Medical Dostoevsky


統合失調症(スキゾフレニア)の最も古い症例の一つ : ゴーゴリの『狂人日記』


Eric Lewin Altschuler  下原 康子 訳


論題:One of the oldest cases of schizophrenia in Gogol's Diary of a Madman
著者:Eric Lewin Altschuler, assistant director
所属:Brain and Perception Laboratory, University of California, San Diego, 9500 Gilman Drive, 0109, La Jolla, CA 92093-0109, USA
掲載誌:BMJ. 2001 Dec 22-29;323(7327):1475-7


典型的な症例(史実的・文学的観点も加えて)の提供は臨床においてたいへん有用性がある。病気の遡及的研究により病因論への手掛かりは提供できるが、その病気の原因が病気そのものと同じくらい古い場合は、それだけでは十分ではない。ここでは、ニコライ・ワシリェヴィチ・ゴーゴリの『狂人日記』(1834)
[1]が統合失調症における最も古くまた最も完全な記述の一つであることに注目した。

要約

1.『狂人日記』は最も古く、最も完全な、統合失調症の記述の一つである。
2.本質的・歴史的な関心の範囲を越えても、症例としての古さおよび統合失調症の病因学としての意味が重要である。
3.文学的な観点からも、病気の見事な描写において、この物語の真価が認められうる。

統合失調症の歴史

統合失調症は古い病気である。したがって「どこの町にもあほうがいる」ということをあえて証明する必要はないのかもしれない。しかし、1800年以前にこの病気の診断基準[2]を満たしている統合失調症の唯一のケースは、シェイクスピアの『リア王』におけるエドガーと道化のトムくらいしかみあたらない。
[3-5]。しかし19世紀に入って、ウイルス、環境毒素、そしておそらく1800年代以後の演劇から広まった「近代的自我」などのファクターを根拠にした病因に関する仮説が、統合失調症の発生を大いに増大させた。統合失調症のサインには、医学検査や特殊な訓練がなくても気づくことができるので、この病気の古い症例が極端に少ないのは高度な診断機器や医学教育が不足していたことに起因していたとは言えない。また、「あほう」とささやかれた「気違い」の中には、双極性障害、側頭葉てんかん[6]、薬物乱用および離脱、ビタミン不足、重金属中毒などが含まれていたかもしれない。

統合失調症の診断基準(DSM-IV-TR)[2]

(A)特徴的症状:以下のうち2つ(またはそれ以上)、おのおのは1カ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在:
(1)妄想
(2)幻覚
(3)まとまりのない会話(例:頻繁な脱線または滅裂)
(4)ひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
(5)陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如注:妄想が奇異なものであったり、幻聴がその者の行動や思考を逐一説明するか、または2つ以上の声が互いに会話しているものであるときには、基準Aの症状を1つ満たすだけでよい。

(B)社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能が病前に獲得していた水準より著しく低下している(または、小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準まで達しない)。

(C)期間:障害の持続的な徴候が少なくとも6カ月間存在する。この6カ月の期間には、基準Aを満たす各症状(すなわち、活動期の症状)は少なくとも1カ月(または、治療が成功した場合はより短い)存在しなければならないが、前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよい。これらの前駆期または残遺期の期間では、障害の徴候は陰性症状のみか、もしくは基準Aにあげられた症状の2つまたはそれ以上が弱められた形(例:風変わりな信念、異常な知覚体験)で表されることがある。

(D)統合失調感情障害と気分障害の除外:統合失調感情障害と「気分障害、精神病性の特徴を伴うもの」が以下の理由で除外されていること。
(1)活動期の症状と同時に、大うつ病、躁病、または混合性のエピソードが発症していない。
(2)活動期の症状中に気分のエピソードが発症していた場合、その持続期間の合計は活動期および残遺期の持続期間の合計に比べて短い。

(E)物質や一般身体疾患の除外:障害は、物質(例:乱用薬物、投薬)または一般身体疾患の直接的な生理学的作用によるものではない。

(F)広汎性発達障害との関係:自閉性障害や他の広汎性発達障害の既往歴があれば、統合失調症の追加診断は顕著な幻覚や妄想が少なくとも1カ月(または、治療が成功した場合はより短い)存在する場合にのみ与えられる。

American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition,Text Revision,2000 
(高橋三郎、大野裕、染矢俊幸(訳):DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引,医学書院,2002)

ゴーゴリ

ニコライ・ゴーゴリは1809年にウクライナの
ソローチンツィで誕生した。1829年にペテルブルクに引っ越し、友人を通して役所の仕事を得た。1834年から1842年までに、『狂人日記』(1834)、『鼻』(1836)、『外套』(1842)を含む多くの物語や劇作およびエッセイ、美術批評などを書いた。1842年に1835年から書き始めていた長編小説『死せる魂 第1部』を出版した。ゴーゴリは後半の人生の大部分をドイツとイタリアで過ごした。1840年代を通して、ゴーゴリは宗教にのめりこみ聖職者の影響を受けるようになっていった。1848年の春にはエルサレムへ巡礼の旅をしたが魂の安息は得られなかった。死に至る前の9ヶ月間、彼の健康は極度に衰え、激しい憂鬱病に苦しめられた。1852年に、『死せる魂 第2部』を完成させたが、その年の2月10日〜11日に原稿を燃やした後に自ら断食を決行し2月25日に死去した。ゴーゴリはロシアの国民的作家の1人であり、ドストエフスキーやナボコフなどの後の作家にインスピレーションを与えた。

『狂人日記』とポプリシチンの診断

『狂人日記』

『狂人日記』はペテルブルグで役所勤めをしている40代の男アクセンチイ・ イワーノヴィッチ・ ポプリシチンの日記で構成された物語である。日記は10月3日から始まる。(1年目:検討の目安のために論文著者が付記) この日の滑り出しはよくない。ポプリシチンは寝坊して仕事に遅れる。注目すべきは、その日、彼の耳に2匹の犬がお互いにロシア語で話しているのが聞こえたことだ。彼は驚き「いや、待てよ、おれは酔っ払っているのじゃないかしら!どうもこんなことにぶつかるのはめずらしいことだ」とつぶやく。事態は急速に下り坂になっていき、仕事中にトラブルを起こし始める。11月13日付け(1年目)の日記の中には犬が書いた手紙が現れる。12月5日付け(1年目)の日記には、新聞でスペインのフェルディナンド7世に関する一連の事件(1833)を読んだことが書かれている。12月8日付けの日記には「この事件が頭から離れない」と書く。以後の日記の日付けはめちゃくちゃになり、二千年四月四十三日(2年目の4月か?)には、「今日はたいへんおめでたい日だ!スペインの王様がいたのだ。見つかったんだ。その王様というのは、おれなんだ。それも今日はじめて気づいたというわけさ」と書く。次の日付けは「三十月八十六日昼と夜の境」となっている(2年目の10月か?)この日の朝、役所から使いが来て、三週間もさぼっているから、いいかげんに出勤するように言われる。その後、「二十五日」という日付けの日記では群集から「ポプリシチン」と呼ばれても「フェルディナンド7世」と呼ばれても返事をしなかった、とある。(3年目?)。最後の日付けは2月の表示がひっくりかえっている(3年目の2月か?)ポプリシチンは頭から冷水をかけられ、頭がかっと燃えるようになり「眼の前の物がぐるぐる廻る。助けてくれ、連れて行ってくれ」と助けを求める一方で、最後の一言「ええと・・・アルジェリアの総督の鼻に下にこぶのあるのをご存知かね」で日記は終わる。

ポプリシチンの診断

日記の2年目あたりから、ポプリシチンには、自分がスペイン国王であるという持続的な妄想が始まっている。この妄想は日記の最後まで続く。その期間は少なくても3週間(その間彼は勤めに出なかった)から1ヶ月あるいはそれ以上である。この間に彼の状態は次第に悪化していき、勤めに出なくなったために生活の秩序が乱され奇妙な行動が現れ始める。これはまた職業機能障害でもある。ポプリシチンはスペイン国王であるという妄想が始まる前に(奇妙な日付「2000年43年4月」の前に)前触れとなる期間を経験している。それは、犬が互いに人のことばを話しているという幻覚や、犬同士が手紙をやりとりをしているという妄想である。日記の記述はポプリシチンの秩序がますます乱されていくことを示している。最後のひっくりかえった日付けはその一例にすぎない。彼は新聞でスペイン国王の事件について読み、それを自分のことのように思い込む(彼はスペインの市民でさえないのでこれはこっけいである)このポプリシチンが発するサインは統合失調症においておいてしばしば見られる「関係念慮:idea of reference 」(自分には直接関係のない出来事を、自分に関係づける考え/例えばテレビのニュースキャスターやパーソナリティが直接自分に話しかけていると思い込む)であり、おそらくその最も古い記述であろう。ポプリシチンには広汎な発達障害や大うつ病性障害や側頭葉てんかん、また全身症状の証拠がまったくない。睡眠、性行動亢進、または浪費・吝嗇など誇大妄想を引き起こすことがある躁状態の典型的な行動の徴候もない。日記の中に躁病患者ではないことを明示する記述がある。群集を前にしてポプリシチンは自分が王であることを表明しない。躁病患者であれば、おそらく堂々と宣言したであろう。また、彼には薬剤乱用や依存の証拠はまったくない。アルコール依存の除外については明示的な記述がある。「だが、おれはほとんど飲まない」(10月3日:1年目)。ゴーゴリの書いたものにアルコール乱用や依存は少なくないだけにこの除外は重要である。40代は統合失調症の発症年齢としてはやや遅いが、めずらしいというほどではない。
[7]

『狂人日記』の文脈

以上、述べたように『狂人日記』は統合失調症の基準及び除外基準を含む、もっとも古い記述の一つであると考えられる。『狂人日記』という物語の題名からはゴーゴリがウクライナあるいはロシアで実際にこのような人物を観察したことが示唆される。しかしながら、一方で、ポプリシチンの造形は、様々な人物、あるいはドイツの作家E.T.A.ホフマンの小説に登場する楽長ヨハネス・クライスラーのような人物を、ゴーゴリが病理学的に観察して構成したモンタージュであるという考えも除外できない。最初に考えられた題名が『狂える音楽家の手記』
[8]であったことからもホフマンの影響は明らかである。広範で複雑なホフマンの作品には奇妙な人物が多く登場するが、筆者(この論文の)はそれらの中にポプリシチンのように明白な統合失調症の症例を見出すことはできなかった。ゴーゴリが作品の中で風刺したことのある新聞『北方の蜜蜂』などで、精神病院の患者についての記事を読みそれをヒントにしたかもしれない。検証のためには、これらの新聞記事やホフマンの作品の研究が必要であろう。とはいえ、1834年に描かれた『狂人日記』は統合失調症の明白な症例と言うことができる。そして、それは1809年におけるイギリスやフランスで見られた症例[9,10]との関連において書かれたものと思われる。統合失調症は19世紀はじめにはヨーロッパにおいてすでに広範囲に拡がっていた。一方で、1800年以前において統合失調症についてほとんど聞かれないのはなぜだろうか?

考 察

統合失調症が古くからある病気なら、そのころからの古い記述がないのはなぜか?それに関しては4つの説明が可能である。第一に、統合失調症の報告数の増加は、過去200年間における医師および医学研究者の顕著な増加が考えられる。第二に、クレペリン(1856- 1926)の早発性痴呆
[11]からスタートした精神疾患についての新たな展開と解説が、臨床医に統合失調症への認識を容易にし、それによって症例報告が顕著に増加したことが考えられる。第三に病気と診断されると社会的機能が低下するので、過去に統合失調症であった人々の多くは、自分の症状を話すことも書くこともまた承服することもしなかったであろう。さらに、当時、抑圧に苦しんでいた未処置で慢性の統合失調症患者を臨床の対象とする辛抱強い医者や研究者は少なかったかもしれない。最後に、1800年以後の症例数の顕著な増加に関しては、19世紀四半期に北半球で誕生した統合失調症の病因[12]についての巧妙な仮説が関係している。それは、統合失調症の病因を妊娠の第2〜3期における母体のビタミンD不足とし、遺伝的な背景を持つと説明した。今後、さらなる医学的文献や文学的資料の探索により、統合失調症のより古いケースを発掘できるであろう。有病率約1%の決して稀ではない非常に深刻な統合失調症という病気が古くから存在していたという見解は、病気の仮説を立て、研究へと導く方法を見出すための、ひいては統合失調症の診断・治療・予防に役立てるための助けになるかもしれない。

謝 辞

ゴーゴリのすばらしい物語に導入してくれたUCSD書店のスタッフ、議論を喚起してくれたハーバード・メディカル・スクールカウントウェイ図書館のスージー・コンウェイ、そして、原文と翻訳を比較して、本論の診断を確認してくれたUCSDのジョナサン・サビル(UCSD)に感謝する。


References

1. Gogol N. Diary of a madman and other stories. ( Translated from Russian by R Wilks). London: Penguin Books; 1972.
2. Diagnostic and statistical manual of mental disorders: DSM-IV. Washington, DC: American Psychiatric Association; 1994.
3. Hare E. Schizophrenia as a recent disease. Br J Psychiatry.1988;153:521?531. [PubMed]
4. Andreasen NJ. The artist as scientist. Psychiatric diagnosis in Shakespeare's tragedies. JAMA.1976;235:1868?1872. [PubMed]
5. Bark NM. Did Shakespeare know schizophrenia? The case of Poor Mad Tom in King Lear. Br J Psychiatry.1985;146:436?438. [PubMed]
6. Fedio P. Behavioral characteristics of patients with temporal lobe epilepsy. Psychiatr Clin North Am.1986;9:267?281. [PubMed]
7. Schultz SK, Andreasen NC. Schizophrenia. Lancet.1999;353:1425?1430. [PubMed]
8. Fanger D. The creation of Nikolai Gogol. Cambridge, MA: Belknap Press; 1979. p. 115.
9. Haslam J. Observations on melancholy and madness. London: Callow; 1809.
10. Pinel P. Traite medico-philosophique sur l'alienation mentale. 2nd ed. Paris: J A Brosson; 1809.
11. Kohl F. The beginning of Emil Kraepelin's classification of psychoses. A historical-methodological reflection on the occasion of the 100th anniversary of his “Heidelberg Address” 27 November 1898 on “nosologic dichotomy” of endogenous psychoses. Psychiatr Prax.1999;26:105?111. [PubMed]
12. Moskovitz RA. Seasonality in schizophrenia. Lancet.1978;i:664. [PubMed]