Medical Dostoevsky
ドストエーフスキイ全作品を読む会 報告 2010年8月14日


アリョーシャはだれか 
「ケアの達人 私のアリョーシャ論」その後

下原 康子

私自身の「謎解きアリョーシャ論」をお話します。
40年も前になりますがある人から「アリョーシャとは誰か」という謎をかけられました。謎をかけたその人は『謎解き 罪と罰』などの謎解きシリーズで皆さんご存知の江川卓さんです。江川さんはドストエーフスキイの会の設立メンバーのお一人で、私が会に参加するようになったころ例会や懇親会などでときどきお会いする機会がありました。あるとき、江川さんから「ドストエフスキーの描いた人物で誰が一番好きですか?」と聞かれました。ちょうどカラマーゾフを読んでいたときで、「リーズが好きです」と答えました。アリョーシャのいいなずけ、あの小悪魔少女のリーズです。今思い返して、あのとき、リーズに自分自身を重ねていたのだとしたら、私が心惹かれていたのはアリョーシャよりもむしろイワンだったのだと思います。私の方からも「江川さんは誰が一番お好きですか?」とたずねてみました。すると「アリョーシャです」ときっぱり言われたのです。江川さんは謎解きで有名になられましたが、私にとっては謎解きよりもむしろ謎かけの人として心に刻まれています。その後、全作品を読むようになりましたが、私はその時読んでいる作品、出てくる人物が一番おもしろい、と思うたちなものですから、アリョーシャの謎は長い間棚上げになりました。

昨年、日大芸術学部の清水正さんから「江古田文学」という雑誌でドストエフスキーの特集をするから何か書いてみないかというお誘いを受けました。全作品を読む会もちょうどカラマーゾフにさしかかっていて、再び私の中で「アリョーシャの謎解き」が甦りました。非常に苦労して「ケアの達人 わたしのアリョーシャ論」というのを書きました。書いた当初は私としては上出来、ぐらいに思ったのですが、最近、読み返してみてどうもピンとこないのです。いみじくもこの文章の最後に「今回、私はアリョーシャをケアの達人に見立ててみたが成功したかどうかはこころもとない」と、本音をのぞかせています。アリョーシャ論の一つの試みではあるけれど、書いた当人がピンとこないのでは説得力があるはずもありません。

それにしても「ケアの達人」とか、「ゾシマはケアのボランティアとしてアリョーシャを俗世に送り込んだ」などというアイディアをなぜ思いついたのでしょうか。それには私ががん専門病院の患者さん向けの図書室で働いているということが関係しています。その図書室で私は司書として病気の本や情報を案内していますが、図書室は待ち合わせや休憩場所にもなっているので、深刻な話を聞く状況がちょくちょく起こります。心ならずも患者さんをケアする立場に置かれてしまうのです。臨床現場ではナースや臨床心理士などケアのプロが活動していますが、一人で図書室にいる私が彼らからケアの技術を学ぶ機会はありません。そこで、ケアのお手本として目をつけたのがアリョーシャというわけなのでした。

もっとも注目したのがアリョーシャの「傾聴」(耳を傾ける)の能力です。しかしながら、この能力はアリョーシャの神がかり的な憑依(ひょうい)の能力と表裏一体でした。アリョーシャを真似ることはとうてい不可能でした。イワンやドミトリー、スメルジャコフさえ「私」と感じられる部分があります。でも、アリョーシャの中に「私」を見出すことはできませんでした。ではアリョーシャはどこにいるのでしょう。アリョーシャは誰なのでしょうか。ここから、唐突に思われるかもしれませんが、私が働くがん病院の緩和病棟でなくなった一人の女性についてお話ししたいと思います。

その女性、みすずさん(仮名)は50歳後半。専業主婦で、息子さん2人は成人しています。昨年、乳がんがみつかり、一年足らずで全身に転移し、今年の8月6日、原爆記念日の日に緩和病棟でなくなりました。自宅で闘病しながら治療に通っておられたころから、図書室に来られるようになりました。本を借りたり情報を集めたりすることはいっさいなかったけれど、ご自分の病状はしっかりと把握しておられました。つらい治療に耐えながらも、明日は誰と会おうか、何を食べようかと日々の楽しみをみつけておられ、いつも穏やかな笑顔でした。抗がん剤の点滴中に担当のナースから「みすずさんはこんな状態なのにどうしてそんなに明るくいられるの?」と聞かれたそうです。「子育ては終わったし何の心配もなくて、今幸せだからよ」と答えたら、そのナースは涙ぐんだそうです。みすずさんに相談ごとをもちかけるナースもいました。みすずさんは「今あなたはとてもたいへんだけど、先になったら、あのときはよくがんばったなあ、きっとそう思えるようになるわよ」と話したそうです。

みすずさんは自分の治療が延命治療であることを知っていてもう止めたいと思っていたのですが「先生が一生懸命治療してくださるから」という理由もあって言い出せずにいました。最後に脳に転移して放射線治療を勧められました。それでもことわれずにいました。照射用のマスクを作ることになったのですが、セキが激しくてじっとしていることができずマスクが作れません。それでやっと「先生、私のために一生懸命してくださるのにごめんなさい」と言って治療を断ったのです。主治医はそっけない感じのする人でしたが、「何もしてあげられなくてごめんなさい」と言われたそうです。緩和病棟に入って2週間で亡くなりました。何度か病室を見舞いました。「最後は緩和に入りたいと思っていたので、希望がかなって幸せです」と言われました。亡くなる前日、意識が朦朧した状態でしたが、起き上がって「言いたいことがあるのだけど思い出せない」と言われました。遠方のおともだちがみえたので「また明日ね」と言って別れたのが最後になりました。「会いたい人には生きている間に会っておいたから」と言って密葬にすることを決めておられました。これでみすずさんの話はおしまいです。

みすずさんとアリョーシャ、どういう関係があるの?みなさん、そう思われているかもしれません。それがあるのです。私はアリョーシャを発見しました。閃いたのです。みずずさんがアリョーシャでした。「私」の中を探してもアリョーシャはいませんでした。でも眼の前のみすずさんの中に私はアリョーシャを見出しました。それ以来、他の人の中にもアリョーシャを探すようになりました。他者の中にこそアリョーシャはいる。まるでコロンブスの卵ですが、これが私の「謎解きアリョーシャ論」の結論です。