Medical Dostoevsky


『悪霊』もう一つのメタファ 「熱い・冷たい・ぬるい」

下原 康子

『悪霊』は止めどなく連想が広がっていく言いようのないすごい大作だ。読み返すごとに新たな印象や衝撃、また表現しがたい複雑な謎が次々に生じ未知なる深淵へと誘われる。一生、読み足りるということはないだろう。このたびの再読ではこの作品に掲げられたエピグラフ、豚の群れに入って溺れる悪霊ども(ルカ福音書第8章)とプーシキンの詩、この二つに加えて、もう一つのメタファをみつけた(と感じた)。「ヨハネの黙示禄第3章」の以下の部分である。

「ラオデキヤに在る教会の使いに書き送れ。アーメンたる者、忠実なる真なる証人、神の造りたもうものの本源たる者かく言う、われ汝のおこないを知る。汝は冷やかにもあらず熱きにもあらず、われはむしろ汝が冷やかならんか、熱からんかを願う。かく熱きにもあらず、冷やかにもあらず、ただぬるきゆえに、われ汝をわが口より吐き出さん。汝、われは富めり、豊かなり、乏しきところなしと言いて、己が悩める者、憐れむべき者、貧しき者、盲目なる者、裸なる者たるを知らざれば」(ヨハネの黙示録 - 章 3)

『悪霊』ではこの部分が2回、引用されている。(江川卓 訳)

1.「スタブローギンの告白」の中で、チホンが告白を読む前にスタブローギンの求めに応じてこの一節を暗唱する。その前に二人は以下の会話交わしている。

「でも、神を信じないで、悪霊だけを信じることができますかね?」
「おお、できますとも、どこでもそんなものです」
「あなたはそういう信仰でも、完全な無信仰よりはまだしもと認めてくださるでしょうね・・・」
「それどころか、完全なる無神論でさえ、世俗的な無関心よりはましです」

2.第3部第7章のステパン氏臨終の場面。福音書売りのソフィアに枕元で手持ちの本からどこかあてずっぽに読んでほしいと頼む。開いて読み上げたのが偶然にも黙示禄のこの一節だった。ステパンは目をきらきらさせ、枕から頭を起こしながら「ぼくはそんな偉大な箇所があろうとは、ついぞ知らなかった!」と叫ぶ。それから急激に衰弱していく中で、「もう一か所、読んでもらえますか・・・豚のところを」と頼み込む。暗唱を聞いたステパン氏は興奮しうわごとを言いはじめ意識を失いやがて死ぬ。

「スタブローギンの告白ーチホンのもとにて」の章は第2部第8章の「イワン皇子」のすぐあとに続く章として書かれたが雑誌掲載を断られた。その後「告白」の存在は知られることなく、半世紀近くが過ぎた1921年(ドストエフスキー没後40年かつ生誕100年)に原稿が発見されるまで陽の目を見なかった。ドストエフスキーはこの章に並々ならぬ執着を持っていたとされる。スタブローギンがロシアに帰国する直前に外国でこの告白を印刷し公表するつもりでいたこと、チホンに会いに行くようにすすめたのがシャートフであった点など、注意して読めば「告白」を連想させる箇所に気づく。「大審問官」とイワンが不可分なように『告白』なしのスタブローギンは考えられない。

「スタブローギンvsチホン」の場面で唐突に現れる黙示禄の一節が「ステパンvsソフィア」の場面で、再び偶然であるかのように再現する。この謎かけは深淵をのぞく覚悟を強いるものかもしれない・・・。
「冷たい・熱い・ぬるい」というキーワードで登場人物に注目し始めたら、『マクベス』の魔女の「きれいは汚い、汚いはきれい」がおのずと想起された。『悪霊』には「熱いは冷たい」オクシモロン(矛盾撞着技法)的な登場人物が少なからずみうけられる。

「冷たい・熱い・ぬるい」から見た人物像 (逡巡しつつ・・・)
熱い  冷たい    ぬるい
△スタブローギン  スタブローギン
ワルワーラ夫人     
△ピョートル  △ピョートル   
    ステパン 
シャートフ     
△キリーロフ  △キリーロフ  
ヴィルギンスキー シガリョフ   リプーチン
エルケリ レビャートキン 
  リャムシン  
マリヤ・レヴャートキナ   
リーザ    △ダーシャ 
ユリヤ夫人     レンプケ
マリー    カルマジーノフ