ドストエーフスキイ全作品読む会


私は、なぜドストエーフスキイを読むのか、読み続けるのか
 2020-21

ドストエフスキー生誕200周年記念寄稿 

読書会がスタートしてから50年になります。この間、10年1サイクルの間隔で5大長編他、主な作品群をコンスタントに読み継いできました。2020年は、5サイクル終盤『カラマーゾフの兄弟』ですが、新型コロナ感染拡大の影響で中止に追い込まれた回もありました。読書会の皆さまには、長引く自粛生活ですが、この孤独をチャンスとみて、ぜひ自分とドストエフスキーの関係を見つめ「私は、なぜドストエフスキーを読むのか」を考えてみてください。来年2021年は、折よくドストエフスキー生誕200周年にあたります。記念すべき節目でもあります。ドストエフスキーへの想いをご投稿いただければ幸いです。
ご投稿は「全作品を読む会 読書会通信」に掲載しますが、それに先駆けて当HPにて公表させていただきます。奮ってご投稿ください。(2020.5.12)

 1 あの伝説は真実か 下原敏彦  2020年4月5日 
 2 それは面白いからです  富岡太郎  2020年4月10日
 3 私とドストエフスキー   太田香子 2020年5月12日
 4 人間の魂の問題が秘められているから  長野正 2020年5月12日
 5 読書会と私  新美しづ子 (2011年2月)
 6 読むにつれ、すっかりはまってしまった   梶原公子 2020年11月 
 7 日常から脱出できる救命具   西川直子 2020年11月 
 8 ドストエフスキーとニヒリズムという視点から   石田民雄 2020年11月
 9 預言書・聖書・謎・鏡 / 悪人スメルジャコフの中の善 冨田陽一郎 2020年12月12日
10 何度、読んでも面白く、新しい発見があるから  尾崎航平  2021年2月10日 
11  恩師大谷深先生と読むドストエーフスキイ 小野元裕 2021年3月26日 
12  ドストエフスキーをかじり始めて (上)(下) 上垣勝  2021年7月1日
2021年10月1日 
 



あの伝説は真実か  (2020年4月5日)

下原敏彦


私は、ある文庫本の「あとがき」からドストエフスキーを知った。25歳だった。文庫本は椎名麟三の作品集。普段はSF、歴史、冒険ものを愛読していたが、石川達三の『蒼氓』がインパクトあったので、そんな本をと古本屋の日本文学コーナーをながめていたら『深夜の酒宴』が目にとまった。知らない作家だったが、気まぐれで買った。が、部屋の隅に置いたままだった。ある晩、退屈しのぎに手にとった。はじめての作家は、なんとなく「あとがき」をみる癖がついていた。読むともなくめくっていたら、ドストエフスキーの名前があった。ロシアの文豪、それぐらいは知っていたが、読んだことはなかった。しかし、これが運命の出会いだった。文豪の作家デビュー秘話が書かれていた。なぜか興味をもって読んだ。静かな春の夜だった。こんな光景がスクリーンのように脳裏に思い浮かんだ。

1845年5月6日未明、ロシアの首都ペテルブルグ。真昼のように明るい白夜の街を二人の青年が興奮した様子で駆けてゆく。一人は若手作家のグリゴローヴィチ。もう一人は当時ロシアを代表す若手詩人で編集出版人のネクラーソフ。二人は、息をきらせて大通り11番にある下宿屋に飛び込んでいった。部屋には、一人の青年が、ベットに横になって眠ろうとしていた。二人は、同時に叫んだ。「寝てる場合か !! 」ベットの青年は、吃驚して飛び起きた。走ってきた青年二人は、数時間前の夕方、ベットの青年が1年がかりで書き上げたという小説を交替で朗読した。はじめは、退屈な物語と思ったようだ。なんだ、こんな小説、2、3枚でやめようと思った。しかし二人は読みつづけた。そのうち我を忘れ、時間を忘れた。読みおわったとき二人は、感動のあまり外に飛び出した。作者に一刻も早くその感動を知らせたかったのだ。

私は知らなかったが、有名な話らしい。文豪ドストエフスキー誕生の衝撃デビュー秘話である。二十四歳だった。(このエピソードは文豪が『作家の日記』のなかに書いている)。この紹介文を読んだとき私が思ったのはある疑念だった。若手とはいえ新進作家と詩人が、読み終えたすぐ感動のあまり未明の街を作者に知らせに駆けて行くなんて、いくらすばらしい作品でも話し半分だろう。仮に感動したとしても、徹夜した明け方、二人して駆けて行くことなどあり得るだろうか。これまで読んだ小説のなかからは想起でなかった。ハラハラドキドキのストーリーはいくらでも読んできた。が、これは大げさすぎる。笑うしかなかった。だが、この衝撃エピソードには、まだつづきがあった。こんなだめ押しも紹介されていた。

友人二人は、その日のうちに作品をロシア随一の評論家のところにもちこんだ。評論家は、苦笑して「君たちによると、ゴーゴリはまるで茸みたいにやたら生えてくるんだな」と揶揄した。しかし、評論家も同じだった。読みはじめるとやめることは、できなかった。・・・・・評論家ベリンスキイは、感激して無名の若者に言った。「まったく、君は、君の書いたものがどういうものなのか、自分で分かっているのだろうか!」(ドストエフスキー『作家の日記』)

この話は、本当だろうか・・・・・。いったい、この世にそんな小説があるだろうか・・・・・。こんな疑問が頭から離れなかった。真相を確かめるには、騙されたと思って読んでみるしかないと思った。で、なぜかわからないが古本でなく新本を買った。『貧しき人々』新潮社 1969年6月20日刊行 木村浩訳 定価110円。ひろげて舌打ちした。なんと手紙小説ではないか。『あしながおじさん』は、面白かったが、二度読むのは遠慮したい気分だ。買って失敗したと悔いたが後の祭り。当時、私は業界紙の記者をしていた。業界紙記者は、時間を自由に使える気楽な商売だ。朝、出勤すると記者連中は、駅前の喫茶店にたむろするのが日常だ。スポーツ紙や一般紙をみたあと適時に自分の取材地区に散っていく。私は三多摩地区担当だった。当時、都下は再開発ブームだったので記事はいくらでもあった。武蔵野、三鷹など入札発表のありそうな各市役所を回って2時までに整理部がある御徒町にもどり記事を書く。それが済めば一日は終わり。麻雀、飲み会に付き合わなければ読書時間はたっぷりあった。しかし文豪の処女作という、その物語を読むのは気が重かった。とにかく読めるところまで読んでみよう。気合いを入れて近くの喫茶店で読みはじめた。湯島の天神様の白梅が咲きはじめたころだった。

物語は、なんだかわけのわからない前振りがあり、登場人物の名前も長い。じつに読みづらい小説だ。それに、くどくどと同じ言葉の繰り返しもある。こんな手紙小説が二人の青年を感動させ、走らせたのか? ウソだろ・・・・・。いったい何なんだ? 2頁でやめようと思ったが、せめて10頁は我慢しよう。意地で読み進めた。ところが、気がつくと、20頁30頁と読み進んでいた。いつのまに店内は、夕方の混雑のなかにあった。外は、宵の帳がおりていた。

だが、私は物語から離れることができなかった。何が面白いというのでもない。歴史や冒険小説のように血沸き肉躍るというのでもない。ひたすら手紙、手紙のやりとりなのだ。だが、ただの小説とも違った。私がこれまで読んできたフィクション、ノンフィクションの書物を超えた何かが私の心をとらえて放さなかった。私は、なにもかも忘れて読み耽った。終盤、頁を繰るのが惜しかった。最後のT行を読み終えたとき、私は、これまで味わったことがないものが、胸の奥から湧き上がってくるのを感じた。 白夜の街を駆けて行く二人の若い詩人と作家。絶賛した評論家。あの伝説は、本当だった。真実だったのだ。そのことに感動した。そして、いますぐにドストエフスキーを読まなければ、そんな強い意志が生まれたのを自覚した。こうして、私はドストエフスキーを読み始めた。  




それは面白いからです  (2020年4月10日)

富岡太郎


それは面白いからです。ラスコーリニコフを追いつめるポルフィーリィ予審判事や、シャートフを殺害したピョートルの組織の人々のでたらめな発言、切りー魯不の自殺、スタビローギンの告白でのチホンとのやりとり、そしてカラマーゾフの兄弟の仲の少年たち。何十年たってもその場面の「カオス」は記憶に残り、理性的学問を超えた芸術的文学の輝きに頭が下がります。物理学者の頭脳は、現実の中のコスモスだけに注目し、自分の頭脳のコスモス(思考形式)に一致した部分だけは精密に語れますが、現実の大きさは、物理学者の頭脳を「はみ出し」ていて、フクシマ原発事故のような「想定外」に驚くことになります。現実(リアル)の中のカオスは、主に人間関係のトラブル、事件、金銭などに現れ、その生々しいドラマを描き出す才能は、特に若い人たちに刺激的でしょう。

私は聖書研究会に十年以上参加し、特に貧病争災の問題(悪の問題)に悩みました。しかし「そもそも髪を信じない者にとって、それは全く問題にならない」ことは明白です。結局は死後の生以外に答えはありません。ヨブ記は道徳的に立派なヨブのうぬぼれをしかりつける髪が登場します。イエスの真の敵は婚前交渉を禁止する道徳主義者(パリサイ派)でした。そもそもアダムとイヴの犯した罪は「善悪二元論の罪」すなわち人間を善人と悪人に二分する罪です。万人愛に反し白黒つけて白い人が黒い人を滅ぼす差別の罪こそが、「知恵の実」の正体です。アブラハムは部族全体を全滅させないために、最愛のイサクを殺して神に取り入ろうとします。(大審問官みたいに)。そしてホモサピエンス(ヒト)はそれ以外の類人猿を「けがらわしい者」として「神の名のもとにおいて」殺りくします。これは「聖絶」と言い、オウムの「ボア」や植松の障害者殺しに通じる正義の殺意です。

アダムとイブの罪(原罪)を精密に理解すべきです。それは文明の罪だからです。その知恵の実は今日、キノコ雲となって私たちを破滅させるかもしれません。アブラハムのイサク殺し(未スイ)や、聖絶思想(それは白人の植民地支配に通じるものです)、パリサイ派のイエス処刑(十字架)をどこまでも考えぬき、軽べつされ、見下される救世主(イザヤ書53章)にたどりつく時、私達は生来の人間らしさ、当たり前の人間性にもどることでしょう。

「ペンキ用しすぎるとな、バカになっちゃうんだよ」というセリフは『男はつらいよ』のトラさんの名ゼリフです。そうです。私は面白いからドストエフスキーを読みました。面白くてたまらない本、一ページ一ページが夢中になってめくられてゆく読書の楽しさ。私は教育により失った何かを、文学によって回復したかのようでした。文学は不滅です。知恵の実を食べた者には。

〈若いころのドストエフスキー読書〉
『罪と罰』を読んで、すっかりドストエフスキーにとりつかれた。ナポレオン的人間が出世のために一線を超える設定は、52になった今の私には「ゲームで最強キャラになってる中高生」と見えるが、当時は血沸き肉おどる気分になった。リンチというテーマは『悪霊』にひきつがれ、虚無主義の自殺行為に結着するが、現実のロシア革命も何千万もの自国民を犠牲にしている。『カラマーゾフの兄弟』の父親殺しは、あたかも君主暗殺を象徴しており、続編のアリョーシャの革命家としての姿が浮かび上がっている。21世紀のテロ事件や虚無主義殺人事件を先取りしており、「そうか、このうぬぼれた若者たちの問題は永遠のテーマなのか」とも考える。ソーニャやゾシマが対極に示され、差別をしない愛こそが病める若者たちを救っている。今日でも「若いころのドストエフスキー読書」があるのだろう。


追加

いやしとしてのドストエフスキー        

理性を中心に世界を解読する近代社会には「他者」がいない。理性は自分の頭脳の内側の演算なので、自閉的であり、つまり対話的ではない。モノローグのようなインテリをドスト氏は苦悩の中に置き、思考実験させ、そのエゴイズムをあばく。君主、神、恋人などなど、「他者」は何を考えているか自分の頭脳の中ででは分からない。ソーニャやゾシマ長老は対話的であり信じている、自分以外の精神タ体を。それはライプニッツではモナド、カントでは物自体である。ドスト氏のいやしは「他者」の声が心に届くことである。




私とドストエフスキー   (2020年5月12日)

太田香子

13歳、中学2年生だった私が気乗りしないスキー旅行の帰りのバスで読む本として『罪と罰』を選んだのは、国語便覧に載っていた本の中で一番タイトルがカッコいい、という理由からだった。それがロシア文学であるということも、ましてドストエフスキーがどのような作家であるかということも全く分かっていなかった。要は目隠しをしてくじを引いたのと同じであり、その引いたくじが―大当たりだったということなのだ。

私はラスコーリニコフだった。その本には、言葉にはできないが常に心の中でもやもやしている違和感や怒りがすべて表現されていた。その時から「自分を一番よく知っているのは自分」という言葉は私の辞書から抹消された。私をもっともよく理解しているのはドストエフスキーでしかありえなかった。

私はすべてを見通されていた。10代の私にとって、ドストエフスキーは自分の唯一の理解者であると同時に、自分のすべてを知り抜かれている意味でもっとも憎らしい存在でもあった。ドストエフスキーの作品に入ることは自分を知ることであり、それは最大の欲求である一方、もっとも関わりたくない問題でもあった。

そんな感じで熱中と冷却を繰り返しながら、やっぱりドストエフスキーに向き合おうと思いなおしたのは30歳のときだ。自分探しの意味合いでの読み方ではなく、客観的に何が書かれていたのかを確認したくなったのだ。それと、どうやら私のドストエフスキーへの熱中は、時間とともに止むことはなさそうだ、一生付き合わねばならない病なのだという諦念もあった。

私にとってのドストエフスキー作品のハイライトは『罪と罰』のラストの場面と、『悪霊』でステパンが死の間際に言い残す信仰告白だ。『罪と罰』は、主人公ラスコーリニコフが通りを歩きながら、自分の帽子がボロくて目立ちすぎることを心の内でののしっている場面から始まる。その彼がシベリアの監獄に送られ、荒涼とした大河や大地を眺めながらソーニャに身を投げ出す場面でこの作品は終わる。ラスコーリニコフの自意識の遍歴の終着を見届ける場面であり、「魂の浄化」と呼ぶにふさわしい。『悪霊』ではステパンが、「ぼくが何者であろうと、ぼくが何をしようと、それはもうどうでもいい!」と叫ぶ。人生の幸福においては自分自身にとらわれてはならないのだ、という主張の意味をおぼろげながら理解したのは20歳の時だったが、以来、このテーゼほど私の考え方に影響を与えたものはない。

結局、私にとっての最大の問題は、「いかにこの過剰な自意識を取り扱うか」であり、その行き先として「自意識にこだわってはいけない。万能ではない、限界の中でしか生きられない自分という存在を受け入れることは負けではない」という結論に落ち着く、その道程をナビゲートする分身がドストエフスキーだったようだ。

20世紀末に中学生だった私にとって、未来は信頼に足るものではなかったが、国際協調が進み、文明が発達し、ヒトやモノの移動がより自由になることは疑っていなかった。そこから20年余りの間に、同時多発テロ、戦争、未曽有の大震災、パンデミックによる全世界を挙げての外出制限が為されようとは想像だにしなかった。ドストエフスキーかぶれの懐疑的な中学生の想像をはるかに超える困難な世界が待ち受けていたのだ。混迷を極める世の中で、それでも心の平穏を保ち日常を送ることができるのは、自分自身や人生の限界を肯定的に受け入れる術を学んだこと、そしてすべては変わってもドストエフスキーは残るという確信と心のよりどころがあるからに他ならない。

ドストエフスキー、あなたこそが、私を私たらしめているのです。あなたの言葉なくして、私は生きていくことができません。200歳おめでとう。




人間の魂の問題が秘められているから  (2020年5月12日)

長野正

少し自己紹介をします。私は埼玉県に住む60代半ばの男性で、小説の創作を趣味にしています。「ドストエフスキー全作品を読む会」(以下、「読書会」)には平成17年6月に入会し、3回ほど報告したことがあります。一方でその2年後には、「日本トルストイ協会(事務局・昭和女子大学)」にも入会しました。ドストエフスキーとトルストイのどちらが好きかと問われたら、50対50、あるいは、51対49、もしくは49対51の微妙な均衡にいます。異論があると思いますが、何かの本に書かれてあるとおり、トルストイとドストエフスキーは二卵性双生児のような気がしてなりません。

ロシア文学者の柳富子先生は以前、ドストエフスキーのほうにも入っていた方だそうですが、「日本トルストイ協会」の会合の懇親会で「ドストエフスキーの会」(以下、「例会」)のほうも入会すべきですよ、と私は勧められました。その後、関心のあるテーマや、高名な講師のときだけ例会のほうにも出席しました。例会と読書会共催の、亀山郁夫先生を講師に招いたときの講演会はたいへん感銘ある内容でした。それから『カラマーゾフの兄弟』をめぐる誤訳論争が展開したので、正直なところうんざりしました。亀山訳はわかりやすく素晴らしい翻訳だと思っていただけに、不快な気持ちになりました。

私が「小説」の創作を志していることもあり、例会や読書会を通じて「評論と翻訳」の問題に触発されることがたびたびありました。その究極的な著作物が、清水正著『ドストエフスキー論全集』全10巻と、杉里直人訳『カラマーゾフの兄弟』ではないかと思います。

表題の「私は、なぜドストエフスキーを読むのか」に絞ります。私はゲーテやバルザックも好きですが、なぜ、ドストエフスキーやトルストイを愛読するのかと訊かれたら、ロシアの2大巨匠の作品には、人間の心の奥底にある魂の問題や、「神と悪魔、罪と罰、善と悪」の相克という問題が掘り下げられているからかもしれません。『戦争と平和』、『アンナ・カレーニナ』、『罪と罰』、『カラマーゾフの兄弟』は、私自身の棺桶に収めてもらいたい書物ではないかと思っています。ドストエフスキーやトルストイの作品そのものは当然ですが、併せて、清水正著『ドストエフスキー論全集』と、杉里直人訳『カラマーゾフの兄弟』も読みこんでいきたいと考えています。
(※読書会、例会をドストエフスキーと表記したのは、投稿者の意向です。)




読書会と私 (下原敏彦・康子著『ドストエフスキーを読みつづけて』栞 2011.2.20 )より

新美しづ子


東京芸術劇場に来た。ながいエスカレーターでゆっくり上昇、廊下の絨毯を踏んで読書会会場へ。人口で下原敏彦さん康子さん夫妻に笑顔で迎えられる。同好同士たちがふた月ぶりにご対面。みなさん、話し合いながら熱を帯びてくる。「そう、そう」と手を叩きたいくらい同感であったり、「えっ!」と、時にはびっくりしたり。以前『地下生活者の手記』ではちょっと驚いた。びっくりさせたのは当時大学生のY君、びっくりしたのはおばあさんだから当然といえば当然。「百人に百通りのドストエフスキー」は有難い。素人がおかしなことを口走っても逃げ込ませて頂ける。

下原康子さんとの出会いから六年。もっとずーっと長いような気がする。ドストエフスキー曾孫を囲んだあの早稲田の居酒屋の夜、なにか談笑しながら入ってきた康子さんが、私のまん前に坐った。やっぱりドスト様のおひきあわせ。もう一つの縁は、同じ母校を持っていること。或る日の二次会で雑談中にそれが解った。

去年、谷津干潟の散策は良かった。はじめてみる干潟の風景。読書会の誰彼とあとになり先になり青葉風に吹かれながら歩く。しだいに夢心地になって「ねえ、私達って、いったい、なんなの?」と世迷言を洩らす。

谷津干潟散策を詠む。(2009年5月)

肩寄せて海風青葉風のなかをゆくドストエフスキーはしばらく忘れ
いるはずのないムツゴローの顔など仮想する谷津の干潟の陽にひかる泥
次の日も次の日も消えぬ花のいろ私のなかの栃の木の花
ふとみれば鈍(にび)いろの海がそこにあるあとになり先になり歩く道の辺
この今がふっと不可思議樹の下に友だち十人小雀一羽

新美しづ子さんは令和2年10月12日に百二歳で永眠されました。ご冥福をお祈りいたします。好奇心にあふれた少女のような笑顔が浮かびます。新美さん、たくさんの楽しい思い出をありがとうございました。下原康子




読むにつれ、すっかりはまってしまった
   (2020年11月)

梶原公子

ドストエフスキーをしっかり読むようになったのは、そんなに古い話ではない。せいぜいここ14、5年前からだ。まったく予期しないことだったのだが、読むにつれすっかりドストエフスキーにはまってしまった。同じ小説を、同じ個所を幾度読んでも新鮮で、謎は深まるばかり。なかでも私の最も大きな関心事は「神はあるか、ないか」「不死はあるか、ないか」というドストエフスキーの問いが集約されている(と私は思っている)課題だ。これを不可知論(神がいるかいないかはわからない)で片付けたくない。ドストエフスキーの言葉で最も好きなのは「もし、世界中の人がキリストは真理の外にあると言ったとしても、私はキリストの側にいたい」というもの。ドストエフスキーは不可知論を乗り越えようとしている。この言葉は世界中で最も優れた信仰告白だ。この言葉を一つの杖として、作品をもっと深読みできるようになりたい。




日常から脱出できる救命具   (2020年11月)

西川直子

最近ことあるごとに読み返すようになった「罪と罰」のせいなのか、「LogicよりLifeを大事にしなければ幸福にはなれない」と思うようになった。しかし、あるアニメーターが、自分の作品に凶暴なものを登場させる理由として、「自分の中に凶暴なものがあるからだろう。日常だけでは窒息してしまう」と語ったように、ちっぽけな部品のひとつとして日常生活を営まねばならない私は、そこから脱出するための手段を持たなければ容易に絶望してしまうだろう。世俗的な喜びや悩みに支配されがちな思考と感情の片隅に、「もっと崇高なものに触れていたい」という衝動が宿っているのを信じられるからこそ、まだ生きていられる。自分にとってドストエフスキーの作品は、日常から脱出する手っ取り早い救命具なのだと思う。

ドストエフスキーの作品には、何しろぐっとくるセリフとシーンが多すぎる。例えば「カラマーゾフの兄弟」に出てくるイワンのセリフは、何度読んでも胸を揺さぶられてしまう。「おれは調和なんて欲しくない。人間への愛ゆえに欲しくないんだ。おれは報復されることのない苦しみと共にありたい。むしろ、この報復されることのない苦しみと、鎮められない怒りと共にあり続けたいんだ、“たとえ自分が間違っていたとしても”」。そして、こんなにも熱く人類愛を語りながらも、目の前にいる生身の人間への愛情をうまく持てずにいるイワンに、その同士たちに思いを馳せてしまう。報復される機会のないまま地上から消えていった苦しみは静かに、だが着実に降り積もってゆき、いずれその罪に問われる日が来るような気がしてならない。その時になお生きる希望と罪を引き受ける覚悟を持てるように、私はこれからもドストエフスキーを読み続けるのだろう。ドストエフスキー以外にも大好きな作家はたくさんいるけれど、こんなことをつい考えてさせてしまう魔力が宿った作品を書く作家を他に思いつかない。




ドストエフスキーとニヒリズムという視点から   (2020年11月)

石田民雄

たとえば『白痴』のテーマの一つは〈死と愛とニヒリズム〉であると言えるのだが『白痴』以降この〈死とニヒリズム〉のテーマは継続されずに「神とニヒリズム」へと主要テーマが変換され、展開されて行くことになっていて消化不良の感が残る。〈死とニヒリズム〉の問題はむしろマルロー或いはカミュによって深められていると感じ、その方向へ関心が向かい、カフカからベケットに至る前衛的手法による文学に〈リアル〉さを感じ、そのラインに沿った読書経験を大学時代に重ねて行った。大学時代唐木順三の著作、西谷啓二の『ニヒリズム』、レーヴィトのニヒリズム論に出会う。映画ではゴダールの『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』などヌーベルバーグに刺激を受ける。1970年11月25日、三島由紀夫事件に衝撃を受け、三島の文学を読み直す。

大学卒業直後、リースマンの『孤独の群衆』を読むことで社会科学分野の著作に親しむことになる。その後モノー『偶然と必然』、ローレンツ『攻撃−悪の自然誌−』など自然科学分野の著書をニヒリズムの視点とその出口の可能性を求めて集中的に読む。職業生活中カフカ、カミュ、ドストエフスキーの著作は継続的に読んでいる。1984年から85年に雑誌掲載された柄谷行人の『探求』に出会い『意味という病』に遡り、近著『世界史の構造』までを継続的に読む。ニヒリズム論として見田宗介『時間の比較社会学』にも感銘を受ける。

二十世紀、文学の役割が大きく縮減し他の人文科学分野或いは社会科学や自然科学分野に価値の重心が大きく移動してしまっている。かつてドストエフスキーは彼の文学こそが〈リアリズム〉なのだと断わった。エリオットにより『荒地』と名指され現在にまで接続するこの時代、ドストエフスキーの〈リアリズム〉と彼が提出した〈神の観念〉に「荒地」からの出口を見いだす以外に手はないと考えている。




預言書・聖書・謎・鏡
 (2020年12月12日)

冨田陽一郎/冨田臥龍

ドストエフスキー文学は「現代の預言書」である、といわれることがある。まったく、そう思う。ドストエフスキーは、一人で一冊の『聖書』を書いてしまったような人なのだ。ドストエフスキー文学は永遠の謎である。それは、ドストエフスキー自身についてもいえる。ドストエフスキーの人生もまた、謎である。ドストエフスキー自身にも、自身の文学と人生の謎のすべては理解していなかったとすら思える。ドストエフスキーと、その文学に向き合うことは、その人間一人一人の人生と向き合うことだ。その意味で、ドストエフスキー文学とは、ゆがみのない鏡である。その鏡と真摯に向き合って、私自身の文学と人生にも、向き合ってみたい。

悪人スメルジャコフの中の善
 

はじめに、ドストエーフスキイの会の例会に行った。原宿の千駄ヶ谷区民会館で、木下先生、福井さん、近藤さんとお会いした。近藤さんが村上春樹の話をされていたのをおぼえている。次に、全作品を読む会の読書会へ行った。下原夫妻が、まだ若かった私をあたたかく迎えてくださった。なつかしい思い出である。

私はというと、自分がかぶった仮面が顔の肉からはなれなくなるように、被差別のスメルジャコフの仮面が、自分の顔の肉にはりつき、はなれなくなってしまった。まさに、「私はスメルジャコフになってしまった」のである。12月の読書会では、「イワンとスメルジャコフの最後の面談」の章で、私はスメルジャコフのセリフを朗読した。今後、スメルジャコフ論『バラムの驢馬』を書きたいと思っている。

くさい、きらわれもののスメルジャコフ。しかし、スメルジャコフこそが、ドストエフスキーの真の姿、その似姿を映しているように私には思える。「きらわれものの悪」の中に、善や正義、あるいは愛を探したいのだ。読書会の仲間たちにも聞いてみたい。「本当に悪の内側に、善はないのか」と。




何度、読んでも面白く、新しい発見があるから (2021年2月10日)

尾崎航平
(大阪読書会参加者)

なぜドストエフスキーを読むのか、問われると明確な答えは難しい。一言でいえば「面白いから」となるがこれではあまりに稚拙すぎる。ではなぜ面白いのか?三点挙げたいと思う。

まず、一つ目として人物描写の繊細さ。ドストエフスキーを読み始めてまず思ったことは人物描写がリアルすぎるくらいリアル。まるでそこのその人がいるかのように細部にわたって具体的に描かれている。人物描写が深すぎて、一人の人物だけで数ページに及ぶ説明もしばしばみられる。一番初めに私が読んだ作品は『カラマーゾフの兄弟』だったのだが、人物描写が細かすぎて、この本は本当にあった出来事(ノンフィクション)ではないかと思わず調べたという記憶がある。ただこの繊細な人物描写が必要で、その描写が済んだ後、怒涛の如くストーリーが展開する。読み手は、最初の人物描写を読むことで、微に細に、その性格まで想像ができているのでその(たいそうともいえる)人物描写の後、ストーリーがどんどん進行していくことでその世界にどっぷりはまることとなる。

二つ目、登場人物が魅力的。例えば私の一番好きな『虐げられた人々』。私はこの小説に出てくるメインキャストの全員が好きだ。主人公、ナターシャ、アリョーシャ、ネリー、そしてワルコフスキー侯爵。この侯爵は、鼻持ちならない稀代の悪人ではあるのだが、その悪人っぷりにさえも魅力を感じてしまう。そう感じさせるだけキャラクターが作りこまれているのだと感じる。ユーモアのある人物も出てくる。主人公の旧友マスロボーエフも欠くべからざる人物だ。酔った時の発言など、何度読んでも面白い。彼の恋人アレクサンドラ・セミニョーノヴナ、ネリーの看病をする町医者、ナターシャの召使マーヴラにいたるまで…。これだけひとつの小説に魅力あるキャラクターが出てきて、互いにつぶしあうことなく、一つの物語にしているこの小説。何度読んだことだろうか。

三つ目は、なんといってもそのストーリーが秀逸。
まず、私が知る限りのドストエフスキーの小説は全体として『赦し』がテーマになっているように感じる。『カラマーゾフ…』しかり、『罪と罰』しかり、『虐げられた人々』、『未成年』もある意味そうだ。まずそういったテーマに惚れる。そしてストーリテリングの巧みさ。この人物がここに出てきて、ストーリーにこう絡んでくる…そういったタイミングがずれていると感動は生み出せない。

これら3つの要素が、何度も何度も読んでしまう、ある意味中毒性のある小説となっているのだと思う。そして読むたびに発見(気づき)があり、感動がある。生誕200年、ドストエフスキーが感動を与えた人はどれほどいるだろう。人種、時代を問わず愛される作品を数多く生み出した功績は世界平和にも資する点もあるだろう。ただそれにはまず作品が「面白い」、これがないと始まらない。もう有名な作品は読んでしまったので、あとは読み返していくしか楽しみがないのだが、読み返すことにおいても楽しみがある小説は本当に少ない。今後もさらに発見と感動を与えていただきたいと思う。




恩師大谷深先生と読むドストエーフスキイ (2021年3月26日)

小野元裕(大阪読書会世話人)

ドストエーフスキイを読んでいると、しばしば思い出すことがある。大学のゼミだ。
30年前、天理大学外国語学部ロシア学科で学んだ。3回生からは文学、言語、歴史に別れゼミに入る。私は文学に入り、大谷深教授の下でドストエーフスキイを研究した。雑談のなか、ソ連で開かれた国際ドストエーフスキイ・シンポジウムについて、大谷先生はしばしば触れた。団員には大谷先生の他、江川卓氏(故人)、木下豊房氏ら錚々たる研究者がいた。その団長を大谷先生が務めるようになったという。なぜ自分がと初めは思ったが、一番の年長者ということが分かり、引き受けたという。当時のことを懐かしむ大谷先生の表情を、ドストエーフスキイを読んでいるときにふと思い出すことがある。亡き恩師大谷先生と「同行二人」で読み続けるドストエーフスキイ。まだまだ大谷先生に追いつけそうにない。




ドストエフスキーをかじり始めて(上) (2021年7月1日)

上垣 勝
   
「ドストエフスキーの全作品を読む会」の中には、中学1,2年生で読み始めた人も何人かおられるようです。むろんすっかり分かって読んだのでないでしょうが、しかしその後ずっとドストを読み続けていると言いますから、世には早熟の人もいるものだと全くあきれます。何歳の人たちであれ、その姿は眩しいばかりです。

私などは20代になってやっと白葉の安い古本で「罪と罰」に触れただけです。まさにサッと触れただけで、しっかり読んだとか、魅せられたとか、その問題提起に触発されて深く熟考したとは到底言えません。その後、50代でやっと、「白痴」や「悪霊」、「カラマーゾフ」を早く終わらないかとうずうずする思いで読み終えました。「貧しき人びと」、「死の家の記録」、「虐げられた人びと」、「未成年」も似たりよったりで最近やっと読破したものもあり、「地下室の手記」などは、ある言葉がどんなコンテキストで言われたのかを探すために読みました。「日記」などは途中で今も投げています。威張るようですが、これではドストを読んだとは到底言えません。何しろ「全作品を読む会」は50年も続いて来て、今では全作品を5回も精読した猛者らがウヨウヨいるようですから、まるで聳えるマッターホルンを見上げる幼児に似てわが目が飛び出るほど驚くと共に、私などはドストの世界を何も分かっていない幼稚な子ども、誰もがひねりつぶせる赤子のような存在だと、片隅で身を小さく丸めています。

それがどういう風の吹きまわしか、生誕200年の前年から会に参加させて頂いて「カラマーゾフの兄弟」を齧り始めました。理由の一つは、読書会に来る人たちがどこか何となくドストの世界から抜け出て来た人たちのような片鱗があり、現実のお姿は知りませんが、私には好ましく、魅力なのです。今のところ、読書会の中で小説のような殺人もバトルも裁判もなく終りの気配もありませんが、突然読書会が新しいステージへ急展開して、「カラマーゾフ万歳!」の子どもらの歓声のようなものでアッと結末を迎えても、それもドストの世界かも知れないなどと、失礼な遊びの空想が起こります。とは言っても、私は世話人の皆さまに心から感謝して、灯が消えそうになっても再びパッと明るく灯り始め、その後は勢いよくいつまでも燃え続けることと心から期待しています。

今日これを書き出したのは、彼の作品に登場する人物が殆ど二つの側面あるいは多面的な顔を擁しており、それが現実にどこかにいる揺れ動く人間の姿を感じさせて小説が一層身近になっていますが、「カラマーゾフの兄弟」もやはりそうで―どの主要人物の中にも私がいて、私自身の顔が見えます―、「カラマーゾフの兄弟」は個々人だけでなく、作品全体を一人格と見ても極端から極端まで多面的で、私の内面に似て愛憎無限が入り混じって発展しますが、それにも拘らず何故か安心して読者が読み進めうるのは、作品の中心に唯一ホッと寄りかかれる巌のように不動のものが隠れているからでしょう。いわゆる心地よい通奏低音のようなもの、全体を貫く一本の赤い糸です。人物たちがどう転んでもこの不動のものによって救いがあるので安心して読める気がします。それを今日、次の言葉を目にしてハッとしました。「キリストは、『然り』と同時に『否』となったような方ではありません。この方においては『然り』だけが実現した。」(Tコリ1:19)

登場人物たちによって、「然り」と「否」が色々なニュアンスの中で展開されてストーリーが大胆に進行して行きますが、しかしどんなに極端から極端にまで人物が発展し、「否」の深淵を凝視させられても、「然り」が厳然としてあります。それがゾシマ長老とアリョーシャらによって指し示される線です。――ドストは、不思議にもミーチャにさえ、コンテキストは違うとはいえ、「私はどこにいてもある」(ギリシャ語で言えば、エゴ―・エイミでしょう!)という実在の永遠性を表す言葉を暗示しています。――とはいえ、ゾシマもアリョーシャもむろん生身の人間ですから色々な限界を背負っています。だが、特にゾシマの少年時代から青年時代に至るまで、そして僧院に入るまでの歩みは、読者の心にいつまでも強烈に残る「然り」と言えるものであり、アリョーシャにしても、彼自身カラマーゾフ一家の混沌の遺伝子を内に持っていると告白しますが、それでも「小天使」と揶揄されつつだとはいえ、この「然り」を指し示すのです。とは言え「然り」を僅かに指し示すのみであり、しかしまた、たとえ曲がった指でも天を指し示すに十分であり、本は違うがソーニャの汚れて曲がった細い指こそ力強く指し示すことがあるのです。

私見では、アリョーシャはまだ決定的な挫折を経験していない若者で、私にはいかにも頼りなく青臭く感じられます。ところがこの頼りない青臭い人物像こそ何か重要なものを暗示しているかも知れません。もしかすると、彼のやがて想定されるドラスティックな挫折、そしていかなる世の力によっても救われぬその挫折からの、劇的アウフヘーベンによる血湧き肉躍る新展開こそ、ドストエフスキーが未完になった後編で目論んでいた救済のサスペンスでないか?その時には、「『然り』だけが実現」したことが歴然とした形で提示されたのでないか。そんな妄想が湧いて来ます。

この書を貫くこの「然り」の一本の赤い糸は、むろんドスト自身が意識しつつ置いたものです。それは何より、この書の冒頭で、「よくよく言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(ヨハネ12:24)と、わざわざエピグラフとして掲げ、しかもこの書の核心をなす重要な箇所(「ゾシマ長老とその客」と「謎の客」)で、2度にわたってこの句に言及した所から明らかです。

余談ですが、「カラマーゾフの兄弟」のどの人物に惹かれるかは全く自由であり各自で違うでしょう。ただ不思議なのは、まだ皆さんをよく存じ上げぬ故かも知れませんが、ゾシマ長老やアリョーシャに最高に惹かれるという人は会で聞いたことがありません。これがまたこの読書会が長続きし、面白いところかも知れません。毎回集まる人の多くは、年経て苔むした求道者、永遠に求め続ける人だからかも知れません。そして私自身、年齢は重ねても少しも完成や成熟の兆しがありません。むしろ今後も体を前に伸ばしてただ捕えんとする永遠の未成年、足取り軽い永遠の求道者であり続けたいと思っています。

いずれにしても、この小説は多くの「否」を持ちながら、「この方においては『然り』だけが実現した」ことを、表に露骨に現わしたり押し付けたりしない形でいみじくも暗示するだけなので、安心して、誰もが気軽に永遠の未成年や求道者として読めるのでしょう。そうした度量の大きな、多数の支流を集めて悠然と流れる大河の姿をした作品と見ています。まさに、「文学という精神的作業の最高のもの。……聖書だけがこの作品を越える」(荒 正人)という気がします。 


ドストエフスキーをかじり始めて(下) (2021年10月1日)

先に、この書を貫く一本の赤い糸について書きました。また、ゾシマやアリョーシャ、また「罪と罰」のソーニャのおどおどした細い指を挙げて、彼らによって「『然り』が指し示される」と書き、この『然り』は、ドストエフスキーがエピグラフで高く掲げた、「地に落ちて死ぬ一粒の麦」(ヨハネ12:24)によって示されているとも述べました。

さて、「地に落ちて死ぬ一粒の麦」の聖句ですが、これは果たして、ゾシマやアリョーシャ、またミハイル、そして遡ればゾシマの早逝した兄マルケールのことを語っているのでしょうか。更には、子どもたちの群れに登場するコーリャもまたその中に含むのでしょうか。結論を言えば、無論そうです。しかし同時に、否でもあるでしょう。

私はドストエフスキーを齧り始めたばかりで、読み浅く、ひとこと言うのもおこまがしく赤面するのですが、ドミートリ―やイヴァンの中にも、いや、それだけでなく淫乱この上ない好色漢で酔っぱらいのでたらめな父フョードルや殺人の実行犯となったスメルジャコフの中にさえ、程度の差はあれ、この「然り」の僅かな芽生えが見え隠れするからで、ドストはそれほど一人の人間のゆらぎの内面を多面的に深層まで深くとらえて、現実に存在する人間に極めて酷似した姿で登場人物を描き、私たちを作品の中に引き込みます。彼は人間の心理が時と場合であちこちに揺らぐゆらぎの心理学を使って書いています。ついでに言えば、カチェリーナやグルーシェンカにもこの「然り」が見られ、上に述べた恥知らずなフョードルにさえドストは真理の片鱗を語らせ、スメルジャコフにさえも人類の深い苦悩を、祈りに似て吐露させるのです。それらだけを取り上げれば、そしてそれを延長して行けば、たとえ僅かであっても、1%ほどは「然り」を指し示していると言えなくはありませんし、人の苦悩の中で生まれた祈りこそ、この「然り」を指し示す業(わざ)の最たるものと言っても過言ではないでしょう。

反対に、ゾシマやアリョーシャは、他の人物よりも断然強く「然り」を指し示しはするものの、彼らがそのままで完全な「然り」であったり、「地に落ちて死ぬ一粒の麦」とは言えませんし、マルケールも完全な一粒の麦とは言えず、ただそれを「指し示している」だけに過ぎません。いや、人間にして「然り」そのものであったり、多くの実を結ぶ良い麦そのものであるのはどこにも居ないと言っていいでしょう。それらは単に真理のカケラやアナロジーに過ぎず、ドストはそれをはっきり自覚して小説を書いていたと思われます。

では、「然り」とは何か。「地に落ちて死ぬ一粒の麦」とはいったい何者か。ドストは素朴にキリストのみを考えていたに違いありません。しかも、もしキリストが歴史の中間時に再来するなら、大審問官が厳しく地上から追い払うに違いなく、一言も語ることなく放逐されるに違いないと見ています。(大審問官こそ否そのもの。やがて死すべき否です。)ですからその様な受難、十字架の苦難と死なしには、「一粒の麦」は地上に現れないと、ドストは大審問官の章で表明していると言っていいでしょう。ゆえにアリョーシャが将来、ゾシマが預言するような明白な形で「地に落ちて死ぬ一粒の麦」になるにしても、そのプロセスは並大抵な歩みでないことを予感させます。もし後編が書かれていれば、ドストは、彼を大審問官に似た人物によって殉教の死を遂げさせるようなストーリーにしたに違いないでしょう。

では、「然り」を指し示すことは無意味か。決してそうではないでしょうし、ドストもそう考えた筈です。むしろ地上で「然り」を指し示すものが一切なくなれば、地上から一切のともし火が絶たれ、完全な闇になるでしょう。だが実際には「然り」を指し示す人物は実在しており、彼はその姿を精魂を傾けて書こうとしたのでしょう。

ドストの文学はそれ故、暗い露地のような場所で生きている私たち、弱く愚かな小さな者にも、望みを与える文学、希望の文学と呼んでいいかも知れません。コロナが始まる前から現実の私たちの周りにはますます希望が無くなり、パンドラの箱のように無数の絶望の虫が後から後から飛び出て来ますが、それでも最後に希望の虫が飛び出して来るのをドストは告げようとしたと言っていいでしょう。その希望の虫とは、彼にとっては、ナザレのイエス以外ではなかったと思われます。

そのため彼は、「罪と罰」で、飲んだくれの救いようのないウジ虫のような退職官吏マルメラードフに語らせたのでしょう。

「なんでふびんがるんだ、こう貴様は言うんだな?そうだとも!ふびんがることなんか毛頭ありゃしないさ!それより磔刑にでもするがいいんだ。磔刑にしろ、磔刑にしろ、だが裁判官、磔刑にしてから憐れんでくれ!そうすればおれも、自分から進んで、磔刑を受けに行くわい。なにしろおれの求めているのは、楽しみでなく、悲しみだ。涙だからな!これおやじ、貴様は、貴様のこの小瓶が、楽しかったと思っているのか?おれはその底に悲しみを、悲しみと涙を求めたんだぞ、そしてそれを見つけて、味わったのだ。だが万人を憐れみ、万人万物がすっかりおわかりになる神様は、おれたちをもまた憐れんで下さるだろう――「意地のわるい、肺病やみの継母のために、親身でもない小さい子供たちのために、自分を売った娘はどこじゃ?人の世での自分の父を、やくざ者の酔いどれを、その無道をも恐れずに情をかけた娘はどこじゃ?」そして仰しゃるには――「来たれ!われは一度汝を許した。…一度汝を許した…今も汝の多くの罪は許されるのじゃ。汝は多く愛したゆえに。」そしておれのソーニャをお許しくださる。(中略)神は万人を裁いて、万人を許される。善人も、悪人も、賢い者も、おとなしい者も、…そしてみんなを一巡すまされると、こんどはわれわれをもお召しになって、――「出い、汝らも!」とこう仰せられるんだ。「出い、酒乱家、出い、意気地なし、出い、恥知らず!」そこでわれわれは、臆面もなく進み出て、御前に立つ。すると仰せられる。――「汝豚ども!獣の姿と、その刻印よ、しかし、汝等も来るがいい!」すると智者が言う、智者が言う――「主よ、何によって彼らを迎え給うや?」すると仰せられる。「智なる者よ、われは彼等を迎える。賢なる者よ、われは彼らを迎える。彼等の中の一人として、みずからそれに値すと思う者ないがゆえに…。」そうしてわれわれにも、両のみ手をお伸べ下さる。われわれはひれ伏して…そして泣きだす…そしてあらゆることをさとるのだ!…その時こそ、さとるのだ!誰も彼もがさとるのだ…カテリーナ・イワーノヴナも…あれもやっぱりさとるのだ…ああ主よ、汝の王国の来たらんことを!」

マルメラードフにも神の御国が与えられる!罪も咎もあるまま我に来たれと呼ぶ方が、彼をもお呼びになる。とすれば、獣の相を顔に印した者、黄泉に落とされるべき者、曲がった汚れた指を持つ彼さえ、「然り」を指し示す者とされると語りたいのでしょう。すなわち、最後には、「然り」「否」でなく、「然り」だけが実現するのです。

その時には、マルケールの言葉はリアリティを持つでしょう。「神の小鳥、喜びの小鳥、どうぞわたしをゆるしてくれ。…ああ、わたしの周囲には、こうした神の栄光が満ちみちていたのだ。…ぼくが泣くのはうれしいからです。ぼくがすべてのものにたいして罪人となるのは自分の好きです。…いったいぼくはいま天国にいるのじゃないでしょうか…。」むろんゾシマの言葉もリアリティを持ちます。「人は死んでも、その真理は滅びぬ。正しき者はこの世を去っても光は後まで残る。」かじり始めの私には、彼の文学の本質は、闇の中で光が垣間見られる密のごとく甘い文学です。そこには愛と赦し、和解を求める渇ける魂があり、私をいつまでも惹きつけます。