Medical Dostoevsky&My Dostoevsky
第29回医学図書館サービス研究大会 2012年8月25日〜26日
知的書評合戦 ビブリオバトル in MIS 29



ドストエフスキー『地下室の手記』 江川卓 訳 新潮文庫 1969   

(紹介者:下原康子)


私が紹介するのは、ドストエフスキー43歳のときの作品『地下室の手記』です。私はこの本をロシア文学なんて重くて暗くてむずかしいというイメージをお持ちの方、『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』を読み切ることができなかったという方におすすめしたいのです。私ははたちのころ、この本と出会いました。30代、40代、50代、60代と何度も読み返しましたがそのたびに新鮮で面白く感じました。もし、最初に読んだのが大作の『カラマーゾフの兄弟』だったら、もしかしたら挫折して、ドストエフスキーは私にとって縁のない作家になったかもしれません。

主人公は19世紀ロシアのペテルブルグに住む40才の男です。20代まで役人をしていましたが、多少の遺産が入ったのきっかけに仕事を辞め、地下室のような貸間に引きこもり、自分自身を相手に空想にふける、そういう生活を20年も続けています。全編、この男の独白で、もっぱら自分のことばかりしゃべりまくっているのですが、この男がいかなる人物かとなると簡単ではありません。皮肉屋、逆説家、自意識過剰、御託屋、うぬぼれ屋、小心者。人好きがしない男のくせに友だちにあこがれる空想家。一言でいえば、おつきあいは遠慮したい、そういう人物です。しかしながら、私は似た人物に思い当りました。それが誰かといえば、「自分自身」なのでした。当時、はたちのうら若き乙女が、この40才の引きこもり男を「私」と感じたのです。66才になった今読んでもやっぱり「私」と感じます。

この本のテーマをあえて一言でいえば、それは「自意識」です。「自分自身と向き合う」、世間では簡単にそう言いますが、それが自分の意識を覗き込むことだとしたら、健全な安全地帯から離れ、地下室の思想と無縁ではいられなくなるかもしれません。私にとってドストエフスキーは、いつでも戻っていける、ときには閉じこもることができる仮想の地下室であったから、実際には引きこもらずにすんだのかもしれない、今振り返ってそういふうにも思えるのです。

インターネットになじんだ私たちは、この作品のスタイルがまさしくブログであることに気がつきます。今現在でも引きこもりの人たちが、自分自身に向けて、見ず知らずの読者に向けて、また社会や世界に向けても、発信しているかもしれません。その中から新しい表現、新しい文学が生まれることがあるかもしれません。文字通り、『地下室の手記』で私はドストエフスキーにはまりました。その後、大作を読み進むうち、「地下室人」はドストエフスキーの人物の「典型」であることが理解できるようになりました。この本はドストエフスキー相性占いに最適の本と言えるでしょう。もし、ピンとこなかったら、努力して大作を読むのはつまらないと思います。読書は恋愛と似ています。生涯つきあえる、そういう作家を選ぶのが一番です。読書の目的に人生の喜び以上のものはないのですから。