プレイバック読書会『賭博者』


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ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.99(2006.12.1)

1863年9月18日ドストエフスキーからN・N・ストラーホフ宛の書簡(中村健之介訳)

『死の家の記録』は、あれがでるまでは誰一人まざまざと描いたことのなかった懲役囚を描いて、読者大衆の注目を浴びたわけですが、今度の物語は、ルーレット賭博をまざまざと、かつ詳細に描き出すもので、注目を浴びること必定です。・・・かなりいいものになりそうです。『死の家』は興味津々たるものだったのです。こんどの作品も、一種の地獄を描くものであり、それなりに、あの懲役囚の「風呂場」と並ぶものを描くものなのです。一幅の絵のように仕上げたいし、そうすべく力を注ぐ覚悟です。・・・物語の主題はこうです。国外にあるロシア人の一典型というものです。・・・これは生きた人物ですから(全身をあらわにして私の前に立っているように感じられます)書きあがってから全体を読み通してもらわねばなりません。眼目となるのは、この男の精気、活力、激情、恐れを知らぬ胆力、それらすべてがルーレットに注ぎ込まれているということです。この男は賭博師なのです。だが、プーシキンの『吝嗇なる騎士』がたんなるケチではないように、この男もたんなる賭け事好きではありません。(これは自分をプーシキンに比しているのではありません、ただわかりやすくするために言っているのです)この男はある意味では一個の詩人なのです。しかも重大なことは、この男がその自分の詩的傾向の下劣さを深く心に感じていて、それを恥じているということです。そうではあるのですが、この男のリスクを求める欲求こそがこの男を、彼自身の意識においても、高貴なものにしているのです。物語はすべて、この男がいろんな賭博場で、もう三年目になるのですが、ルーレットをやっていることをめぐって展開します。



ドストエフスキーとアンナの出会い 

1866年10月4日、アンナ・グリゴーリェヴナ・スニートキナがドストエフスキーを訪問、『賭博者」の口述速記をはじめる。10月29日、『賭博者」脱稿。11月8日、ドストエフスキー、アンナに求婚。1867年 2月15日、ドストエフスキーとアンナ結婚。

1866年10月3日、この日が全てのはじまりだった。夕方7時ごろ21歳のアンナ・グリゴーリェヴナは第6男子中学校に行った。オリヒン先生の速記の講義をうけていた彼女は、いつものように出席した。遅れてくる生徒を待っていると、先生が来てこう聞かれた。
「アンナさん、仕事をするつもりはありませんか。速記記者を頼まれているのですが」
「ぜひさせてください」彼女は、即答した。速記記者になるのが彼女の夢だった。彼女は、自分の速記能力が不安だったが、好奇心からたずねた。
「どなたの仕事でしょうか」
「作家のドストエフスキーです」先生は、答えられた。「仕事全体で50ルーブル払うということですが」
「やらせてください!」彼女は、即、承諾した。
文学好きの若い女性が、ある日、いきなり当時の大流行作家で、自分でも作品ファンである、そんな雲の上の人の仕事を頼まれたら・・・
アンナは、回想記のなかで、そのときの感動をこう書いている。

・・・・ドストエフスキーの名は、わたしには子どものころから親しいものだった。彼はわたしの父の好きな作家だった。わたし自身もその作品に夢中になって、『死の家の記録』に涙を流したものだ。すぐれた作家と知合いになれるばかりか、その仕事まで手伝うことになると思うと、わたしはすっかり興奮して、うれしくてならなかった。・・・

1866年10月4日、午前11時30分。ストリャールヌイ横丁、マーラヤ・メシチャンスカヤ通りの角、アローキンの家、13号。この住所にある家を一人の娘が訪ねた。この時代のロシアで女性の職業は、どんなものがあったか。売春、女中、愛人など、作品に登場する職業は、決してめぐまれたものとはいえない。そんな時代にあって自立した職業婦人を目指すアンナは、進んだ考えの持ち主だったといえる。その点では、ロシアではじめて職業作家を目指したドストエフスキーと共通するところがある。(似たもの夫婦だったのだ。)

前夜、アンナは大作家の仕事を手伝う、という興奮と不安から、ドストエフスキーのことをあれこれ想像した。「ふとって頭のはげた老人・・・背が高く痩せた・・・きびしく陰気な人・・・とても教養のある賢明な人・・・」どんなふうに話したらいいのか。はじめてドストエフスキーの家に入ったアンナは、女中に案内された食堂のようすをこう書いている。

部屋のようすはかなり質素で、ちいさなじゅうたんをかけた大きなトランクが二つか壁にそって置いてあった。窓ぎわには白い編んだ覆いのかかった整理だんすがあった、もう一方の壁にはソファが寄せかけてあり、その上のほうには掛時計がかかっていた。

二分もすると、突然、ドストエフスキーが現れて、「書斎に通るように」と言って、すぐに出ていった。はじてドストエフスキーに会ったアンナの印象は・・・・・・・




プレイバック読書会(1975)
「ドストエーフスキイの会会報」1975.3.24 (読書会No.36) 
          
『賭博者』〜あのとき、もし・・・

谷山啓子

池袋の「コンサートホール」という喫茶店の三階を使っての二度目の読書会で、9名くらい集った。「賭博」については、あまり関わりのない人ばかりだったせいか、ドストエフスキイとだぶったこの作中の「私」の賭博熱には、「気ちがいめいている」等と、ごく客観的な皆の言葉だった。賭博をするものの態度として「ここでは勝負が二種類に分かれていて、一は紳士風とされ、他は平民風、すなわち物欲を主とした一般有象無象のやり口である。紳士は、断じて儲けそのものに興味をもってはならない。本当の紳士というものは、たとえ自分の全財産を賭博で負けてしまっても興奮などすべきではない。有象無象は、事実まったく穢い勝負の仕方をする、という二つがあって、この主人公はもちろん「平民風」に、身も心も打ち震えながら一か八かと、一喜一憂、必死の思いで賭ける。私は「タロット占い」でカードをくって、たまに「物質にこだわる」とでていくるとギョッとする。感情を大切にして、純なる精神葛藤の状態でいたいのに、物にこだわっているため、澄んだ心で自然に行動できないのじゃあないかと、不安に落ち込むからだ。「ドイツの家で代々遺産を守り、ふやしていくことを目標に家族全体が生きていった結果は、ロスチャイルド男爵など〜が出現する。」と主人公がいっているが、これは、日本の家父長制で家を守っていく感覚にぴったしである。このドイツ式の正直な労働による貯蓄の方法に対する、ロシア人の富の獲得への無能力と、無暗やたらに不体裁なくらい金を浪費するという話を続ける。問題の70歳の祖母のルーレットにおける熱狂ぶりは、、まさにそのロシア人気質のエキスである。フランス貴族の小説のように、遺産が転がり込んできて、それが恋愛続行の資本になり、めでたく美しく話が流れていくのではなく、死ぬ寸前のはずの老女がひょっこり親戚の前に姿をあらわし、皆が指をくわえて当てにしている金を、目の前でじゃんじゃん賭博でなくしてしまうのだ。連中、青色吐息、顔色を変えて止めようとするのに、「ええじれったい、どんどんお賭け、うるさいね、私のお金だよ」と熱狂しているエネルギッシュな彼女は「自分が死ぬと思っていたのだろう、残念だったね」といいながらも、全くその俗意を憎んだりするようなことのないスケールの大きさが、我々読者をカタールシスへさそうのだ。主人公が賭博を始めるきっかけはポリーナの命令だし、恋の奴隷なのだが、彼女を自分の部屋に残して賭博場で奮戦し、大金をわしづかみにしてもどってきた彼を見てポリーナはがっかりしただろう。彼の顔は賭けそのものに熱中し陶酔していて、彼女に対する熱情がまるで分裂してしまっていたからだ。彼女があざけりながら、彼に金をたたきつけるのもむりはない。主人公はこれがきっかけで、生粋の賭博者となるからだ。血の気も失せながら、くちびるを震わせ、目をギラギラさせながら、ルーレットをみつめる彼は、彼女から受けていた自虐的な自尊心屈辱の快楽を、ルーレットにおける一瞬一瞬の、「元も子も無くす」というスリルと興奮の快楽に置きかえてしまったのだ。「賭け事」にもいろいろある。パチンコ、マージャン、競輪、競馬などと。私の少ないパチンコ経験では、玉の入るのは、その台の決まったチューリップであるような気がする。この物語でも、同じ「0」や「赤」が続けて何回も出ることに賭けて、勝ったりしている。つい最近、場外馬券を人に頼んで千円だけ買ってもらったら、それが3600円になって戻ってきた。ロングホークとカブラャオーという馬だった。これは堅実な走りをすることで人気があり、多くの人が賭けるので、配当金は少ないうちだということだった。でも、100万円賭けていたら、360万円はいったし、1000万円賭けていたら、3600万円戻ってきたのにと勘定してみる危険な私。



プレイバック読書会(1984)
ドストエーフスキイの会会報 1984.8.4 (読書会No.87) 

『賭博者』ポリーナは亡きマリアか

奥野武久

『地下室の手記』の後『罪と罰』を連載中の1866年に書かれた『賭博者』は作品の位置から見て賭博をめぐってヨーロッパとロシアの問題と西欧近代批判を浮かび上がらせた小説とも読めるが、(実際それは見事に描けている)僕には地下室での恋愛を描いた作品に思える。恋愛小説と読むと全体の雰囲気がジッドが『背徳者』の後に書いた『狭き門』と似てなくもない。渦の中と外、前と後、地下室も恋愛もルーレットも同じ様なものだろう。中に居れば全てが不明確で予想もつかない。ルーレットに熱中すれば勝負に負け、恋に恋するものはその相手を失う。互いに近づこうとするする努力と熱意がお互いを遠ざける。アレクセイにとってアレクセイがそう思い込んでいる主人であるポリーナの秘密(実際そんなものは無いのだが)を知る事は自分の置かれた運命(地下室)の謎を解く鍵でもある。ルーレットに勝つ方法を発見すれば楽に勝負に勝てるという訳だ。アレクセイにとってのポリーナのわからなさはポリーナにとってのアレクセイのわからなさでもありそしてその間にはデ・グリューとブランシュが居て互いを見えなくしている。もしこのわからなさに違いがあるとしたら地下室と地上との違いだろう。それはアレクセイがライバルだと思っているポリーナの使いのミスター・アストリーとの最後の対面で彼がロシア人に関して辛辣で性急な為アレクセイをとらえそこなっている様に。だがアレクセイも又自分自身を誤解している。これはある程度当時のドストエフスキーの精神的位置と置かれていたジレンマを現しているかもしれない。地下室の渦は全てを巻き込むだろう。ちょうどロシアの祖母さんの賭博への情熱が将軍とブランシュの結婚をぶち壊してしまう様に。又アレクセイのポリーナへの不可解な情熱はポリーナを不可解な行動に駆り立てる。何故ならそれがポリーナにとってはアレクセイとの関係を持続させる手段であるからだ。だがこのかけ引きもアレクセイがポリーナの為に賭博で金を儲けて帰ってきた場面、その渦の極北で破局を迎える。アレクセイは何もわかっていなかった。そしてひとつの渦が終わる。この情熱的な女ポリーナにとって誤解しながら近づくことが互いを遠ざけるならば立ち去るのが共に在ることの方を選ぶだろう。これが地下室の払う代価だ。アレクセイの地下室の渦の中からもう一度地上にもどる試みは失敗に終わる。だが13章以降のアレクセイの渦への印象の変化と賭博に熱中していながらそうでない自分を見る事は別な何かを語っている。アレクセイはミスター・アストリーとの最後の出逢いでポリーナが自分を愛していた(いる)のを知らされ又新しい旋風の渦中に在るのを知らされる。だがポリーナの愛の告白で渦の支配者はポリーナではなくなる。アレクセイには初めと違ってポリーナの秘密が謎なのではもうなく彼女の運命なのだ。アレクセイの流す涙はそれを語っている。地下室から地上に戻るのではなく地下室の意味が変わるのだ。そこはもう地下室ではない。最後のアレクセイの行動やミスター・アストリーの予言に反してアレクセイが賭博に熱中する事はもうないだろう。

『賭博者』の謎解きが『罪と罰』等の重層的作品への転機と後に描かれる作品の女性像の変化に繋がっているのかもしれない。そして『白痴』のナスターシャで視点を変えてもう一度描かれている様に思う。おそらくドストエフスキーにはソーニャの様な女性とそうではない女性といった像があるのではあるまい。このポリーナという女性にモデルがあるとしたら死んだ初めの妻のマリヤでアポリナーリャ・ススロワはブラッシュのモデルの様な気がする。ドストエフスキーは『賭博者』を執筆していた頃兄ミハイルの死や兄の負債の整理等相変わらず渦の中にあった訳だがこの作品を口述で後の妻になるアンナと共に仕上げその仕事をすすめるうちにアンナを愛するようになったという。部屋の中をぐるぐる歩きながらドストエフスキーはどんな気持だったのだろう。もしかしたらドストエフスキーは約束の期限ともうひとつの危機を脱したのかもしれない。それでいいのだ。渦の中と外、いや内と外。