Medical Dostoevsky
ドストエーフスキイの会機関誌『ドストエーフスキイ広場』No.2 1992


ドストエフスキーとてんかん


A・ガストー「ドストエフスキーのてんかんについての新しい考察」(訳)

下原 康子 

<訳者の前書き>

このところ私はドストエフスキーのてんかんにとても心ひかれている。というのも激しいしかも特異な症状を持つてんかん発作(ドストエフスキーの発作は生涯に四百〜五百回起こったとされる)が作品に影響をおよぼさないはずがないと思われるからである。また一方でてんかんという病気そのものにもひきつけられる。ドストエフスキーの文学で感じる謎、神秘、予言がこの不思議な病気にも感じられる。ちなみにてんかんであったと言われる大天才は案外に多い。アレキサンダー大王、シーザー、ナポレオン、ブッダ、聖パウロ、マホメット、ソクラテス、パスカル、パイロン、フローベール、ゴッホ、ドストエフスキー。宗教性、予言性において卓越した人物がめだつ。

てんかん(エピレプシア)の語源はギリシャ語で、<つかまえる>を意味する。古代にはてんかんの大発作でけいれんが起き意識が消失して動かなくなるのは神か悪魔に<つかまえられた>と考えられており人間の力ではどうにもできず神聖病と呼ばれていた。神や悪魔のせいではなく脳の病であると最初に言い出したのは、かのヒポクラテスである。現代では後に掲げたWHOの定義のように考えられている。多くの学者はてんかんを疾患単位ではなく種々の原因に基く症候群としている。

てんかんの予言性はその不思議な発作症状とは別にもう一つある。というのはてんかんの中には<脳と心の関係>を解明する重要な鍵が隠されているように思われるのである。実際カナダの有名な脳外科医ペンフィールドはてんかん患者の脳に直接電気的な刺激をあたえるという方法で(すごい実験である)脳のメカニズムに関する一連の有名な大発見をしている。彼は「てんかんにはまだまだ秘密が隠されている。てんかん患者の言うことに耳を傾けるだけで私たちは多くのことを教えられるのである。」と言っている。

というわけで夢のように曖昧ではあるが、私の二大テーマ<ドストエフスキー>と<脳と心の関係>がてんかんという糸で結び合わせられるような気がしてきたのである。加えて最近ブームの<臨死体験>がある。これなど、どうしたってドストエフスキーとてんかんの両方とも引き合いに出したくなるテーマだ。立花隆も『文芸春秋』に連載中の記事の中でちょっぴり触れている。

さて、以上のような私の関心を満たしてくれる格好の学問分野がある。その名を<病跡学>という。ドストエフスキーの病跡学は国内では荻野恒一と加賀乙彦が有名である。一方、海外では神経科医やてんかん学者の書いた医学論文が比較的多い。運よく医学図書館に勤務しているので文献の検索や入手は容易である。言葉と専門知識の壁にくじけそうになりながらも、ドストエフスキーの文字に励まされて、やっと一つの論文を翻訳してみた。

一九八四年に『エピレプシア』誌に発表されたアンリ・ガストーの論文を次に訳出する。ガストーはフランスのてんかん学の大権威で、てんかんの病跡学の分野でも著名である。一九七八年に発表された有名な論文ではドストエフスキーのてんかんにおけるエクスタシーを作家の創作であるとして論議を呼んだ。ここに訳出したのはそれから六年たって「新しい考察」として発表したものである。この論文のテーマはドストエフスキーのてんかんの病型分類である。

訳文の前にWHOのてんかんの定義、論文のなか比較される二種類のてんかんの解説、それからたびたび引用される一九七八年の論文の概要をあげておく。



WHOの定義(てんかん症候群国際分類1989年版)

てんかん

WHOの定義によると「種々の病因によって起こる慢性の脳障害で大脳ニューロソの過剰な発射の結果起こる反復性発作(てんかん発作)を主徴とし、これに種々の臨床症状および検査所見を伴うもの」とされている。てんかんは、現在進行中の既知の疾患が病因となっているものを除き、その発作症状は特発性脳性律動異常の始発部位とその広がり方にしたがって、意識障害、けいれん、自動症、その他さまざまな様態をとる。

側頭葉てんかん

発作起始時に解剖学的局在性を示す部分発作に属する。臨床的には精神運動発作とも言われ側頭葉に焦点を持つことが多い。短い意識喪失と自動症の発作でしばしば植物神経前兆、既視体験や口の運動をともなう。一種のもうろう状態である。知的てんかんとも呼ばれる。従来エクスタシーを伴うドストエフスキーのてんかんはこれとされていた。

原発性全汎てんかん

発作起始時から両側大脳半球に全汎化する発作を主徴とし、素因性で機能的(非器質的)病因をもつてんかん群。発作がはじまると患者は意識を失い、まず体を伸展、四肢も突っ張り顔面をひきつらせる強直性発作、そして十秒前後で全身性の間代性けいれんに移行する。発作の終わった後はぐったりしそのまま入眠することも多い。これはアンナ夫人が回想の中で述べたドストエフスキーの発作の描写にぴったりあてはまる。



ガストーの一九七八年の論文の概要

(日本語訳:「ドストエフスキーのてんかん再考−原発性全汎てんかん説」和田豊治訳 大日太製薬株式会社 1981)
 
「ドストエフスキーの意図しなかったてんかん学への貢献」 という原題のこの論文で、論議を呼んだ点はドストエフスキーのてんかん発作時のアウラ(前兆)として有名なエクスタシーを事実ではなくドストエフスキーの文学的創造であるとした点である。その根拠をガストーは次のように説明した。

現在ではアウラそのものが既にてんかん発作そのもので、解剖生理学的には側頭葉てんかん、臨床的には精神運動発作と考えられる。ドストエフスキーのてんかんは側頭葉てんかんであろうという従来の説を作家の病歴により詳細に検討したところ、確実なものとして信用できるてんかん発作は、ミオクロニー(四肢の電撃的なれん縮)に始まり、それに引き続いて起こる大発作のみである。そしてその発作は睡眠中に起こっている。

この発作型から作家の羅患したてんかんは、原発性全汎てんかんであると結論できる。原発性全汎てんかんは原則的には何の前兆もなく大発作を招来するのであるが、稀に、ミオクロニーが前駆する例がある。ともかくドストエフスキーのてんかんは側頭葉てんかんではないから、彼の作品における大発作前の体験は彼自身の発作体験ではなく、完全な創作である。

さらに、エクスタシーというのは精神発作の内容として経験したことがない。精神発作として恐怖、悲哀、不安、怒りなどは確かにあるが、エクスタシーを発作として持つ例に出会ったことは未だかって一度もない。この点でもキリーロフやムイシュキンの体験は作家の天才によるもので、てんかんとは何等関係がないと断言できる。

ドストエフスキーの意図しなかったてんかん学への貢献はまったく別にある。ガストーが行った予後調査によれば原発性全汎てんかんは発作をくりかえしても知能の低下は来たさないことがわかった。ドストエフスキーは生涯にわたって卓越した知能を保っていた。すなわちドストエフスキーはこのことを証明してくれているわけである。
 
この論文は従来の見地とは意見を異にしていたのでたいへんに反響を呼び、その後のドストエフスキーの病跡学に影響を与えた。しかし彼が否定したエクスタシーのあるてんかん発作がその後、いくつか報告され、(日本にも一例ある)再検討した結果、やはりドストエフスキーのエクスタシーは実際にあったものだというVoskuilの論文が発表された。

それを受けて、ガストーが六年後に<新しい考察>として発表したのが次の論文である。



ドストエフスキーのてんかんについての新しい考察
                   
アンリ・ガストー  下原 康子 訳

論 題:New comments ofthe epilepsy of Fyodor Dostoevsky.
著 者:Henri Gastaut
収載誌:Epilepsia 25(4):408-411, 1984.


Voskuil,P.H.A.は一九八三年の優れた論文の中でドストエフスキーのてんかんを原発性全汎てんかんに分類するか(一九七八年の論文の中で私はそう結論した)あるいは複合する症状をともなう部分てんかん(一九六三年の論文で私が初めて提唱したのはこの説であった)に分類するか判断しかねている。Voskuilのこの態度は正当である。どちらの仮説をとるにしろ、実り多い論争が期待できるであろう。

ここではドストエフスキー自身あるいは作中人物のてんかんの特徴、そしてその特徴が原発性全汎てんかんを示唆しているという説をあらためて強調することはひかえる。それについてはすでに一九七八年の論文で詳しく述べた。これを踏まえた上で、私は新しい考察を提供しよう。

まず第一の点、これは最近になって私の注意をひくようになったのだが、発作が起きた時の初期の症状のいくつかはあきらかに側頭葉の異常な放電によってひきおこされたと結論できるということである。(これは側頭葉てんかん、つまり部分てんかんを示唆する−訳者註)

ところが、第二の点として、発作間欠時(発作と発作の間の期間)のドストエフスキーの状態だが、これは頻繁に発作をおこす側頭葉てんかん患者に特徴的な状態とはまったく異なっているのである。ゴッホやフローベルにはこの特徴が顕著に見られる。

一九八一年、ドストエフスキー没後百年を記念したシンポジウムでの発表の準備をしていた時、ドストエフスキーの作品、およびアンナ夫人の回想を再読する機会を持った。この時、私はドストエフスキーおよび作中人物のてんかんには明らかに側頭葉てんかんと思われる症状がいくつか存在することに気がついた。一九七八年の論文を書いた時点ではこれらの症状を見すごしてしまっていたのである。(註一)

さて、これらの症状の第一は発作が起こる前の全身性の震えである。これは側頭葉てんかん、その中でも特に情動によって引き起こされた発作の場合、比較的よく見られる症状なのである。『白痴』の中でナスターシャを殺した直後のラゴージンがムイシュキン公爵に次のように言う「レフ・ニコラエヴィッチ、おめえは見たところ大層震えるじゃないか。ちょうどおめえがひどく体の加減を悪くした時のようだぜ。そらモスクワであったろう、覚えているかい、発作の前かね、ほんとにそうなったらおめえをどうしたらいいか思案にあまるよ」

次の症状は喉頭部に生じる前兆(喉の震え)である。この症状も側頭葉てんかん患者の発作時において見られることがある。『カラマーゾフの兄弟』の中で検事のイッポリート・キリーロヴィッチは論告の中でスメルジャコフのてんかんが情動によって引き起こされたことを論証しようとするのだが、その時この症状に触れている。「スメルジャコフは自分の孤独な頼りない身の上をしみじみ感じながら、やがて家の用事で穴蔵へおもむきました。彼は穴蔵の階段を降りながら、発作が起こりはしまいか、もし起こったらどうしよう、と考えました。するとこうした気分、こうした想像、こうした疑問のためにいつも発作の前にやってくる喉のけいれんがおこって彼は無意識に穴蔵へころげ落ちたのであります」

最後に取り上げる症状は手のかゆみである。とくに爪に近い部分がかゆくなる。アンナ夫人はこれはてんかん発作の前兆だったと書いている。この症状について私の一九八〇年の論文のなかで側頭葉てんかんのさまざまな感覚前兆の中の一つとして報告している。

ゴッホおよびフローベルのてんかんとの比較   

一九八三年にバーゼルで開催された脳波と臨床神経学のための学会で「天才とてんかん」という報告をするための準備にとりかかっていたとき、ゴッホ、フローベルそしてドストエフスキーのいくつかの伝記的著作を再読する機会をもった。その時気がついたのだが、ゴッホおよびフローベル(この二人は明らかに側頭葉てんかんである)とドストエフスキーを比較するとその発作間欠時の状態に大きな違いがみとめられる。(表一)

まず、ドストエフスキーの行動であるが、ゴッホの活動過多、フローベルの活動減退のような特徴がない。次に情動であるが、家族、友人、また宗教や社会、国家にたいしてもゴッホやフローベルにあったような粘着性はみとめられない。ドストエフスキーの家族に対する愛情表出は正常であり、アンナ夫人に対しては時には激しい嫉妬を伴うほどの情熱的な愛情をささげていた。

また社会的、宗教的、愛国的問題に対する態度も正常で作家としてのそれであり、決して偏向していなかった。またドストエフスキーの性格の中には、ゴッホやフローベルにみられたような情動的な粘着性を伴う発作的衝動がみとめられない。これは側頭葉てんかんでは高頻度に見られる性格特徴である。ただしべリンスキーやツルゲーネフとのいさかいの場合は例外だったらしいが。

最後に性欲である。ゴッホ、フローベールにくらべ、ドストエフスキーには性欲減退ということがなかった。側頭葉てんかんの場合約三分の一にこの症状がみられる。ドストエフスキーは最初の妻、情婦のスースロワ、とりわけ二度目の妻のアンナ夫人と旺盛な性生活をもったと言われている。ドストエフスキーは、過度なセックスが発作を引き起こすと心配していたほどである。

また作品の中で数回少女がレイプされそうになる場面をえがいている。このことが、ストラーホフが一八八三年にトルストイにあてた手紙の中で書いた「ヴィスコヴァートヴァから聞いた話ですが、ドストエフスキーは家庭教師につれられて温泉にきていた少女を陵辱したことがあると自慢そうに話したそうです」という言いがかりの根拠にされることにもなった。

結 論

さて、以上述べたことをふまえ、Voskuilの説に賛成したうえで、私は次のように結論する。

ドストエフスキーが原発性全汎てんかんであったか、あるいは側頭葉の部分てんかんであったかの論争は依然として決着を見ない。おそらく、妥当な仮説は両方の原因が複合しているという折衷説であろう。ドストエフスキーのてんかんは次に述べる二つ両方の要因があったと考えられる。

まず側頭葉の障害、ただし非常に限られた範囲だったので発作間欠時の側頭葉てんかんに特有の心身の症状は現れなかった。次はてんかん発作を来たすに十分な体質的素因、これは側頭葉の障害とは別の機序でどちらの型の発作にしろ二次的には同じ帰結をたどることになる全汎発作をほとんど即時に引き起こしたものと考えられる。ドストエフスキーの息子の一人はてんかん発作重延状態で早逝しているので、そのてんかん素質は遺伝的であったと思われる。

このドストエフスキーのてんかんの特性を説明するのに都合のよい理論からは次の推論が導かれる。てんかんだったこの三人の天才が三人とも芸術家であり、しかもそのてんかんの原因が感情を司る辺縁葉に関係があったということ、これは芸術と感情はお互いに関連しているという長年にわたる考え方に、生理学的な根拠を与えるものということができるかもしれない。もちろんこれは今後もっと追求されなければならない問題である。

それにしても、ゴッホ、フローベルそしてドストエフスキーのてんかんが同じタイブだったことを証明することより、三人の天才が頻繁な発作をともなう厳しいてんかんの症状に苦しんだということ、そしてそれにもかかわらず芸術的な天才を発揮したという事実のほうがはるかに重要なのである。彼らの天才はその病気によってもいささかも曇らされたり、減少されたりはしなかった。

発作が重なるごとに知能の低下を釆たすという誤った偏見をあたえられていた数多くのてんかんの人たち、またその才能を病気の副産物としてしか受け取られなかったてんかんの人たち、彼らは、この三人の天才の例によって、強力に弁護され得るのである。

註一: これらの症状のなかには、臨床的価値がより高いと思われる、かの有名な恍惚前兆が含まれる。これについては、一九七八年の論文で検討した。それにしてもこの高揚の詩的表現の中には二つの矛盾する精神的要素が同時に存在している。
一つは宗教的、宇宙的胱惚で神および完全なる宇宙との同一化、言ってみれば自意識の消滅を意味している。一方では同じ自意識が一瞬の問にほとんど十倍にも増大して、因果律的終局の理解にまで達するのである。


ドストエフスキー、フローベル、ゴッホの比較

発作/
発作間欠時
ドストエフスキー フローベル ゴッホ
発作:病因 遺伝的素因があった 左の側頭骨葉にあきらかに障害。死因は動脈瘤が疑われる おそらくは側頭葉の障害。部位および遺伝性は不明
発作:型 睡眠中の大発作、例外的に覚醒時。一瞬のエクスタシーを伴った 局在性部分発作(光幻覚をともなう)から、複雑部分発作に移行し大発作にいたる 複雑部分発作。引き続いて精神分裂病様の知的混乱がおこった
発作:頻度 20〜25才から60才までの間に、月に1〜2回、トータルして400〜500回 22〜32才の8〜10年間。1年ほどは1日に数回頻発したが、その後月に数回、年に数回となった 1〜2年間で12回(35〜37才の間)アブサンの飲み過ぎで促進
発作間欠時:総合的知能 非常に聡明。創造的思考、哲学的精神 非常に聡明。総合的知能と言語的知能を混同すると異論があるかもしれないが あきらかに聡明
発作間欠時:言語的知能 卓越。活発な表現力、旺盛な執筆力(速記の利用)。弁証法的精神 劣ってはいないが平凡。しゃべるのも書くのも遅く、言葉を見つけるのに困難を要した 卓越。四カ国語堪能、活発な表現力、濫書症、濫画症
発作間欠時:社会性 心暖かいが興奮しやすい。みなりスマートで礼儀正しく几帳面。一方で賭博に熱中。宗教的、社会的言明はコンスタントではない 隠遁者、無秩序、不精。宗教的、社会的言明はなし だらしのないみなり、隠遁者。過剰なほどの宗教的、社会的言明(ポリナージュでの伝道、不可知論的社会主義)
発作間欠時:情動 家族、友人には正常。ただしべリンスキーとツルゲーネフに対しては怒りっぽかった 近親者(叔母、姪)に対する極端な依存性。粘着性 弟テオやゴーギャンに対する強度の感情的依存。粘着性
発作間欠時:気質傾向 慢性的な気分の変動があったが正常。妻に対する激しい嫉妬 穏やかな性質にも関わらず起こる激しい怒りの発作 時には殺人を思わせるほどの激しい暴力的な怒りの爆発(ゴーギャン、レイ、ガッシェに対して)。自虐傾向(手を焼く、耳を切る、自殺)
発作間欠時:性欲 最初の妻、スースロワ、とりわけアンナ夫人との旺盛な性生活。エロチックな手紙の文面。少女の凌辱というテーマに対する固執 青春期には旺盛。発作の始まりとともに性欲減退。オナニー ケイやアーシュラに対する精神的な情熱の一方で、売春婦との接触。発作が始まってからは性欲減退


Reference

1.Gastaut H: FM. Dostoevskys involuntary contribution to the symptomatology and prognosis of epilepsy. Epilepsia 1978;19:186-201.
2..Voskuil PHA: The epilepsy of FM. Dostoevsky. Epilepsia 1983;24:658-667.