ドストエフスキーとてんかん/病い

Medical Dostoevsky&My Dostoevsky

論 文 名:Heautoscopy, epilepsy, and suicide
著 者 名:Peter Brugger, Reto Agosti, Marianne Regard, Heinz-Gregor Wieser, Theodor Landis
掲載雑誌:Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry 1994;57:838-839

https://jnnp.bmj.com/content/57/7/838.short


ホートスコピイ、てんかん、および自殺

Peter Brugger 他著
 下原康子 訳


抄 録
ホートスコピイ、てんかん、および自殺は、主として文学の中で知られているトライアド(3つ組)である。 この論文は、ホートスコピイの経験中に自殺を試みた複雑部分発作の患者を報告する。


ホートスコピイ(heautoscopy)は、マルチモーダル(多様式)な重複的幻覚である。古典的なドッペルゲンガーで知られているように、鏡で見られるような身体または身体の一部の単なる視覚的な幻覚であるオートスコピイ(autoscopy)の特徴に加えて、身体から離れた経験(out of body experiennce)と自分の身体から物理的に分離されているという主に身体的な錯覚をあわせ持っている。

伝統的な民間伝承では分身(ダブル)は常に死の前兆と考えられているが、医学的にはさまざまな神経障害や精神障害の枠組みで説明されており、健康な被験者でも経験される可能性がある。ホートスコピイは小説でよく見られるテーマであり、分身の出現は主人公の死を告げることが多く、通常、その死は自殺である。

その最も劇的な例は、エドガー・アラン・ポーの「ウィリアム・ウィルソン」で、彼は分身を刺そうとして自殺する。また、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』、フランツ・ヴェルフェルの『Spiegelmensch』、フリードリヒ・フォン・ゲルスタッカー『ドッペルゲンガー』の主人公たちも自殺で第二の自分に取りつかれた恐怖から逃れた。 フョードル・ドストエフスキーの有名な小説『分身』のホートスコピイは、主人公がわれと我が身から逃れたいと願っていた、まさにそのときに初めて現われた。ギィ・ド・モーパッサンの『オルラ』の主人公は、最後に、分身を殺そうとする。「そうだ・・・いささかの疑いもなく・・・あいつは死ななかったのだ・・・すると・・・つまりおれが死ななけれなならぬのだ!・・・」。

これらの作家の何人かは、てんかんを患っただけでなく、おそらく個人的な経験としてホートスコピイを知っていたと思われる。しかし、ホートスコピイと自殺思考との関連が自伝的経験に基づいているかどうかは不明である。 次に述べる患者は、ホートスコピイ、てんかん、自殺という3つの関連を示唆する症例である。

患者Aの症例

21歳の右利きの男性。15歳まで問題になる病歴はなかった。15歳のとき複雑部分発作を発症した。彼は1日3回まで、非常に速く過ぎ去る一連の個人的な感覚を経験し、その間、右手につかんだ物が落ちると報告した。まれに全般発作が起こった。 神経学的および身体的検査は正常だったが、右手を素早く動かす動作速度が低下していた。 発作間欠期脳波は、特に呼吸亢進時に活発な左側頭葉てんかんの焦点といくつかの右側頭葉てんかんの放電を示した。

17歳で頭皮電極を使用した長期ラジオビデオテレメトリー、21歳で卵円孔電極を使用して、彼の典型的な複雑部分発作の6つが記録された。発作の1つを除くすべてが左側頭領域で始まり、放電が右側頭領域に急速に広がっていた。

複雑部分発作の1つは右中脳側頭起源であった。 この発作は、睡眠中に記録され、左中深部起源の複雑部分発作が終了した直後に記録された。 患者は、carbamazepine、 oxcarbazepine、 phenytoinなどの抗けいれん薬で治療されていたが、デジャヴのエピソードを1日2回まで経験しており、一定の効果しか得られなかった。 17歳のときのCTでは、左中基底側頭葉に低密度の2cm病変が認められ、4年後にMRIにより多嚢胞性であることが示された。PETは左側頭葉の代謝低下を示し、包括的な神経心理学的検査は、言語の重度の障害を示唆したが、それは左側頭葉機能障害と互換性のあるエピソードではなかった。 その後、左中深部腫瘍が外科的に切除された。組織学的には、胚形成異常の神経上皮腫瘍として分類された。

訳者注:以下の患者の証言は オリヴァー・サックス『見てしまう人々 幻覚の脳科学』第14章 ドッペルゲンガー 自分自身の幻)に引用されている。その箇所の訳を転載した。

ホートスコピイが発現したのは入院の少し前だった。患者は フェニトインの服用をやめて、ビールを数杯飲み、翌日はまる一日寝ていて、その晩、三階にある自分の部屋の真下にある大きい茂みのなかで、困惑してブツブツ言っているところを発見された。茂みはほぼ壊滅状態だった。地元の病院に運ばれ、胸部、骨盤など複数の打撲傷が認められた。患者は錯乱状態にあり、脊椎および右足を動かすと痛みに反応したが、放射線学的には骨折はなかった。

患者は次のように説明している。その朝、彼はめまいがするような気分で起きた。あたりを見回すと、まだベッドに寝ている自分が見えた。 彼は「自分だとわかっていて、起きないので仕事に遅刻する危険を冒しているこの男」に腹が立ってきた。その体を起こそうと、まず大声で呼びかけ、次に揺さぶってみて、そのあと何度もベッドのなかの分身に飛び乗った。寝ている体は何の反応も示さない。 そのときはじめて患者は、自分が二人いることにとまどい始め、どちらが本当の自分かわからなくなったことへの恐怖が募った。自覚のある体が、立っているほうとまだベッドで寝ているほうとで何回か切り替わった。ベッドにいるモードのとき、はっきり目が覚めているのに完全に体が麻痺していて、自分の上に覆いかぶさって自分をたたいている人物におびえていた。

彼の目的はただ一つ、再び一人の人間になることだ。窓のそばに立って(まだベッドに寝ている自分の体が見えて)窓から外を見て突然、「二つに分かれているという耐えがたい感覚を終らせるために」、飛び降りることにした。同時に、「この捨て鉢の行動がベッドに寝ている自分を怖がらせ、もう一度私と合体することを促す」ことを願っていた。次に覚えているのは、痛みで目が覚めると病院にいたことだ。


考 察

発作に関連したホートスコピイはよく記録されている。頭頂部または深部側頭病巣の患者で最もよく見られる。複雑部分発作の主たる内容である場合もあれば、大発作に先行する内容の一部である場合もある。私たちの患者のように、経験中の自我は不安定である。ある瞬間には自分の体に閉じ込められ、次の瞬間には分離され、自分の体を外側から見たと報告する。 ホートスコピイは、特に発作との関連において、しばしば激しい恐怖または絶望感を伴う。

ホートスコピイで自殺に至った最初の実録には、昼夜を問わず、ドッペルゲンガーに迫害されたと感じた男が自分を撃ってそれを取り除いた、と述べられている。興味深い実録の1つは、ホートスコピイとは別に側頭葉のてんかんを強く示唆する感覚と精神の状態を示した若い男性の例である。 彼はホートスコピイのエピソードにおいて、自殺を試みる自分を見ながら、同時に山から落ちる自分を感じていた。 4年後、彼は岸壁の下で死体で発見された。

Lukianowiczの患者が恐れていたのは、てんかん発作よりも度重なる分身の出現だった。彼は気が狂うのを恐れていて、モーパッサンの『オルラ』の主人公と自分を何度も見比べていた。 ある日、彼は路面電車に飛び込みその場で死んだ。40歳の看護師は、学生時代から強直性発作を起こしていた。発作の前には、決まってホートスコピイが先行し、虚しさと惨めさがぐんぐん増大し自殺について考えるようになった。 ついに彼女は自殺した。

ホートスコピイ、てんかん、および自殺は、以前に認識されていたよりもよく見られるトライアド(三つ組)である可能性があるが、それぞれの間の相互関係についてはほとんど知られていない。うつ病とてんかんは一般的には関連しており、自殺企図はまれではないため、ホートスコピイの希少性を考えると、トライアドは単なる偶然の一致に過ぎないと主張することはできる。しかしながら、私たちの患者のような少数の生存者の鮮明な説明は、明らかにドッペルゲンガー体験と自殺衝動との因果関係を示唆している。ホートスコピイの臨床体験は民間伝承で知られる「死の予兆」としての「分身」理解の確認を求めている。

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