ドストエフスキーとてんかん/病い


エクスタシー発作をともなう側頭葉てんかん

(いわゆる ドストエフスキーてんかん)

F.Cirignotta,C.V.Todesco,and,E.Laugaresi 著 下原康子 訳

論 文 名:Temporal Lobe Epiilepsy with Ecstatic Seizures (So-Called Dostoevsky Epilepsy)
著 者 名:F.Cirignotta,C.V.Todesco,and,E.Laugares
所属機関:Clinica Neurologica, University of Bologna, Italy
掲載雑誌:Epilepsia 21:705-710,1980


抄録
ポリグラフでエクスタシー発作を記録し、この発作が側頭葉てんかんであることを確認したはじめての報告である。

訳者注:
医療機器としてのポリグラフについて: 近年の医療現場では「患者モニタ」や略して単に「モニタ」と呼ばれることもある。心電図、心拍数、血圧、呼吸曲線などが同一画面に記録される。


さまざまなもの思いのうちに、彼はまたこういうことも思ってみた、彼のてんかんに近い精神状態には一つの段階がある。(ただし、それは意識のさめているときに発作がおこった場合のことである)それは発作の来るほとんどすぐ前で、憂愁と精神的暗黒と圧迫を破って、ふいに脳髄がぱっと焔でも上げるように活動し、ありとあらゆる生の力が一時にものすごい勢いで緊張する。生の直感や自己意識はほとんど十倍の力を増してくる。が、それはほんの一転瞬の間で、たちまち稲妻のごとく過ぎてしまうのだ。そのあいだ、あらゆる憤激、あらゆる疑惑、あらゆる不安は、諧調にみちた歓喜と希望のあふれる神聖な平穏境に、忽然と溶けこんでしまうかのように思われる。しかし、この瞬間、この後輝は、発作がはじまる最後の一秒(一秒である、けっしてそれより長くはない)の予感にすぎない。この一秒が堪えがたいものであった。彼はすでに健康なからだに返ってから、この最後の瞬間のことを回想して、よく自問自答するのであった。すなわち、この尊い自己直感、自己意識、つまり《尊い志純な生活》の明光もひらめきも、要するに一種の病気であり、ノーマルな肉体組織の破壊にすぎないのだ。とすれば、これがけっして尊い志純な生活どころではなく、かえって最も低劣な生活とならなければならぬ。こうも考えたけれど、彼はやはり最後には、きわめて逆説的な結論に達せざるをえなかった。「いったいこの感覚がなにかの病気ならどうしたというのだ?」彼はとうとうこんなふうに断定をくだした。「この感覚がアブノーマルな緊張であろうとなんであろうと、すこしもかまうことはない。もし、結果そのものが、感覚のその一刹那が、健全なとき思い出して仔細に点検してみても、いぜんとして志純な諧調であり、美であって、しかも今まで聞くことはおろか、考えることさえなかったような充溢の中庸と和解し、志純な生の調和に合流しえたという、祈祷の心持ちに似た法悦境を与えてくれるならば、病的であろうとアブノーマルであろうと、すこしも問題にならない!」(ドストエフスキー「白痴2編5」米川正夫訳) 

Gastautは、十分な検証を重ねて1978年に発表した長い論文の中で、ドストエフスキーが小説の中で描いたてんかんの現象が非常に稀であること、またこれまでにエクスタシー発作のポリグラフを記録したという文献は存在しないことを強調した。

エクスタシー発作については、Alajouanine(1951)、De Castroら(1960)などいくつかの臨床報告がなされている。しかしながら、Alajouanineの患者は脳梅毒で、それが感情のトーンに影響したかもしれないとしている。非常に稀な症例として、ウルバッハ・ビーテ病に似た症状がある。発作はみぞおちの感覚から始まり、既視感を経て、穏やかな気持、上機嫌、至福など言葉にならない感情で終わる。(Boudouresque et al 1972)。

今回、私たちは、側頭部に起源を持つエクスタシー発作を、初めてポリグラフで記録することができたので報告する。

症例報告
患者は30歳の未婚男性、正常分娩で生まれた。遺伝性てんかん、重い疾患、頭蓋損傷の病歴はない。現在は中学校に就職し常勤で通っている。自己完結型で、疑い深く、非社交的な人物である。孤独で瞑想に陥りやすい傾向がある。趣味の音楽と旅行が彼の孤独がちな生活に潤いを与えている。無口で自分自身について語るのは苦手である。

13歳のときから、短い発作(20〜30秒)が始まった。それは短い意識喪失を特徴とする精神運動発作であったが、注目すべきは、ことばにならないほどの“歓喜”の感覚が伴うことであった。発作は1〜2か月の間隔で起きていたが、最近ではほとんど毎日のように起きるようになっていた。1979年1月、彼は強直間代夜間発作で私たちのところを受診した。彼はそれまで医者にかかったことはなかった。小発作についてはいやなことだとは感じていなかった。

小発作は通常くつろいでいる時や眠くなった時に起こった。彼は発作の瞬間に感じたことを説明することができず、“ことばにできないほどの歓喜”と表現した。さらに、その感覚はとにかく強烈で、現実のものとは思えないほどだったと語った。こうした感覚は、唯一、音楽によって引き起こされた状態と比較できる。発作の間はすべての不快な感覚、感情、思考は消えて、彼の精神、彼の全体が大いなる至福の感覚に満たされた。

周囲への注意は遮断された。彼は、この遮断が発作が始まるための必須条件であるかのように感じていた。彼はこの感覚に比較できるのは音楽だけ、と主張した。性的快感とはまったく異なる感覚であった。一度だけ、彼は性行為の最中に発作を起こした。機械的に行為を続けながらも、彼は精神的な歓喜の方に没頭していた。神経学的検査は陰性であった。

覚醒状態の脳波は正常であった。棘波の焦点が睡眠中の右側頭部に出現した。(Fig.1)。24時間のポリグラフの記録中に、精神運動発作が観察された。(Fig.2)。検査が終わってから、患者は、突然短いエクスタシーが起こったと話した。

考 察
この症例は「 “エクスタシー”という主観的な経験をもたらした側頭葉てんかん」の存在を明らかに示した。とはいえ、患者の個性と独自の空想が、発作の時の「エクスタシー体験」に深く影響している可能性は否定できない。今後は類似した症例の検討を積み重ねてこの見解を実証していくことが必要である。ドストエフスキーにとって、神と創作との統合がなによりも重要なアイデアであった。そして、私たちの患者の音楽と旅行への愛が、彼の孤独な魂が素晴らしい世界を待ち望む現れであったこともまた真実である。

Gastautが指摘しているように、ドストエフスキーが記述したエクスタシー発作は、強直間代発作の直前に起こっていたとされる。偉大な作家によって経験されたこの感覚の性質(nature)と起源(origin)を解釈することは非常に難しい。(Gastaut、1978)。
私たちが示した症例研究は、 患者が発作の間に経験した快い気分やエクスタシーの根底には不快な感情の抑制があり、それは、典型的な側頭-嗅脳発作(temporo-rhnencephalic seizures)の発射(discharge)に関連があることを明らかにした。

画像説明
FIG.1 徐波睡眠の位相におけるポリグラフ記録。多くの棘波が右側頭部で存在する
FIG.2 エクスタシー発作のポリグラフ記録。患者はベッドに横たわり目を閉じてじっとしていた。突然、光電式指尖容積脈波が平坦になり、心拍数はわずかに増大した。(1)
患者は25秒間、静かな状態を保っていた。それから、咀嚼の動きが現れた。(2)
患者は目を開き(3) 頭を持ち上げて自動症的な身振りをした。同時にEEGは5-6cpsの広汎性の律動波を示した。40秒間、彼は刺激に反応せず、質問にも答えなかった。自動症状態は止まった。(4) 心拍数は正常値になり、患者はゆっくりと自分を取り戻した。質問に対して、ほんの短い間、“内なる喜び”を感じたことを覚えているとだけ言った。

 FIG.1
 
 FIG.2-1
 

  FIG.2-2
 
Reference
1.Alajouanine T(1951)
2.Boudouresque J et al.(1972)
3.De Castro P et al (1960)
4.Gastaut H(1978)