるようになったが、アリョーシャに出会ったすぐその足で二度目のスメルジャコフ訪問へ赴いている。

1.二度目のスメルジャコフ訪問(第四部第11編「兄イワン」)
スメルジャコフは退院し、マリヤの家に同居していた。全快したように見えた。彼は「何をいまごろのこのこやって来たんだ?」と言わんばかりの傲慢な目つきでイワンを見やった。イワンは「おれが何かおまえとぐるになってでもいて、お前を恐がっているというわけか」と腹を割って言った。スメルジャコフも、あなたがその気なら、と言わんばかりに、イワンの質問に対して挑戦的な態度で応じた。「あなたご自身、あのときはお父上の亡くなられることをたいそう望んでいらっしゃった・・・」と言ったとたん、イワンはいきなり飛び上がって彼の肩口を力いっぱい拳固で殴りつけた。スメルジャコフはぐらりとよろけてすっとんだ。それから、しくしく泣きはじめた。イワンは目をぎらぎらさせて言った。「いまおれがおまえを殺さないのは犯人はおまえだと疑っているからだし、おまえを裁判にかけてやりたいと思えばこそなんだ」

「黙っていらしゃるに越したことはございませんよ。賢い人におなりなさいまし」とスメルジャコフは答える。それを聞いたイワンは全身を怒りに震わせながら立ち上がり、そのまま外に飛び出す。その足でまっすぐカチェリーナの家に駆け付けた。狂人のようなその様子にカチェリーナは驚愕する。イワンはカチェリーナにスメルジャコフの話を細かい点まで残らず語った。どんなになだめても、彼は落ち着かず、部屋を歩きまわってはあらぬことを切れ切れに口走った。そして、「殺したのがミーチャじゃなく、スメルジャコフだとすると、ぼくも同罪です。そそのかしたのはぼくだから」と言い出す。それを聞いたカチェリーナは、ミーチャが親殺しであることを証明する例の手紙をイワンに見せる。イワンはひとまず安心して、スメルジャコフの言いがかりは忘れてしまうことにする。一か月すぎたころ、スメルジャコフの病気が重くなり、気がおかしくなったという医師の言葉を小耳に挟み、記憶にとどめる。その月の最後の週に入ると、今度はイワン自身がひどい身体の不調を感じるようになる。公判の直前にカチェリーナの招きでモスクワから来ていた医師のもとへも相談に行った。ちょうどそのころ、イワンとカチェリーナの関係は極度に緊張の度を増していた。二人ははいわばお互いに愛し合っている敵同士だった。

2.「人間、どんなふうに発狂していくものか?」(第四部第11編「兄イワン」)
公判の前日。アリョーシャはカチェリーナの家でイワンと会う。カチェリーナとイワンの間では激しいいさかいが起こっていた。アリョーシャはカチェリーナがイワンを「あんた」と呼んだことから、二人の間が接近していることに気づく。カチェリーナはアリーョシャに、部屋を出るイワンの後を追うようにと命令口調で懇願する。「あの人は気がおかしくなっているんです。あの人の頭が変なことをご存じじゃないの?あの人は熱病なんです、神経性の熱病なんです!お医者さんからそう聞いたんです」

追いかけてくるアリョーシャにイワンは「ぼくが気ちがいだから追っかけていけと言われたんだな」という。アリョーシャは「兄さんの顔は、ほんとうの、ほんとうの病人の顔です」と言う。
イワンは歩きながら、突然、率直な好奇心を見せておだやかにたずねた。
「ところで、知っているかい、アレクセイ君、人間、どんなふうに発狂していくものか?」
「いや、知りませんね。気ちがいといっても、いろいろあるでしょうし」
「でも自分で自分を観察して、発狂していく過程がわかるものだろうか?」
「ぼくの考えでは、そういう場合、はっきりと自分を観察することはできないでしょうね」アリョーシャはけげんな面持ちで答えた。

3.「おまえ、あいつを見ただろう」(第四部第11編「兄イワン」)
アリョーシャから「お父さんを殺したのは、あなたじゃない」と言われたイワンは激しく動揺し、歯ぎしりしながらささやく。「あいつが来た晩、おまえはぼくのところに来ていたんだな・・・おまえ、あいつを見ただろう・・・あいつがぼくのところに通っていたことを、ほんとうに知っていたのか?どうしてわかったんだ、言ってみろ」狼狽するアリョーシャ。やがて、イワンは自分を取り戻してから、ある抑えがたい考えにさそわれてスメルジャコフとの最後の訪問に向かう。(そのころ、イワンは家具付きの部屋を借りていた。一人でいるのを好むようになり、部屋の掃除も自分でしていた)。

4.三度目の、最後の面談(第四部第11編「兄イワン」)
スメルジャコフはひきつづきマリヤの家に同居している。驚いたそぶりもなくイワンを迎える。頬がこけ、目は落ちくぼみ、顔色は黄ばんでいる。「おまえはほんとうに病気なんだな?」とイワンは言う。スメルジャコフはしばらく黙っていたが、やがてニヤリとして「どうやら、あなたもご病気のようじゃないですか。げっそり痩せられて、顔の色ったらありませんよ。そんなにご心配ですか?」と言う。イワンの執拗な問いかけに、「あなたが主犯で私は手先です。賢い人がそんな喜劇を演じるなんて・・・」となじるように言い放つ。イワンは脳震盪でも起きたように、ガタガタ震え始める。あまりの驚愕ぶりにスメルジャコフも度肝を抜かれる。二人の間で次のようなやりとりがかわされる。

「なあ、おれは恐ろしいんだよ。おまえが夢みたいな気がしてさ、幽霊がおれの前に座っているような気がして」
「幽霊なんぞここにはだれもおりませんですよ、私たち二人と、もう一人第三の男のほかにはですね。確かに、そいつはいまここにいますね、その第三の男は、私たち二人の間にいますよ」
「だれだ?だれがいるんだ?第三の男ってだれなんだ?」イワンはぎょっとしたようにこう言うと、きょろきょろとあたりを見まわし、あわてて部屋の隅という隅に目を走らせる。

「おまえが殺したなんて言うのは嘘だ、おまえは気ちがいだ!」とイワンは叫ぶ。スメルジャコフは、靴下から三千ルーブリを引っ張り出す。イワンは震えて口もきけないほどになる。やがて落ち着きを取り戻し、スメルジャコフから事件の全貌を聞き出す。すっかり聞き終えたイワンは「あす、おれはおまえと出廷する!」と力強い口調で言い放つ。「あなたはご病気なんですよ、どうやらたいへんお悪いようですよ。目がすっかり黄色くなっていますもの」スメルジャコフの口ぶりは同情しているかのようだった。イワンは部屋を出て元気な足取りで歩いて行ったが、そのうち足がふらつき始め「何か身体の変調」を覚える。しかし、内心に限りない確固とした決意が実感され喜びがわきあがる。しかし、気分は安定せず二転三転する。

Ⅴ.イワンのせん妄症発症

1.悪魔。イワンの悪魔(第四部第11編「兄イワン」)
先に引用したこの章の冒頭の語り手のせん妄症の断り書きには以下の続きがある。
イワンは自分が健康を損ねていることは承知していたが、彼はいまのようなときに病人になってしまうことが、どうにもやりきれない気持であった。出るべきところに出て、大胆果敢に言うべきことを言い、《自分自身に対して身のあかしを立て》なければならない、彼の生涯の運命的な瞬間がいまや目前に迫っているのだ。とはいえ、彼は一度、前にも述べたように、もっぱらカチェリーナの空想癖のおかげでモスクワから招かれた新しい医師のもとに診察を受けに行っていた。医師は彼の容態を聞いて診察すると、脳にある種の異常があるようだとまで言い切り、彼が嫌悪の気持を覚えながら述べたある告白にもいっこう驚いたそぶりを見せなかった。「あなたの病状では幻覚はむしろ当然ですよ」と医師は断定した。「もっとも、よく調べて見なければなりませんがね・・・ともかく手遅れにならないように、真剣に治療をはじめる必要がありますね、さもないとおおごとになりますよ」しかしイワンは、医師のもとを辞すると、この賢明な忠告に従おうともせず、床について療養しようともしなかった。『現に歩いていられるんだから、いまのところは体力もあるわけだ。倒れでもしたら話は別で、そのときは好きなやつに治療させればいい』こう決めて、手を一振り、彼はこの問題をそのままうっちゃってしまった。こういうわけで、いまも彼は、自分がうなされているのを半ば承知の上で、反対側の壁ぎわのソファの上にある何かを執拗に見つめていたのである。」

2.悪魔。イワンの悪魔(第四部第11編「兄イワン」)
ここに現われた悪魔は、明らかにイワンが見る幻覚である。アルコールの離脱症状が原因の「振戦せん妄」の症状の一つである。また、ドストエフスキーが医師への手紙に書いたように「あの人物(イヴァン・カラマーゾフ)は、あの状況にあっては、あれ以外の幻覚を見ることができない」のである。
ドストエフスキーの小説には、幽霊(幻覚)を見る人物が他にもいる。
(カッコ内が幻覚)
『分身』のゴリャートキン(新ゴリャートキン)
『罪と罰』のスヴィドリガイロフ(妻マルファ、下男のフィーリカ、ぐしょぬれの少女)

『白痴』のイッポリート(ラゴージン)
『悪霊』のスタブローギン(マトリョーシャ)
彼らもまた、あの状況にあっては、あれ以外の幻覚は見ることができなかったのだ。
また、ムイシュキンとキリーロフのてんかんのアウラ前兆「至高の実在の意識」はドストエフスキーの実体験であり、あれ以外にはない幻覚であった。


3.「それはあいつが言ったことだ」(第四部第11編「兄イワン」)
公判前夜。アリョーシャがイワンの家にかけつけスメルジャコフの自殺を知らせる。アリョーシャはイワンの顔を見て「ひどく加減が悪いんでしょう!ぼくが何を言ってるか、まるでわかっていないみたいです」と言う。イワンは「スメルジャコフの自殺は知っている、あいつが話してくれた」と言う。アリョーシャは、イワンの「それはあいつが言ったことだ」というとりとめのない訴えを、恐怖にしびれる思いで聞かされる。やがて、イワンの言葉は脈絡を失い、舌もまわらなくなり、立ったまま突然よろける。アリョーシャは寝床に運び付き添う。病人が安らかな寝息を立てて眠りについたあとも側を離れず、イワンのために静かに祈りをささげる。

4.突然の破局(第四部第12編「誤れる裁判」)
法廷。イワンは、だれの顔も見ようとはせず、顔を上げることもしないで、奇妙なほどのろくさと証言台に向かった。服装はきちんとしていたが、その顔は土気色をおび、目はどんよりと曇り、死にかかった病人のような印象を与えた。裁判長が証言について説明を始めたとき、異変が起きた。ぼんやりしていたイワンの顔がゆっくり笑顔に変りはじめ、裁判長の言葉が終ったとたん、だしぬけに声を立てて笑い出した。「あなたは・・・まだ健康を害されているのでは」と裁判長が言った。するとイワンはふいに冷静になり丁寧な口調に戻った。質問が始まったが、まったく気乗のりしない調子で、ことさら手短かに答えた。それでも答弁はまだ筋が通っていた。多くの質問は知らないと言って逃げた。「まだ健康がすぐれないようですね」裁判長は口を入れながらも、検事と弁護士双方に、必要なら質問をするように促したかけたとき、イワンは突然、疲れきった声で退廷を願い出た。許可が出るのも待たず、くるりと後を向いて、法廷から出て行こうとした。

再び異変が起きた。イワンは四歩いたところで、ふいになにかを思い出したかのように、薄笑いを浮かべて、また元の場所に戻った。「ぼくはですね、あの百姓娘と同じなんです。《立ちたきゃ──立つけど、いやなら立たねえ》・・・」などと言い出したのだ。「あなたは何が言いたいのです?」裁判長がきびしくたずねた。「そら、これですよ」イワンはふいに紙幣の束を取り出す。そして「殺したのはスメルジャコフで、自分がそそのかしたのだ」と言う。裁判長が思わず「あなたは正気なんですか?」と聞くと、「正気ですとも、卑劣きわまる正気の持ち主ですよ、あなたと同様、それから、そこらにいる・・・豚面どもご同様にね」そして突然、傍聴席を振り返って悪態をつき始めたが、途中で水をください、と頭を抱え込む。アリョーシャが立ち上がり「兄は病気なんです、兄の話を本気にしないでください。せん妄症なんです!」と大声で叫んだ。

「ぼくは狂人じゃない、人殺しというだけですから!」とイワンが再び話し始める。裁判長が「自白を裏づける証拠をお持ちですか」とたずねる。「スメルジャコフはあの世から供述書を送ちゃきませんしね・・・もっとも、一人だけ証人がいないじゃないですがね」イワンはそう言ってニヤリとする。「その証人というのは誰です?」と裁判長。「尻尾があるやつですよ。あいつはきっとこの辺をうろついていますよ・・・」。人びとはあっけにとられ、廷内は騒然となる。廷吏がイワンの腕をつかむ。すると、イワンは廷吏の両肩をつかんで、猛烈な勢いで床にたたきつけた。すぐさま取り押さえられる。法廷から連れ出される間もずっと大声でとりとめのないことをわめき立てていた。大混乱の中、廷吏は次のように釈明した。「証人の体調はずっと異常がなく、一時間ほど前にちょっと気分が悪いと言って医師の診察を受けはしたものの、出廷まではしゃべり方も正常だったので、何かを予測するなど不可能なことであった。そればかりか、証人は自分からどうしても証言を行うのだと言い張ってきかなかった」

このあと、カチェリーナが提出した証拠によって、ミーチャの破滅が決定づけられることになる。証言の最後に、モスクワから来た医師が出廷した。彼はイワンがおととい診察を受けにきたこと、そのとき急性せん妄症の危険があることを警告したのに、治療を受けようとしなかったことを話した。また次のように証言した。「患者は確実に健全な精神状態ではありませんでした。自分から告白しましたが、目ざめている状態でさまざまな幻覚を見たり、もう死んだはずの人に路上で会ったり、毎晩のように悪魔の訪問を受けたりしていたのです」

5.イワンのその後の容体(エピローグ)
公判での一幕のすぐあと、カチェリーナは人事不省のままのイワンをひきとって、昼も夜もつきっきりで面倒をみていた。治療にはワルヴィンスキイとゲルツェンシュトーベがあたっていた。モスクワの医師は、今後の病気の見とおしについて自分の意見を述べるのを断わって、モスクワに戻って行った。残った二人の医師は、はっきりとした希望的予測はまだ出せないでいた。

アリョーシャは判決後に神経性の高熱で病院に送られていたミーチャを見舞う。二人のやりとり。
「イワンはだれよりえらくなるな。前途があるのはあいつで、おれたちじゃない。あいつは全快するよ」
「ところがね、カーチャはイワンのことが心配でならないくせに、全快することはほとんど疑おうともしないんです」
「そりゃ、死ぬと思い込んでるってことさ。恐ろしいから、全快すると思い込んでいるんだ」
「イワンは体格もいいし。ぼくだって、きっと全快してくれるって思っていますよ」アリョーシャは不安そうに言った。

イリューシャの葬式。アリョーシャは石の傍で少年たちに別れを告げる。「みなさん、きみたちとももうじきお別れです。ぼくはもうしばらくは二人の兄についているつもりです。一人は流刑地に行くし、もう一人は死の床についている二人の兄のそばです。しかし、間もなくぼくはこの町を出ていきます。たぶん、ずいぶん長い間になるでしょう。だから、いよいよお別れなんです・・・」

おわりに

ドストエフスキーは「序文」で、アリョーシャを「変人と言ってもよいくらい変わり者」と紹介し「変人はかならずしも部分であったり、孤立した現象とは限らないばかりか、むしろ変人こそが全体の核心をはらみ、同時代のほかの連中のほうが、何か急な風の吹きまわしでしばしその変人から切り離されている」と述べている。私は、この一見奇妙な「変人理解」がドストエフスキー文学の核心にあると感じている。「変人」に一役かっているのが「病気」である。

イワンは「アルコール依存症」という「病気」だった。それは彼の謎の一部をなしていた。そのことを知ってよかったと思っている。病気はイワンを貶めるどころか、今までは難しかったイワンに対する共感をもたらした。イワンが好きになった。