ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.122  発行:2010.10.5


『貧しき人々』前史  <手紙:4月8日〜9月30日>

下原 康子


ジェーヴシキン(早乙女幸作 48歳)

生い立ちは不明。17歳で役所に入り同じ場所、同じ仕事(筆耕)で勤続30年。その間の20年ほどは下宿の老主婦(故人)とその孫娘マーシャ(当初は赤ん坊で今は13歳になるという)と3人でひっそりと楽しく暮らしていた。ワルワーラとは遠い親戚ということで、いきさつは不明だが、貸間を借りて彼女をかくまい、自らも近所に引っ越して経済的にも面倒をみている。使用人のテレーザが二人の間を行き来して手紙を届けている。

ワルワーラ(17歳) 

父はペテルブルグから遠く離れた村で公爵家の大きな領地の管理人をしていた。野原や森を飛び回り幸せな黄金時代をすごした。しかし、12歳になったとき公爵が亡くなり、父はクビになった。やむなく一家3人はペテルヴルグに引っ越す。寄宿学校に入ったがなじむことができなかった。14歳のとき、事業に失敗した父があっけなく死ぬ。直後にアンナ・フョードロヴナが親戚顔で現れ路頭に迷う母娘を自宅に引き取る。そこにはワルワーラの従妹にあたる孤児サーシャと下宿人の青年ポクロフスキーが暮らしていた。得体の知れない来客がしじゅう出入りする家であった。

ポクロフスキーの指導で本を読み始めたのをきっかけに二人の間に恋が芽生える。つかの間の満ち足りた幸福な日々が訪れたが、結核を患っていたポクロフスキーはまもなく死んでしまう。追い討ちをかけるように病身だった母も亡くなる。(以上、ワルワーラのノートより) 母の死後、ワルワーラはアンナ・フョードロヴナの魔の手にかかりブイコフに陵辱されてしまう。傷つき病気になった彼女をジェーヴシキンが救い出し貸間に住まわせる。

ポクロフスキー父子

父ポクロフスキーはうだつのあがらない官吏だった。最初の妻(青年の母)はたいそうな美人だったが、結婚して4年ほどで亡くなり、その後再婚する。当時10歳で継母にいじめられているポクロフスキーを保護者になって引き取ってくれたのはブイコフだった。ブイコフが彼に興味を持ったのは、彼の亡くなった母親を知っていたからで、この母親は娘時代にアンナ・フョードロヴナの世話になっていて、その口ききで官吏ポクロフスキーの元に嫁いだのだった。アンナ・フョードロヴナと親しかったブイコフは気の大きいところを見せて、花嫁に五千ルーブリの持参金をつけてやった。この金がどこへ行ってしまったものかはわからない。(ワルワーラがアンナ・フョードロヴナに聞いた話)

ブイコフの世話でポクロフスキーは大学まで進んだが、健康をそこねて勉強を続けることができなくなった。ブイコフの紹介でアンナ・フョードロヴナの家でサーシャに勉強を教えるという条件で寄宿することになった。青年は自分の家庭の事情はいっさい口にしなかった。彼は父親を軽蔑している。おそらく、老人が実の父ではないことを知っているのだろう。一方で、老人は息子を心底愛し崇拝している。