Medical Dostoevsky&My Dostoevsky
東邦大学医学部図書館ニュース No.190 (1988)


ドストエフスキーと夢


図書館ではこの季節になると毎年新入生の来館を楽しみにする。しかし例年、受験戦争後の開放感もあってか、図書館へはなかなか足が向かないようである。医学という未知の学問を生涯のテ−マとして選びとった新入生の皆さん、医学に対してどのようなイメ−ジを描き、何を期待しておられるのだろうか。中には医者という職業の選択に不安を感じておられる方もあるかもしれない。そういう方も含め、皆さんに私はぜひ医学を好きになって欲しい。血のかよった生きた知識として興味を持ち、それを学ぶことに喜びを感じてもらいたいと思う。そこでおすすめしたいのである。

皆さん、受験勉強から開放された今、文学作品に親しんで下さい。医学と文学のかかわりについては、図書館ニュ−スNo182(1987年7月)にも書いたが、医学も文学もその出発点は“人間とは何か”という同じ問いであり、その対象も目的とするところも人間である。しかしその方法には違いがある。医学も含め科学の基礎が分析であるのに対し、文学の理解は直感から成りたっている。人間の全体的理解のためにはこの両方の方法が不可欠だ。堅苦しい議論はともかくとしても、文学の中には医学と重なるテ−マが多くあり、病人や死のすぐれた描写も少なくない。時には教科書よりもおもしろく理解できる。

学園だより186号(1988年3月)で公衆衛生学教室の海老沢先生が「病人が登場する文学作品がいくつかあるが、作家の観察力や病気の理解力に感心させられる」と書いておられる。有吉佐和子の『女二人のニュ−ギニア』が例に上がっているが、その中のマラリアの描写については「医学部の学生にこれだけの記述ができたら合格」だそうである。

精神病理学者の荻野恒一教授は、パトグラフィ(病跡学)において業績のある人で『ドストエフスキー:芸術と病理』(金剛出版 昭和46年)という著作がある。この中で、精神病理学とドストエフスキーが出会ったきっかけを述べておられる。
戦争末期のころ京大精神科に入局した荻野先生は当時の助教授村上仁先生に、精神病理学を専攻したいがどんな本から読んだらいいかとたずねた。すると村上先生は「何よりも患者をていねいに診ていくことです」と言われ、それからちょっとはにかむように笑いながら「今村先生(初代京大精神科教授)は精神科に入ったら1〜2年は精神医学の文献なんかよりもドストエフスキーを読めといわれたことがあるそうだ」とつけ加えられた、という。

荻野教授がドストエフスキーを集中して読んだ機会は3回あったが、その時受けた影響は3回とも違っていた。1回目は人間性の底知れぬ深みを、2回目は精神の観察と記述の仕方を、3回目はてんかん者の本質的理解(ドストエフスキーはてんかんであった)を教わった。
1回目の影響については多くの読者も共感できるだろう。しかし2回目、3回目になるとあきらかに荻野教授の精神病理学者としての立場が深くかかわっている。専門家としての分析の目がある。実は私と医学とのかかわりもドストエフスキーが介在している。ドストエフスキーなしには私の医学への開眼(?)はありえなかったとまで思っているので、そのいきさつを書いてみたい。

私は医学図書館で医学情報を提供するのが仕事であるが、医学の専門知識は持っていない。これがサービス、特に文献検索サービスの限界になっていることはいなめない。また仕事を離れて考えても、人間の身体を研究対象にしている学問に無関心ではいられない。そういうわけで医学は私にとって大いに関心を持たざるをえない対象なのである。しかし、もともと小説ばかり読んでいて科学に弱い文系タイプなので、どこから入っていいか見当がつかずにいた。

そんな時糸口になってくれたのが、第一生理学教室の鳥居先生の書かれた『行動としての睡眠』(青土社1984年)だった。この本の最初の章は“夢の生理学”である。夢は私にとっても身近なテーマなので興味はあった。しかしその夢は主観的なもので文学の世界に属していた。夢が科学の対象になるなどとは思ってもいなかったので、これは新しい発見だった。さがしていた文学と医学の接点、それがこれだと思った。その後、夢もふくめた脳生理学にも興味がもてるようになると、もっと広く大きいテーマ“脳と心”も見えてきた。

ところで、夢ですぐ連想されるのがかのドストエフスキーなのである。どの作品にもかならずといっていいほど印象的な夢の描写がある。“夢の科学”の発見後、『白痴』という作品を読み返していたところ、前には気づかなかったのだが、夢という現象についてかなりくわしい分析を試みている個所をみつけて興味深く感じた。その一部を引用してみる。

「夢のなかでは背理や荒唐無稽と疑うこともなく妥協するのに、一方においては理性が極度に緊張しきって、異常な力と狡知と聡明と論理を示すのには驚かされる。そして夢から醒めて現実界へもどったあとでも、何か謎のような印象をのこす。この印象の中には何か一種の思想のようなものがあり、その思想はすでに現実のものである。自分の生活に即したあるものである。それは何かの新しい予言か待ちこがれていたものを聞かされたような気持ちである。この印象は非常にうれしいか、非常に悲しいか、とにかくじつに強烈である。しかしその本質がどこにあるのか、意味はどうであるか−そんなことは理解も出来ない。」

ドストエフスキーと医学の接点としては夢のほかにてんかんがある。ドストエフスキーの作品にはてんかん持ちがたくさん登場する。『白痴』のムイシュキン、『悪霊』のキリーロフ、『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフなど。てんかん発作の描写もいくつかあり、その医学的にも正確でみごとな表現には精神科医で作家の加賀乙彦氏も感嘆しておられる。(加賀乙彦『ドストエフスキイ』中公新書 昭和28年)

さきにのべた荻野教授や加賀乙彦氏のドストエフスキー研究はてんかんの精神病理を基礎にした人間的なものだが、てんかんへのアプローチには、ほかに神経生理学と脳外科学がある。最近、鳥居先生が『夢をみる脳』(中公新書1987)という本を出され、興味深く読んだ。その中でてんかんにふれた個所がある。

「臨床医学の経験から人間の側頭葉が記憶に関係していることがかなり以前から知られている。例えば、精神発作運動という一種のてんかんがある。この発作が始まる前に過去の体験をまざまざと思い出し、そのうちに意識がなくなるというものだが、このてんかんの発作の原因は側頭葉に活動が起こるためである」

これを読んですぐにドストエフスキーのアウラ体験を連想した。荻野教授によるとアウラというのは「てんかん発作の始まるときに体験される意識内容で、意識が消失する直前の瞬時(2・3秒)の間にもろもろの事柄を体験し、それが発作の回復のあとまで記憶にとどめられる」という。『白痴』の中に主人公ムイシュキンのアウラ体験のすばらしい描写がある。著者自身の体験に基づいていると思われる。

それは「この一瞬のためには一生涯を投げ出しても惜しくはない」と思うほどの美と調和の一刹那である。しかし発作がすぎた後、ムイシュキンはこれが要するに一種の病気のなせる技であり、正常な肉体組織の壊滅にすぎないという思いに悩まされる。しかし彼はこの一瞬の価値をどうしても疑うことができなくて「いったいこの感覚が病気ならどうしたというのだ?少しもかまうことはない」と結論するのである。

先の『夢をみる脳』からの引用の冒頭にある「臨床医学の経験」というのは、脳外科の世界的権威、ワイルダー・ペンフィールド博士の業績をさしているのではないかと思う。博士はてんかんの外科的治療に大きな貢献のあった人である。それにもまして博士を有名にしているのは、てんかん患者の手術にあたって露出された脳に電気刺激を与える方法により、人の脳の働きについて考察し、多くの新知見を発表したことである。その多くは神経生理学にとってきわめて重要なデータになっている。

博士は晩年『脳と心の正体』(文化放送1977)という難解だけど実に魅力的な本を書いた。その中で「てんかんにはまだまだ秘密が隠されている。てんかん患者の言うことに耳を傾けるだけで私たちは多くのことを教えられるのである」と言っている。ついでながら博士はこの本の主題である脳と心の問題については「人間は二つの基本的要素から成ると考えたほうが一つの基本的要素から成ると考えるよりも理解しやすい」と謙虚に二元論の見解を述べている。長い研究生活を一元論にそって歩み続け、これほどの業績を上げた人の言葉である。

さて話を最初にもどして終わることにしよう。今まで述べたこと、特に私の個人的体験など皆さんにはつまらないかもしれない。しかし私には実におもしろいのである。それは医学とドストエフスキー、その相互的な影響力が、すばらしい相乗効果を生んだ結果だと思う。最初に皆さんに医学を好きになって欲しいと書いた。好きになるには自分でおもしろくする以外にない。そのために文学が役に立てばと思うのである。  
(下原 康子)